
要約(クリックで開く)
映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、低予算のホラー映画でありながら、モキュメンタリーという形式を広く印象づけた作品である。怪異の姿を直接見せず、森に残された音、映像、断片的な情報によって、観客自身の想像を恐怖へ変えていく。本記事では、本作がなぜホラー映画史に残る作品となったのかを、作品概要、表現手法、見えないものを想像させる怖さから考察する。
これから公開される映画の予告を見てみると、予想外にホラー作品が多いことに気が付き、驚いた。ホラーは人気ジャンルではあるものの、どうしても見る人を選ぶイメージがあったからだ。もしかすると、ここしばらくはホラー映画の当たり年になるかもしれない。
ホラー映画の歴史は長く、名作から駄作まで様々な作品が制作されてきた。そしてその「ホラー映画史」の中で、一際異彩を放つ作品がある。それが、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』だ。
今回は、そんな『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の怖さについて、考察していきたいと思う。
映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の作品概要
『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、1999年に公開されたホラー映画である。かなりの低予算&少人数で制作されたものの、テレビやインターネット、書籍などを横断して語られる世界観設定やプロモーションが話題を呼び、興行的に大成功を収めた。
本作は、『シャイニング』(『人が「狂気」に呑まれる様を見る!映画『シャイニング』の世界を考える』)や『エスター』のように、名作とされる作品と比べると見劣りしてしまうだろう。しかし、他の作品では感じられないような、独特の雰囲気や不気味さを持っている。
ホラー好きならば、一度は見ておきたい作品の1つである。
あらすじ
1994年のアメリカ。モンゴメリー大学の映画学科に在籍するヘザー、ジョシュア、マイクの3人は、恐ろしい魔女伝説を題材にしたドキュメンタリー映画撮影のため、メリーランド州にあるブラック・ヒルズの森へ向かうことになった。
魔女伝説「ブレア・ウィッチ」について、地域の人々にインタビューした後、森の中へと入る3人。
森の中で撮影を続ける3人。やがて彼らは、恐ろしい事態に巻き込まれることになる。
モキュメンタリーホラーを確立させた作品
まずは、本作の立ち位置と視点について考えてみよう。
先にも述べた通り、本作はいわゆる「名作」と評される作品群には一歩及ばない。説明が少なすぎる映画本編に、長編としては緩急に乏しい物語、(設定上仕方ないものの)激しい手ブレれによる酔いやすい映像など、見る人を選ぶ要素は少なくない。
また、世界観を把握するには、当時事前プロモーションとして制作されたテレビ番組やWebサイトの知識が前提となる点も、新規の視聴者を遠ざける一因となっているだろう。
実際、インターネットで本作の評価を調べると賛否両論あることが見て取れる。このことからも、万人受けするものではないことが分かるはずだ。
ここまでマイナスなことばかり書いてきたが、本作は決して駄作ではない。見る人や見るタイミングによって意見の違いはあるものの、ホラー映画史に残る作品であることは確かなのだ。
ではなぜ、本作がホラー映画史に残る作品と言い切れるのか。それは、後に詳しく考察する独特の恐怖感はもちろんとして、「モキュメンタリーホラー」を確立させるきっかけとなった作品であることが大きな理由だ。
モキュメンタリーとは、ドキュメンタリーの形式を借りて制作されたフィクション作品のことを指す(フェイクドキュメンタリーと言われることもある)。
現実の事件を扱う作品でも、この境界は問題になる。『福島女性教員宅便槽内怪死事件:考察「青年の死と地域分断の闇」』で触れている映画『バリゾーゴン/罵詈雑言』は、ドキュメンタリー形式を取りながら、推測に基づく演出を含む作品として扱われている。
ドキュメンタリーは「本当のこと/本当にあったこと」を映し出したものなのだから、モキュメンタリーもまた、「本当に起きたこと」として認識させるような描き方をしているのが特徴だ。
モキュメンタリーの先駆けとなったのは、1938年のラジオドラマ『宇宙戦争』だとされている。しかし、本作のヒット以降ホラー内の一大ジャンルとして定着し、『パラノーマルアクティビティー』や『カメラを止めるな!』などの人気作を生み出すことになった。
また、本作はモキュメンタリー映画の中でもメディアミックスを上手に使いこなした作品でもある。
映画公開前に開設されたWebサイトやテレビで流される、「本当にあった」恐ろしい魔女伝説とそれに関わる事件の詳細。登場人物へのインタビューやニュース映像。こうした情報は、見る人の興味をかきたてる。さらに、映画本編を見た人々は、ぽっかりと空いた「分からない」感覚を抱え、解説書などを手に取ることになる。結果として、本作は人々に語られる作品となったのである。
「想像させられる」恐怖
ホラー作品には様々な恐怖表現がある。登場する幽霊や怪物のビジュアルに怖さを求めるものや、大きな音などで驚かせる「ジャンプスケア」などが有名だ。
ビジュアルで恐怖を誘発する場合、一旦慣れてしまうと効果が薄れてしまう。ジャンプスケアはびっくりするため慣れにくいが、繰り返し過ぎると冷めてしまう。自宅で鑑賞するのであれば音量を下げることで怖さを感じにくくなる一面もある。
こうした恐怖表現の中で、一番慣れにくく後を引くのが「想像による恐怖」である。そして、この恐怖表現こそが本作の特徴である。
主人公の3人が森の中で恐ろしい現象に遭遇する。これが本作の大きな筋立てだが、映画の中には、はっきりとした怪異、つまりブレア・ウィッチらしき姿は映っていない。子どもの声を含む不気味な物音や、同じ個所を歩き回る様子、不可解な人型などは登場するものの、その現象の原因となるものは一切登場していない。
その結果感じるもの。それは、想像することで起こる恐怖感である。
一昔前、テレビで心霊系の番組が放送されることは多かった。大抵は視覚的・聴覚的な恐ろしさを重視した構成で、山場となるシーンでは派手な演出が行われていたような記憶がある。実録ドラマ的な演出も多く、見た後はお風呂に入れなくなったものだ。
こうした演出は確かに怖い。しかしそれ以上に、文章で読む怪談に恐ろしさを感じることも多かった。
チェーンメールをご存じだろうか。これは、不幸の手紙を電子化したようなもので、「このメールを〇〇人に回さないと不幸になる」的な文言が代表的なキラーワードとなる迷惑メールの一種である。筆者はこれを中学か高校時代に大量に受け取っていたが、下手な心霊番組を見るよりも怖かった。頭では馬鹿にしていたものの、「不幸になる」表現が妙に恐ろしかったのである。チェーンメールについては、『世界に伝わる呪いとは?有名な呪いの数々と、宗教との関係性を探る』でも、言葉によって不安を伝播させるものとして触れている。
これが例えば「病気になる」とか「事故にあう」といった具体的な表現であれば、ここまで怖くは感じなかったはずだ。むしろ、「そんなの嘘だ」と言い切って、対して気にしなかったのではないだろうか。結局、何が起こるか全くわからないから怖いのである。また、偶然何かが起こったとしても、チェーンメールのせいではないと言い切れないからタチが悪い。
これと同じ現象が本作でも起こっている。目に見えず、テント越しの音を聞かせることで、観客は想像力を働かせてしまう。森の中に大勢の人、ましてや子どもなどいるはずもなく、彼らの姿形をはじめとした恐ろしい状況を、つぶさに想像してしまうのである。
また、映画終盤のシーンは秀逸だ。朽ち果てた建物の、壁に向かって立つ男性の姿(マイクの姿をしているように見える)を映し出すシーン。そのシーンが映し出された瞬間、見ている側は、それが人間でないことが分かる。しかし、その顔がどうなっているのかは分からない。分からないからこそ、色々な考えが頭に浮かぶ。
本作は「非常に怖い」と評される一方で、「怖くない」と言われることも多い作品だ。このように評価が分かれる要因としては、想像に頼る表現方法があるのだろう。
であるならば、一度見た人の中で「おもしろくない/怖くない」と感じた人に再度鑑賞してみて欲しい。できる限り、音やその場の状況から、描かれていない部分まで想像してみてほしい。そうすることで、最初とは違う映画体験ができるはずだ。
まとめ
映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は、モキュメンタリーホラーの金字塔として、現在でも語り継がれる作品だ。2016年には続編も公開され、本作を題材としたゲームも
制作されるなど、公開からそれなりの時間を経てもなお、人気は衰えていない。
しかしその内容は、ホラーというジャンルに限らず、見る人を選ぶ作品でもある。この映画単体を鑑賞しただけでは、つまらなく感じてしまう人も多いことだろう。
だからこそ、今から本作を観賞する人は、できるだけ多くの情報を集めてから見て欲しい(当時のテレビ番組を見ることは難しいが、概要はインターネットで手に入る)。そして、可能な限り想像力を働かせながらの鑑賞がおすすめである。
そうすることで、モキュメンタリーホラー流行のきっかけとなった本作の楽しさを、存分に味わうことができるだろう。
公式映像資料(YouTube)
本記事で取り上げた作品の公式映像資料。本稿の論点を映像として補助的に参照されたい。
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🎥参考映像(出典:Netflix Japan)映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』
◆ホラー映画考察シリーズ

























