★ご注意:この記事には、映画『万引き家族』のネタバレが含まれています。

『万引家族』映画 考察

2018年6月に公開され、第71回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールを受賞した『万引き家族』(監督:是枝裕和)

安藤サクラ演じる柴田信代の言葉が印象に残る映画だ。

捨てたんじゃないです。拾ったんです。誰かが捨てたのを拾ったんです。捨てた人っていうのは他にいるんじゃないですか?

映画『万引き家族』に登場する家族は非常に複雑である。登場する祖母「柴田初枝」、息子「柴田治」、息子の妻「柴田信代」、その夫婦の子「柴田祥太」、「柴田ゆり」、祖母「初枝」の孫「柴田亜紀」の6人(女性4人、男性2人)には血の繋がりがない。(柴田初枝とその孫「亜紀」との関係は、初枝の元夫の再婚相手の子供の子(元夫の孫)であり、「初枝」と「亜紀」に血の繋がりはない。)

また、祖母「柴田初枝」以外の5人には別の名前(「亜紀」は風俗店の源氏名だが)があり、柴田家の家族になる前は、それぞれが別の名前で(柴田治に家族がいたのかは不明だが)別の家族と生きていた。

彼(女)らは非常に貧しい生活をしているが、祖母には年金収入と「亜紀」の実親からの「お気持ち代」があり、不動産もある。父「治」は日雇いだが工事現場で働いてもいた。母の「信代」はクリーニング店の工場で働き、「亜紀」も風俗店で働いている。その後、父「治」、母「信代」は失業するが、再就職先を探す気配はない。 他人に知られたくない過去を持つ父「治」、母「信代」 が条件の良い再就職先を見つけるのは困難かもしれないが、そもそも積極的に探すことはしない。

そして、万引き、窃盗、未成年者略取誘拐、年金不正受給(詐欺)などを繰り返すこの6人家族のなかの大人(祖母、息子、息子の妻)からは、罪の意識や順法精神は微塵も感じられない。

遵法精神が求められ、他人への迷惑行為が批難され、コンプライアンスという言葉が社会を覆いつくし、必死に働くことが要求される現代社会の価値観に照らせば、彼(女)らは悪党なのである。怠け者なのである。

だが、彼(女)らは、自分が買ったコロッケを見ず知らずの虐待された子に与え、洋服を縫ってあげ、みなで海に旅行にいき、一緒に風呂に入り、抱きしめ、その子に寝る場所を与える。

祖母「柴田初枝」は絶対に否定的な言葉を言わない。母「信代」も 孫の「亜紀」も否定的な言葉を使わない。

父「柴田治」は、誘拐した男の子に自分の本名と同じ名前を与え、彼に万引きを教える。彼には万引き以外に教えられることがなにもないのだ。彼は男の子の父親であり、兄貴であり、友達でもある。女性の多い家族のなか、二人は「二人だけの男同士」の関係と居場所を構築する。それは、いつか自立を望み旅立つ男の子には絶対に必要な関係性かもしれない。

そう、法を犯す彼(女)らは悪党ではあるが、外道ではない。

小さな子どもをパチンコ店の駐車場の車中に放置する親、小さな子どもを虐待する親、行方のわからない小さな子どもの捜索願いを二か月後にだす親…彼(女)らこそ、外道ではないのか?

捨てたんじゃないです。拾ったんです。誰かが捨てたのを拾ったんです。捨てた人っていうのは他にいるんじゃないですか?

彼(女)らは、誰かに「捨てられた存在」だったのだ。祖母は元夫から捨てられ、二人の小さな子は実の親に捨てられ、孫の「亜紀」も家に「居場所を見いだせない存在」だったのだろう。父「治」と母「信代」には深刻が過去があるが、それ以前の二人はどのような生活をしていたのだろう?子どもの頃の 父「治」と母「信代」 の生活は?想像になるが、この二人も「捨てられた存在」、家や社会のなかに「居場所を見いだせない存在」だったのかもしれない。

『万引家族』 哀愁の共同体 「逃げ続けた男が最後に追い掛けたもの」

山口組系二代目「柳川組」組長の谷川康太郎氏(1928年 – 1987年)の言葉に「ヤクザとは哀愁の共同体(結合体)である。そこにあるのは、権力、圧力、貧困におびえる姿だけ。」「組は、前科とか国籍とか出身とかの経歴をいっさい問わないただひとつの集団だ。だから、社会の底辺で差別に苦しんできた人間にとって、組は憩いの揺籃となり、逃避の場となり、連帯の場となる。」などの言葉がある。

「殺しの軍団」を怖れられた 山口組系二代目「柳川組」組長の谷川康太郎氏 の愛読書はマルクスやレーニンだったともいわれている。

映画『万引き家族』の「家族」は、誰かに「捨てられた存在」、家や社会のなかに「居場所を見いだせない存在」の「哀愁の共同体」だったのかもしれない。そこは、「血縁」や「金」以外の「心」で繋がる場所。 そこは、彼(女)ら「憩いの揺籃となり、逃避の場となり、連帯の場」だったのだろう。

そして、 過去から逃げ、労働から逃げ、世間一般の常識から逃げていた父「治」がバスを「追う」シーンが良い。

それは、「とうちゃん」から「おじさん」に戻った男が、「自立を望み旅立つ男の子」を追う「本当の父」になった瞬間にも見える。

女性刑事が言った「本当の家族だったら逃げない」を思い出す。

そう、逃げてばかりだった男が追う男になり、父になる。

いつか、二人の「親子」の再会の話を見てみたい。そう、思った。

『万引き家族』公式サイト


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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