映画『恋の罪』考察|東電OL殺人事件とカフカ「城」

円山町ラブゴテル街

映画『恋の罪』は、ノンフィクション作家・佐野眞一の代表作とも評される『東電OL殺人事件』(新潮文庫、2003年)と、同事件の被害者A氏と同じ風俗店に籍を置き、同女性と同僚だった時期のあるノンフィクション作家・酒井あゆみ(1971年12月12日生)の『禁断の25時』(アドレナライズ、2013年)から、インスパイアを受けたと思われる2011年公開の映画である。

東電OL殺人事件そのものの経緯と争点については、別記事「東電OL殺人事件 真犯人を考察する」を参照されたい。

しかし、本作の鍵はそれだけではない。事件現場の壁に記された「城」は、フランツ・カフカの『城』を参照させる。本稿では、東電OL殺人事件との連続性を踏まえつつ、この「城」という語を手がかりに映画『恋の罪』を考察する。

※1 東京電力の女性社員殺害事件(以下、東電OL殺人事件)は、1997(平成9)年3月8日深夜から9日未明頃に発生した事件である。殺人などの容疑で逮捕された外国籍男性B氏は、一審(2000年4月14日)で無罪、控訴審・上告審(2003年10月20日)で無期懲役の逆転有罪、2011年7月21日の弁護側の再審請求、2012年6月7日の東京高裁の再審確定を経て、2012年11月7日、無罪判決が確定し、警察の捜査手法や検察の証拠開示の問題点が指摘されている事件でもある。DNA再鑑定と冤罪証明という論点については、別記事「DNA捜査とプライバシー保護と冤罪証明ための利用」も参照されたい。

※1 メディア報道や裁判所などでも「東電OL殺人事件」と呼ばれ表記されているが、被害者A氏は「東京電力」初の総合職の女性である。

映画『恋の罪』概要

映画『恋の罪』の監督・脚本は、埼玉愛犬家連続殺人事件(1995年1月、被疑者Cと妻Dらが逮捕され、その後の裁判でCとDに死刑判決が確定した連続殺人事件)をモチーフにした『冷たい熱帯魚』(2011年日本公開)などの園子温(1961年12月18日生)。

吉田和子、菊池いずみ、尾沢美津子の3人の女性主人公を、水野美紀、神楽坂恵(園子温の妻であり、『冷たい熱帯魚』にも出演している)、演出家・蜷川幸雄の舞台作品での主演歴などのある冨樫真が好演している。

なお、余談ではあるが、『恋の罪』というタイトルは、近代思想に多大な影響を与えたマルキ・ド・サド侯爵(1740年6月2日-1814年12月2日)の短編集のタイトル(岩波文庫、1996年)でもある。近親相姦、親殺しを描いたサドの『恋の罪』は、彼の文学的テーマ「迫害される美徳、勝ち誇る悪徳」(『恋の罪』P439、岩波文庫、1996年)を見事に表現した傑作だ。

そして、映画『恋の罪』がサドの『恋の罪』から影響を受けていると仮定するなら、作中では明かされていない尾沢美津子と父親の具体的な関係性や、父親の死因が非常に気になるところでもある。

マルキ・ド・サドは、サディズムの語源として知られる18世紀フランスの貴族である。マルキはフランス語で「侯爵」を意味する。1784年から11年間にわたりバスティーユ牢獄に投獄され、フランス大革命の始まりを告げた1789年7月14日のバスティーユ襲撃の約10日前には、手製のブリキ製メガホンで群衆を扇動しようとしたともいわれている。

バスティーユで書かれた『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』は、2017年、原稿の海外流出を危惧したフランス政府によって国宝に指定された。ド・サドの作品と思想は、20世紀フランスの実存主義やシュルレアリスムにも強い影響を与えた。

映画『恋の罪』あらすじと3人の女を考察

ラブホテルとラブホテル街、そして90年代の渋谷円山町の説明から始まる冒頭から数秒後――。

ラブホテルで男性と密会する女性刑事・吉田和子の携帯電話に、円山町での事件を知らせる連絡が入る。

事件現場の円山町の廃墟アパートの一室に入った吉田和子ら刑事は、部屋の中に置かれた猟奇的な切断遺体と、壁に書かれた「城」という文字を目にする。

壁に書かれた「城」は、フランツ・カフカ(参考:『オドラデクと羊猫 カフカの不安を考察』)の未完の長編小説『城』(1922年)からの言葉であり、3人の30歳前後から40歳前後の女性主人公を描いた本作の鍵となる言葉である。

本作はCAPTURE1からCAPTURE5で構成されている。CAPTURE1からCAPTURE4までは、現在――円山町の猟奇的殺人事件を追う警視庁捜査1課の女性刑事・吉田和子の捜査と私生活――と、過去――円山町の猟奇的殺人事件の被害者・尾沢美津子と関係者の菊池いずみに焦点が当てられている時間――を交互に描き、CAPTURE5では、事件後の菊池いずみと吉田和子を描いている。

ここからは、それぞれのCAPTUREごとのあらすじと考察を記す。

CAPTURE1「菊池いずみ」のあらすじと考察

ここでは、有名小説家の妻・菊池いずみの「堕落前」の日常生活が描かれている。冒頭に映される大量の行方不明者捜索用のチラシのなかに菊池いずみのチラシがあること自体、彼女のその後の人生を暗示しているようだ。

30歳を前にした専業主婦の菊池いずみは、潔癖症で権威主義的で、貴族趣味と自己愛の強い小説家・菊池由紀夫を文字通りの「主人」とし、その存在を自己承認の中心に置きながら生きている。

決まった石鹸を使い、決まった時間に寝て、決まった時間に起き、決まった時間(7時)に外出し、決まった時間(21時)に帰宅する。菊池いずみの「主人」の満足げな表情や、彼からの誉め言葉が、彼女の日常を作り出している。

だが、変化のない日常のなかで、菊池いずみの心には「何かがしたい」という欲望が、ひっそりと、しかし強く芽生える。その芽は、いつのまにか大きく成長していく。

ヘンリック・イプセン『人形の家』(1879)のような「主人」との生活のなかで、「夫への愛」「夫への恋心」以外の「何か」を求め、人形から人間へという漠然とした欲望が、心のなかに花を咲かせ、菊池いずみのすべてを変えていく。

スーパーマーケットの試食品売り場で働き始める菊池いずみ。しかし、不慣れな仕事、久しぶりだと思われる社会のなかでの仕事は、彼女のなかの無力感を加速させる。

人形の家の人形、不眠、セックスレス、職場での無力感を抱え、自己肯定感が極限まで低下している菊池いずみの前に、一般のモデルスカウトを装ったAV会社の土居エリが現れる。

「美の素質がある」などの褒め言葉で口説かれた菊池いずみは、流れのなかでアダルトビデオの撮影を許し、撮影後の非日常のなかで見知らぬAV男性と関係を持ってしまう。だが、この非日常こそ、菊池いずみが望んでいたものだろう。

CAPTURE2「城」のあらすじと考察

非日常のなかで得られた他者からの承認や賞賛が、日常のなかの菊池いずみを変化させる。30歳の前の日、彼女は見知らぬ男性と関係を持ち、やがて彼女の「欲望」と「衝動」は、渋谷円山町のラブホテル街へと向かっていく。そこで、デリヘル※2「魔女っ子クラブ」の関係者男性・カオルと出会う。

※2 東電OL殺人事件の被害者A氏は、品川区西五反田にあった「魔女っ子宅配便」という店名のホテトルに籍を置いていた(参考・引用:「東電が休みになる土、日ごとに西五反田二丁目にある『魔女っ子宅配便』というホテトルに通い、『さやか』という名で客をとっていた。」佐野眞一『東電OL殺人事件』新潮文庫 p.276)。

なお、カオルのモデルは、冤罪被害者B氏の公判で、東電OL殺人事件発生の前日頃の1997(平成9)年3月8日深夜に被害者A氏を目撃した、渋谷円山町の風俗店Sのサンドイッチマン(宣伝担当者)H氏の証言からインスパイアされたとも思われる。

証人H氏は、冤罪被害者B氏の公判で、被害者A氏が年齢27-28歳位の男性と渋谷駅から円山町方面に歩いていくのを目撃したと証言しており、当初は被害者A氏の「ヒモ」だと思ったが、その男性の顔に華奢な印象を持ったため、ヒモではないと思った、などとある(参考:佐野眞一『東電OL殺人事件』新潮社 p.222-224)。

カオルは、ある女性から聞いたという。渋谷円山町のラブホテル街は「城」だ。人々は「城」の周りをぐるぐると歩き続けるが、「城」のなかには入れない、と。

突然カオルが見せた暴力的な振る舞いにより、菊池いずみの性的な欲望はさらに解放される。「堕落」を知らず、「堕落」の意味も知らない菊池いずみの、「堕落」と、永遠に入れない「城」の入り口を探す人生が始まる。

場面が移り、もう一人の主人公・警視庁刑事吉田和子と部下男性は、円山町の廃墟アパートで発見された猟奇的事件の被害者遺体の検視に立ち会う。

検視官から、異常な状態で発見された女性遺体の状況を聞き取った後、両名は遺体の身元割り出しのため、20代から30代後半の女性家出人捜索願の分析を始める。過去10日間の該当者は5名。さらに過去半年に範囲を広げると153名。

対象数の多さに困惑する吉田和子に、男性部下は「人妻の家出も多い」などと続け、ある家出人主婦のエピソードを語り出す。その主婦は両手にゴミ袋を持ち、ゴミ出しのため家を出たが、回収に間に合わず、ゴミ収集車は発進してしまった。主婦はゴミ収集車を追いかけるが、次の回収場所でも間に合わない。その次の場所でも間に合わない。これを何度か繰り返すうちに、主婦は普段立ち寄らない街に来てしまう。

主婦は「ずいぶん遠くまで来たな」と思うのだが、それはゴミを追いかけ走った距離の遠さではない。それは、「今までぼんやり生きてきた日常のこと」だったらしい。そして、その主婦はそのまま家出をし、数日後に家に戻ったとの話だった。

刑事の吉田和子には家庭がある。家庭には夫と娘がいる。刑事という職を持ち、夫と娘のいる生活のなかで、吉田和子には秘密がある。それは、不倫していることと、「ご主人」を名乗る不倫相手におもちゃにされることを、言葉では否定しながらも望んでいることだ。

CAPTURE3「尾沢美津子」のあらすじと考察

警察に提出された家出人捜索願のなかに、大学の日本文学科助教授(現在の准教授)・尾沢美津子(39歳)がいる。吉田和子の部下男性は、尾沢美津子の10年前に他界した父シンスケ(漢字不明)も生前は同じ大学の教授だったこと、捜索願を提出した母親も上品な女性であることなどから、生活水準の高いエリートの尾沢美津子が渋谷円山町内の猟奇事件の被害者とは考え難いとの見解を語る。

だが、吉田和子は、尾沢美津子の近隣から得た遅い帰宅時間や派手な化粧などの風評から、デリヘルなどで売春していたのではないかと考える。

場面が変わり、赤色系の※3トレンチコートと派手な化粧で夜の円山町を歩く尾沢美津子と菊池いずみがいる。

※3 東電OL殺人事件の被害者A氏は、いつもバーバリーのトレンチコートを着ていた。

尾沢美津子は言う。

――早く帰りなさい。あのね、影がある人ねと言われる頃はまだ間に合う。闇は影よりも濃いのよ。この辺りは闇が濃いから来ないほうがいい――

最近の行動などから、それまでの「自分」の崩壊を感じ、戸惑いと恐怖と救済を求める菊池いずみは、尾沢美津子に「城」はカフカの『城』なのか、と尋ねる。そして、泣きながら自分の夫が有名小説家であることも告げ、夫がピュアすぎてついて行けない、尾沢美津子の気持ちがわかる、などと語る。だが、尾沢美津子は怒りを表すように客を探し始め、男性に5000円での交渉を持ちかける。

5000円で取引が成立した尾沢美津子と男性客は、後に事件現場となる円山町の廃墟アパートに入る。その二人を後から追う菊池いずみに気づいた尾沢美津子は、全裸となり、両手を広げ、微笑む。それは菊池いずみへのメッセージだ。涙に濡れていた菊池いずみは、了承するかのように微笑みを返す。男性客との行為の最中、尾沢美津子は菊池いずみに「ちゃんと見ているよう」話しかける。

一方、仕事を終え帰宅した※4吉田和子の自宅では、夫と、夫の後輩で吉田和子の不倫相手でもあるショウジが酒を酌み交わしている。また、ショウジと吉田和子の会話から、不倫関係はかなり以前からのものだとも思われる。ショウジは吉田和子を「はしたなくて、下品なケダモノ」と評してもいる。吉田和子に「も」二つの顔がある。人間の顔は単純な一つではない。一人の人間のなかにこそ多様性がある。

※4 仕事中の吉田和子もトレンチコートを愛用している。

酒席のつまみ代わりだろうか、夫が吉田和子に、偶然その場に立ち会った「いきなり路上で自分を刺した女の話」を求める。

場面は変わり、吉田和子は一人で殺人事件現場の廃墟アパートの一室にいる。雨漏りのする汚れた部屋の、遺体があったと思しき場所に寝転び、携帯電話に入ったショウジからの着信を受ける。

ショウジから奴隷、変態などと言われ、殺人現場の部屋のなかでの自慰行為を命令されると、自ら変態だと「主人」に告げ、ラブホテルでの密会や「いきなり路上で自分を刺した女」を思い出しながら全身で雨を受ける。

「いきなり路上で自分を刺した女」は、デパートで買ったばかりの赤いドレスを入れた紙袋を持ち歩いていたが、突然立ち止まると、ポケットに入れていた包丁を取り出し、腹部に包丁を突き刺す。

駆け寄った吉田和子に、「いきなり路上で自分を刺した女」は、浮気の証拠が残っている携帯電話を折ってくれと哀願する。「いきなり路上で自分を刺した女」は、自身の怪我よりも、浮気が夫に発覚することを気にかけている。「いきなり路上で自分を刺した女」は言う。「夫を愛している」「バレたくない」「馬鹿な女です」「一生のお願いだから携帯を折ってくれ」などなど。

吉田和子が「いきなり路上で自分を刺した女」から渡された携帯電話を折ると、息も絶え絶えのその女は感謝の言葉を述べ、さらに続ける。赤いドレスを着た自分を夫に見せたかった。私は女になれるのか。女になりたい。そして、彼女の最後の言葉は、「夫を愛してる」「ずっと」だった。

そう、「いきなり路上で自分を刺した女」と、菊池いずみと、吉田和子と、尾沢美津子は同じなのだ。

絶頂を迎える直前――吉田和子は、赤いドレスを着た「いきなり路上で自分を刺した女」の幻影を見る。正確には想像するのだろう。

幻影のなかの「いきなり路上で自分を刺した女」が吉田和子に「私を殺して」と言い、吉田和子の手を取り、自分の首を締めさせる。言葉と表情では拒否をしながらも、「いきなり路上で自分を刺した女」の首を絞める吉田和子。

この吉田和子の幻想は、尾沢美津子と菊池いずみが関係する猟奇的事件の象徴でもある。繰り返しになるが、菊池いずみと吉田和子と尾沢美津子は同じなのだ。

場面は一気に、大学で講義する尾沢美津子と、彼女を訪ね構内を歩く菊池いずみに移る。

言葉なんかおぼえるんじゃなかった
言葉のない世界
意味が意味にならない世界に生きてたら
どんなによかったか
あなたが美しい言葉に復讐されても
そいつは ぼくとは無関係だ
きみが静かな意味に血を流したところで
そいつも無関係だ
あなたのやさしい眼のなかにある涙
きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう
あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
ふるえるような夕焼けのひびきがあるか
言葉なんかおぼえるんじゃなかった
日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる

帰途  田村隆一
言葉なんかおぼえるんじゃなかった: 詩人からの伝言 ちくま文庫 2014/11/10

大学助教授の尾沢美津子は、「言葉」「言葉の肉体性」、「意味」「意味の身体性」、カフカの『城』、尾沢美津子の「城」を菊池いずみに教える。売春婦の尾沢美津子は、菊池いずみに※5「愛のないセックスには金を取れ。金の大小は関係ない。金を介在させろ」と教える。教えを受ける菊池いずみの目には涙が流れる。

※5 年収約1000万円、都内高級住宅地の実家住まいの東電OL殺人事件被害者A氏が得ていた対価は数千円のこともあった。

なお、尾沢美津子は大学内でも学生相手に売春をする。大学助教授の尾沢美津子も、売春婦の尾沢美津子も、一人の尾沢美津子であり、ここでも一人の人間の多面性、多様性が描かれている。

菊池いずみは、作家の夫を愛している。「いきなり路上で自分を刺した女」は夫を愛していた。「いきなり路上で自分を刺した女」の言動に共鳴する吉田和子も、夫を愛しているだろう。では、尾沢美津子は誰を。大学助教授の服装や化粧から、円山町の売春婦の服装(赤色系トレンチコート)と派手な化粧に変わりながら、尾沢美津子は死んだ父親の名前を口にする。

尾沢美津子の語る「城」という言葉には、いくつかの「意味」があると思われる。その一つが、夫や父親――つまり愛の対象となる者――だとも考えられるかもしれない。そして、その「意味」を、彼女らの「衝動」と「欲望」、そして「身体」を持つ「言葉」が欲している。

物語は進み、菊池いずみは、尾沢美津子から彼女が在籍するデリヘル関係者男性を紹介される。その男性は、CAPTURE2「城」で菊池いずみに乱暴な行いをしたカオルだった。詳細は自宅で話したいとの尾沢美津子の提案を受け、三人は尾沢美津子の自宅に向かう。

東京都世田谷区にある尾沢美津子の自宅は、古いが立派な邸宅だ。邸宅の主である尾沢美津子の上品な母親は、尾沢美津子、カオル、初対面の菊池いずみに、売春や尾沢美津子と亡き父(母の夫)の下品さを語り始める。

母親は、下劣で下品な夫との身分違いの結婚だったと言いながら、尾沢美津子の頭の悪さや下品さは父親の血だと一気に語り始める。次第に母娘は互いに罵り合うが、尾沢美津子の「この前の客は父に似ていた」という挑発に母親は激高し、刃物を持ち出し、娘に刃物の先端を向ける。

父親と近親相姦関係にあったとも類推される尾沢美津子と父親。それを知っていたとも思われる母親の、夫(尾沢美津子の父)と娘への愛憎がうかがえるともいえる場面だ。この母親も、「城」の入り口を探し続けているのかもしれない。

場面が変わり、円山町の猟奇的殺人事件の被害者の身元と犯人を追う吉田和子と部下男性刑事は、被害者がデリヘルなど風俗関係者ではないかとの見立てを立てる。だが、当時のデリヘル(無店舗型風俗営業)には届け出の義務がなかったため、営業の実態や従業員の動向などの把握が困難であり、捜査は難航の様相を帯びている。

捜索願が提出されている主婦など「普通」の女性が風俗業に関わり、被害を受けたのか。男性部下は否定的な意見を語るが、吉田和子は「女はわからない」などと言い、円山町近辺の風俗業者への聞き込みを開始する。

その後、聞き込みをする吉田和子と部下男性に「被害者の身元が割れた」との連絡が入る。

CAPTURE4「魔女っ子クラブ」のあらすじと考察

CAPTURE4「魔女っ子クラブ」では、尾沢美津子とカオルに案内された菊池いずみが、「魔女っ子クラブ」に初めて出勤した日が描かれる。

突然の展開に戸惑いの表情を見せる菊池いずみだが、これまでどおり、積極的に受け入れるでもなく、積極的に拒否するでもなく、流れのなかで働き始める。やがて店の電話が鳴る。初めての客からの入電だ。客からの電話を受けた電話番男性が、尾沢美津子に出動を伝える。

店に在籍する他の女性従業員から「変人」と呼ばれる尾沢美津子は、一見客への※5生贄的な存在だ。一見客に尾沢美津子を充て、チェンジ(女性の変更)を誘導する。店側は、チェンジを希望する一見客に、少し料金を上乗せすればVIPコースのかわいい女性を回せると言い、支払い金額を吊り上げる作戦らしい。そして、電話番男性とカオルは、客からチェンジの連絡が入れば出番だ、などと菊池いずみに告げる。

※5 東電OL殺人事件の被害者A氏も、在籍していたホテトルで「生贄」として扱われていたといわれる(引用:「生け贄と呼ばれる存在だったようだ。生け贄というのは、一見の客に高いコースを選ばせるために使う、ホテトルの常套手段だった。」酒井あゆみ『東電OL禁断の25時』p.27)。

ここからは、場面が現在――吉田和子らの捜査――と、過去――円山町の猟奇的殺人事件の被害者・尾沢美津子と関係者・菊池いずみ、およびカオルの当日、すなわち菊池いずみ初出勤日――とが交差しながら進んでいく。

指定されたホテルに入る尾沢美津子の客は、廃墟アパートの常連客だった。男はチェンジを望み、チェンジの連絡を「魔女っ子クラブ」に入れるが、尾沢美津子は客の言葉を無視し、室内に入り、男性を襲うように行為を始める。

当初の思惑どおり、客からのチェンジの連絡を受けた「魔女っ子クラブ」は、案内役のカオルと、初出勤の菊池いずみを指定ホテルへ向かわせる。カオルに伴われホテルに着いた菊池いずみが室内に入ると、そこには罵り合う尾沢美津子と客、そして散乱する原稿がある。

客が顔を上げた瞬間、菊池いずみは、客が自分の夫であることを知る。潔癖症でピュアな夫の「下品」な姿が目の前にある。菊池いずみは、夫に素性が悟られるようサングラスをかけたまま、客である夫の相手をするが、その目には涙が溢れている。客である夫から「ビッチ」と罵られながら、妄想のなかで求めていた夫の身体に乗り、菊池いずみはサングラスを外す。

大笑いする尾沢美津子が、愛する人以外とのセックスは金を取れ、コイツ(客=夫)から金を取るか、金を取ったら愛は終了だ、などと言う。菊池いずみは、金を取る、金くれ、と(客=夫)に言う。

金を投げ捨て、出ていけと言う夫。その後、菊池いずみは、夫が尾沢美津子の以前からの客であったことを知らされる。あの汚れた廃墟アパートで、潔癖でピュアな夫が尾沢美津子から首を絞められ、恍惚感を得ていたことを知らされる。菊池いずみが夫と結婚する前から、夫が尾沢美津子の客だったことを知る。

一方、吉田和子は、円山町猟奇的殺人事件の被害者と特定された尾沢美津子の家で、母親から事情を聴いている。母親が示した二つのボストンバッグのなかからは、尾沢美津子の未発見だった遺体の一部が発見される。

母親は、娘・尾沢美津子の、セックスに負けた下品な娘の下品な部分を取り除いた、などと語り、娘・尾沢美津子を尾行していたことを告白する。

場面は、あの廃墟に移る。そこには、ラブホテルから移動した尾沢美津子と菊池いずみとカオルがいる。尾沢美津子が「城」について語っている。男として見ていた父親からカフカの小説『城』を貰ったことや、尾沢美津子が考える「城」のことや、殺されることを望んでいることなどの話が終わるころ、廃墟に近づく母親の姿がある。そして、猟奇的な殺人事件が起きたようだ。

再度、場面が移り、尾沢美津子の母親が吉田和子に事件を語っている。吉田和子は、小柄で年配の母親が尾沢美津子を殺したとは思っていない。殺したのは誰か。吉田和子が尋ねるが、母親は大いに手伝って貰った、などと答えるものの、誰に手伝って貰ったのかなどは答えない。

別の部屋で首を吊ったカオルの遺体が発見される。誰が尾沢美津子を殺したのか。菊池いずみが尾沢美津子を殺したのか。尾沢美津子の母親が殺したのか。その答えは、カオルの自死と、尾沢美津子の母の自死と、菊池いずみの失踪により永遠の謎となった。だが、尾沢美津子が死を欲していたことは、事件当日の場面から容易に想像できそうだ。

CAPTURE5「おしまい」のあらすじと考察

前述に記したが、吉田和子ら警察の家宅捜索と任意聴取を受けている最中に、尾沢美津子の母親は、隠し持っていた包丁で自死を遂げる。

場面が変わり、吉田和子と部下男性は、事件関係先の「魔女っ子クラブ」に大急ぎで向かうが、店舗は既にもぬけの殻だ。次に、失踪した菊池いずみの夫に事情を聞きに行くが、夫は曖昧な答えしか返さない。菊池いずみが売春をしていたと聞いても、知らない素振りを続けるのだが、吉田和子は、事件現場や尾沢美津子の自宅の壁などに付着していた塗料が、菊池家のカーペットにもあることを現認する。吉田和子は「なにか」に気づき、菊池家を後にする。

場面は、漁港の町にいる菊池いずみを映し出す。菊池いずみの化粧は尾沢美津子のようだ。尾沢美津子と見間違えるような化粧だ。行動も、尾沢美津子のように粗暴で下品な振る舞いを見せる。田村隆一の詩の一節や「城」を語り、数千円で取った客に暴言や暴力を浴びせかけ、トラブルになった客などから激しい暴力的な報復を受ける菊池いずみ。それは、まさに死を欲していた尾沢美津子だ。

場面は、事件後の吉田和子の朝の日常になる。夫と朝食を取る吉田和子が映し出される。食事中のテーブルに置かれた吉田和子の携帯電話に誰かからの着信が入るが、彼女は無視する。夫は仕事の連絡だと思っているが、真相はわからない。

マンションの外からゴミ収集車の音が聞こえる。両手にゴミを持ち、外に出るが、寸でのところで収集車は発進する。ゴミを持ち、収集車を追いかける吉田和子。追いかけ、追いつかず、追いかけ、追いつかず、彼女はいつの間にか円山町の廃墟アパートの近くまで来ていた。

再び携帯電話が鳴る。「いまどこだ?」と尋ねる電話の相手は不倫相手だ。

吉田和子は言う。

わからん

映画『恋の罪』

そう、彼女のこれからの人生は、誰にも「わからん」。尾沢美津子の死でさえ、決着というより、一つの断面にすぎない。菊池いずみの行先も、その後の到達点も、ついに示されない。吉田和子もまた、最後に「わからん」と言い残したまま、宙吊りにされる。

全体として本作は、人物の人生の完結を描くのではなく、その一部分だけを、ふとこちらに見せるように出来ている。現在と過去を交互に置き、最後も「わからん」で閉じる構成は、その感覚とよく響き合っている。彼女たちはなお、「城」を探し、その周りを歩き続ける。

公式映像資料(YouTube)

本記事で取り上げた作品の公式映像資料。本稿の論点を映像として補助的に参照されたい。

文章だけでは伝わらない空気を、映像として確認するための資料として掲載する。

🎥参考映像(出典:シネマトゥデイチャンネル)映画映画『恋の罪』予告編

◆映画資料(チラシ)


◆参考文献
『東電OL殺人事件』佐野眞一 新潮文庫 2003.
『禁断の25時』酒井ゆかり アドレナライズ2013.
『恋の罪』マルキ・ド・サド著,植田祐次訳,岩波文庫1996.
『東電OL事件-DNAが暴いた闇』読売新聞社会部 中央公論新社2012.


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste Roquentinは、Albert Camusの『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartreの『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場する主人公の名を組み合わせたペンネームです。メディア業界での豊富な経験を基盤に、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルチャーなど多岐にわたる分野を横断的に分析しています。特に、未解決事件や各種事件の考察・分析に注力し、国内外の時事問題や社会動向を独立した視点から批判的かつ客観的に考察しています。情報の精査と検証を重視し、多様な人脈と経験を活かして幅広い情報源をもとに独自の調査・分析を行っています。また、小さな法人を経営しながら、社会的な問題解決を目的とするNPO法人の活動にも関与し、調査・研究・情報発信を通じて公共的な課題に取り組んでいます。本メディア『Clairvoyant Report』では、経験・専門性・権威性・信頼性(E-E-A-T)を重視し、確かな情報と独自の視点で社会の本質を深く掘り下げることを目的としています。

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