
神奈川県警が長年公開してきた一枚のPDFがある。そこには、1978年頃に忽然と姿を消した男性、S氏(現在85歳)の顔写真と「拉致の可能性を排除できない」という重い一文が刻まれていた。私たちはその公文書を眺めるたび、彼の時間はあの日、あの場所で停止したのだと錯覚してきた。
しかし、2026年3月18日、一つのニュースが静止していた時間を打ち破った。
『“拉致の可能性”行方不明だった男性を国内で発見「北朝鮮には行っていない」』(テレビ朝日系(ANN))。
県警によると、男性は1978年ごろに小田原市内の自宅から行方が分からなくなり、2025年12月に国内で発見された。複数回の聞き取りに対し、男性は「北朝鮮には行っていない」と説明し、自分が行方不明者として扱われていることも知らなかったという。
私たちが「不明」と呼んでいたその年月は、本人の側では、誰にも名づけられないまま生きられていた時間だったのかもしれない。
PDFの中で凍りついていたS氏の肖像は、約50年の歳月を経て、突如として鮮やかな色彩を帯びて動き出した。彼は、私たちが想像してきた遠い場所ではなく、私たちが暮らすこの日本国内で、自らの足で歩み、呼吸を整え、今日という日を積み重ねていたのだ。
「北朝鮮には行っていない」という言葉。それは、「彼自身の人生」を刻み続けていた男の、静かな独白であり、告白であり、そして長い歳月の果てに漏れたため息のようにも聞こえる。
透明化された隣人たちが集う「アジール」――NPO法人の知見から
かつて、この国には「訳あり可」「寮完備」「即日から日払い」といった、過去を問わない言葉が新聞や雑誌の片隅に踊っていた。2001年から前身団体として活動を重ね、2009年にNPO法人認証を受けた『外部リンク:NPO法人 日本行方不明者捜索・地域安全支援協会ホームページ』の知見によれば、かつてはそうした場所が、戸籍や家族という強い繋がりから零れ落ちた者たちの「アジール(避難所)」として機能していたという。
同法人の活動の中には、時に「行方不明者」本人からの相談も寄せられる。10代で家を出て30代まで独りで生きた女性、20年以上も妻子に連絡を絶った父親。彼らは偽名で働ける場所を渡り歩き、社会の周縁で、誰かの「普通の隣人」として生を繋いできた。ある者は病をきっかけに、ある者は新たな愛する人との未来のために、再び家族という光の下へ戻る願いを胸の奥に秘めている。
しかし、この「失われた30年」の間に、経済の停滞と法令遵守の規範が、その周縁を少しずつ削り取っていった。それでも今回の発見は、私たちの視界の外にもなお、人が身を寄せて生をつなぐ場所が残されていたのではないかという想像を、現実の輪郭をもって呼び戻す。
かつては許容されていた「匿名性の優しさ」は姿を消し、管理の網の目は細かくなった。それでもなお、今回の発見は、私たちの視界の外にも、人が身を寄せ、生をつないでいく場所がなお存在しうることを思い起こさせる。
社会の「周縁」のもう一つの家族の形
制度や血縁の外でなお営まれる生をどう見るか、という問いは、現実の失踪だけでなく、文化作品の中でも繰り返し描かれてきた。その意味で、この「社会の周縁」という視点は、血縁の外で寄り集まって生きる人びとを描いた映画『万引き家族』の世界とも重なる。詳しくは、『映画『万引き家族』考察:血縁を超えた「哀愁の共同体」とスイミーの役割が描いた世界』をご覧いただきたい。
映画の中の彼らがそうであったように、正当なシステムから排除された者、あるいは自ら逃げ出した者たちが、身を寄せ合い、名前さえ偽りながら築き上げる「場所」。それは世間からは「偽り」や「罪」に見えるかもしれないが、そこには外側からは決して見えない、しかし確かな「地続きの生」の熱量があった。
S氏が過ごした歳月もまた、他者が介入できない、彼だけの人生の堆積だったはずだ。
「拉致の可能性」というレッテルによって、社会が勝手に彼の時計を止めていた間も、彼はどこかの街で、雨の匂いを感じ、誰かの言葉に傷つき、あるいはささやかな食事に安らぎを見出していただろう。そこには一分一秒の停滞もなく、彼自身の喜びや苦悩、あるいは誰にも語ることのない秘密が、重層的に積み重なっていた。
たとえそれが、家族や国家という「正統な物語」から外れた道であったとしても、彼が自分の足で歩き、選び取った日々は、誰にも奪うことのできない、かけがえのない生存の記録である。私たちが「不明」と呼んでいた時間は、彼にとっては、血の通った、あまりにも生々しい「現実」の連続だったのである。
行方不明者を探し続ける家族へ――足元に灯る希望
行方不明者を探し続ける家族にとって、今回の「国内での発見」は、何物にも代えがたい希望の萌芽である。
愛する人は、海の向こうの絶望の中にいるのではない。もしかしたら、明日すれ違うかもしれない誰かとして、この日本の空の下で、コンビニの列に並び、季節の移ろいを感じているかもしれない。
「生きていてくれただけでいい」。その願いは、今や空想ではなく、手触りのあるリアリティとして立ち上がっている。今回の報道が差し出したのは、見えなかった時間を『無』としてではなく、誰かの確かな生として捉え直すための、小さいが決定的な根拠である。
たとえ家族が会えなかった時間が長くとも、その間、本人は決して「見えない世界」を彷徨っていたわけではない。誰にも侵されない「生活」の中で、懸命に生を全うしていたのだ。
私たちは今、「拉致」や「失踪」という記号を一度脱ぎ捨て、彼らが歩んでいる「地続きの生」を信じることから始めたい。今回の発見が示したのは、見えない時間がそのまま「無」ではないということである。社会の周縁は小さくなったかもしれないが、そこには今も、誰かの帰りを待つ場所と、誰かが生き抜くための隙間が、静かに、そして力強く息づいているのだから。
結び
探しているあの人は、今夜もどこかの街角で、私たちと同じ月を見上げているかもしれない。その想像力こそが、絶望を希望へと書き換える唯一の鍵なのだから。
今回の報道が、見えなかった時間にも生が続いていたかもしれないという希望を示したのだとすれば、別の記事では、その同じ「見えない時間」が遺体発見というかたちで終わりを告げた事案を扱っている。
詳細は、「家族の知らない空白の時間:失踪から13年、遺体で見つかった女性」をご覧いただきたい。
◆参考資料
神奈川県警察「S氏に関する情報」PDF2026年3月18日閲覧。
テレビ朝日「“拉致の可能性”行方不明だった男性を国内で発見『北朝鮮には行っていない』」2026年3月18日配信
警察庁「拉致の可能性を排除できない事案に係る方々」2026年3月18日閲覧。
◆男性の行方不明・失踪事件(事案)考察シリーズ



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