映画『メッセージ』考察:SFと哲学的論考が融合した傑作映画

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台湾系アメリカ人テッド・チャンの小説『あなたの人生の物語』(公手成幸訳2012早川書房.)を原作とする映画『メッセージ』は、「決定論と自由意志」、「直線的な時間の流れの中で生きる人類と円のような時間のなかで存在するエイリアン」、「生と死を受け入れる女性」等の哲学的テーマを描いたと思われる素晴らし作品だ。

原作『あなたの人生の物語』を参考にしながら、難解なテーマを扱った映画『メッセージ』を考察していこう。

ご注意:本記事には、映画『メッセージ』と原作『あなたの人生の物語』のネタバレが含まれています。

概要

映画『メッセージ』(原題:Arrival)は、2016年に公開された(日本公開は2017年)SF作品である。

監督は、『複製された男(2013年)』、『ボーダーライン(2015年)』、『ブレードランナー2049(2017年)』等の話題作を撮り続けるドゥニ・ヴィルヌーヴである。

主人公の孤独な女性言語学者を『ノクターナル・アニマルズ(2016年)』のエイミー・アダムスが演じ、『ボーン・レガシー(2012年)』のジェレミー・レナー、第79回アカデミー賞主演男優賞など数々の受賞歴のあるフォレスト・ウィテカーなどの名優たちが脇を固めている。

本作は人類と地球外生命体との最初の接触を描いたSF映画であるが、人類と地球外生命体との壮絶な戦いを描いた映画ではない。また、SF作品に多く見られる過去・現在・未来の直線的な時間の連続性とタイムトラベル/タイムパラドックスをテーマにした映画でもない。 映画『メッセージ』は、異星人襲来という古典的なSFテーマを題材にしながらも主人公女性と子(あなた)の人生を描いた静かなヒューマンドラマだともいえるだろう。

あらすじ

ある日――。

アメリカのモンタナ、日本の北海道、中国の領海、ロシア(シベリアと黒海の二か所)などの世界各地に12機(隻)の宇宙船が「到来」する。高さ約450メートルの巨大の宇宙船(アメリカ人は「殻」と呼ぶ)の「到来」に人々は混乱し、混乱から生じる不測の事態に対応するため米国内に非常事態宣言が発令される。

中東の戦争で軍と政府に協力した経歴を持つ30代の女性言語学者ルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)の元に米国陸軍所属のウェバー大佐(フォレスト・ウィテカー)らが「訪れた」のは、事件から二日目のことだった。

ウェバー大佐は、宇宙船で「到来」した二体の生物(エイリアン)の目的等を探るため、ルイーズと男性理論物理学者イアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)にエイリアンの言語解析を要請する。

人類が初めて遭遇したエイリアンの外観は異様だった。その姿は、古典SFのタコ型火星人のようでもある。

ちなみに、原作『あなたの人生の物語』では、「一個の樽が七本の肢に接合されて宙に持ちあげられているように見えた。 放射相称の形態をなし、肢はいずれもが、腕としても脚としても用いることができる(引用:テッド チャン. あなたの人生の物語 (pp.150-151). 株式会社早川書房. Kindle 版.)」と表現されている。

人類はエイリアンにヘプタボット(七本脚)という名称をつけ、ルイーズとイアンは、2体のヘプタボットをアボットとコステロ(原作ではフラッパーとラズベリー)と名付ける。

なお、「アボットとコステロ」は、1930年代の米国お笑いコンビ名だと思料され、「フラッパー」はハエ叩き(の音)、「ラズベリー」は否定等の際に使われる口からの振動音を意味するスラングだと思われるが詳細は不明である。

ルイーズとイアンが中心となり、ヘプラボットの地球「来訪」の目的やヘプタボットが有するあろう人類の知らない技術等の情報を得るため、彼らの視覚言語の解析作業が行われる。

しかし、未知の言語(ヘプタボットの文字は円形を基本にする非線形であり、表義文字である)の解析作業は難航する。

困難な作業に打ち込むなか、ルイーズに変化が起こる。彼女は連続性の無い未来を見る(認識する)ことができるようになっていた。

彼女は――未来の自分が結婚し、ハンナ(「HANNAH」は左右どちらか見ても「H-A-N-N-A-H」であり最初も終わりもない)という女の子を授かり――悲劇的な結果(原作より映画のほうが悲劇的である)を知ることになる。

※以下は、映画『メッセージ』のオリジナルストーリーです。SF映画的な大きな物語が展開します。原作『あなたの人生の物語』にはありません。

ヘプタボットとの意思疎通は、米国だけに留まらず世界各国で進められていたが、中国等の国々は、ヘプタボットの「ある言葉」に脅威を感じ、ヘプタボットへの攻撃を企てる。

これを機に、ヘプタボットから未知の技術の情報を得て独り占めしたいと考えていた各国政府は、各国政府間の情報共有を中止し、一気に世界の緊張が高まる。

人類は、映画『メッセージ』の重要なテーマの一つ「協力」により「非ゼロ和」を目指すことが出来るのか?なぜ、ルイーズは、中国人民解放軍の責任者シャン上将を説得できたのか?なぜ、ルイーズは、悲劇的な自身の未来を受け入れるのか? 詳細は、ぜひ、映画『メッセージ』と原作『あなたの人生の物語』をご覧ください。

直線的な時間の流れの中で生きる人類と円のような時間のなかで存在するエイリアン

ここからは、映画『メッセージ』に登場するエイリアン(ヘプタボット)と人類の「違い」を考察していこう。

冒頭で記したとおり、映画『メッセージ』は、テッド・チャンの小説『あなたの人生の物語』を原作とする映画である。 映画『メッセージ』は、哲学的で難解な作品である。映画という表現手段(映像と音)だけでは細部を把握することは難しい。

本作の主人公ルイーズがヘプタボットの「文字」からヘプタボットを理解しようとしたように、難解な本作を「文字」により表現された原作『あなたの人生の物語』の助けを借りて紐解いていこう。

ヘプタポッドの目と人類の目

地球上で生まれ進化した生物とヘプタポッドの外形は大きく違う。どうやら、ヘプタボットが無まれ育った惑星には、2つの月があるようだ(テッド チャン. あなたの人生の物語 (p.193). 株式会社早川書房. Kindle 版.)。

地球とは違う環境で誕生し進化したヘプタポッドの外見は、「放射相称の肉体」を持ち、「まぶたのない七個の眼が、ヘプタポッドの頂部をとりまいて配され」ている。

これらの特徴からヘプタポッドには、前後、左右という空間認識はなく「あらゆる方向が等しく前方にあたっている」ことを推認させる。(参考・引用:テッド チャン. あなたの人生の物語 p.151,166). 株式会社早川書房. Kindle 版. )

目が頭部の前面(顔)にある人間は、「前」以外の空間を視覚認識するために身体を回転させ、目を「そちら」へ向ける必要がある。だが、頭部をとりまいて7個の目が配置されているヘプタボットは、自己を中心にした360度の空間を「同時」に認識する。

ヘプタボットの文字

当然だが、他の惑星から「来訪」したヘプタポッドの文字は人類の文字とは違う。

我々の文字は、基本的に「左から右へ」「右から左へ」「上から下へ」と直線的に書き現わされ、文章には「最初」があり「最後」がある。

だが、ヘプタポッドの円形の文字は、動詞等と「結合」し「回転」し、「最初」と「最後」の無いヘプタポッドの文字には句読点もない。

ヘプタポッドの文字の特徴は、「肉体が放射相称で7つの目を持つ」「前後がない」ヘプタポッドの肉体的特性から生まれ進化したのだろう。

ヘプタボットの時間認識

顔の正面に目を持つ我々人類は、空間を前後、左右等の方向で認識する。

基本的に前を見ながら後ろを見ることは出来ない(ただし、鏡などの道具を使えば見える)が、ヘプタボットは360度の空間を同時的に認識することができる。

また、人類は「時間」についても基本的に「後ろから前」「過去から未来」へ直線的に逐次的に流れていると考えている。

一方、「肉体が放射相称で7つの目を持つ」ヘプタボットは、時間を空間と同じく同時的に認識している。ヘプタボットは時間認識に、過去、現在、未来はない。

過去も現在も未来も同時的に認識する。

ヘプタボットの言語を研究する主人公ルイーズは、ヘプタボットの言語から刺激と影響を受け(作中に「サピア=ウォーフの仮説」が登場する)、ヘプタボットの時間認識を体験するようになる。

決定論と自由意志

時間を直線的で逐次的だと認識する人類は、未来は過去と現在及び人間の自由意志に影響を受けると考える。

未来を変えるため、ターミネーターとカール・ルイス(参考:『ターミネーター』シリーズ、1984年から)は過去に送られた。未来を良いものにするためマーティ・マクフライは、エメット・ブラウン博士が造ったデロリアンに乗り(参考:『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ、1985年から)、過去・現在・未来を行き来した。

全ての事象を因果律的に考える人類は、原因と結果を過去・現在の連続性のなかに見出すが、時空を同時的に認識するヘプタボットは、結果と原因を同時に認識している。

つまり人類は、可変性のある結果に最善を与えるため、原因を最善化することを選択しようとするが、ヘプタボットは、固定された結果のために最善の原因(要件)を「最大化/最小化」しようと考えているようだ。

作品のなかで、ヘプタボットとの関わりのなか、ヘプタボットの言語から刺激と影響を受けたルイーズは、過去の風景を思い出すように未来の風景を思い出せるようになる。

ルイーズの時間認識は、直線から円になったのだ。

ここで大きな問題となるのは、人間の自由意志になる。人間には、自由意志があり、未来を選択することが出来る。未来は人間の意志決定により変化する。だから、『ターミネーター』(1984年から)シリーズのジョン・コナー親子は、戦い続けた。

ヘプタボットの言語から影響を受けたルイーズは、ヘプタボットの世界観を感じることができようになる。だたし、人間の言語のなかで生きてきた彼女は、ヘプタボットの世界を完全に認識し生きる存在ではない。 ルイーズは、自由意志と決定論の矛盾について『三世の書』(『三世の書』の逸話は、映画『メッセージ』には登場しない)を引き合いに出し以下のように考える。

未来を知ることは自由意志を持つことと両立しない。選択の自由を行使することをわたしに可能とするものは、未来を知ることをわたしに不可能とするものでもある。 逆に、未来を知っているいま、その未来に反する行動は、自分の知っていることを他者に語ることも含めて、 わたしはけっしてしないだろう。 未来を知る者は、そのことを語らない。『三世の書』を読んだ者は、そのことをけっして認めない。

テッドチャン. あなたの人生の物語 (p.216-217). 株式会社早川書房. Kindle 版.

人類とヘプタポッドの混合型のルイーズは、彼女の自由意志から未来(結果)を受け入れるという選択肢を考える。「わたしは強く注意をはらって、あらゆる詳細を心に刻み」(引用:テッド チャン. あなたの人生の物語 (p.228). 株式会社早川書房. Kindle 版.)と思いながら――。

そう、結果が確定し変更不能だとしても、その結果までの道筋から感じる「心」の在り方は不確定だ(例えば、ホラー映画を視聴するとしよう。上映されるホラー映画のストーリー、表現映像、音楽、結末は変わらないが、二度目の視聴から怖さが半減することはないだろうか?それは、一度目の視聴により映画の恐怖シーンを知っているからではないだろうか?結果が同じでも結果に影響される人間の「心」は、可変的なのだ)。

生と死を受け入れる女性

ルイーズは、孤独な女性である。また、弱い女性でもある。

映画『メッセージ』や小説『あなたの人生の物語』にルイーズの友人と呼べる者は登場しない。大きな家に一人で住み、職場(大学)でも一人のようだ。映画に登場する電話相手は、母親だけである。

ヘプタボットとの二回目のセッション(対面)の前にして彼女の手は小刻みに震えている。彼女は友人や恋人や地球の危機を救うため武器を持ち立ち上がり戦う女性ではない。

では、なぜ、そのような彼女が不幸な結果と知りつつ未来を受け入れる選択を決定したのだろうか?イアンがルイーズとハンナから去った理由は、なんだろうか?

イアンはハンナが未来を知りつつ、その悲劇(ハンナを産み育てることと突然の別れ、そして、イアンとの別離)を受け入れる「選択」をしたルイーズを受け入れらなかったのだろう。

女性は産む性だ。生命を身体に宿し、生命を受け入れることができる存在だ。

基本的に男性は新たな生命を身体に受け入れることができない(科学技術の進歩により男性が妊娠、出産することも可能になるだろう。だが、男性の精神・心がそれらを受け入れられるかは別問題である)。

新たな生を受け入れることが出来る女性だからこそ、ルイーズは結果を知りつつ未来を受け入れる選択をしたのではないか?出来たのではないか?そう思うのだが――女性の意見はどうだろうか(本記事の作者は男性)。

神の存在を前提とする無神論

映画『メッセージ』の原作『あなたの人生の物語』の著者テッド・チャンは、2002年のインタビュー(参考:外部リンクテッド・チャンとの会話」で、無神論者だと告白している(彼の作品『地獄とは神の不在なり』は、信仰の問題を扱っている)。

彼の無神論は、罪のない苦しみと神の問題から出発しているようだ。実は無神論には2つある。神の存在を前提に神を否定する条件付き(括弧付き)の「無神論」と神の存在を想定しない(神が存在しようがしまいが私には関係ない。最初から神を想定しないという実存主義的無神論)という無神論がある。

どうやら、テッド・チャンは神を前提に神を否定する「無神論者」のようだ。ここから(やや強引だが)連想されるのは、神から永遠に達成できない目的と知らされながら、永久に同じ作業を続けるという罰を与えられたギリシャ神話のシーシュポスの話である。

シーシュポスは、永遠の徒労の罰を与えた神に対し、密かな反抗と抗議の心を持っている。 運命(事象の結果)を知りつつ――だからこそ――強く注意をはらって、あらゆる詳細を心に刻むことを決意したルイーズと永遠に達成できない運命を与えた神に対するシーシュポスの密かな反抗を重ねてみたくなった――。


女性が主人公の映画

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作品


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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