★ご注意:この記事には、映画『岬の兄妹』のネタバレが含まれています。
映画『岬の兄妹』の概要
映画『岬の兄妹』は2019年に全国公開された日本映画です。
この作品は、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で、優秀作品賞、観客賞をW受賞しました。
メガホンを取ったのは、今年(2022年)、新作『さがす』を発表した片山慎三監督です。 片山監督は助監督時代に様々な監督に従事し、『パラサイト 半地下の家族』(2019.)でアカデミー作品賞を受賞したポン・ジュノ、『苦役列車』(2012.)の山下敦弘、Netflixで配信されるや大反響となった『全裸監督』(2019,2021.)など話題作や実力作を経験してきました。
そんな片山監督が、初長編作として製作したのが『岬の兄妹』でした。 W主演の兄の良夫役は、ジャンル問わずプロアマ作品に出演していた松浦祐也さん。
そして妹の真理子役は、同じく長年キャリアを積んできた和田光沙さん。
足が不自由でリストラされた兄と、自閉症と知的障碍で家に鎖で繋がれている妹。
出典:【公式】プレシディオチャンネル
「貧困」という大きなテーマに翻弄される兄妹、お互いに身体にハンデはあるものの、それを「可哀想」と描くのではなく、もがきながら生きる姿を生々しく描き出しました。
映画『岬の兄妹』のあらすじ
とある小さな岬の町――。
漁師と釣り人、少し離れたサービスエリアには長距離トラックが夜な夜な並ぶ場所――。 そんな町の端っこに平家建てのボロボロの家が立ち並びます。そこに道長良夫と妹の真理子が2人で暮らしていました。
良夫は造船所で働き、兄が働いている間、自閉症で知的障碍のある真理子は足に鎖を繋がれて勝手に動けないようにしてしました。粗末な入り口には南京錠が掛けられています。しかし、真理子はことあるごとに繋いでいる縄や鎖を取り去り脱走します。
真理子がいないことに気づくと、血相を変えて幼馴染の警官の溝口に連絡して真理子の居場所を聞き町中を歩き回ります。今回で3回目の脱走ですが、良夫は、足が不自由で思うように身体も動かないのです。
夜、真理子を見つけられないまま自宅に戻ってくる良夫。家の中は段ボールで外から光も通さないように目貼りされています。そこにかかってくる一本の公衆電話――釣り人が真理子を送り届けてくれました。真理子は自力で戻ることはできないので、昔、母親から首に掛けられたネームホルダーとぬいぐるみを片時も離しませんでした。
自宅へ戻った真理子はお風呂に入ってはしゃいでいましたが、脱ぎ散らかした衣服を片付けていた良夫はポケットから出てきた一万円という大金と、下着に付着した男性の体液を見て、はたとします。
――冒険、した――笑顔で真理子は告げます、彼女は身を売って金を稼いでいたのです。
良夫はとんでもないことをした!と真理子を殴りつけますが、真理子は噛みつき抵抗しました。
翌日、造船所から良夫はリストラされ職を失ってしまいます。呆然とする良夫。
内職をしますがとても生活を支えられるものではなく、家賃も払えず電気も止められ毎日の食事にも困る日々。真理子とゴミ漁りまでしてしまいます。底辺の底辺まで落ちた良夫は、仕方なく真理子に――また、したいか?――と、何となく聞きました。
――する――真理子の答えは明瞭で、そこから真理子に売春をさせて日銭を稼ぐ生活が始まりました。
ピンク色のビラも作り、ポストに配る日々。次第に客も増え、時にはやもめの男性に、若い男性に、そして小人症の中村という男性にも呼ばれるようになりました。
家賃も払えるようになり、ガス水道電気も回復し、ハンバーガーやポテトをお腹いっぱい食べられる日々。
夜な夜なポン引きのように商売をする良夫でしたが、地域を牛耳るチンピラたちに見つかってしまいます。チンピラたちは良夫に暴行を加え、真理子を買い、ホテルで真理子との情事を良夫に見せつけます。しかし、その時、良夫は既に幼い頃から真理子は性に早熟で興味津々だったことを思い出します。
次第に「仕事」で生き生きと笑いだす真理子。そして良夫も生活が少しでも楽になります。 ある日、高校生のいじめられっ子がいじめっ子の命令で真理子を買います。本当の目的はいじめっ子が良夫の金を巻き上げることでしたが、良夫は自分の排泄物を投げつけ撃退します。
無事に初体験を済ませた男性生徒は、実に幸せそうに――生きてたら、いいことあるんですね――と、恥ずかしそうに微笑んでしました。
しかし、既にビラは警官の溝口にも情報が回っていて、2人の元に訪ねてきます。――お前がマリちゃんにやらせていることは、犯罪だ!違法だ!――と、責め立てますが、良夫は開き直り――そうだ、悪いか!こうしないと生きられない!――と、挑発します。
さて、真理子は何度も呼んでくれる中村と次第に心を通じ合わせていました。しかし数ヶ月後、真理子に妊娠が判明します。父親ははっきりとは分かりません。
呆然とした良夫は、中村の元を訪れます。心を通わせていると感じていた彼に――真理子と結婚してくれないか?――と、妊娠のことも告げて頼み込みますが――僕だから、結婚できると思ったんですか?真理子さんのことは愛していません――と、中村は跳ね除け扉を閉めます。
うな垂れて中村のアパートから出てきた良夫は、真理子を見つけます。
――仕事、する――と、中村の元へ行こうとする真理子を必死に止める良夫。するとまるで感情を爆発させるように真理子は地面に転がり叫び続けます。
その後、真理子は妊娠中絶手術を受け退院しました。良夫は造船所へ復職することになりました。しかし、また自宅から真理子が脱走します。彼女がいたのは岩場の岬。
必死に追いかける良夫のもとに一本の電話が――。少し驚いた顔をして電話を取る良夫。 そして振り向いた真理子は、少しだけ微笑んでいました。
もぐらから、人間――そして――
映画『岬の兄妹』の大きなテーマとして「貧困」が挙げられると思います。国の制度を利用すれば、母親がいないことで遺族年金や生活保護、障害年金という道もあったのかもしれませんが、頭がよくなく、なおかつ母が亡くなったことで真理子の世話という役割を担うことになった良夫には、そういうことは知らなかったし教えてくれる人々もいなかったのかもしれません。
加えて――身体のハンデ――兄の良夫には片足が不自由で思うように歩けない、だから働ける職業も限られてしまいます。
妹の真理子は生まれつきの自閉症と知的障害という要介護のハンデを持っています。6畳1間の散らかり放題の部屋、おまけに真理子は一度家を出ると戻って来れないので、首から下げたネームホルダーと、足に繋がれた鎖が必須です。
はじめは、追い立てから逃げるように外の光も入らないもぐら、ホームレスのような食生活を送る毎日、先が見えない生活――。
でも真理子の「仕事」のおかげでやっと最低限の人間らしい生活を送れるようになり、段ボールを破り去り、太陽の光を窓から浴びます。
――あったかいねー。明るいねー。――と、いう無邪気な真理子の声がほっとさせます。
作ったデリヘルのビラを高台から小さな町に撒くシーンは美しくて、投げているものはいかがわしいものではあるのに、それでも綺麗で真理子の心境の変化が映し出される場面だったなあと思います。 次第に良夫も繋ぎ役として、真理子に化粧をして洋服を着せて、陰部のケアもして、妊娠検査薬もチェックする――まるでマネージャーのようになっていきます。
何も知らない兄と、全て知っている妹
片山監督の作品を見ると、セリフがなくても表情や、切り取られたシーン描写で心情がよく現れるところが多いなあと思いました。
最新作の映画『さがす』でも、娘の楓を見つめる失踪前夜の父の智の眼差しなど、胸に何かを秘めているけどそれは絶対に言わない、というように――。
良夫と真理子が見ていた幼い頃の写真を見ると、かつて母親とこの岬の町で生まれ育ったことが分かります。恐らく母子家庭でずっと貧困という問題は、この家族にあったのだと推測されます。良夫は、ずっと真理子の面倒を見続けてきた母親が亡くなったことで実家に彼女の世話係として戻ってきました。自ら望んであの平家へ戻ってはいないことが分かります。
左足がずっと不自由で小さな造船所で生活のために働くも、知り合いは幼馴染の警官の溝口だけ――それまで良夫は多分、実家にも寄り付かなかったのでしょう。真理子の世話をするものの彼女が逃げないように、逃げたら汗だくで足を引きずりながら必死に妹を探さなければならないから、足を鎖で繋いで家に幽閉しています。
家も荒れ果て、ゴミ屋敷。窓には目張りの段ボール。彼は1日1日生きていくのに必死です、余裕なんてありません。会社をクビになり、真理子の特性を見つけ、妹で金を稼ぐ。彼女のリスクも特に考えず、客に媚びる。金がなくなったら溝口にせびりにいく――。そんなある意味、自分のことしか考えていない兄です。
一方、自閉症で知的障碍がある妹の真理子。彼女は幼い頃からずっとこの町で暮らしてきました。母親と暮らしていたころはきっと支援施設や障害年金ももらっていたのかもしれません。生活保護という形もあったのかもしれません。
しかし、外から戻ってきた兄は毎日の暮らしに必死で塞ぎ込み、外からの支援を拒むような生活を送っています。毎日の生活にも困るようになり、足には鎖で逃げられないように繋げられ引きちぎると脱走する日々。
真理子は無邪気です。障碍はありますが、きちんと自らの立場を分かっているようでした。はじめに身体を許した海鮮丼の男やしたことも理解して、もらった1万円も大切な貯金箱に納めて大切にしています。そして、良夫が真理子に遠回しに――またあれしたいか?――と、聞いた時にも―やる――と、即答しています。誰にでも身体を開きたいわけではないでしょう、確かに真理子は性に早熟であることは良夫も知っていましたが、兄が溝口に家賃を借りに行ったこと、溝口の妻にもうすぐ赤ん坊が生まれること、電気ガスを止められ、ゴミを漁る生活を送ったこと――それを全部わかって、生活のために――やる――と、即答したのならば――。
第三者に「助け」を求めることはできるかもしれないのに、それをせずに兄に噛み付くことを望んだ真理子。それから、にこにこと笑顔で客を取り何人もの男性と肌を重ねます。お腹いっぱいポテトを頬張り、綺麗な洋服を着せてもらい、リップを塗られる。嫌な客がいたとしても、笑顔で性に積極的に振る舞う――それを思うと、障碍は互いにあるはずなのに「何も知らない兄」と「全てわかっている妹」という構図が見えてくるような気がするのです。
真理子が見つけた、本当の「温もり」
さて、物語が中盤になると真理子は客で一人の男性と知り合います。小人症の中村という青年でした。中村は粗末なアパートに暮らし、窓はチラシで目貼りされています。夜、働いているような印象の素朴な男性でした。
しかし次第に、中村は真理子の常連客となり真理子と心を通わせていきます。良夫が売り文句に言っていた――最後まで……好き勝手していいですから――という言葉だけではない、性処理だけではない、「女性としての喜び」が伝わる関係を、確かに真理子は感じていたんじゃないかと思います。
その証拠に溝口の妻が産んだ赤ん坊を見つめる真理子の優しい瞳。そして誰の子か分からない子供を身籠った真理子が逃げ出してまでやってきたのは中村のアパートでした。
良夫も、真理子が中村に思いを寄せていたことを知ってか、妊娠したことを中村に伝えて結婚してほしいと促しますが、彼は――愛していない、俺なら結婚すると思ったんですか?――と、現実を突きつけてきました。良夫は何も答えられず、やってきた真理子と対峙しました。
真理子は良夫に――仕事する――と、だけ伝えて、必死に彼の元に向かおうとしましたが、良夫に力づくで宥められ止められます。だって行ったとしても中村の家の扉は、きっと開かないから――。
それを感じたのか、それまで無邪気に子供みたいにニコニコしたり、苛々したら兄に噛みついていた真理子は、地面に倒れ込むと思い切り泣き叫びました。まるでずっと我慢していた悲しみや苦しみを吐くように――。ようやく手に入れられそうだった自分の気持ちや思いを吐露するように――。
真理子はその後、子供を降ろしました。 そして、そっとまた家から脱走して岬に佇むのです。
なぜ、この兄妹は岬を離れようとしないのか
道原兄妹は幼い頃からこの町で、母親と暮らしてきました。特に真理子はこの町から出たことはなかったと思います、ずっと母親か良夫とあの家で一緒、そして他の世界や人たちを知らない、でも外の世界には興味津々で早熟でした。
だからこそ一度外の世界を知り、戻ってきた良夫が真理子を逃げないように繋ごうとしても、それを食いちぎり再び真理子は自らの足で外へ飛び出しました。
でも、この貧しい町から一歩も出ようとはしませんでした。最後も真剣な眼差しで、危険な町の端っこにある岬でひとり佇んでいます。
この町が真理子の全て、世界の全て、大切な人たちが暮らす場所。この物語の最後で、真理子を見つけ出した良夫の携帯電話に一本の電話が届きます。
電話の相手は最後まで語られません。ですが、電話の主を見た良夫は何やら驚いた顔で、真理子をじっと見つめます。
そして、振り向いた真理子はいつものように笑ってなくて、でもどこかほっとした顔をしています。その電話を待ち望んでいたかのように――。「居場所」のように――。話はエンディングへ進みますが、観客には答えは語られません。ですが、その電話の主は「中村」のように思えるのです。
――愛していない――と、結婚を拒んだ中村でしたが、やはり真理子が必要なのだと一報が入ったとしたら――。それはとても「甘い」「綺麗な」、考えかもしれません。2人がたとえ結婚しても、きっと貧困は必ずついてくるし、必ずしも幸せになれないかもしれません。それでも真理子にとっては、大切に芽生えた「感情」でした。
何となくお腹の子の父親が中村だと思えたからこそ、真理子は中絶を嫌がり泣き叫んだのかもしれません。
最後にひとつだけ残った事実が、電話の相手が、そうだとしたら希望が残る最後だと思いました。
こういうラストは、個人的にとても好きです。 今までこの町で生きて、これからも生きることを決めた真理子にどうか幸あれと願いつつ、この文章を締めたいと思います。
★参考
岬の兄妹ホームページ
<独自視点の日本名作映画・海外名作映画 考察>
女性が主人公の映画