
要約(クリックで開く)
1996年9月9日、東京都葛飾区柴又で発生した柴又三丁目女子大生殺人放火事件。事件から30年となる2026年、警視庁は犯行時間帯に目撃された「黄土色系の大きなコート」の男に関する情報を更新した。本稿では、当日の気温と降雨、衣服着用行動、1990年代のコート・レインコート市場、通勤着との比較、さらに「からげ結び」と職業像の関係を検証する。「大きなコート」は何だったのか。その一着から、不審人物像を改めて組み立てる。
1996年9月9日、東京都葛飾区柴又3丁目で、上智大学4年の女子学生が殺害され、自宅が放火された。「上智大生殺害事件」としても知られる柴又三丁目女子大生殺人放火事件である。[1,30]
事件から30年となる2026年9月9日、警視庁は犯行時間帯に現場周辺で目撃された不審な男に関する情報を更新した。浮かび上がったのは、身長150〜160センチ程度、黒っぽいズボン、そして「黄土色系の大きなコート」を着用した人物である。午後3時30分頃と午後3時55分頃に確認された二つの目撃について、警視庁は同一人物である可能性が高いとしている。[2]
当日は「11月初旬並みの肌寒い一日」とされた。しかし季節はまだ9月上旬であり、雨も降り続いていた。その外衣は防寒用のコートだったのか、それともレインコートだったのか。[2,3,4]
気温、降雨、衣服の形状、1990年代の衣料市場、通勤着、そして被害者の緊縛に用いられたと報じられた「からげ結び」。残された情報を一つずつ重ね、「黄土色の大きなコート」から不審人物像を再検討する。[30]
なお、以下の考察は警察当局等の公開情報に依拠しつつ、筆者が独自に構築した分析・推論に基づくものであり、事実を確定するものではない。
事件全体の経緯、遺留品、動機および犯人像に関する従来の考察については、過去記事『柴又三丁目女子大生殺人放火事件:犯人考察と分析』で整理している。
「11月初旬並みの肌寒い一日」の検証
捜査本部が公表している不審者の輪郭は、身長150〜160センチ、痩せ型から中肉という小柄な体躯である。男が身に纏っていたのは、黒っぽいズボンと、襟付き・フードなしの過大な「黄土色系のコート、またはレインコート」。その色合いは単なる茶色ではなく、茶色と黄土色の中間にあたり、時に「レンガ色」とも形容される独特のトーンを帯びていた。[2]
注目すべきは、目撃証言において「コート」と「レインコート」という2つの呼称が併記されている点だ。雨天に対応するための実用品だったのか、あるいは9月上旬という時期に、あえて大きなコートを選んでいたのか。この違いによって、着衣に対する読みは大きく変わる。[2]
レインコートであれば、まず雨具としての合理性がある。一方、防寒用のコートであった場合には、当日の気温だけで説明できるのか、体格や所持品を隠す目的があったのか、本人の日常着だったのか、あるいは借用品や中古品など本人の体格に合わない衣服だったのかという別の可能性が生じる。
そこでまず、当日の気温、降雨、湿度、風速を確認し、「11月初旬並みの肌寒い一日」が実際にどの程度のものだったのかを確かめる。事件前一週間の気象推移と、一般にコートが選ばれる気温帯を重ねることで、この一着が防寒のためのコートだったのか、雨具としてのレインコートだったのか、その意味を探る。

図1 警視庁公開情報から再構成した服装模式図[2]
| 項目 | 目撃情報1 | 目撃情報2 |
|---|---|---|
| 時刻 | 15:30ごろ | 15:55ごろ |
| 場所 | 現場南側交差点 | 現場玄関前 |
| 身長 | 150〜160cm程度 | 160cm程度 |
| 体格 | やせ型 | 中肉または少しやせ |
| 外衣 | 黄土色っぽい、襟付き、フードなし、大きなコート | 黄土色っぽいコートまたはレインコート、襟あり、フードなし |
| 下衣 | 黒っぽいスウェットのようなズボン | 黒っぽいズボン |
| 傘 | 黒色傘あり | 傘をささず |
| 色 | 黄土色っぽい | 茶色と黄土色の中間、レンガ色に近い |
図2 警視庁公表情報から整理した不審人物像[2]
警視庁は、両目撃について、時間的・場所的な関係および着衣の特徴等から、同一人物である可能性が高いとしている。したがって、2回の目撃に共通する「襟付き・フードなし・茶色から黄土色系」という特徴を備えた外衣として捉える必要がある。[2]
当日の気温、雨量、湿度、風速
事件が発生した9月9日は、一般的な秋冬用のステンカラーコートを着用するには時期尚早である。日本の生活習慣における衣替えのサイクルに照らしても、本格的な秋冬物への移行前にあたる。しかし、当日の気象条件は特異であった。降り続く雨と北寄りの風により、午後3時前後の東京都心では気温が18℃前後にまで低下していた。[2,3,4]
気象庁の東京観測データによれば、犯行前後の記録は14時に17.9℃(降水量6.5mm)、15時に18.2℃(同1.0mm)、16時には再び17.9℃(同1.5mm)を示している。加えて4メートル台の北寄りの風も吹いており、雨具を必要とする環境条件は十分に存在していた。[3]

図3 事件前後の東京の気温・1時間降水量[3]
コート着用が選ばれる気温帯
気温18℃前後という環境下において、都市生活者は一般にいかなる衣服を選択するのか。この問いに対し、東京都内における歩行者の着衣行動を精緻に記録した被服気候学の実証研究が有益な示唆を与えている。
被服学者・田村照子、丸田直美らの研究グループは、2001年6月から2002年5月にかけての1年間、東京都新宿区の交差点において通行人の着衣行動に関する定点観測を実施した。約10日間隔で午後2時前後の歩行者を撮影・分類した本調査によれば、夏季の「半袖シャツ」、冬季の「コート・ジャンパー」、春秋季の「長袖ジャケット・長袖シャツ」といった最外層衣服の選択傾向は、日平均気温と高い相関関係を示している。(田村照子・丸田直美「現代社会における衣服着用率の季節変化 第一報 定点観測法の試み」『日本生気象学会雑誌』40(s)、351–360頁、2004年)[5]
この統計的知見に照らせば、事件当日の日平均気温20.2℃は直ちに冬用コートの着用を導く温度帯とは言い難い。東京の路上において春秋季の中心となるのは長袖ジャケットや長袖シャツであり、コートやジャンパーといった重衣料の着用率が高まるのは冬季である。[4,5]
もっとも、人間の衣服選択は観測時点の絶対気温のみで一義的に決定されるわけではない。同研究では、同一の気温下であっても、気温が上昇傾向にある「向暖期」と比較して、気温が低下へ向かう「向寒期」の方が、コートやジャンパーなど一部の冬物衣料の着用率が高まる傾向が確認されている。気象条件との関係を分析した第二報では、コートやマフラーなどの防寒具について、観測時点の気温のみならず、「当日の朝の気温」や「日最低気温」が着用率と強く関係することが示されている。(丸田直美・田村照子「現代社会における衣服着用率の季節変化 第二報 気象データによる予測」『日本生気象学会雑誌』40(s)、361–368頁、2004年)[5,6]
加えて丸田・田村(2009)は、歩行者の着衣量を熱抵抗値(clo値)として算定し、男女ともに平均clo値と日内平均気温との間に有意な相関関係を確認している。街頭を行き交う人々の着衣量と外気温との間には、明確な対応関係が存在する。(丸田直美・田村照子「歩行者の外観に基づくclo値推定の試み―定点観測結果を用いて―」『日本生気象学会雑誌』46(4)、149–158頁、2009年)[7]
当日の環境で決定的なのは「断続的な降雨」である。9月上旬、18℃前後という気温に加えて雨が続いていたことは、雨具としてレインコートを身に纏う直接的な理由となる。目撃された「コート、またはレインコート」という外衣は、季節外れの防寒着よりも、雨具としてのレインコートと解釈する方が気象条件との整合性は高い。[2,3,4]
レインコート説を採るならば、目撃証言に残る「大きな」という外観上の特徴についても説明がつく。レインコートは着用している衣服の上から重ねることを前提としており、身幅や袖、着丈に余裕を持たせた製品が存在する。そのため、身長150〜160センチ前後とされる小柄な人物がこうした既製品を着用した場合、実際の体格以上に大きな外衣として目撃されたことは十分に考えられる。[2]
事件前後1週間の気温推移
事件当日の9月9日を、気温が漸減していく「向寒期」の一局面として一括りに捉えることは果たして妥当なのか。この前提を精査するため、事件前後の東京における気温推移を詳細に検証する。
気象庁の観測データによれば、事件1週間前にあたる9月2日の平均気温は26.6℃、最高気温は34.5℃を記録していた。その後も3日25.5℃、4日25.1℃、5日25.9℃、6日26.4℃と、日平均気温は一貫して25〜26℃台で推移した。6日にも最高気温30.7℃の真夏日を観測しており、事件のわずか3日前まで都心には厳しい残暑が続いていたのである。[4]
変化が明確になるのは7日からである。日平均気温は7日に23.5℃、8日に23.6℃へと下降し、事件当日の9日には20.2℃へと急落した。この日の最低気温は17.6℃、最高気温も23.0℃にとどまり、9月6日から9日までのわずか3日間で日平均気温は6.2℃低下した。9日は日降水量19.5mmを記録し、平均湿度は86%に達し、北北東寄りの風も吹いていた。[4]
しかし、この低温傾向は恒常的な季節移行を意味していなかった。翌10日の平均気温は21.3℃、11日には23.6℃、12日も23.1℃へと上昇している。その後、13日22.0℃、14日18.1℃と再び低下するものの、15日には22.0℃、16日には22.7℃へと戻った。すなわち、事件前後の気温は冬へ向けて単調に低下していたのではなく、大きな上下を繰り返していたのである。[4]

図4 東京の気温推移 1996年9月2日〜16日(気象庁の日別観測値。事件日は9月9日)[4]
この時系列推移に照らせば、9月9日の日平均気温20.2℃は、季節の深まりとともに緩やかに到達した水準ではない。数日前まで最高気温30℃を超える残暑が続く中で、降雨を伴って急激な冷え込みが生じた一日であった。[4]
先述した田村・丸田らの研究における「向寒期」は、年間の気温推移を区分し、同一気温下における被服行動の差異を分析するための概念である。向寒期に冬物衣料の着用率が高まる傾向が確認されているとしても、1996年9月9日前後の実測値を見る限り、事件当日を単純に「向寒期の定常的な低温」と位置づけることには無理がある。[5]
むしろ焦点となるのは、直前まで続いていた残暑と当日の急激な寒暖差である。秋冬用の防寒コートを日常的に使用する時期へ移行していたとは考えにくい一方、現場には急激な気温低下と降雨という、雨具の着用を直接的に促す条件が生じていた。この気象推移は、目撃された「大きな外衣」を季節外れの防寒着と捉えるよりも、突発的な悪天候に対応するためのレインコートであったとする推論を補強する。[3,4]
通勤着との比較
ここまでの検討から、不審者の上衣が仮に防寒用のコートではなくレインコートであったとするならば、次に問題となるのは、その全身の組み合わせである。
レインコートという単一のアイテム自体は、都市における通勤着の構成要素として十分に成立する。ただし、2件の目撃情報に共通する下衣は「黒っぽいズボン」までで、その素材や形状は特定されていない。午後3時30分頃のみ「黒っぽい色のスウェットのようなズボン」とされるため、不審者が実際にスウェットを着用していたと断定することはできない。仮にこの観察が実際の形状をある程度反映していたとすれば、レインコートにスーツやスラックスを合わせた一般的な会社員の通勤姿とは異なる服装であった可能性が生じる。[2]
午後3時55分頃の目撃から確認できるのは「黒っぽいズボン」のみで、一般的なスラックスであった可能性も残る。履物については現行の警視庁公開資料から特定できず、革靴、スニーカー、作業靴、長靴など、人物の生活様式や就労形態を考えるうえで必要となる情報が欠けている。[2]
現行の警視庁公開資料には、スーツ、スラックス、ワイシャツ、ネクタイ、革靴、ビジネスバッグなど、一般的な会社員の通勤姿を積極的に示す要素が確認できない。ただし、これらが実際になかったのか、公表されていないのかは判別できない。街着用のレインコートをラフな私服の上に羽織っていたのか、一般的な会社員とは異なる生活・就労環境に由来する服装であったのか。現行の公開情報から、目撃人物を「通勤途上の一般的な会社員」と位置づける根拠は乏しい。[2]
1990年代の茶系・赤茶系アウターと購買層
警視庁が公表している2件の目撃情報では、男の外衣はいずれも黄土色系で、襟付き、フードなしとされている。午後3時30分頃の目撃では「コート」、午後3時55分頃の目撃では「コート又はレインコート」と表現されている。[2]
2026年9月9日付で更新された警視庁の特設サイト「柴又三丁目女子大生殺人放火事件」内の特設ページ「犯行時間帯に目撃された不審な男」では、午後3時30分頃の目撃証言――身長150〜160センチ前後の痩せ型、体格に不釣り合いな黄土色のオーバーサイズコート、そして「黒っぽい色のスウェットのようなズボン」――に基づいた人物想像図および3D再現映像が公開されている。[2]

図5 警視庁が示す色の説明を模式化。実物の生地色を再現したものではない。[2]
動画出典:警視庁公式チャンネル
午後3時30分の証言では、下衣について「黒っぽい色のスウェットのようなズボン」と具体的に示されている。警視庁が公開した人物想像図および3D再現映像はこの目撃情報に基づいているが、そのことのみから、当局が午後3時55分の目撃情報より前者を過度に重視していると解釈することはできないだろう。[2]
本章では、この外衣を「一般的な防寒コート」と「雨具としてのレインコート」の双方から検討する。色彩は警視庁が示す「黄土色っぽい、茶色と黄土色の中間で、レンガ色に近い色」という幅を保持し、1996年前後を中心に、現存するヴィンテージ古着市場、フリマプラットフォーム、オークション、当時の広告・カタログ等から確認可能な製品を走査する。メーカー、ブランド、素材、形状、価格帯、主な購買層を比較し、不審人物が置かれていた生活実態および就労環境の絞り込みを試みる。
ただし、現在の二次流通市場に残存する製品は、当時流通した商品の一部にすぎず、出品数や現在価格をそのまま当時の販売量や実勢価格とみなすことはできない。仮に目撃された外衣と類似する製品が特定できたとしても、本人が新品で購入したとは限らず、中古品、譲渡品、借用品、作業用・業務用として入手した可能性も残る。したがって、本節では特定のブランドや購買層へ人物を直接結びつけるのではなく、当時どのような製品が、どの価格帯・生活場面で流通していたのかを検討する。
1990年代のステンカラーコートの流通と購買層
ステンカラーコートは、後襟が高く、前に向かって低く折り返す襟型を基本とするシングル前のコートで、比翼仕立てや直線的なシルエットを備える製品が多い。スーツやジャケットの上から羽織るビジネス用コートとして広く用いられ、通勤や営業など会社員の秋冬用外衣としても一般的な存在であった。[8,9,10,11]
警視庁が公開した人物想像図および3D再現映像の外衣も、襟付き・フードなし、直線的な長丈という点で、ステンカラーコートの形状に類似性が見られる。ただし、公開画像は目撃証言を基に再現されたものであり、警視庁が実際の外衣をステンカラーコートと特定したものではない。[2]
今回確認した1990年代の製品や同系統のコートを見ると、ベージュ、薄茶、カーキ寄りの色調が目立つ。一方、警視庁が示している不審人物の外衣は、「黄土色っぽい」「茶色と黄土色の中間」「レンガ色に近い色」とされている。一般的なベージュ系よりも一段濃い黄土色から茶系に位置し、製品によっては赤味を帯びた色調まで比較対象に含める必要がある。[9,10,11,12,14]
【1990年代ステンカラーコート比較図】

画像出典:各掲載元の商品画像を引用。
比較対象として抽出された各製品は、いずれも「長丈・襟付き」という共通の意匠を備えながらも、そのブランド的出自や想定された着用文脈は一様ではない。VAN JACKETは戦後日本にアメリカン・トラディショナルやアイビースタイルを定着させた国内屈指の服飾メーカーであり、BARACUTA(バラクータ)は英国マンチェスターの雨具製造を源流に持ち、代表作「G10」はスーツを降雨から保護することを主眼に設計された膝丈のレインコートである。LONDON FOG(ロンドンフォグ)もレインコートを中心とする米国の代表的なアウターブランドとして、百貨店等で広く販売されていた。[9,10,11,12]
事件発生年である1996年当時の米国百貨店広告を検証すると、LONDON FOGをはじめとする同種のアウター類は、通常価格90〜275ドル(1996年10月の平均為替で約1万100円〜3万900円)、セール時には54〜165ドル程度(約6,100円〜1万8,500円)で供給されている。一方、同年1月のカナダ・オンタリオ州紙の広告では「春秋用トップコート(Spring & Fall Top Coats)」が99カナダドルからの価格帯で掲載されている。米国広告とは通貨が異なるため、この99ドルを米ドルとして円換算することはできない。なお、米国広告の円換算は当時の為替による単純換算であり、日本国内での実売価格を示すものではない。[12,13,14]
このように、ステンカラーに類する外観を備えた長丈外衣は、ビジネスユースからトラッド愛好層、実用的な雨具、さらには一般大衆向け小売市場に至るまで、極めて重層的かつ広範に流通していた。したがって、目撃されたコートの「形状」という単一の意匠的要素のみから、着用者の職業的背景や所得階層、生活環境を直ちに単一のプロファイルへと絞り込むことには慎重でなければならない。仮に不審者自身がこうした価格帯のコートを新品で購入していたとすれば、少なくとも当時その価格帯の衣類を選択・入手し得たことにはなる。ただし、それだけを根拠に所得階層や就業状態まで特定することはできない。
Marlboro Unlimited Reversible Duster
Marlboroブランドの衣料展開については、1993年のMarlboro Classicsのブランド・コミュニケーション資料に、主要訴求層として「都市部のホワイトカラー男性、24~35歳以上」が明記されている。24歳未満の若年男性も副次的な対象とされ、ジーンズ、デニム、Tシャツ、アクセサリーなどを入口としてブランドへ取り込む構想が示されていた。もっとも、Marlboro ClassicsとMarlboro Unlimitedは別個のブランド・販促体系であり、この資料をそのままReversible Dusterの交換参加者層に当てはめることはできない。[16]
Philip Morrisの1996年資料によれば、「Marlboro Unlimited」は1995年11月に開始されたプロモーションであり、別の管理資料では1996年10月に「Marlboro Unlimit. Last Call」が置かれている。事件が発生した1996年9月9日は、プロモーション開始から約10か月後、「Last Call」の直前に位置する。[17]
この製品は一般の衣料品店で販売されたコートではない。1996年10月9日付のプロモーション比較資料では、「Marlboro Reversible Duster」は995 Miles、199 packs相当の交換品として記録されている。したがって、一般的な意味での「購買層」よりも、Marlboroの継続購入者を中心とした「交換参加者層」として捉える方が適切である。Philip Morrisのダイレクトマーケティング資料ではMarlboro喫煙者や継続プログラム参加者を対象とし、施策によっては21〜44歳の男性を明示的な対象としていた。[17,18]
【Marlboro Unlimited Reversible Duster】

画像出典:掲載元の商品画像を引用。
現存する個体には、茶系のコットン面と黄系の防水面を持つリバーシブル仕様が確認できる。国内古着市場で確認された一例は肩幅62センチ、身幅77センチ、着丈119センチと大きい。マスタードイエローとダークブラウン、コーデュロイ襟、フードなし、長丈という構成で、防水面を備える個体も確認されている。[19]
身長150〜160センチ前後の人物がこうした個体を着用すれば、目撃証言にある「体格に合わないサイズの大きなコート」と認識された可能性はある。茶系と黄色系を一着の中に持つリバーシブル構造は、警視庁が示す「黄土色っぽい」「茶色と黄土色の中間」という色彩の幅との比較においても興味深い。[2,19]
事件当日は降雨が続いていた。防水面を備えた長丈の外衣という機能は、それまで検討してきたレインコート説とも接続する。1996年という年代、茶系から黄系の色彩、襟付き・フードなし、長丈、大きなサイズ感、雨具機能という複数の条件が一つの製品に重なる点で、他の一般的なコートとは異なる比較価値を持つ。[3,19]
一方、Marlboro Dusterには大きなフラップポケットがあり、茶色側と黄色系防水面との配色差やコーデュロイ襟も目立つ。警視庁の目撃情報や再現像には、こうした特徴についての記載はない。1996年9月当時、日本国内で同製品が正規に配布されていたことを示す資料も現時点では確認できていない。[2,19]
したがって、この製品を目撃された外衣そのものと結びつけることはできない。ただし、単に色が似ているというだけではなく、年代、形状、サイズ、色彩、雨具機能が同時に重なる具体的な製品が1996年当時に存在していたという点で、比較対象として検討する価値は高い。[18,19]
1990年代のレインコートの流通と購買層
レインコートは、降雨から衣服や身体を保護することを主目的とした外衣である。防寒を主眼とする秋冬用コートとは異なり、撥水・防水性を備えた生地を用い、着用中の衣服の上から重ねることを前提として、身幅や袖、着丈に一定の余裕を持たせた製品が多い。
形状は一様ではなく、フード付きの実用雨具から、襟付き・フードなしでステンカラーコートに近い外観を持つ街着型まで幅広い。特に都市部では、スーツやジャケットを雨から守る通勤用外衣としても用いられ、外見だけでは一般的なコートとの判別が難しい製品も流通していた。
日本国内では、三陽商会が戦後早くから紳士用レインコートを商品化し、その後もコート事業を中核として展開している。1990年代にはバーバリーやポール・スチュアートなどのコート事業も手がけており、男性用レインコートは特殊な雨具ではなく、都市生活に組み込まれた外衣の一分野として定着していた。[8]
1990年代のMACKINTOSHには「Duncan」のようなクラシックなステンカラー型のモデルがあり、一般的なコートと雨具との境界は外観上きわめて曖昧であった。[15]
こうした製品群を踏まえれば、1996年当時、男性が襟付き・フードなしの長丈レインコートを都市部で着用すること自体は特異な行為ではない。そして、外見がステンカラーコートに近い製品であれば、短時間の目撃において「コート」と「レインコート」の双方に認識されたとしても不自然ではない。
Patagonia「City Raincoat」
Patagoniaは、イヴォン・シュイナードが1973年に創業した米国のアウトドア衣料ブランドである。日本支社は1988年に発足し、翌1989年10月には東京・目白に国内初の直営店「パタゴニアストア東京」を開設した。1991年製の「City Raincoat」が確認される時期には、すでに日本国内でブランドの直接展開が始まっていたことになる。[20,21,22,23]
【Patagonia「City Raincoat」】

画像出典:各掲載元の商品画像を引用。
1990年代初頭における都市用レインコートの具体例が、同社の「City Raincoat」である。現存する個体からは1991年製・品番86061の製品が確認されており、山岳・アウトドア用のシェルジャケットとは異なる、長丈の街着型レインコートとして展開されていた。「City Raincoat」という名称も、都市生活圏における日常着として企画された製品であることを示している。[24,25,27,29]
外観はステンカラーコートに類似したロングシルエットを基調とし、襟元には脱着式フードを備える。フードを取り外した状態では、襟付き・フードなしの一般的なコートと極めて近い外観を呈する。身幅にも十分な余裕があり、衣服の上から重ねて着用した場合、悪天候下や短時間の目撃において通常の秋冬用コートと視覚的に判別することは容易ではない。[25,27,29]
現存する1991年製個体には、ベージュ、黄土色、カーキ系統に近い色調が確認できる。「長丈」「ゆったりとした身幅」「襟付き」、そしてフードを外した際の「フードなし」という特徴は、警視庁が公表している不審者の外衣――黄土色系、襟付き、フードなし、大きなコートまたはレインコート――との比較において複数の共通点を持つ。[25,26,27,28,29]
目撃された外衣をPatagonia製品と特定する材料ではないが、1990年代初頭の国内市場に、一般的なステンカラーコートと外見上の差異が小さく、長丈かつゆったりとした都市型レインコートが流通していた具体例として比較価値を持つ。[24,25,29]
なお、現在の国内ヴィンテージ市場において、City Raincoatは数万円から10万円前後で取引される事例が見られる。ただし、これは製造後30年以上を経た二次流通市場における希少価値を反映した価格であり、1991年当時の新品販売価格を示すものではない。当時の新品定価については、現時点では一次資料による確認に至っていない。[26,27,29]
絡げ結びとブルーカラー像の再検討
FNNプライムオンラインは2020年7月24日付の記事で、被害者の足首がストッキングを用いた「からげ結び」で縛られており、この結び方が着物の着付けや造園業で用いられると報じている。この情報から、造園業などの現場実務との関連を想定する見方が生じ得る。[30]
しかしながら、特定の結索技法が直接的に代理表象するのは「職業そのもの」ではなく、あくまでその技法を習得し、実用可能な水準で体得していたという「技能的経験」にほかならない。造園業などの現場実務を通じて習得された蓋然性と、着付けや日常生活、趣味、あるいは過去の職歴等を通じて身につけられた蓋然性とは、分析概念として厳密に峻別されるべきである。

図6 服装・結索技能・移動手段を一人の人物像として統合した検討
ここに遺留・目撃された服装プロファイルを重ね合わせることで、想定される人物像の輪郭は大きく変容する。着用外衣が作業用雨具(カッパ等)ではなく、街着として成立する茶・赤茶系統の都市型レインコートであったと仮定した場合、「造園・土木等の作業着のまま現場へ赴いた実務従事者」という仮説の妥当性は減退せざるを得ない。ただし、それによって造園業や土木業等の職業歴そのものが否定されるわけではない。街着用のレインコートを着用し、外見上は一般的な都市生活者と区別しにくい人物が、現在または過去の職歴、生活経験、趣味などを通じて実用的な結索技能を身につけていたという人物像も成立する。
これまでの検討から導かれるのは、「ブルーカラー的職種ゆえに、からげ結びを体得していた」という単線的な人物像ではない。目撃された都市型の外衣と実用的な結索技能を別個の情報として扱い、その双方を併せ持つ人物の生活歴を再構成する必要があるだろう。
結語:不審人物像の再構成
警視庁の公表資料を基礎的知見として据えるならば、犯行直前に現場周辺で目撃された不審人物の身体的・外見的特徴は、身長150〜160cm程度、体格は痩身から中肉、レンガ色に近い茶色から黄土色系統の襟付きコートないしレインコート、そして黒系のズボンである。午後3時30分頃の目撃では「大きなコート」「黒っぽい色のスウェットのようなズボン」「黒い傘」、午後3時55分頃の目撃では「コート又はレインコート」「黒っぽいズボン」「傘をささずに玄関前に立つ」とされている。警視庁は、時間、場所、服装等から両者を同一人物である可能性が高いとみている。[2]
ここまでの検討では、秋冬用の防寒コートより、降雨への対応を主目的とした都市型レインコートと解釈する方が、事件当日の気象条件、目撃された「大きなコート」という外観、1990年代の衣料市場との整合性は高かった。[2,3,4,19,24,25]
一方、午後3時30分頃の「スウェットのようなズボン」は、典型的なホワイトカラーの通勤着とは一致しにくい。ただし、午後3時55分頃の目撃では「黒っぽいズボン」としか示されず、履物、鞄、携行品も確認できない。したがって、一般的なスーツ姿の通勤者を積極的に支持する材料が乏しいというところまでである。[2]
「からげ結び」についても、特定の職業そのものではなく、何らかの経路で体得された実用的な結索技能として扱う必要がある。都市型レインコートという服装情報とこの技能を別個の情報として重ねることで、「造園業者等の現場作業従事者」という単一の人物像に固定せず、現在・過去の職歴、生活経験、趣味、服装選択の組み合わせから人物像を再構成する余地が生じる。[30]
注目すべきは、二つの目撃情報における傘の記述の差異である。午後3時30分頃には「黒色傘をさして立つ」とされる一方、午後3時55分頃には「傘をささずに」玄関前に立っていたとされる。後者について、傘自体を所持していなかったのか、所持していたが使用していなかったのかは、現行の公開情報からは判別できない。したがって、両者が同一人物であったとしても、約25分の間に傘を手放したとまでは言えない。[2]
現局面において、人物像をさらに絞り込む鍵となる未確認項目は具体的である。履物の種類、鞄や携行品の有無、外衣の素材、光沢、裏地、正確な着丈、傘の形状、さらに午後3時55分頃の人物が傘を所持していたか否かである。これらが当時の捜査資料、報道アーカイヴ、目撃証言等から追加的に確認できれば、徒歩、自転車、自動車、公共交通機関といった移動手段の仮説についても、現在より大きく絞り込める可能性がある。[2]
「大きなコート」という一つの目撃情報から始めた検討は、気温、降雨、衣服着用行動、1990年代の衣料市場、都市型レインコート、通勤着、そして「からげ結び」へと連続した。そこから見えてくるのは、特定の職業名を付した単純な人物像ではない。公開された断片をそれぞれ独立した情報として検証し、その結び付きそのものを改めて問い直すことで、不審人物像は従来とは異なる輪郭を持ち始める。
出典・参考資料
※ウェブ資料はいずれも2026年9月12日確認。二次流通資料は、現存個体の仕様・色・寸法・現在価格等の確認に用いた。
1. 警視庁「柴又三丁目女子大生殺人 放火事件」(更新日:2026年9月9日) https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/jiken_jiko/ichiran/ichiran_10/kameari.html
2. 警視庁「犯行時間帯に目撃された不審な男」(更新日:2026年9月9日) https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/jiken_jiko/ichiran/ichiran_10/kameari02.html
3. 気象庁「東京(東京都)1996年9月9日 1時間ごとの値」 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/hourly_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=1996&month=09&day=9&view=p1
4. 気象庁「東京(東京都)1996年9月 日ごとの値」 https://www.data.jma.go.jp/stats/etrn/view/daily_s1.php?prec_no=44&block_no=47662&year=1996&month=9&day=&view=p1
5. 田村照子・丸田直美「現代社会における衣服着用率の季節変化 第一報 定点観測法の試み」『日本生気象学会雑誌』40(s), 351–360, 2004 https://cir.nii.ac.jp/crid/1050845762963385088
6. 丸田直美・田村照子「現代社会における衣服着用率の季節変化 第二報 気象データによる予測」『日本生気象学会雑誌』40(s), 361–368, 2004 https://bunka.repo.nii.ac.jp/record/83/files/00101_000011.pdf
7. 丸田直美・田村照子「歩行者の外観に基づくclo値推定の試み―定点観測結果を用いて―」『日本生気象学会雑誌』46(4), 149–158, 2009 https://www.jstage.jst.go.jp/article/seikisho/46/4/46_4_149/_article/-char/ja/
8. 株式会社三陽商会「三陽商会の歩み」 https://www.sanyo-shokai.co.jp/company/history2/
9. VAN JACKET「The History of VAN」 https://www.van.co.jp/info/items/content/17051
10. BARACUTA「G10 the original coat that has given life to the contemporary G12」 https://us.baracuta.com/blogs/focus/g10-the-original-coat-that-has-given-life-to-the-contemporary-g12
11. London Fog Europe「About / History」 https://www.londonfog.eu.com/about
12. Observer & Eccentric, October 3, 1996(London Fog outerwear advertisement) https://westlandlibrarystorage.b-cdn.net/observer/1996/1996-10-03.pdf
13. 日本銀行「主要時系列統計データ表(外国為替市況)」 https://www.stat-search.boj.or.jp/ssi/mtshtml/fm08_m_1.html?ss_ad_code=m_nikkei
14. Seaway News, January 14, 1996, Cornwall, Ontario, Canada(Spring & Fall Top Coats advertisement) https://archive.sdgcounties.ca/uploads/r/seaway-news/e/f/d/efd5c1a6b9943ccf178ca4ba24c1ef18c10ce1f73a15f48ab6ad891939e25ff4/1996-01-14.pdf
15. Begin「英国アウターの名門マッキントッシュ。世界中の紳士を魅了するコートの系譜とは?」(2022年10月23日) https://www.e-begin.jp/article/268983/
16. Philip Morris / Marlboro Classics「MARLBORO CLASSICS BRAND COMMUNICATION BRIEF, S/S ’94」(1993年8月27日付資料) https://csts.ua.edu/files/2026/02/marlboro-classics-brand-communication-brief.pdf
17. UCSF Industry Documents Library, Philip Morris Records「Marlboro Promotions / Marlboro 1996 Direct Marketing Plan」 https://www.industrydocuments.ucsf.edu/docs/kzvj0177/
18. Philip Morris Records「NEWPORT CONTINUITY OFFER」(1996年10月9日。Marlboro Unlimitedとの比較表を含む) https://www.industrydocuments.ucsf.edu/docs/gyyv0096/
19. BAZZSTORE「Marlboro 90S reversible coat Rubber&Corduroy ロングコート リバーシブル」〔二次流通資料〕 https://ec.bazzstore.com/products/1128979939226
20. Patagonia公式『レスポンシブル・カンパニーの未来』「著者について」(イヴォン・シュイナードが1973年にPatagoniaを創業) https://www.patagonia.jp/product/the-future-of-the-responsible-company-paperback/9784478118153.html
21. Patagonia Stories「北田啓郎さんから教えられたこと」(日本支社発足時に関する記述) https://www.patagonia.jp/stories/culture/community/%25e5%258c%2597%25e7%2594%25b0%25e5%2595%2593%25e9%2583%258e%25e3%2581%2595%25e3%2582%2593%25e3%2581%258b%25e3%2582%2589%25e6%2595%2599%25e3%2581%2588%25e3%2582%2589%25e3%2582%258c%25e3%2581%259f%25e3%2581%2593%25e3%2581%25a8/story-120776.html
22. Patagonia Stories「日本支社30周年に寄せて:パタゴニアのアーリーメンバーズとともに」(2019年3月13日) https://www.patagonia.jp/stories/patagonia-japan-30th-anniversry-essay-by-keiro-kitada/story-109355.html
23. Patagonia公式「パタゴニア 東京・目白/アウトレット」(1989年10月に日本の直営第一号店として開店) https://www.patagonia.jp/patagonia-tokyo-mejiro-japan/store_924604510.html
24. 2nd STREET「patagonia 90s/91年製/City Raincoat/MADE IN USA/M/コットン/86061」〔二次流通資料〕 https://www.2ndstreet.jp/search?keyword=%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%88+%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%BA
25. Grapefruit Moon「80’s〜90’s Patagonia “City Rain Coat”」〔二次流通資料。1989–1991年、脱着式フードの記載〕 https://shop.grapefruitmoon.jp/?pid=184263243
26. MOSS「90S Patagonia City Raincoat」〔二次流通資料。ブロンズカラー、脱着式フード、現在価格等〕 https://mossofficial.base.shop/items/94740640
27. SAFARI「PATAGONIA CITY RAIN COAT 1991」ほか〔二次流通資料。1991年製個体と現在価格〕 https://e-safari.co.jp/products/detail/129929
28. ラクマ「1989年 USA製 Patagonia city raincoat」〔二次流通資料。カーキ、素材・寸法〕 https://item.fril.jp/12324505a4e9b105817d704126145c78
29. BerBerJin WebStore「’91 PATAGONIA CITY RAIN COAT BEIGE」〔二次流通資料。ベージュ、フード付き、寸法・現在価格〕 https://webstore.berberjin.com/view/item/000000165314?category_page_id=all_items
30. FNNプライムオンライン「上智大生殺害事件とは?…足首は『からげ結び』で縛られる」(2020年7月24日) https://www.fnn.jp/articles/-/65718
なお、事件約10日前に彼女が「誰かが後ろを付けてくる」と家族に伝えた追尾については、国内外のストーカー統計・研究から、追尾者が知人であった場合と面識のない人物であった場合の関係性、年齢差、持続性を検討した「事件10日前の追尾――柴又女子大生放火殺人事件とストーカー事案の関係性・年齢差」で分析している。

















