映画『アメリカン・スナイパー』の考察と感想:戦場で兵士が見るもの、思うもの

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子供のとき、『火垂るの墓』の絵本を祖母が読み聞かせてくれた。祖母は絵本を読みながら涙を拭いていた。

今を生きる日本人の多くは、いわゆる「戦争を知らない世代」だ。「戦争」という事柄に関する知識はあるものの、当事者になったことはない。中には、戦争が遠い世界での出来事のように感じている人もいることだろう。

戦争に関する話を聞くのは辛い。同じように、戦争を描いた映画を見るのも辛い。そして、『アメリカン・スナイパー』は数多ある戦争映画の中でも、鑑賞後の感覚が後を引く作品だ。

今回は考察と共に、本作を始めて鑑賞した筆者(※主観や感想がかなりの量入るため、以後「私」と表記していきたい)の感想を述べていきたいと思う。

映画『アメリカン・スナイパー』の作品概要

映画『アメリカン・スナイパー』は、2014年に公開されたアメリカの戦争映画である。『硫黄島からの手紙』や『グラン・トリノ』のクリント・イーストウッドが監督を務めた。ちなみに、本作にはイーストウッドは出演していない。

主演を務めたのは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のロケット役で知られるブラッドリー・クーパー。実在の人物を演じるにあたり、過酷な役作りをしたようだ。

本作は、事実を元にした映画である。原作となるのは『ネイビー・シールズ最強の狙撃手』。イラク戦争で上げた戦果により「伝説の狙撃手」と呼ばれた、クリス・カイルの自伝である。

本作はフィクションを織り交ぜてはいるものの、リアルな戦争の姿が描かれている。また、前線で戦う兵士だけでなく、そんな彼らを支え、共に暮らす家族にも焦点を当てているのが特徴である。

あらすじ

テキサス生まれのクリス・カイルは、子供の頃から狩りの技術を父親に叩き込まれてきた。

大人になり、弟と共にロデオに明け暮れていたクリスだったが、ケニアとタンザニアで起こったアメリカ大使館爆破事件のニュースを見て、軍に入隊することを決意する。海軍に入ったクリスは厳しい訓練を耐え抜き、的より小さい蛇を撃つという射撃の実力も発揮し、ネイビーシールズに配属されることになった。また、恋人のタヤとの結婚も決まり、幸せの絶頂かのように思えた。

出典:シネマトゥデイchannel

そんな折に起こったのが、『9.11』である。クリスはタヤとの結婚式の最中、イラク行きを命じられたのだった。

「戦場の英雄」の内面を描いた戦争映画

戦争を主題とした作品は多い。映画に限らず、小説やマンガなどの媒体を含めると、数えきれない作品数に上るだろう。そして、その中の多くが「戦争の悲惨さ」をテーマに沿えている。

私も、何本かの戦争映画を見て、戦争小説を読んだ。『火垂るの墓』(1967年)をはじめ、本作と同じく、イーストウッドが監督を務めた『硫黄島からの手紙』(2006年)や『父親たちの星条旗』も鑑賞した。特に『硫黄島からの手紙』は多感な高校生の時に映画館で見て、しばらく立ち直れないようなショックを受けたことを覚えている。

映画と戦争テーマ分類表
映画と戦争テーマ分類表

個人的な感想として、イーストウッドは人の内面を描くのが上手だと思う。『マディソン郡の橋』(1992年)で描かれた揺れ動く女心は見事だったし(メリル・ストリープの名演技!)、『グラン・トリノ』(2008年)でイーストウッド本人が演じた偏屈老人の心の動きも素晴らしい。

そんなイーストウッドがメガホンを撮った作品なのだから、本作もおのずと、主人公・クリスの心の奥深くを見ていくこととなる。

戦争を語るのは難しい。どんな理由付けをしたとしても、お互いが殺し合っていることに違いはない。殺し合っている以上、「正義」という言葉は虚しい響きになってしまう。そして、同じく虚しい言葉が「戦争の英雄」だ。

「100万人殺せば英雄」という言葉を聞いたことはないだろうか。これは、チャップリンの『殺人狂時代』(1947年)に登場するセリフだが、これこそ、戦争の本質を突いたものだろう。

本作の主人公・クリスは、正に「イラク戦争の英雄」である。ずば抜けた射撃の才能で、味方の命を守り、死んでいった味方の敵を討つ。「レジェンド」と呼ばれるのも納得の活躍だ。

実際の所はどうだろう。クリスは味方を守るため、まだ幼い子供と、その母親を射殺している。子供が母親に渡された対戦車爆弾を味方に向け、母親もまた、子供が死亡した後に爆弾を拾い上げたからだ。子供であろうと女性であろうと、武器を持って味方を殺しに来た以上、それを阻止するのがクリスの役目だった。

この経験は、クリスの中で大きな出来事となる。軍人として間違った判断ではなかったものの(ここで撃たなかったら味方が大勢死ぬ)、子供と女性を殺したという事実が彼にのしかかったのだ。

その後も、クリスは仲間を救うために多くの人を殺した。そして目の前で、多くの仲間を失った。味方の敵である狙撃手・ムスタファを射殺して、重いPTSDを背負い、彼は戦地から帰って来た。そこにいるのは、「英雄」と呼ばれながらも喜べない、ひたすら戦争の影に苦しむ一人の男性である。

イラク戦争に関わるニュースやドキュメンタリーを見ていると、クリスと同じくPTSDに苦しむ兵士が数多くいるという。彼らは終戦を迎えてもなお、戦争の中に取り残されているのだろう。「早く回復して欲しい」と思うが、これもまた、あまりに安易な言葉に感じてしまう。

イーストウッドはもう一つ、「英雄」という言葉に焦点を当てた作品を撮っている。それが、先に挙げた『父親たちの星条旗』だ。この作品もまた、第二次世界大戦に従軍し、「英雄として祭り上げられた」男性たちを描いたものである。 第二次世界大戦とイラク戦争。時代は異なるが、戦争が残す傷跡や虚しさは変わらない。

平成生まれから見た『アメリカン・スナイパー』

私が小学校高学年のとき、『9.11アメリカ同時多発テロ事件(2001年9月11日)』と呼ばれるアメリカ同時多発テロ事件が起こった。この事件は日本でもニュースで大きく取り上げられ、連日のようにビルが崩れ落ちる様を見た記憶がある。学校でも、先生が事の重大さを語っていた。

とてつもない高層ビルから黒い煙が立ち上がる。行ったことがない、当時からすればとてつもなく遠い国で起こったことだとしても、子供心にショックを受けた。なにより、ビルに突っ込んで行った飛行機に多くの人が乗っていたことにとんでもない恐怖感を感じた。

『9.11』と同じくらい記憶に残るのは、『3.11東日本大震災(2011年3月11日)』の東日本大震災で起こった津波の映像だ。当時大学生だった私は、テレビにかじりついてニュースで流される映像を見ていた。

もちろん、印象に残っている事件は他にもある。しかし、この2つの映像から受けるショックは他のものを大きく超えている。

私は、今回初めて『アメリカン・スナイパー』を観賞した。戦争映画はこれまでいくつか見てきたし、正直に言えば嫌いではない。多感な時期に受けた『硫黄島からの手紙』のショックも踏まえ、耐性もできたと感じていた。何より、私が大好きなイーストウッド監督作品だからと甘く考えていた。

『9.11』のニュースを見たとき、そして『硫黄島からの手紙』を見たとき、私は子供だった。ある程度「物事を理解している」と自称しながらも、その実は子供で、守られるものだと安易に信じていた。

しかし今は違う。れっきとした大人で、守るべき子供がおり、おそらく作中のクリスと同じくらいの年齢だ。戦争を知らず、従軍経験もないが、どうしてもクリスの立場で物語を追ってしまう。

戦争で子供が死んでいる。戦闘要員として駆り出される子供がいる。こうした知識はもちろんあったが、実感はなかった。戦争に赴いた人々が誰かの子供であり、誰かの親であったことを、はっきりと認識させられた。何より、私の子供はクリスが射殺した子供と変わらない年齢なのだ。映画序盤で流れる『9.11』の映像を見て、過去の記憶と大人になった私が結びついてしまった。

『アメリカン・スナイパー』を見るのは辛い。映画としておもしろいと思うし、イーストウッド監督作品に共通する味がある。それでもやはり、見た後は疲れてしまう。同じ映画を繰り返し見る癖がある私でも、再度観賞するにはしばらくの時間が必要だろう。

少しだけ考えたのは、『9.11』やイラク戦争を知らない世代が本作を見たらどう思うのだろうかということ。いずれ子供が大きくなったら、話す機会を設けたいと考えている。

まとめ

「見るのが辛い」と感じる映画は確かにある。そして、「見るのが辛い」映画の中に名作が含まれていることも少なくない。本作『アメリカン・スナイパー』は正にそんな作品の一つだ。

戦争映画は見られる人、見られない人が分かれるジャンルだ。それでもなお、作り続けるべきジャンルでもあるだろう。人は痛みを忘れるものだ。

子供に見せるべきかどうかを悩みながら、この記事を締めたいと思う。


◆クリント・イーストウッド作品

◆戦争・軍隊・軍人に関係する映画考察・解説シリーズ

◆戦争とトラウマに関する事件記事


オオノギガリWebライター

投稿者プロフィール

ココナラをメインに活動中のWebライターです。2017年より、クラウドソーシング上でwebライターとして活動しています。文章を読んで、書く。この行為が大好きで、本業にするため日々精進しています。〈得意分野〉映画解説・書評(主に、近現代小説:和洋問わず)・子育て記事・歴史解説記事etc……

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