
アニメ映画はおもしろい。大人向けから子供向け、もしくはその両方に向けたものまで、質の良い作品が揃っている。その中には、実写とは違うアプローチで制作されたものも少なくない。
そんなアニメ映画の中でもひと際輝いているのが、今敏監督の『東京ゴッドファーザーズ』だ。コメディ色強めに描かれた本作は、ドタバタ劇を楽しみながらも心に響く、世代を問わず見てほしい作品である。
今回は、そんな『東京ゴッドファーザーズ』の中から、特に「家族」という部分に焦点を当てて語っていきたいと思う。
アニメ映画『東京ゴッドファーザーズ』の作品概要
『東京ゴッドファーザーズ』は、2003年に公開されたアニメである。『千年女優』や『パプリカ』などで知られる今敏が監督を務めた。
本作はシンプルなストーリーライン上に、ありとあらゆるドタバタ劇が舞い込むコメディタッチの作品である。次から次に怒涛の展開が舞い込むため、見ている側は見飽きる瞬間がなく、最初から最後まで楽しめることが特徴だ。
『三人の名付け親』という西部劇を元に構成されたといわれているが、そのストーリー(後述する)から『スリーメン&ベビー』(1987年)を連想する人も多いかもしれない。話はそれるが、1985年公開のフランス映画『赤ちゃんに乾杯!』(監督:コリーヌ・セロー)のリメイク『スリーメン&ベビー』(レナード・ニモイ監督の米国映画)もおもしろいコメディ映画のため、本作が気に入った場合はおすすめだ。
あらすじ
クリスマスの夜、ギン(自称:元競輪選手)とハナちゃん(元:ドラァグクイーン)は炊き出しをもらうため、教会のミサに参加していた。2人の元には、高校生のミユキも転がりこんでいる。ミユキは家族とトラブルを起こし、家出をしてホームレスになったのだった。
ハナちゃんはミユキにクリスマスプレゼントを渡したいという。そのために向かったのはゴミ捨て場だった。しかし、ゴミの山をかき分けた3人が見つけたのは、小さな赤ちゃんだった。
ハナちゃんは赤ちゃんの境遇に心を痛め、「清子」と名付け、自分で育てたいと考える。ギンとミユキはそんなハナちゃんを止め、3人で親探しに出かけることになった。
アニメ映画『東京ゴッドファーザーズ』が描く家族の形
普段生活をしていると、「家族だから」や「家族なんだから」などという言葉を聞くことがある。ふと考える。「家族」って一体何なのだろう。そこでAIに尋ねたところ、こんな答えが返ってきた。
「家族」という言葉は、人間関係の中で特に深いつながりを持つ集団を指します。具体的には、血縁や婚姻、養子縁組などを通じて形成される人々の集まりを表します。家族は、一緒に住み、生活を共にすることで、支え合い、愛情を育む場としての役割を果たします。また、文化や社会によってその定義や形態は異なるものの、家族は一般的に社会の基本的な単位とされています。
分かるとも分からないともつきがたい説明だが、つまるところ、「家族とは、血縁や愛などの絆で結ばれた、社会生活を営む上での基礎となる集団」ということだろう。
筆者は大学の卒業制作で、「家族の形」をテーマとした小説を書いた。同性愛者が子供を持つことの難しさに焦点を当てたものだったが、「家族」という概念の難しさに頭を抱えた覚えがある。どこからどこまでも家族というのだろう。そして、「普通」から
少しはみ出してしまったら、家族とは言えないのだろうか。
こんな経験をふまえて本作を見ると、一般的とは言い難いが、それでもなお本質を突く「家族の形」が描かれていることに気が付いた。前置きが長くなったが、この項で語っていきたい。
本作における「家族」を語る上では、登場人物の背景を知る必要がある。以下で簡単にまとめてみた。
※多少ネタバレあり
- ギン:3人の中でホームレス歴が一番長い男性。ハナちゃんに「元は競輪選手だった」と語るが、本当の職業は自転車屋の店主だった。ギャンブルによって作った借金から、妻と娘を置いて逃げた過去がある
- ハナちゃん:大柄の元ドラァグクイーン。客ともめごとを起こし、ホームレスになった。産みの親の顔を知らず、それ故、清子に対する思い入れが深い
- ミユキ:主に父親とのトラブルから家出をし、ホームレスとして暮らす少女。口は悪いが根はやさしく、家族に対する複雑な思いも垣間見せる
この3人の中で、家族(もっと細かく言えば血縁)に最も縁遠いのはハナちゃんだろう。彼女は産みの親の顔を知らず、育ての親とも疎遠のようだ。しかし、彼女こそが作中で一番早く、家族に再会した人物である。
ハナちゃんの家族とは、以前働いていたオカマバーのママである。ハナちゃんが起こしたトラブルを「お金で解決できるなら問題ない」と言い切る懐の深い人物で、彼女の重要な拠り所となる存在だ。
ハナちゃんとママは血縁ではない。しかし、頼ったり頼られたりといった強い絆ができあがっており、普通の家族以上に「家族」と呼べる関係だろう。
次に家族と再会するのはギンである。彼は、倒れたハナちゃんが運び込まれた病院で、看護師になった娘と再会する。さらに、ハナちゃんの主治医という形で、娘の婚約者とも顔を合わせることになる。
余談だが、ハナちゃんの主治医は、声も言動もブラックジャックへのオマージュが感じられる(となると、娘はピノコだろうか)。
自分を捨てた父親・ギンに対し、娘は恨みを抱いていない。自身の連絡先を渡し、いつか落ち着いたら連絡を取り合うことを願っている。また、ギンが本来持つ優しさを十分に理解しているようだ。
ハナちゃんの手助けもあったことから、親子としてやり直せる日はそう遠くないだろう。一旦壊れた家族関係の修復。ギンから見えるのは、愛と血縁という絆の強さである。
最後はミユキである。反抗期も合わせて考えると、彼女が持つ問題は根深い。その上、本人が家族を避けて回るものだから、一番解決が望める状況であるにも関わらず、難しい方向へ話が進んでしまう。
ミユキと家族とのトラブル。それは、彼女の愛猫がいなくなったことに端を発する。愛猫がいなくなったことを「父親が捨てた」と勘違いをして、父親を刺してしまったのだ。
そこに至る背景はあまり描写されていないので想像するしかないが、思春期の少女にありがちな父親を避ける心理、さらには、娘との接し方に悩む父親の気持ちが影響しているのだろう。
ミユキと彼女の父親は、物語の最後でしっかりと顔を合わせることになる。その後は描かれていない。
ここに挙げたのは、主人公3人を取り巻く家族の形だ。これ以外にも、本作には様々な家族が登場している。そして、その中でも本作を代表する家族とは、ギン・ハナちゃん・ミユキの3人である(清子を入れていない理由は、彼女がトリックスター的位置にいるからだ)。
この3人は、全くもって普通ではない状況に取り囲まれている。それでも、彼らは紛れもなく家族だ。お互いがお互いを気にかけ、ミユキはギンやハナちゃんに対し、反抗期めいた態度をとる。
反抗期を経験してきた人なら理解できると思うが、明確な反抗は一定の信頼感があるからこそできるものだ。その点で、ミユキはギンやハナちゃんに対し、甘えた部分を見せている。
ハナちゃんはハナちゃんで、血の繋がった母親顔負けの母性のようなものを、ミユキや清子に対して発揮している。愛情深い彼女のことだから、自然と母親的役割を担うことになる。
ギンもまた不器用ながら、父親めいた感情をミユキに対して抱いている。ミユキのことを影ながら守っていることが示唆されているし、憎まれ口をたたく彼女をいさめる場面もあるからだ。
では、ギンとハナちゃんの関係はどうだろうか。ハナちゃんはギンに思いを寄せている節があるが、ギンにその気はない。それでも、娘のために必死で貯めたお金を、ハナちゃんの治療費に充てることをいとわない(悲しんではいるが)。つまり、それなりに大切な人物だと認識しているのだろう。
ギンやハナちゃんは、立派な人間とは絶対に言えない。とてつもない弱さを抱え、苦痛から逃げてしまった存在である。しかし、それでいて、人間としての大切な部分をしっかり持っていることも確かなのだ。
ギンやハナちゃんを父親と母親として見た場合、彼らの行動はある意味でステレオタイプ的だ。しかしその実、形としてはヘンテコかつ斬新で、何よりも「家庭的」である。
ドタバタ劇が最高なアニメ
先に「家族の形」などと、長々しく考察を書いた。しかし、本作は考察して楽しむ作品ではない。目の前で起こる、どうしようもないほどのドタバタ劇を、コメディ感を、全力で受け止めて楽しむべきアニメ映画だ。
本作は終始「ドタバタ」している。赤ちゃんを拾い、やくざの親分を助け、お礼のパーティーに招かれたと思ったら銃撃事件に巻き込まれる。その上、彼らが助けた赤ちゃんは誘拐された子供だったことが分かる。次から次に物語が大きく展開していくため、あまり休む暇がない。ハナちゃんの「いかにも」な言動も相まって、画面いっぱいにおもしろさが詰まっている。
重たいテーマを持つものや、何回でなかなか理解できない作品は魅力的だ。何度も噛みしめたくなるような中毒性があるし、「映画を見た!」という感覚に心をくすぐられる。しかし、頻繁にそうした作品を摂取していると疲れてしまう。
だからこそ、本作のようなコメディ色の強い、見て楽しい作品の鑑賞が必要だ。疲れたとき、笑いたいとき、本作を観賞してみてはどうだろうか。
まとめ
映画は素敵だ。悲しい気分にも、楽しい気分にも、その他どんな感情にもマッチする作品がある。そして、本作『東京ゴッドファーザーズ』は、映画を見る楽しみを再確認したいときに最適な作品だ。
しかし、ただ笑いに特化した作品でないことも確かである。考えさせられるシーンやホロリと来るシーンもあり、「ただのおもしろい映画」とは全く違う味わい深さがある。
実写ばかりでアニメ映画を見ない大人もいるだろう。本作は、そんな人にこそ見て欲しい作品である。
◆独自視点の漫画・アニメ考察
◆「家族」について考える映画