映画『ナイトクローラー』考察:メディアの商業主義を考える

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映画『ナイトクローラー』は、反社会的な人格を持つ青年ルイス・ブルームの「悪」のサクセスストーリーともいえる映画だ。

2014年に公開された本作は、一般的にサイコ・サスペンスに分類される。

だが、強烈なメッセージ性を有する本作は、主人公ルイス・ブルームと女性プロデューサーのニーナ・ロミナの性格・価値基準に焦点を充てるサイコ・サスペンスの「物語」に留まらない。

本作は過激な映像を使い事実よりも「物語」を優先する視聴率至上主義のメディア業界と視聴者の関係をも描いているといえるだろう。

2023年、BBC(英国放送協会)が製作した『J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル』は日本国内に大きな衝撃を与えた。長年に渡り日本のメディア、広告主企業、国民が無視していた「事実」(「ジャニーズ事務所」が事実だと認定した)を暗闇から引きずり出した。

広告収入確保のためメディアは視聴率を優先する。視聴率を優先するメディアは「物語」を作り、事実を曲げ、不都合な事実を無視する。 映画『ナイトクローラー』からメディアの商業主義・視聴率至上主義を考察しよう。

映画『ナイトクローラー』要約

★ご注意:映画『ナイトクローラー』のネタバレが含まれています。

太陽を象徴する街(ロサンゼルス)のアパートに住む青年ルイス・ブルームは、盗んだ銅線や金属等を売り生計を立てている。

太陽の街の夜に生きる彼。頬はこけ、くぼんだ大きな青い眼は鈍い輝きを放っている。彼の目から感情を読み取ることは難しい。他人を傷つけ他人から奪うことに一切の躊躇はない彼は孤独な存在だ。

友人や恋人や話し相手は誰もいない。殺風景な部屋のなかに在るのは「TV」と「観葉植物」だ。

高台に建てられた電波塔からのTV電波とインターネットが彼と「彼の外」を繋いでいる。

ガードマンから腕時計(彼は奪った腕時計を最後まで身につける)を奪い、盗んだ金属クズとマンホールを売り、アパートに帰る途中(一瞬だが車販売店のショールムに赤い車が映る。その後、パパラッチとして稼げるようになった彼は赤いダッジ・チャレンジャーを手に入れる)だろうか――彼は偶然目撃した交通事故現場にいるフリーカメラマン/パパラッチ(ナイトクローラー)のジョーに興味を覚える。

監督・脚本ダン・ギルロイ
ジェイク・ジレンホールルイス・ブルーム
レネ・ルッソニーナ・ロミナ
リズ・アーメッドリック
ビル・パクストンジョー・ロダー
[映画『ナイトクローラー』監督と主な出演者(リンク先は出演者・スタッフの「X」)

ジョーは言う。――「悲惨な事故は人気だ」「高く買う(TV)局に売る」――と。それらの言葉は、日頃、盗品を高く売ることだけを考えているルイスの欲望を加速させ成功の手段を提示したのだろう。

研究熱心な彼はジョーの仕事ぶりを見て、パパラッチに必要な道具、撮影した映像の売先等を知る。

ビデオカメラ、無線傍受器を盗んだ競技用自転車との交換で手に入れた彼は、夜ごと、ロサンゼルスの街で生まれる悲惨な事件・事故を求め撮影のチャンスを伺う。

初めて金になった仕事は、カージャック犯に銃撃された血まみれ男性の映像だった。彼はロサンゼルスで最も視聴率の低いTV局「KWLA6」に映像を持ち込む。局にいた女性プロデューサーのニーナ・ロミナは彼の過激な映像に興味を持つ。

ルイスはニーナから「ダウンタウンの事件に価値はない」「視聴者の興味は富裕層の住む郊外の事件」「被害者は富裕層の白人、犯人は貧困層かマイノリティ」「喉を切られ悲鳴をあげ逃げまわる女性」等の過激な映像が高い視聴率に繋がることを教わる。

視聴者は出勤前の忙しい時間のなかTVから流れる過激な映像を消費する。過激さのなかに「郊外の(富裕層地域に)忍び寄る犯罪」等の「物語」があれば、さらに良い。

ルイスは、わかりやすい「物語」と過激な映像の撮るため被害者の遺体の位置を変え、被害者の家に不法侵入し冷蔵庫に貼られた被害者家族の写真の位置を変える。

彼はイスラム系と思われる助手リック(リズ・アーメッドはパキスタン移民の子)や先輩パパラッチのジョーを自身の成功のために利用し、事件(「物語」)を作りカメラで記録し、大金と名誉を得る。

ニーナは自分が欲する「物語」に固執し、新たに判明した事実を報道しないと決める。

やがて、彼が設立した「VPN(Video Production News)」社は車と従業員を増やす。新たなスタッフはホームレス状態だった以前の助手リックとは違う有益な経歴を持っていそうだ。「獲物」を探す「彼等」はロサンゼルスの夜に消えて行く。 高台に建てられた電波塔は、今日も明日も明後日も視聴者に映像を流し続けるため立ち続けている。

メディアの商業主義

視聴率を優先する商業主義メディアが報道とジャーナリズムと視聴者に大きな影響を与えるのは言うまでもない。

以前よりジャニーズ事務所創設者のジャニー喜多川氏から未成年男性所属タレントへの性加害問題を告発する者はいたが、長年にわたり日本のメディアは、ジャニーズ性加害問題を取り上げなかった。

視聴率を優先するTV局はジャニーズ事務所のタレントを使い続け、基本的に国民からの受信料により運営されるNHKでさえも確認できる範囲でジャニー喜多川氏とジャニーズ事務所の問題に触れることはなかった。

ジャニーズ性加害問題は、メディアの不利益な「物語」は報道しないという姿勢を炙り出した。 また、1989年の「朝日新聞珊瑚記事捏造事件」は、メディアが「物語」を作り出した事例だともいえる。

上記2つの事例は、視聴率や販売部数を稼ぎ広告収入を得たいというメディアの商業主義に関係するだろう。

国民の知る権利の一翼を担うメディアが過度な商業主義や視聴率至上主義に走るなら、結果的に国民は事実から遠ざけられ大きな不利益を被る。 国民がメディアに求めることは視聴率至上主義や商業主義で歪まされた「物語」ではないだろう。

国民が求めることは、事実を伝える報道とジャーナリズムの精神なのだから。

映画のキャラクター分析

本作は、反社会的人格を持つルイス・ブルームと過激な映像が視聴率を生むことを知る女性プロデューサーのニーナ・ロミナを中心とする物語である。

この2人の性格を分析しながら、2人のキャラクターとメディアの視聴率至上主義、商業主義との関係性を考察していこう。

ルイス・ブルームのキャラクター分析

ルイス・ブルームの正確な年齢、家族の有無等はわからないが、高い学歴は無いようだ。また、かなり以前から孤独な生活を送り、その孤独な時間を勉強に使っているようだ。勿論、孤独な彼の勉強手段はインターネットであることはいうまでもない。

勤勉で志が高く粘り強い人間を自称する彼は妥協しない。シャツにアイロンをかけ、車の給油の仕方に拘る彼の神経質で几帳面な一面がそれを裏付ける。

そもそも反社会的人格を持つ彼に常識や倫理はない。他人の痛みや他人の悲しみを理解する心を持たない彼は、自分の野心のため他人を徹底的に利用する。他人を傷つけ、他人を服従させ、他人から奪う。

勉強家で物覚えが早い彼はインターネットで得た様々な知識を利用し自分の野心を現実にする。彼の野心は会社をつくり、金と名誉を得ることだろう。彼のカーラジオや彼が視聴するTVからは経済情勢や自己啓発の話題が流れている。

彼は視聴率が金を生むことを理解するが、人間の死や悲しみは理解できない。視聴率のために事実を曲げ、事件を作り出す。社会のために事実を伝え社会に貢献したいたいというジャーナリズム的な思考は一切ない。

ルイス・ブルームの交渉術

一般的に反社会的人格の者はコミュニケーション能力に長け社交的で魅力的な人間だといわれる。ルイス・ブルームも例外ではない。彼はインターネットで得た知識と巧みな話術を使い「他人」と向き合う。彼にとって全ての「他人」は文字通り自分以外の人間だ。

彼と「他人」は支配/被支配、優位/劣位の関係だ。仲間や友人、家族、恋人等に向けられる特別な感情はない。

「他人」との関係を支配/被支配、優位/劣位でしか考えられない彼は、自分の利益の最大化を目的とするためだけに交渉を行う。彼の交渉術は、優位に立ち、支配する相手の弱点を調べ、相手の心理を読み、操縦することだ。

それはTV局「KWLA6」の女性プロデューサーのニーナ・ロミナとの金銭交渉や男女関係の「交渉」の際、顕著に表れる。

ニーナ・ロミナの経歴と現況を調べ、彼女が欲するもの知り、彼の条件を飲ませる。

また、彼は自分の交渉術の危険性を知っている。助手のリックが自分に対し彼の交渉術を使うことを許さない。彼はリックを排除する。

やがて、彼の交渉術はTV局「KWLA6」全体、視聴者全体にも及ぶだろう。現実のメディアも視聴者の属性等を調べ、視聴者が欲するもの知り、視聴者に「物語」を提供する。

それは、メディアと視聴者の支配/被支配、優位/劣位の関係を加速させる。

ニーナ・ロミナ

本作のもう一人の重要人物であるTV局「KWLA6」のニーナ・ロミナは、米国の原点(独立宣言と米国憲法が採択された場所。世界遺産「独立記念館」「自由の鐘」等がある)ともいえるフィラデルフィア出身の女性プロデューサーだ。

年齢はわからないが、ルイス・ブルームの2倍の年齢と自称している。若い頃の彼女は現場リポーターだったようだ。年齢とともに現場を去る必要性に迫られたのしれない。

彼女はロスアンゼルスで最も視聴率の低いTV局の夜間担当プロデューサーだが、契約期間は2年間のようだ。

若い頃からメディア業界に関わり熾烈な出世争いのなか、視聴率低迷のTV局「KWLA6」で現職を得たのだろう。視聴率を上げることは彼女のこれからに最も必要なことだ。視聴率の低迷は彼女のメディア業界での死を意味すると言っても過言ではない。

当然ながらルイスもそれを知っている。最初はルイスの教師的な立場だった彼女だが、次第に過激なスクープ映像を連発するルイスとの立場に逆転がみられる。他局との激烈な視聴率争いや自分の地位の確保にルイスの存在は不可欠だ。やがて、ルイスが提示する条件を飲むようになる。

しかし、彼女は激しい競争を生き残ってきた女性だ。ルイスに必要価値がなくなれば、彼女はルイスとの関係を清算するかもしれない。彼女もルイスと同様に事実よりも視聴者が欲する「物語」を優先する。

彼女も自分の利益のためだけにメディアで働く人間なのだ。

コンプライアンスとジレンマ

自分の利益のため視聴率を優先するルイスとニーナのコンプライアンス意識は低い。特にルイスは過激な映像を撮影するため法を犯し、一般的な倫理の壁を越えていく。

報道には事実を追求し大きな社会悪を告発する力がある。事実の告発のため法を犯し、倫理を無視することは許されるのか?本記事筆者は、この問いに対する明確な答えを持ち合わせていない。単純な黒/白、是/非の問題ではないと考える。

コンプライアンスを絶対視するなら答えは否だが、情報(事実)を得るためなら、ある程度のコンプライアンス違反は比較衡量により不問にするという考え方もある。90年代以前のジャーナリストには後者の考えを持つ者が多そうだ。

問題の本質は、事実を追求しないこと、物語を作り事実を捻じ曲げることと、メディアに不利益な事実は無視するということが行われた場合に顔を出す。

そして上記で指摘した問題の本質は、視聴率至上主義と商業主義から生まれると言えるだろう。

視聴者(国民)への影響

視聴率至上主義と商業主義から生まれた報道は多くの視聴者に影響を及ぼすだろう。それは議会制民主主義の根本である選挙にも影響を及ぼす。また偏った報道に誘導された世論に立法、行政、司法が影響を受けることもある。

捻じ曲げられた事実は「物語」となり過激な映像とともに人々の記録に刻まれる。

2020年米国の大統領選挙の混乱、数々の冤罪事件、行政の怠慢、手続きを無視するかのような立法――それらを後押しするのは商業主義メディアが作りあげた「物語」かもしれない。

解決策の提案

ここまで、映画『ナイトクローラー』から現実のメディアの商業主義、視聴率至上主義について考えてきた。

繰り返しになるが、問題の本質は、事実を追求しないこと、物語を作り事実を捻じ曲げることと、メディアに不利益な事実は無視するということが行われた場合だといえるだろう。

既存の大手メディアは営利目的の民間企業だ。利益を追求することを否定することは出来ない。ただし、完全否定はできないが、メディア(TV、ラジオは免許事業)は自身の目的を意識することが必要だろう。極論だが自身の目的を意識するということは全ての業種に求められるだろう。

さらに言えば、国民からの受信料で運営されているNHKには行き過ぎた視聴率至上主義、商業主義を捨て去る勇気が期待される。

約60年以上にわたり、日本芸能界、メディア関係者の公然の秘密だったともいえるジャニーズ喜多川氏の性加害事件を世界に知らしめた『J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル』は、BBC(英国放送協会)が製作した。

BBCが日本社会に無関係な海外メディアだからジャニーズ喜多川氏を告発できたのか?答えは否だ。彼らは大きな権力に忖度せず、事実を伝えることこそ視聴率に繋がることを知っていたのだろう。

そう、事実を報道すれば金と数字はついてくる。事実が金と数字を生む。国民(視聴者)は愚かではない。


◆映画・ドラマ・漫画・アニメから考える時事問題


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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