★ご注意:この記事には、映画『チェイサー』のネタバレが含まれています。なお映画『チェイサー』は、韓国でR18作品、日本でR15作品に指定されています。
映画『チェイサー』概要
2003年9月から2004年7月の約10か月間に――韓国ソウル特別市内で20人の人間が猟奇的な手口で殺害された。
手製のハンマー(大型のハンマーの柄を短くし、持ち運び易くしたと思われる)を使い被害者を撲殺などした連続殺人事件。
死刑囚(2005年6月死刑確定)ユ・ヨンチョル(1970年4月18日生)の当初の被害者は旧基洞(クギドン)などに住む富裕層だった。
犯行動機の不明なユ・ヨンチョルの連続殺人事件(ソウル20人連続殺人事件、レインコートキラー)の捜査は難航する。国民、市民からの情報提供と新たな事件の抑止効果を狙った当時の韓国警察は、犯行現場付近の防犯カメラに映りこんだ犯人と思しき男性の後姿を公開する。
ユ・ヨンチョルは、上記映像が公開されたことを契機に殺人の対象を変え、風俗産業(デリヘル)の女性を狙い始める。
店(デリヘル)に利用客を装い電話をし、女性を呼び出し、殺害する。 2008年2月公開(日本公開は2009年5月)された映画『チェイサー』は、2000年代初めの韓国を震撼させた上記の「ソウル20人連続殺人事件(レインコートキラー)」をモチーフにした韓国の映画である。
なお、「ソウル20人連続殺人事件(レインコートキラー)」のドキュメンタリーシリーズ『レインコートキラー: ソウル20人連続殺人事件』は、Netflixで配信されています(2022年11月27日現在配信中)。同シリーズでは、「ソウル20人連続殺人事件(レインコートキラー)」の実際の捜査関係者などへのインタビューや警察の捜査などの失敗や警官汚職などが語られています。(リンク先は、NetflixのHP「レインコートキラー: ソウル20人連続殺人事件」紹介記事 )
映画『チェイサー』は、タイトルのとおり「追う者」と「追われる者」を描いた映画でもあるが、米国や日本映画にあるような派手なカーチェイスはない。派手な銃撃シーンもない。格闘術を使った格闘シーンもない。暴力表現に対する躊躇も薄い。
逃げる犯人チ・ヨンミンを走って追いかける主人公のオム・ジュンホ。走って逃げる犯人チ・ヨンミン。犯人チ・ヨンミンを踏みつけるように蹴る主人公のオム・ジュンホ。頭突きをする主人公のオム・ジュンホ。平手打ちするオム・ジュンホ。被害者の頭をハンマーとノミで叩こうとする犯人チ・ヨンミン。
坂の多い韓国ソウル特別市の下町「麻浦区望遠洞(マンウォンドン)」の住宅街の細い道(路地)。路上駐車の車。煙草を吸う刑事。暴力を振るう刑事。警察の失態。警察の汚職。風俗産業に身を置くシングルマザー。残された娘の涙。残された娘の手を握る元汚職警官の風俗産業の事業主オム・ジュンホの変化。
地図は、国ソウル特別市麻浦区望遠洞(マンウォンドン)
監督は本邦でも人気のあるホラー映画『哭声/コクソン』(2016.)などの作品があるナ・ホンジン(1974生)。主人公オム・ジュンホを演じるのは映画監督としても活躍するキム・ユンソク(1968年生)、犯人チ・ヨンミンはハ・ジョンウ(1979年生)。
映画『チェイサー』あらすじ
韓国のソウル特別市地方警察庁(機動捜査隊に所属だったと思われる)の元刑事オム・ジュンホは、常務と呼ぶ(反社会勢力・組織の有力者、警察関係者などの可能性もある)への上納金と思われる金の支払いを心配している。
金の心配の原因は、ここ最近、在籍していた2人の女性が連絡不能となり、手付金の回収ができないためだ。
出典:映画配給会社クロックワークス公式チャンネル
2人の女性が「逃げた」「売り飛ばされた」「手付金を持ち逃げした」と考え、怒りを覚えるオム・ジュンホの店に携帯電話の客からの「注文」が入る。
在籍女性2人の失踪などもあり客に対応できる女性の数が少ないなか、オム・ジュンホは夏風邪をひいて自宅で寝込んでいたキム・ミジン(演:ソ・ヨンヒ)に電話をかけ、客の元に行くように命令する。
キム・ミジンは、オム・ジュンホの強引ともいえる命令に背くことができず、7歳の娘ユ・ウンジ(演:キム・ユジョン)を自宅に残し、客(犯人チ・ヨンミン)との待ち合わせの場所に向かう。
一方、2人の女性が「逃げた」「売り飛ばされた」「手付金を持ち逃げした」と考える元刑事オム・ジュンホは、2人の女性の失踪に末尾番号「4885」の電話番号の主が関係しているのではないかと考え始める。なぜなら、その電話番号の主から「注文」の後に2人の女性と連絡が取れない状態になったからだ。
元刑事オム・ジュンホは考える。電話の主が女性を「売り飛ばした」可能性がある。その電話の主こそキム・ミジンを派遣した客だったことに気づいた元刑事オム・ジュンホは、早速、キム・ミジンに電話をかけ、男の自宅に着いたら住所を確認してメールで知らせるよう指示を出す。 犯人チ・ヨンミンの家に着いたキム・ミジンは、家の雰囲気に訝しさを感じながらオム・ジュンホに家の住所を伝えるため、風呂場に入るが風呂場には携帯の電波が入らない。風呂場の窓を開けるとレンガが敷き詰められ窓から外には出られない。そして、浴槽には人間の皮膚や血の付着した毛髪の塊が――シングルマザーのキム・ミジンと7歳の娘ユ・ウンジの悲劇が始まりを告げる。
映画『チェイサー』から感じる懐かしい情景
前述のとおり、映画『チェイサー』は、2003年9月から2004年7月に発生したユ・ヨンチョルの連続殺人事件(ソウル20人連続殺人事件、レインコートキラー)をモチーフにした映画である。当然ながら描かれている時代は、2000年代初め頃の韓国の首都ソウル特別区の風景だが、それは日本にもあった懐かしい風景でもある。
道いっぱいに路上駐車されている車のフロントガラスにある風俗店(デリヘル)のチラシ。画整理されていないソウル特別市麻浦区望遠洞の細い路地。路地に防犯灯はあるが、全体的に暗い街並み。それらは日本の昭和の風景を思い出させる。
また描かれている人間からも懐かしさを感じる。元汚職刑事と思われるオム・ジュンホの暴力。警察官の先輩と後輩の関係。既存の常識から外れた動機不明の犯罪の出現。新たな犯罪に戸惑う警察組織。
映画『チェイサー』をはじめ、多くの韓国映画は、日本にもあった(ある)風景や人々を思い出させる。それが韓国映画の人気の要因の一つかもしれない。
映画『チェイサー』から感じる切なさと悲しさ
映画『チェイサー』は切ない。
映画『チェイサー』は悲しい。
夜に生きるシングルマザーのキム・ミジンと元刑事の風俗店主オム・ジュンホと犯人チ・ヨンミン。シングルマザーのキム・ミジンは7歳の娘ユ・ウンジを育てるために夜を生きるのだろう。元刑事のオム・ジュンホも金のために夜を生きているのだろう。
作中に元汚職刑事と思しきオム・ジュンホの家族は描かれていない。妻も子も兄弟姉妹も描かれていない。最初からいないのか、家族が去ったのかはわからないが、自分だけが責任を取らされたと思っている元刑事オム・ジュンホは、人生を見失い自暴自棄となり夜を生きているようにも見える。働く女性や手下に辛辣な孤独な存在のオム・ジュンホは、当初、やや生意気な印象のあるキム・ミジンの7歳の娘ユ・ウンジにも冷淡な態度を見せる。
映画『チェイサー』の切なさと悲しさを象徴する場面は、オム・ジュンホが他の店の女性から聞きだした犯人チ・ヨンミンの殺人を連想させる異常性の逸話をユ・ウンジも聞いてしまった後の車中の2人を映す場面だろう。
雨のなかキム・ミジンを捜し走る車の中――ユ・ウンジの号泣する顔とオム・ジュンホが電話で誰かに激しくなにかを言っていると思える場面。ユ・ウンジの泣き声もオム・ジュンホの苛立ちと怒りの声は聞こえない――。母親の身に起きているかもしれない最悪の結果を想像する娘ユ・ウンジの姿と風俗店の店主の立場や手付金の心配を越え人間としてキム・ミジンの身を案じるオム・ジュンホの姿が映されるが――音声はない。
また映画『チェイサー』には、ボン・ジュノ監督作品『パラサイト 半地下の家族』(2019.)で話題となった半地下の部屋も描かれ、キム・ミジンなど性風俗で働く女性の貧困問題なども描かれているといえそうだ。
では、ユ・ヨンチョルの連続殺人事件(ソウル20人連続殺人事件、レインコートキラー)をモチーフにした映画『チェイサー』に光はないのだろうか?オム・ジュンホとユ・ウンジは、切なさと悲しみをそれぞれが一人で抱えて生きていくのだろうか?
事故に遭ったユ・ウンジを病院に運び込んだオム・ジュンホ。病院が提示した書類に署名を求められ、やや戸惑いながらも保護者欄に自分の名前「オム・ジュンホ」を書き込むオム・ジュンホ。ラストシーンの病院で眠るユ・ウンジの手を軽く握り疲れ果て眠りにつくようなオム・ジュンホと窓から見えるソウルの夜景はなにを意味するのだろうか?
人間は切なさと悲しさを一人で抱えて生きていけるのだろうか?ユ・ウンジとオム・ジュンホが家族となり、切なさと悲しさを共有し、夜のソウルの街から抜け出し――そんな未来を勝手にだが思い描いてしまう。
最後にユ・ウンジの母親キム・ミジンがオム・ジュンホの携帯電話に残した言葉を引用しよう。
怒らないで聞いて。この仕事辞めるわ。これ以上できない。すごく怖くてもう耐えられない。
映画『チェイサー』日本語字幕版
ユ・ウンジの母親キム・ミジンも夜のソウルの街から抜け出したかったのだろう――。
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