映画『六月の蛇』考察~奇妙な「救い」の物語~

映画『六月の蛇』考察~奇妙な「救い」の物語~

普段人に注目されることが少なく、テレビでCMを大々的に流されることもない、「ミニシアター系」と呼ばれる作品群がある。その多くは低予算で作られているが、中には超大作を遥かにしのぐ、素晴らしい作品が生まれることがある。

今回ご紹介していく映画『六月の蛇』は、まさにそんな作品の一つだ。独特の雰囲気を持つ今作は癖が強いものの、多くの人の心を掴んで離さない。 では、今作の内容や魅力について、存分に語っていこう。

青色のフィルムが味わい深い、塚本晋也監督作品

今作『六月の蛇』は、『鉄男』や『野火』などで世界的に高い評価を受けている塚本晋也が監督し、メインの登場人物として出演している作品だ(もっとも、彼は自身の監督作品の多くで主人公級の登場人物として出演している)。ちなみに、主演は黒沢あすか(『嫌われ松子の一生』など)とコメンテーターの神足裕司が務めている。

『六月の蛇』の大きな特徴は、撮影に使われているフィルムが、白黒の、しかも淡い青色であるということだ。青色の風合いが作品の雰囲気と絶妙にマッチしており、「六月」という季節の湿っぽさを表現しているように感じられる。

『六月の蛇』のあらすじ

電話相談のカウンセラーとして働くりん子は、人の悩みを解決する反面、自身に深い悩みを抱えていた。それは、夫の重彦とセックスレス状態にあることである。

ある日、りん子のもとに分厚い封書が届く。中を見てみると、りん子の自慰行為を隠し撮りした写真と携帯電話が入っていた。携帯電話が鳴り、りん子が出てみると、相手はかつて彼女が自殺から救った人物・飴口だった。

飴口は写真のネガを返す代わりに、りん子にとんでもない要求をする。写真のりん子と同じ格好(ノースリーブに極端に短いスカート)をして、外出先で自慰行為をするというものだ。

りん子は飴口の言うことを聞くほかない。無事ネガを手に入れたりん子は、自分の気持ちに新たな変化が訪れていることを知る。

性と暴力、湿度を兼ね備えた日本的名作

日本は湿度の高い国だ。そして、そんな日本の中でも最も湿度が高い季節は、梅雨が訪れる6月だ。今作『六月の蛇』は題名の通り、そんな6月を物語の舞台としている。

映画『六月の蛇』では、物語の多くのシーンで雨が降っている。その雨に青いフィルムが重なると、まるで雨季のジャングルのような、尋常ではないほどの湿度を感じ取ることができるのだ。この作品内で感じられる湿度は、今作の物語世界を作り上げるためには欠かせない。

塚本晋也監督の他の作品を見た人であれば、彼の作品には「エロティックさ」と「暴力性」が重要な要素として存在していることに気が付くだろう。塚本晋也監督の作品には、それらが独立して、もしくは、密接に関係している形で存在している。そして『六月の蛇』は後者にあたる。

秘密クラブ的な所で起こる、人の死と性を直結させるショー。乳癌を患うりん子の(そのまま放っておけば死んでしまうのに)、自慰行為。そこには、殴る蹴るといった暴力とは種類の違う暴力性が、エロティックさと共存している。

『六月の蛇』で扱われるエロティックさと暴力性は、通常の「エロ」と「グロ」では語れないものだ。それは、通常よりもっと刹那的で、人を殺めることがなくとも、もっと悲惨だ。

物語の後半、飴口が重彦を殴打するシーンがある。飴口が重彦を殴る理由。それは、りん子の現状と彼女の病状を理解し、直視しない重彦に対する苛立ちだ。倒錯的ではあっても、飴口はりん子のことを愛している(「愛」という言葉がふさわしいかは自信がないが)。そして、飴口は暴力によって、りん子の状況を重彦に理解させるのだ。この際、飴口は奇妙なスーツを着用する。それは蛇のような、男性器を模したもののような、よく分からないテクノロジーだが、性と暴力の共存関係を良く表現している。

そして、先に挙げた湿度というキーワード。元々湿度は、エロティックさと親和性が高いものだ。

映画全編に降り続く雨。その雨音は心落ち着かせるものでありながら、どこか不穏なものだ。りん子の自慰行為も、そんな雨の中で行われた。もし、それが雨の中でなかったら、飴口は彼女を盗撮したのだろうか。そもそも時期が6月でなかったら、りん子が自慰行為を行うこともなかったのかもしれない。

昔から日本では、水に関係するものとエロティックさを結び付けることが多かった。水に関連するものとは、蛇や雨などが多い。江戸時代に成立した『雨月物語』などは、その代表格と言えるだろう。 今作『六月の蛇』は、そんな湿度とエロティックさ、そして暴力性を全て結合して表現した、とてつもなく日本的な名作の一つだ。

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