世田谷一家殺害事件: DNAから犯人を考察する

記事『世田谷一家殺害事件: DNAから犯人を考察する』アイキャッチ画像

世田谷一家殺害事件の遺留品のなかで最も重要な遺留品は犯人XのDNAであろう。

被害者A氏宅に残された犯人XのDNAは、Xが何者なのかを雄弁に語る。Xの両親が誰なのか、X自身の正体、そしてXがどこで生まれたのかといった情報が、そのDNAから解明されるかもしれない。

外資系の会社に勤務していた高学歴者の被害者A氏は、日本語と英語を使いこなす人物だろう。被害者A氏と犯人Xに関係性があるならば、犯人Xは漢字を読み分け、少なくとも日本語と英語の二か国語を使いこなすことができる人物であり、日本と米国に土地勘がある可能性が高い。繰り返しになるが、本記事の筆者は、Xの父系が19世紀頃に米国に移民した日系米国人であると推察している。

本記事では、Xが残したDNAからXの母系について考察する。

世田谷一家殺害事件:母系のDNA

ミトコンドリアDNA(mtDNA)は、母系を通じて遺伝することが広く認められている。この特性は、犯人Xの人種や民族的な系統を追跡し、Xの人物像を解明するのに役立つ。

ミトコンドリアDNAは、その母親から、そしてその母親の母親からというように、女性の系統をたどって遺伝するため、父方の祖先の影響を受けない。

報道によれば、犯人Xが遺したミトコンドリアDNAは、アンダーソンH15型であるとされている。

ハプログループHは、ヨーロッパ(特にイベリア半島とその周辺地域)で最も一般的なミトコンドリアDNAハプログループであり、数多くのサブハプログループ(H1-H15など)に細分化されている。これは、ハプログループHがヨーロッパの遺伝的構造に重要な役割を果たしていることを示唆している。

犯人XのアンダーソンH15型は、欧州のアドリア海周辺地域で高頻度に見られるとされている。

報道のとおり、犯人XのミトコンドリアDNAがアンダーソンH15型であると仮定するならば、その母親の系統に由来するものと考えられ、その母親の系統が欧州系であると推測される。

世田谷一家殺害事件:犯人Xの父親と母親を考察

重要な点は、ミトコンドリアDNAは母系を通じて遺伝するということだ。犯人Xの母親が欧州系である。その母系がアジアで高頻度に見られるハプログループO2a2b1* (O-M134*)を持つ男性(犯人Xの父親の系統)と出会った時期と場所は、Xを推察するための重要な要素となり、Xの遺伝的背景を理解する上での鍵となる。

人類の長い歴史の中で、ユーラシア大陸は人類の移動の中心地であった。文明の発祥地であり、文明間の衝突の舞台でもあったこの地域では、アジアから欧州へ、欧州からアジアへと人々が移動し、異人種間の混血が頻繁に発生した。

モンゴルの欧州侵攻などの時期にハプログループO2a2b1* (O-M134*)のアジア系の男性と南欧から東欧(アンダーソンH15型はアドリア海沿岸地域に多く分布)地域の女性との間に女児が生まれた場合、女児(以下、エヴァと記す)は、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)の父系とアンダーソンH15型ミトコンドリアDNAを持つ女性になる。

エヴァの子孫の女性が代々欧州に残り、近年(事件当時の犯人Xが15歳から30歳だと仮定するならば、少なくとも1970年前後から1985年前後より以前)に欧州系のY染色体を持つ男性との間に子が誕生すれば、その子は欧州系の父親と欧州に起源を持つ母親のDNAを持つことになり、犯人Xとはならないだろう。

エヴァの家系の女性が13世紀以降、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)男性が多い中国などのアジア地域に移住し、近年(1970年前後から1985年前後より以前)にハプログループO2a2b1* (O-M134*)男性との間に子をもうけた場合、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)とアンダーソンH15型のDNAを持つ人物となる。

これは犯人Xのファミリーヒストリーの一つの仮説であるが、人類の歴史が移動の歴史であることを考えると、犯人Xのファミリーヒストリーには無限の仮説が成り立つ。モンゴル軍による欧州侵攻(現在のポーランド、ロシア、ドイツ等の領内に進攻)の際に、アンダーソンH15型の女性(以下、リリスと記す)がモンゴル軍に連れ去られ、中国などのアジア地域に定住したとする。

リリスの子孫の女性が近年、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)の男性と結婚した場合、この人物もハプログループO2a2b1* (O-M134*)とアンダーソンH15型のDNAを持つ人物となる。

では、犯人Xの父親と母親は「どこ」で出会ったのだろうか。その答えはアメリカである可能性が高い。南北アメリカは、文字通り「人種の坩堝」「人種の交差点」であり、異人種間結婚が頻繁に行われている。

移民国家のアメリカで、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)の男性と南欧・東欧から米国に移民したアンダーソンH15型を持つ欧州系の母系の女性(以下、マリア)が20世紀に出会った場合、この1度の出会いで犯人Xが生まれる可能性がある。

但し、マリアが米国でメキシコ系男性やアフリカ系アメリカ人と出会い娘が生まれた場合、マリアの娘の容姿はコーカソイドとは異なるだろう。さらに、マリアの娘がハプログループO2a2b1* (O-M134*)男性と出会いXが生まれたのならXには南欧・東欧系、メキシコ系またはアフリカ系アメリカ人の血が流れ、容姿からXの人種を判断することは難しくなる。

やはり、Xの容姿を推測するには、現場に遺したXのDNAを科学的に分析する必要がある。

米国内の異人種間結婚

米国内でのアジア系アメリカ人(日本人を含む)や日系アメリカ人の異人種間結婚に関する特徴は、男女間で組み合わせが大きく異なることである。日本人を含むアジア系アメリカ人女性は他の人種と結婚することが一般的であり、米国の結婚統計によれば、アジア系アメリカ人女性と白人アメリカ人男性の組み合わせは異人種間結婚の中で2番目に多いケースである。しかし、アジア系男性と白人女性の場合は多くない。

アジア人男性と白人女性の異人種間結婚の割合がアジア女性と白人男性の組み合わせよりも少ない理由の一つには、歴史的背景がある。過去、アジア系移民とその配偶者は、17世紀末から20世紀初頭にかけての反異人種間混交法の影響を受けていた。これらの法律は白人と非白人の結婚を阻害し、アジア系(日本人を含む)の人々にも適用されていた。

日本人の異人種・異民族間結婚率を見ると、日系アメリカ人は自らの民族グループ外との結婚が他のアジア系よりも高い傾向がある。日系アメリカ人女性が他のアジア民族と結婚するよりも白人男性と結婚する傾向が顕著であるが、日系男性と白人女性の結婚率は低い。

英国植民地時代及び独立戦時の南部諸州では、白人男性と黒人等の奴隷の母親から生まれたすべての子供を奴隷として分類していた。米国第三代大統領トーマス・ジェファーソンは、黒人奴隷女性サリー・ヘミングスとの間に子どもをもうけたといわれている。

反異人種間混交法は、白人男性と他人種女性との関係を完全に抑止することはできなかったが、白人女性とアジア系等の他人種との関係は法の以前の問題として考えられていた。

ナチ等の優性思想を持ち出すまでもなく、基本的に自らが所属する人種、民族の優位性を主張する社会集団や宗教的規範を重んじる共同体は、自らの民族グループの女性と他の民族、人種男性との関係を毛嫌いする傾向がある。

宗教と異人種間結婚の関係性については、宗教的所属、信念、実践、所属教会組織が、白人の異人種間結婚に対する態度に影響を与え、宗教的に無所属の白人は、福音派(外部リンク:Wikipedia福音派)と比較して、全ての少数派グループとの結婚をより支持する。宗教的な献身的な実践に頻繁に従事し、多人種の教会に通う白人は、異人種間結婚をより支持する傾向があるとの研究が確認できる (Perry, 2013)

歴史的な日本人男性と白人女性の異人種間結婚の例に、国際政治家であり、国際連盟の事務次長だった新渡戸稲造の結婚がある。新渡戸稲造と彼の妻はプロテスタントの一派であるクエーカー教徒である。この事例は、宗教的背景や社会的地位を共有する日本人男性と白人女性の異人種間結婚が実際に存在していることを示している。新渡戸稲造と彼の妻の結婚は、異文化間の理解と宗教的共通点が異人種間結婚において重要な役割を果たしていることを示している。

また、犯人Xと親和性のあるカリフォルニア州では、1948年頃、反異人種間混交法(外部リンク:Wikipediaラヴィング対ヴァージニア州裁判)が違憲(ペレズ対シャープ裁判)と認められている。

犯人Xの父親をハプログループO2a2b1* (O-M134*)の日系人、母親を南欧・東欧出身の母系の一族と仮定し、2人が米国で出会ったと仮定するならば、2人は1948年から1985年前後に出会い、2人の出会いには宗教(プロテスタント系)的背景、教育的背景があると推察される。

上記を整理すると、犯人Xの父親をハプログループO2a2b1* (O-M134*)の日系人と想定するならば、同人は比較的学歴の高いプロテスタント系宗教の背景を持つ男性であり、犯人Xの想定年齢及び米国の歴史的背景から1960年代後半以降に結婚等した可能性が考えられ、1940年頃から1955年頃生まれだと推察できるだろう。

日本人移民と犯人Xの父親

米国内の日系移民日本人の居住者数が多い地域は、ハワイ州を筆頭にカリフォルニア州、特にサンフランシスコやロサンゼルス周辺、さらにニューヨーク州やイリノイ州(シカゴ)などが知られている。

アジア系アメリカ人の入植は、16世紀頃から始まった。1763年、フィリピン人入植者はルイジアナ州サンマロに入植地を設立したが、女性が不在だったため、彼らはケイジャン(祖先がカナダ南東部に入植したフランス系移民)や先住民の女性と結婚した。

19世紀には、中国人、日本人、韓国人、南アジア人などのアジア人が大量に米国への移住を始めた。1898年から1946年までのフィリピンからも多くの移民があったが、1940年代までは排斥法や移民政策によりアジア系移民は制限されていた。しかし、1940年代から1960年代にかけての移民法の改正により、新たな移民の波が始まった。

犯人Xの父系が米国に移民した時期は、19世紀から20世紀前半であると考えられ、犯人Xの父系は、子孫に高い教育を与えることができるほど、米国で成功した。 犯人Xが成功した日系移民の子孫であり、Xが親族を通じて高学歴の被害者A氏と知人関係にあると仮定するならば、Xの親族は日米両国で成功を収めた一族であるとも考えられる。

カリフォルニアと犯人X

犯人Xが米国カリフォルニアに親和性を持つ人物であることは、各種の報道などでも語られている。

Xが事件以前から所有、使用していたと思われるヒップバッグの中からは、硬水用の特殊な洗剤と、カリフォルニア州モハーヴェ砂漠南西部に位置するエドワーズ空軍基地周辺の砂が検出された。この地域は、スケートボーダーの発祥の地とも言われており、メディアはこの点に注目している。

前述のとおり、米国カリフォルニアは、中国人、フィリピン人、韓国人、日本人等のアジア系移民が多い地域である。

なお、「2000年の米国の国勢調査」「米国国勢調査における人種と民族」「出身民族・人種地域別分布図」等によれば、米国内の中国系人口は227万人、韓国系119万人、日系110万人、ベトナム系103万と報告されている。

日系移民の子孫と思われるXが、米国カリフォルニアで他のアジア系移民と交友を持つことは容易に想像できる。Xはアジアの多様な文化圏の中で、中国人、フィリピン人、韓国人、ヒスパニック系の(カウンターカルチャーを含む)文化、生活様式等を学んだ可能性がある。

Xは黒色のハンカチで包丁の柄を包んでおり、この包み方は主にフィリピン北部での儀式、軍人、ギャングによって使用される方法の可能性が指摘されている。

母系の出身国(地域)を考察する

犯人Xの母親(アンダーソンH15型の母系出身)の民族、人種、出身国についての考察に移ろう。

以下は想定される犯人Xの母親の条件。

①日本人移民の子孫と結婚等したアンダーソンH15型母系の女性
②Xの父になる男性と1948年から1985年前後に出会った
③2人には共通する宗教的背景、教育的背景がある
④宗教的共通性は個人を尊重するプロテスタント系キリスト教
⑤米国カリフォルニアの居住していた可能性(勿論、2人が東部の大学等で知り合った可能性等もある)

上記の条件のうち、ほぼ確定しているのは、①「日本人移民の子孫と結婚などをしたアンダーソンH15型の母系を持つ女性」である。アンダーソンH15型はアドリア海沿岸地域に分布しており、現在、アドリア海に面する国々は「アルバニア」、「ボスニア・ヘルツェゴビナ」、「クロアチア」、「イタリア」、「モンテネグロ」、「スロベニア」であり、これらの国々では、カトリック、イスラム教、正教会、ユダヤ教など、さまざまな宗教が信仰されている。

上記の各国から米国カリフォルニア州への移民数に関する具体的な情報は得られていないが、19世紀半ば以降、中央ヨーロッパや東ヨーロッパ出身者が東海岸への新たな移民として登場したことは注目に値する。これは、東海岸に中央ヨーロッパや東ヨーロッパからの移民が多いことを示唆している。 しかし、T. D. Dutciuc, N. Gorman, S. Tanjasiri (2014) の研究によると、”南カリフォルニアに居住するルーマニア系アメリカ人の人口に焦点を当て、ルーマニア系アメリカ人に特有の主要な健康信念と危険因子を特定する指針”の作成が行われている。この研究は、南カリフォルニア(ロサンゼルス大都市圏を含む)にルーマニア系アメリカ人が高い割合で居住していることを推測させる。

ルーマニアは東ヨーロッパに位置する国である。北方でウクライナ、東方でモルドバ、南方でブルガリア、南西でセルビア、西方ハンガリーと隣接し東は黒海に面している。

宗教的には、東方正教会が多数を占めており、少数派としてカトリック教徒やプロテスタント教徒、さらにはイスラム教徒やユダヤ教徒も存在する。

出典:Google

ローマ帝国の影響を受けた後、中世にはオスマン帝国やハプスブルク帝国の支配を経験したルーマニアは古くから多くの民族が交差する地域である。人種的な構成において、多数を占めるのはラテン系ルーマニア人である。しかし、ハンガリー人やドイツ人、ロマなどの少数民族の存在も認められている。また、クロアチアをはじめとするバルカン半島諸国にも、ルーマニア人の少数派が居住している。

非常に強引だが、古くから様々な民族が交差する地域の一つであるルーマニアで、犯人Xに繋がるアンダーソンH15型母系の女性(以下、レイチェル)が生まれた。その後、レイチェルまたは彼女の娘など子孫が米国に移住し、ハプログループO2a2b1* (O-M134*)に属する日系人男性との結婚があったと考えることができる。

本記事筆者は、この結婚から犯人Xが生まれた可能性を指摘する。

いずれにせよ、世田谷一家殺害事件の犯人を特定するために必要なのは、DNA捜査に関連する法律の議論と立法であろう。


◆参考資料

「米国地域別出身民族・人種」 
「2000年の米国の国勢調査」 
「アメリカ合衆国人種と民族」
「異人種間の結婚」
「米国における異人種間結婚」


◆世田谷一家殺害事件・考察シリーズ


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

この著者の最新の記事

関連記事

おすすめ記事

  1. 記事『こつぜんと人が消える神隠し~各国の伝承と創作物からその姿を探る~』アイキャッチ画像
    ある日突然、人が消えることがある。古来より、日本ではこうした事象を神隠しと呼び、原因を神や…
  2. 記事「飯塚事件:日本の司法制度の課題と冤罪のリスク」アイキャッチ画像
    2024年3月11日、『冤罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟』は衆議院議員…
  3. 記事『世田谷一家殺害事件:仮説的プロファイリング(日系米国移民の子孫とみずがめ座の時代)』アイキャッチ画像
    本サイトでは、2000年12月30日夜から31日未明に発生した世田谷一家殺害事件について、…
  4. 記事「映画『偽りなき者』の考察と感想:偏見が奪う、考える力と正しく見る目」アイキャッチ画像
    この世で最も忌むべき犯罪として、幼い子供に対する性的虐待が挙げられる。逆らえない、もしくは…
  5. 記事:ドラマ『運命の人』考察:知る権利VS.国家機密イメージ画像
    西山事件をモチーフにしたドラマ『運命の人』は、国民の知る権利と国家機密という二つの重要なテ…

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク

ページ上部へ戻る