★ご注意:この記事には、映画『ラブ&ポップ』のネタバレが含まれています。
映画『ラブ&ポップ』の概要
映画『ラブ&ポップ』は、1998年1月に全国公開された長編映画作品です。原作は『限りなく透明に近いブルー(講談社1976.)』で第75回芥川賞を受賞し、文筆業に加え、映像作家、コメンテーター等、マルチに活躍する作家の村上龍さんです。
メガホンを撮ったのは『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズや来年(2023年)『シン・仮面ライダー』の公開も控える庵野秀明さん。
本作は、庵野監督の長編実写作品デビュー作となります。その名残りが、EDの最後にクレジットされた「庵野秀明(新人)」に現れています。
1997年代の渋谷――女子高生の1日――「自分の生きる世界」「日本の中心」――をシニカルに描き出しました。
それに加えて「女子高生」というだけで大人たちが飛びついた「援助交際」という日常の闇の部分を、独特なタッチで描き出しました。
主演は映画初出演となる女優の三輪明日美さん。女子高生の友人役の一人には、まだブレイク前の仲間由紀恵さんもいます。共演俳優も実に豪華です。主人公の客役に浅野忠信さん、吹越満さん、渡辺いっけいさん。そして一癖ある客の手塚とおるさん。
手塚さんといえば『シン・ゴジラ(2016年)』では文部科学大臣役を演じ、『キューティーハニー(2004年)』では奇抜でキャラの強い執事役などを演じるなど庵野作品に欠かせない俳優です。既に次回作『シン・仮面ライダー』の出演も決定しています。 そしてラジオのDJ、電話にかかってきた青年の声、テレクラの自動音声の声などエヴァ作品に出演している声優の方々も出演されているのも、庵野秀明ファンには非常に魅力的です。
映画『ラブ&ポップ』のあらすじ
16歳の吉井祐美は、都内の高校に通うどこにでもいる女子高生。最近は、フィルムカメラが好きでいつも持ち歩いていました。
祐美の仲の良い友達は、踊りが好きで学校も辞めた野田知佐(通称:サチ)、甘え上手で減量しようとしてる横井奈緒、大人っぽくて綺麗な高森千恵子(通称:チーちゃん)いつも4人で学校でもつるんで、たわいもない話をしていました。
夏休み、ダンスを本気で始めたサチが学校を中退し、4人でゆっくり過ごせる最後の夏。せっかくだから海にいこう、水着を買いに渋谷に集合ということで、祐美はこっそり母親から1万円をもらい、制服に着替えて井の頭線で渋谷へ向かいました。
スクランブル交差点で制服姿を見た変な男にナンパされる祐美。全力でシカトするとセンター街へ。そこで奈緒と合流するとどうやら彼女は見知らぬ携帯電話を手にしていました。聞くと「ハチ公前にいたオヤジから借りた」とのこと。
あとで、テレクラとか聞いちゃう?どうせ金払うのはオヤジだしさ。とほくそ笑む2人。祐美はエッチなしの援助交際を、他の3人と経験したことがありました。奈緒とはナンパされた眼鏡の男性のところで、食事をご馳走になりお金を受け取ったこともありました。
そこにサチも合流し、サチとは高級しゃぶしゃぶを「オヤジ」にご馳走になりました。しかし、笑顔で話を聞く2人にオヤジは説教し始めます。それを聞きながら祐美は「確かにオヤジの言っていることは間違えてない、でもお前だけには言われたくないよ」と心で思っていました。
黒髪が綺麗で日焼け止めを塗ったチーちゃんと合流して、4人は「109」に向かいました。チーちゃんとファミレスで2人だけで話していた時、彼女は秘密だよと前置きして最後まで援助交際をしたことがあると、祐美に告白していました。
激務の母親にお金もらうの悪いし――と彼女なりの考えがあってのことでした。
さて、「109」で水着を買い終えた4人。祐美はアクセサリーをぼんやり見ていましたが、トパーズの指輪に心を奪われてしまいました。他の3人もいる中で指に嵌めるととても綺麗です。
――祐美、今日欲しいよね――したり顔でいうサチ。
その時に、手に入れたいと思ったものはすぐ手に入れないと気持ちごと消えてしまう。それが、16歳のリアルでした。
指輪の価格は12万円。大金です。4人にできることはただひとつ――「援助交際」でした。
サチが先程、声を掛けてきたオヤジなら12万貰えるかもと呼びかけます。オヤジは4人が噛み砕いたマスカットを買いとり12万円を受け取った4人。祐美は皆から12万をもらいますが、結局、4人で分けることに――祐美はみなと平等でいたかったのです。
3万円を手に入れた祐美は3人と別れ、奈緒の携帯を借りてテレクラに電話を掛け始めました。性行為なしでは難しいと思っていた祐美は、怪しくなく落ち着いていて、尚且つしっかりと目的を告げるメッセージを選りすぐり、連絡を取ることにします。
――レンタルビデオショップに一緒に行って欲しい――というウエハラという男に付き添い、腕を組まされアダルトビデオコーナーに連れて行かれ、自慰行為の吐け口にされてしまい逃げ出します。
大金は手に入れましたが、なにか大切なものを削られてゆく祐美。
そのあと「ホテルに行きたい」と、即答で告げたぬいぐるみを大切そうに抱く、若いカッコいい男と渋谷のラブホテルに向かいました。そうしないと、今日、あの指輪は手に入らない。
――欲しいの、指輪?似合うと思うよ――男性から優しくそう言われると、祐美は援助交際の相手なのに少しドギマギしました。
ぬいぐるみの尻尾が千切れてしまい、持っていたソーインググッズで縫い合わせる祐美。そして祐美はシャワーを浴びようと全裸でバスルームへ。すると洋服を着たままの男性が手にはスタンガンを持ち飛び込んで来ます。祐美は髪を掴まれ、無理矢理に胸を見られ、急な暴力に恐ろしくて震えて、腰が抜けてしまいました。
――お前は裸だ、ぼくは服を着てる。お前がそうやって裸でいる時に、死ぬほど悲しい思いをしてる人がいるんだよ――お前はぬいぐるみを縫ってくれたから許す――と言い残し男は去っていきました。
うずくまり動けなかった祐美。結局、ホテル代も祐美が払い、そのまま夜9時になり「109」は閉店し、トパーズの指輪を手に入れることができませんでした。
ハチ公で借りた携帯を返すために、待ち合わせのファミレスに向かう祐美。そこにいたゲイの男性に、先程、ぬいぐるみの男性から聞いた言葉をなんとなく問うと――その人、とっても優しい人だね。だってその価値があるってことでしょ。悲しいとか。お前に思われる価値があるんだって、そういうことだと思うよ――と言いました。
重い心で、自宅に戻る祐美。3人に連絡を取り、自室のベッドに横になりました。長い1日。でもあの指輪は必ず手に入れようと決めていました。
フィルムが抜かれたカメラ。その代わりに押し込まれていたラブホでもらったペーパー。くしゃくしゃに丸まったのを伸ばすと、ぬいぐるみの男性が「別れた父親が名付けてくれたと」いう、秘密の名前が書かれてありました。
「ミスター、ラブ&ポップ」
祐美はそれを見て、自問自答します。前日、悲しい夢を見ていた祐美。その夜は冷蔵庫で凍った犬を抱きしめると、嬉しそうに吠えるという夢を見ていました。
映画『ラブ&ポップ』で描き出されたJKのリアル
「女子高生」――16歳から18歳までの短い年数ですが、1997年当時でも常にカルチャーの中心で、ブランド化していました。
「東京の女子高生」というだけで、世界の中心のような気がしていたのです。ファッション、思考、サブカルチャー、携帯電話(ピッチ=PHS)、そして「援助交際」という闇の部分までしっかりと網羅して、色んな意味で「話題の中心」でした。
主人公の祐美はフィルムカメラを常に首からぶら下げていました。友達、風景、そして客たちもフィルムに刻んでいきます。
冒頭で祐美は「目に見える形がいつの間にか消えてなくなっていく、心の中のかたちも変わっていく、あいまいになっていく」と水面に浮かびながらモノローグを綴ります。
だからこそ、カメラという手段で目に見えて残したかったんだろうなと思います。それは、今にも繋がることでSNSという手段が増えました。そして伝わる。繋がっていく。発信。共感。拒絶。絶望――インスタグラム、Twitter、TikTok、YouTube――その手段が増えました。(90年代は、ポケベル、携帯(ピッチ)、ダイヤルQ2は90年前後に登場、「スター・ビーチ」などの「メル友募集」サイトは99年頃、写メール機能搭載の携帯電話の発売は2000年)
1997年当時はプリクラ、ピッチ、クラブ、ギャルがとても流行っていました。今で言うと「バズって」いました。心も身体も、子供から大人へと変貌していく多感な時期、反抗期真っ只中。祐美が「109」の宝石店で一目惚れした「トパーズの指輪」。4人で行く海。水着と自分を飾るには最高のアクセサリー。憧れのネイルサロンで爪を塗ってもらって、その指に指輪が別世界みたいにキラキラと輝いていました。
―祐美、それすぐ欲しいよね―
同級生のサチが言ったように、この頃の女子高生は「欲しい」と思ったらすぐ手に入れないと、その気持ちは一晩で消えてしまう、実に儚いものだと描かれていました。
――シャネルのカバンが欲しいからと、半年間、ファーストフード店でバイトする女子高生はいない――原作で、祐美はこう心を吐露しています。
価値や値段にかかわらず、欲しいものはすぐ欲しい。たとえ「女子高生」というものを切り売りしても。だって、その「価値」を祐美はよく知っていました――期間限定の、賞味期限がある甘い雌花の魅力です。それが1997年のJKのリアルだったのです。
2022年大注目の『平成ポップ』が表現された世界
映画『ラブ&ポップ』は、20年以上前の作品になるんですね――1998年から2022年――2023年――。
年月が流れた――と思いつつも、最近、じわじわ流行っている「平成ポップ」という言葉をご存知でしょうか?
約20年前に流行った「写ルンです」などのフィルムカメラ。「ルーズソックス」「厚底靴」「ロングブーツ」「リボンアクセサリー」「ちびT」などなど――。
TikTokでは、平成流行曲などが新しい振り付けで踊られる動画が、再び注目を浴びています。
だからこそ、『ラブ&ポップ』は古くもありながら、90年代のリアルな渋谷を感じられる貴重な映像資料でもあるのです。
「109」「渋谷センター街」――今も変わらない景色もありますが、近年、急成長を遂げる渋谷から「今は消えた」建物や景色が映像に刻まれていてそれだけで見る価値は大きいと思います。
平成と令和――「16歳」が感じるこころとは?
映画『ラブ&ポップ』――約25年前の作品とはいえ、今と変わらないものとはなんでしょうか?
主人公、祐美の同級生、高森千恵子(ちーちゃん)もこう言っていました――ほら、うちってさ、母親しかいないからさ、お金とかもらいにくいじゃん、くれるっていってもさ、悪いって思っちゃう――と、ぼそっと漏らしていました。
ちーちゃんは、4人の中で唯一「最後まで」援助交際を経験したことある女子高生でした。欲しいものがあったら、自分を「福沢諭吉」の価値にして、欲しいものを手に入れている一人でした。
彼女なりに何か感じているかもしれませんが、どこかあっけらかんとして他の3人と盛り上がっている時。テスト勉強をしている時。最近別れたという大学生の彼氏の話をする時。センチメンタルに涙を流していました。どこにでもいる普通の女子高生です。
ダイエットに精を出す奈緒も同じでした、食べることを制限しているのに――俺、目の前で冷めていくご飯を見ると、死にたくなってくるんだよね――と、告げたオヤジの前で、祐美とパスタを掻き込んでいきます。
唯一、少しイレギュラーなのがサチでした。学校や勉強よりもダンスに打ち込み、「面白くなってきた、将来の夢にしたい」と1学期で中退するほどの熱の入れようです。
「欲しいもの」も「悲しい思い」も、消える気持ちを持っていた祐美にとって、サチは「羨ましい存在」でした。
では、祐美は何を抱いていたでしょうか?先述しましたが、やはり「欲しいと思っても手に入れられないと気持ちが消えてしまう、目に見えていたものが消えて無くなってしまう」喪失感を感じていました、そんな日々を残したくて刻みたくて、フィルムカメラを手にしています。
トパーズの指輪を巡って、色んな男性と1日の間に会って様々な経験をします。
不快になったり、褒められたり、ドキドキしたり、傷つけられたり、泣いたり――。
祐美、他の友達、会った男性たち、みなに共通すること――それは「孤独」でした。
それは今も年齢関係なく残っています。特に16歳とは高校に入って受験も終わり、大学までの進路など、将来のことなんかどこか宙ぶらりん。
東京は、少し他の地域とは違ってどこか冷たい印象を受ける街です。
東京暮らしの祐美。それでも傷ついて指輪が手に入らなかった彼女には、ぬいぐるみの男性の言葉と名前、そして「お前には価値があるってことだよ」という名前も知らないゲイの男性の言葉が残りました。
その夜、自問自答を繰り返しながら自宅で眠りについた祐美。その夜は少し優しく、映画のラストは光に包まれていました。
それでもEDは、まだドブ川だった「渋谷川」(現在は「暗渠」)を祐美たち4人の女子高生が、制服姿で延々と歩くというなかなか衝撃的なものでした。
どんなに着飾っても、女子高生というブランドでも、歩いているのは渋谷のドブ川なんだ――という庵野監督なりの解釈。 心の根底で描かれているテーマは、令和の今も永遠のテーマとして繋がっていると思える作品です。
履歴
2022年12月27日 公開
2023年1月3日 チラシ画像掲載
★独自視点の日本名作映画と女性を描いた映画