★ご注意:この記事には、映画『恋の罪』のネタバレが含まれています。また、考察のため、あらすじを詳細に記しています。本作は素晴らしい映画です。未視聴の方は、ぜひ、視聴してから本記事をお読みください。個人的な考察と感想ですが、お役に立てれば幸いです。なお映画『恋の罪』R18+(18歳未満は観覧禁止)に指定されています。
2022(令和4)年9月26日、ノンフィクション作家佐野眞一の悲報が報道された。享年75歳だった。
ノンフィクション作家佐野眞一の代表作とも評される『東電OL殺人事件(新潮文庫2003年)』と同事件の被害者A氏と同じ風俗店に籍を置き、同女性と同僚だった時期のあるノンフィクション作家酒井あゆみ(1971年12月12日生)の『禁断の25時(アドレナライズ2013年)』からインスパイアを受けたと思われる2011年公開の映画『恋の罪(Guilty of Romance)』。
※1,東京電力の女性社員殺害事件(以下、東電OL殺人事件)は、1997(平成9)年3月8日深夜-9日未明頃に発生した事件である。殺人などの容疑で逮捕された外国籍男性B氏は、一審(2000年4月14日)で無罪、控訴審・上告審(2003年10月20日)で無期懲役の逆転有罪、2011年7月21日の弁護側の再審請求、2012年6月7日の東京高裁の再審確定を経て、2012年11月7日、無罪判決が確定し、警察の捜査手法や検察の証拠開示の問題点が指摘されている事件でもある。
また、2010(平成22)年4月27日に公布・施行された「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」(リンク先は「法務省大臣官房秘書課広報室あかれんが便り」により、東電OL殺人事件に公訴時効はない。
※1,メディア報道や裁判所などでも「東電OL殺人事件」と呼ばれ表記されているが、被害者A氏は「東京電力」初の総合職の女性である。
映画『恋の罪』概要
映画『恋の罪』の監督・脚本は、埼玉愛犬家連続殺人事件(1995年1月、被疑者Cと妻Dらが逮捕され、その後の裁判でCとDに死刑判決が確定した連続殺人事件)をモチーフにした『冷たい熱帯魚(2011年日本公開)』などの園子温(1961年12月18日生)。
動画は、映画『恋の罪』予告編
出所:GuiltyOfRomancec channel
吉田和子、菊池いずみ、尾沢美津子の3人の女性主人公を水野美紀、神楽坂恵(園子温の妻であり、『冷たい熱帯魚』にも出演している)、演出家の蜷川幸雄の舞台作品での主演歴などのある冨樫真が好演している。
なお、余談ではあるが『恋の罪』というタイトルは、近代思想に多大な影響を与えたマルキ・ド・サド侯爵(1740年 6月2日-1814年 12月2日)の短編集のタイトル(岩波文庫、1996年)でもある。近親相姦、親殺しを描いたサドの『恋の罪』は、彼の文学的テーマ「迫害される美徳、勝ち誇る悪徳」(『恋の罪』P439,岩波文庫、1996年)を見事に表現した傑作だ。
そして、映画『恋の罪』がサドの『恋の罪』から影響を受けていると仮定するなら、作中では明かされていない尾沢美津子と父親の具体的な関係性や父親の死因が非常に気になるところでもある。
映画『恋の罪』あらすじと3人の女を考察
ラブホテルとラブホテル街と90年代の渋谷円山町の説明から始まる冒頭から数秒後――。
ラブホテルで男性と密会する女性刑事吉田和子の携帯電話に円山町での事件を知らせる連絡が入る。
事件現場の円山町の廃墟アパートの一室に入った吉田和子ら刑事は、部屋の中に置かれた猟奇的な切断遺体と壁に書かれた「城」という文字を目にする。
壁に書かれた「城」は、フランツ・カフカ(参考:オドラデクと羊猫 カフカの不安を考察)の未完の長編小説『城(1922年)』(リンク先は青空文庫『城』)からの言葉であり、3人の30歳前後から40歳前後の女性主人公を描いた本作の鍵となる言葉である。
本作はCAPTURE 1からCAPTURE 5で構成されている。CAPTURE 1からCAPTURE 4までは、現在(円山町の猟奇的殺人事件を追う警視庁捜査1課の女性刑事吉田和子の捜査と私生活)と過去(円山町の猟奇的殺人事件の被害者尾沢美津子と関係者の菊池いずみに焦点が当てられている)を交互に描き、CAPTURE 5では、事件後の菊池いずみと吉田和子を描いている。
ここからは、それぞれのCAPTUREごとのあらすじと考察を記す。
CAPTURE1「菊池いずみ」のあらすじと考察
ここでは、有名小説家の妻・菊池いずみの「堕落前」の日常生活が描かれているが、冒頭に映される大量の行方不明者捜索用のチラシのなかに菊池いずみのチラシは彼女のその後の人生を暗示するようだ。。
30歳を前にした専業主婦の菊池いずみは、潔癖症で権威主義的で貴族趣味と自己愛の強い小説家・菊池由紀夫を文字通りの「主人」とすることを自己承認の中心に置きながら生きている。
決まった石鹸を使い、決まった時間に寝て、決まった時間に起き、決まった時間(7時)に外出し、決まった時間(21時)に帰宅する菊池いずみの「主人」の満足げな表情や彼からの誉め言葉が彼女の日常を作り出す。
だが、変化のない日常のなかで、菊池あかねの心にある「何かがしたい」という欲望がひっそりとだが強く芽生え、その芽はいつのまにか大きく、大きく成長していく。
ヘンリック・イプセン『人形の家』(1879)のような「主人」との生活のなか、「夫への愛」、「夫への恋心」以外の「何か」を求め、人形から人間へという漠然とした欲望は心のなかに花を咲かせ、菊池めぐみの全てを変えていく。
スーパーマーケットの試食品売り場で働き始める菊池いずみ。しかし、不慣れな仕事、久しぶりだと思われる社会のなかでの仕事は、彼女のなかの無力感を加速させる。
人形の家の人形、不眠、セックスレス、職場での無力感を抱え自己肯定感が極限まで低下している菊池いずみの前に一般のモデルスカウトを装ったAV会社の土居エリが現れる。
「美の素質がある」などの褒め言葉で口説かれた菊池いずみは、流れのなかでアダルトビデオの撮影を許し、撮影後の非日常のなかで見知らぬAV男性と関係を持ってしまうが、この非日常は菊池いずみが望んでいたものだろう。
CAPTURE2「城」のあらすじと考察
非日常のなかで得られた他者からの承認、賞賛が日常のなかの菊池いずみを変化させる。30歳の前の日に彼女を見知らぬ男性と関係を持ち、やがて彼女の「欲望」と「衝動」は、彼女を渋谷円山町のラブホテル街へ向かわせ、そこでデリヘル※2「魔女っ子クラブ」の関係者男性カオルと出会う。
※2,東電OL殺人事件の被害者A氏は、品川区西五反田にあった「魔女っ子宅配便」という店名のホテトルに籍を置いていた(参考・引用:東電が休みになる土、日ごとに西五反田二丁目にある「魔女っ子宅配便」というホテトルに通い、「さやか」という名で客をとってい た。佐野眞一. 東電OL殺人事件(新潮文庫) (p.276). 新潮社. Kindle 版.)
なお、カオルのモデルは、冤罪被害者B氏の公判で東電OL殺人事件発生の前日頃の1997(平成9)年3月8日の深夜に被害者A氏を目撃した渋谷円山町の風俗店Sのサンドイッチマン(宣伝担当者)H氏の証言からインスパイアされてとも思われる。
証人H氏は、冤罪被害者B氏の公判で、被害者A氏が年齢27-28歳位の男性と渋谷駅から円山町方面に歩いていくのを目撃したと証言しており、当初は被害者A氏の「ヒモ」だと思ったが、その男性の顔の顔に華奢な印象を持ったため、ヒモではないと思ったなどとある(参考:佐野眞一. 東電OL殺人事件p.222-224 新潮社. Kindle 版.)。
カオルは、ある女性から聞いたという、渋谷円山町のラブホテル街は「城」だ。人々は「城」の周りをぐるぐると歩き続けるが「城」のなかには入れないなどの言葉を菊池いずみに語る。
突然カオルが見せた暴力的な振る舞いにより菊池いずみの性的な欲望はさらに解放され、「堕落」を知らず、「堕落」の意味も知らない菊池いずみの「堕落」と永遠に入れない「城」の入り口を探す人生が始まる。
場面が移り、もう一人の主人公警視庁刑事吉田和子と部下男性は円山町の廃墟アパートで発見された猟奇的事件の被害者遺体の検視に立ち会う。
検視官から説明される異常な状態で発見された女性遺体の状況を聞き取った後、両名は遺体の身元割り出しのため20代から30代後半の女性家出人捜索願の分析を始める。過去10日間の該当者は5名、さらに過去半年に範囲を広げると153名。
対象数の多さに困惑する吉田和子に男性部下は「人妻の家出も多い」などと続け、ある家出人主婦のエピソードを語りだす。その主婦は両手にゴミ袋を持ち、ゴミ出しのため家を出たが回収に間に合わず、ゴミ収集車は発進してしまった。主婦はゴミ収集車を追いかけるが、次の回収場所でも間に合わない。その次の場所でも間に合わない。これを何度か繰り返すうちに主婦は普段立ち寄らない街に来てしまう。
主婦は「ずいぶん遠くまで来たな」と思うのだが、それはゴミを追いかけ走った距離の遠さではない。それは、「今までぼんやり生きてきた日常のこと」だったらしい。そして、その主婦はそのまま家出をし、数日後に家に戻ったとの話だった。 刑事の吉田和子には家庭がある。家庭には夫と娘がいる。刑事という職を持ち、夫と娘のいる生活のなか、吉田和子には秘密がある。それは不倫していることと「ご主人」を名乗る不倫相手におもちゃにされることを言葉では否定しながらも望んでいることである。
CAPTURE3「尾沢美津子」のあらすじと考察
警察に提出された家出人捜索願のなかに大学の日本文学科助教授(現在の准教授)尾沢美津子(39歳)がいる。吉田和子の部下男性は、尾沢美津子の10年前に他界した父シンスケ(漢字不明)も生前は同じ大学の教授だったこと、捜索願を提出した母親も上品な女性であること、などから生活水準の高いエリートの尾沢美津子が渋谷円山町内の猟奇事件の被害者とは考え難いとの見解を語る。
だが、吉田和子は尾沢美津子の近隣から得た、遅い帰宅時間や派手な化粧などの風評からデリヘルなどで売春などをしていたのではないかと考える。
場面が変わり赤色系の※3トレンチコートと派手な化粧で夜の円山町を歩く尾沢美津子と菊池いずみがいる。
※3,東電OL殺人事件の被害者A氏は、いつもバーバリーのトレンチコートを着ていた。
尾沢美津子は言う――早く帰りなさい。あのね、影がある人ねといわれる頃はまだ間に合う。闇は影よりも濃いのよ。この辺りは闇が濃いから来ないほうがいい――
最近の行動などからそれまでの「自分」の崩壊を感じ戸惑いと恐怖と救済を求める菊池いずみが尾沢美津子に「城」はカフカの『城』なのか?そして、泣きながら自分の夫が有名小説家であることも告げ、夫がピュアすぎてついて行けない。尾沢美津子の気持ちがわかる。など語るのが、尾沢美津子は怒りの表しながら客を探し始め男性に5000円での交渉を持ちかける。
5000円で取引が成立した、尾沢美津子と男性客は、後に事件現場となる円山町の廃墟アパートに入る。その二人を後から追う菊池いずみに気づいた尾沢美津子は全裸となり両手を広げ微笑む。それは菊池いずみへのメッセージだ。涙に濡れていた菊池いずみは了承するかのように微笑みを返す。男性客との行為の最中、尾沢美津子は菊池いずみ「ちゃんと見ているよう」話しかける。
一方、仕事を終え帰宅した※4吉田和子の自宅では、夫と夫の後輩で吉田和子の不倫相手でもあるショウジが酒を酌み交わしている。また、ショウジと吉田和子の会話から、不倫関係はかなり以前からのものだとも思われる。ショウジは吉田和子を「はしたなくて、下品なケダモノ」と評してもいる。吉田和子に「も」二つの顔がある。人間の顔は単純な一つの顔ではない。一人の人間のなかにこそ多様性がある。
※4,仕事中の吉田和子もトレンチコートを愛用している。
酒席のつまみ代わりだろうか、夫が吉田和子に偶然、その場に立ち会った「いきなり路上で自分を刺した女の話」を求める。
場面は変わり、吉田和子は一人で殺人事件現場の廃墟アパートの一室にいる。雨漏りのする汚れた部屋の遺体があったと思しき場所に寝転び、携帯電話に入ったショウジからの着信を受ける。
ショウジから奴隷、変態などといわれ、殺人現場の部屋のなかでの自慰行為を命令されると自ら変態だと「主人」に告げ、ラブホテルでの密会や「いきなり路上で自分を刺した女」を思い出しながら全身で雨を受ける。
「いきなり路上で自分を刺した女」は、デパートで買ったばかりの赤いドレスを入れた紙袋を持ち歩いていたが、突然、立ち止まるとポケットに入れていた包丁を取り出し、腹部に包丁を突き刺す。
駆け寄った吉田和子に「いきなり路上で自分を刺した女」は、浮気の証拠が残っている携帯電話を折ってくれと哀願する。「いきなり路上で自分を刺した女」は、自身の怪我よりも浮気が夫に発覚することを気にかけている。「いきなり路上で自分を刺した女」は言う。「夫を愛している」「バレたくない」「馬鹿な女です」「一生のお願いだから携帯を折ってくれ」などなど。
吉田和子が「いきなり路上で自分を刺した女」から渡させた携帯電話を折ると、息も絶え絶えの「いきなり路上で自分を刺した女」は感謝の言葉を述べ、さらに続ける。赤いドレスを着た自分を夫に見せたかった。私は女になれるのか?女になりたい。そして、彼女の最後の言葉は、「夫を愛してる」「ずっと」だった。
そう、「いきなり路上で自分を刺した女」と菊池いずみと吉田和子と尾沢美津子は同じなのだ。
絶頂を向かえる直前――吉田和子は赤いドレスを着た「いきなり路上で自分を刺した女」の幻影を見ている(正確には想像するだろう)。
幻影のなかの「いきなり路上で自分を刺した女」が吉田和子に「私を殺して」と、言い、吉田和子の手を取り自分の首を締めさせる。言葉と表情では拒否をしていながらも「いきなり路上で自分を刺した女」の首を絞める吉田和子。
この吉田和子の幻想は、尾沢美津子と菊池いずみが関係する猟奇的事件の象徴でもある。繰り返しになるが、菊池いずみと吉田和子と尾沢美津子は同じなのだ。
場面は一気に、大学で講義する尾沢美津子と彼女を訪ね構内を歩く菊池いずみに移る。
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
帰途 田村隆一
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる
言葉なんかおぼえるんじゃなかった: 詩人からの伝言 ちくま文庫 2014/11/10
大学助教授の尾沢美津子は、「言葉」「言葉の肉体性」、「意味」「意味の身体性」、カフカの『城』、尾沢美津子の「城」を菊池いずみに教え、売春婦の尾沢美津子は、菊池いずみに※5「愛のないセックスには金は取れ。金の大小は関係ない。金を介在させろ」と教え、教えを受ける菊池いずみの目には涙が流れる。
※5,年収約1000万円、都内高級住宅地の実家住の東電OL殺人事件被害者A氏が得ていた対価は数千円のこともあった。
なお、尾沢美津子は大学内でも学生相手に売春をする。大学助教授の尾沢美津子も売春婦の尾沢美津子も一人の尾沢美津子であり、ここでも一人の人間の多面性、多様性が描かれいる。
菊池いずみは、作家の夫を愛している。「いきなり路上で自分を刺した女」は夫を愛していた。「いきなり路上で自分を刺した女」の言動に共鳴する吉田和子も夫を愛しているだろう。では、尾沢美津子は誰を?大学助教授の服装や化粧から円山町の売春婦の服装(赤色系トレンチコート)と派手な化粧に変わりながら尾沢美津子は、死んだ父親の名前を口にする。
尾沢美津子の語る「城」という言葉にはいくつかの「意味」があると思われるが、その一つが夫や父親――つまり愛の対象となる者だとも考えられるかもしれない。そして、その「意味」を彼女らの「衝動」と「欲望」、「身体」を持つ「言葉」が欲してる。
物語は進み、菊池いずみは、尾沢美津子から彼女が在籍するデリヘル関係者男性を紹介される。その男性は、CAPTURE2「城」で菊池いずみに乱暴な行いをしたカオルだった。尾詳細は自宅で話したいとの沢美津子からの提案を受け、三人は尾沢美津子の自宅に向かう。
東京都世田谷区にある尾沢美津子の自宅は古いが立派な邸宅だ。邸宅の主である尾沢美津子の上品の母親は、尾沢美津子、カオル、初対面の菊池いずみに売春や尾沢美津子と亡き父(母の夫)の下品さを語り始める。
母親は下劣で下品な夫との身分違いの結婚だったと言いながら、尾沢美津子の頭の悪さや下品さは父親の血だと一気に語り始める。次第に母娘は互いに罵り合うが、尾沢美津子の「この前の客は父に似ていた」の挑発に母親は激高し、刃物を持ち出し娘に刃物の先端を向ける。
父親と近親相姦関係にあったとも類推される尾沢美津子と父親。それを知っていたとも思われる母親の夫(尾沢美津子の父)と娘への愛憎が伺えるともいえる場面だ。この母親も「城」の入り口を探し続けているのかもしれない。
場面が変わり、円山町の猟奇的殺人事件の被害者の身元と犯人を追う吉田和子と部下男性刑事は、被害者がデリヘルなど風俗関係者ではないかとの見立てを立てるのだが、当時のデリヘル(無店舗型風俗営業)には、届け出の義務がなかったため、営業の実態や従業員の動向などの把握が困難であり捜査は難航の様相を帯びている。
捜索願いが提出されている主婦など「普通」の女性が風俗業に関わり被害を受けたのか?男性部下は否定的な意見を語るが、吉田和子は「女はわからない」などと言い、円山町近辺の風俗業者への聞き込みを開始する。
その後、聞き込みをする吉田和子と部下男性に「被害者の身元が割れた」との連絡が入る。
CAPTURE4「魔女っ子クラブ」のあらすじと考察
CAPTURE4「魔女っ子クラブ」は、尾沢美津子とカオルに案内された菊池いずみが「魔女っ子クラブ」に初めて出勤した日が描かれる。
突然の展開に戸惑いの表情を見せる菊池いずみだが、これまでどおり積極的な受け入れも、積極的な拒否もせず、流れのなかで働き始めうち、店の電話が鳴る。初めての客からの入電だ。客からの電話を受けた電話番男性が尾沢美津子に出動を伝える。
店に在籍する他の女性従業員から「変人」と呼ばれる尾沢美津子は、一見客への※5生贄的な存在だ。一見客に尾沢美津子を充て、チェンジ(女性の変更)を誘導する。店側はチェンジを希望する一見客に少し料金を上乗せすればVIPコースのかわいい女性を回せると言い支払い金額を吊り上げる作戦らしい。そして、電話番男性とカオルは客からチェンジの連絡が入れば、出番だなどと菊池いずみに告げる。
※5,東電OL殺人事件の被害者A氏も在籍していたホテトルで「生贄」として扱われていたといわれる(引用:生け贄と呼ばれる存在だったようだ。生け贄というのは、一見の客に高いコースを選ばせるために使う、ホテトルの常套手段だった。酒井あゆみ. 東電OL禁断の25時 (p.27). 株式会社アドレナライズ. Kindle 版.)
ここからは、場面が現在(吉田和子らの捜査)と過去(円山町の猟奇的殺人事件の被害者尾沢美津子と関係者菊池いずみ及びカオルの当日=菊池いずみ初出勤日)が交差しながら物語が進む。
指定されたホテルに入る尾沢美津子の客は、廃墟アパートの常連客だった。男はチェンジを望み、チェンジの連絡を「魔女っ子クラブ」に入れるが、尾沢美津子は客の言葉を無視し、室内に入り男性を襲うように行為を始める。
当初の思惑どおり、客からのチェンジの連絡を受けた「魔女っ子クラブ」は、案内役のカオルと初出勤の菊池いずみを指定ホテルに向かわせる。カオルに伴われホテルに着いた菊池いずみが室内に入るとそこには罵り合う尾沢美津子と客と散乱する原稿がある。
客が顔を上げた瞬間、菊池いずみは客が自分の夫であることを知る。潔癖症でピュアな夫の「下品」な姿が目の前にある。菊池いずみは、夫に素性が悟られるようサングラスかけたま客である夫の相手をするが、その目には涙が溢れている。客である夫から「ビッチ」と罵られながら妄想のなかで求めていた夫の身体に乗り、菊池いずみはサングラスを外す。
大笑いする尾沢美津子が愛する人以外のセックスは金を取れ、コイツ(客=夫)から金を取るか?金を取ったら愛は終了だ、などと言う。菊池いずみは金を取る、金くれと(客=夫)に言う。
金を投げ捨て出ていけという夫。その後、菊池いずみは、夫が尾沢美津子の以前からの客であったことを知らされる。あの汚れた廃墟アパートで潔癖でピュアな夫が尾沢美津子から首を絞められ恍惚感を得ていたことを知らされる。菊池いずみが夫と結婚する前からの夫が尾沢美津子の客だったことを知る。
一方、吉田和子は円山町猟奇的殺人事件の被害者と特定された尾沢美津子の家で母親から事情を聴いている。母親が示した2つのボストンバックの中からは、尾沢美津子の未発見だった遺体の一部が発見される。
母親は娘、尾沢美津子のセックスに負けた下品な娘の下品な部分を取り除いたなどと語り、娘、尾沢美津子を尾行していたことを告白する。
場面はあの廃墟に移る。そこにはラブホテルから移動した尾沢美津子と菊池いずみとカオルがいる。尾沢美津子が「城」について語っている。男として見ていた父親からカフカの小説『城』を貰ったことや尾沢美津子が考える「城」のことや殺されることを望んでいることなどの話が終わるころ、廃墟に近づく母親の姿がある。そして、猟奇的な殺人事件が起きたようだ。
再度、場面が移り、尾沢美津子の母親が吉田和子に事件を語っている。吉田和子は小柄で年配の母親が尾沢美津子を殺したとは思っていない。殺したのは誰か?吉田和子が尋ねるが、母親は大いに手伝って貰ったなど答えるが、誰に手伝って貰ったのかなどは答えない。 別の部屋で首を吊ったカオルの遺体が発見される。誰が尾沢美津子を殺したのか?菊池いずみが尾沢美津子を殺したのか?尾沢美津子の母親が殺したのか?などの答えは、カオルの自死と尾沢美津子の母の自死と菊池いずみの失踪により永遠の謎となったが、尾沢美津子が死を欲していたことは、事件当日の場面から容易に想像できそうだ。
CAPTURE5「おしまい」のあらすじと考察
前述に記したが、吉田和子ら警察の家宅捜索と任意聴取を受けている最中に尾沢美津子の母親は隠し持っていた包丁で自死を遂げる。
場面が変わり、吉田和子と部下男性は事件関係先の「魔女っ子クラブ」に大急ぎで向かうが既に店舗をもぬけの殻だ。次に失踪した菊池いずみの夫に事情を聞きに行くが夫は曖昧な答えしか返さない。菊池いずみが売春をしていたと聞いても知らない素振りを続けるのだが、吉田和子は事件現場や尾沢美津子の自宅の壁などに付着していた塗料が菊池家のカーペットにもあることを現認する。吉田和子は「なにか」に気づき菊池家を後にする。
場面は漁港の町にいる菊池いずみが映し出す。菊池いずみの化粧は尾沢美津子のようだ。尾沢美津子と見間違えるような化粧だ。行動も尾沢美津子のように粗暴で下品な振る舞いを見せる。田村隆一の詩の一節や「城」を語り、数千円で取った客に暴言や暴力を浴びせかけ、トラブルになった客などかから激しい暴力的な報復を受ける菊池いずみ。それはまさに死を欲していた尾沢美津子だ。
場面は事件後の吉田和子の朝の日常になる。夫と朝食を取る吉田和子が映し出される。食事中のテーブルに置かれた吉田和子の携帯電話に誰かからの着信が入るが彼女は無視する。夫は仕事の連絡だと思っているが、真相はわからない。
マンションの外からゴミ収集車の音が聞こえる。両手にゴミを持ち外に出るが寸でのところで収集車は発進する。ゴミを持ち収集車を追いかける吉田和子。追いかけ、追いつかず、追いかけ、追いつかず、彼女はいつの間にか円山町の廃墟アパートの近くまで来ていた。
再び携帯電話が鳴る。いまどこだ?と尋ねる電話の相手は不倫相手だ。
吉田和子は言う。
わからん
映画『恋の罪』
そう、彼女のこれからの人生は誰にも「わからん」。
◆参考文献
『東電OL殺人事件』佐野眞一 新潮文庫 2003.
『禁断の25時』酒井ゆかり アドレナライズ2013.
『恋の罪』マルキ・ド・サド著,植田祐次訳,岩波文庫1996.
『東電OL事件-DNAが暴いた闇』読売新聞社会部 中央公論新社2012.
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