
子供の頃の思い出。成長して、今にいたるまでの記憶。たとえ幼い子供であったとしても、頭の中にはそれまで積み上げてきた記憶がある。そして、その記憶は人生そのものだ。
今回ご紹介する作品は、短編アニメ映画の『つみきのいえ』だ。短いながらもしみじみとする名作で、できるだけ多くの人に見てもらいたい作品だ。
今回は、記憶を遡る(ちょっとした)冒険に出かける主人公の老人を追いかけながら、本作の魅力を語っていきたいと思う。
アニメ『つみきのいえ』の作品概要
『つみきのいえ』は2008年に公開された短編アニメーション映画である。15分に満たないながら、魅力的で引き込まれるような世界を見せてくれる作品となっている。
本作は、セリフが全くないことが特徴的だ。物語はアニメーションとBGMだけで表現されている。とはいえ、主人公の表情やアニメーションでの説明が十分なため物語に分かりにくさはなく、むしろ、色鉛筆で描かれたような絵柄やBGMもあいまって、物語への没入感を高めているといえるだろう。
本作には長澤まさみがナレーションを担当したバージョンもある。これはこれで素晴らしいが、最初の鑑賞はセリフなしの通常版がおすすめだ。
あらすじ
水面が上昇し、ほとんどのものが水没してしまった街に住む一人の老人。彼は、どんどん上昇する水面に対応するために、まるで積み木を積み上げたかのような家に住んでいた。
ある朝老人が目を覚ますと、家の中まで水が入ってきていた。何度目か分からない家の建て増しが始まった。
来る日も来る日も作業を続け、やっと部屋が完成した。老人は完全に水没してしまったかつての部屋から荷物を集めようとするが、うっかり大切なパイプを水中に落としてしまう。深く深く、沈んで行くパイプ。
老人はパイプを取りに行くため、ダイビングスーツを着込んで水中へと潜っていった。
短くとも味わい深いショートアニメ:『つみきのいえ』
先にも軽く述べたが、本作の上映時間は非常に短く15分にも満たない。(正味の上映時間は12分しかない)。それでいて非常に味わい深く、じっくりと鑑賞後の余韻に浸れる作品だ。
この味わい深さはどこから来るのだろう。初めて本作を目にしてから10年程の時間がたった今、鑑賞を幾度か繰り返してようやく、少しだけ分かったことがある。それは、「セリフがない」ということが大きく作用しているのではないかということだ。
映画にとって、セリフは欠かせない存在だ。登場人物の人となりを表したり、ストーリーを分かりやすく説明したりと様々な使い方ができる。中には、一見無駄に思えるような会話が沢山詰め込まれているような映画もある(クエンティン・タランティーノ監督の作品を見てほしい!)。
映画のセリフを聞くのはおもしろい。セリフ全体に散らばる監督の癖や、いかにもイギリス人紳士の口から出るウィットに富んだ会話や皮肉などを聞いていると、映画を見ている感覚を強く感じられる。
そんな感覚を抱くからこそ、本作は新鮮だ。12分という短い尺の中でセリフを使わず、見る人をグイグイと引き込んでくれる。
本作はセリフの代わりに、映像が語るのだ。色鉛筆で描かれたような少し暗い色彩のアニメーション。意外と表情豊かな主人公の表情。水の中の描写は少し寂しくて、美しい。言葉がなくとも、何が起こっているのかがすぐに理解できる。丁寧に作りこまれたこの世界の中においては、言葉は蛇足となってしまうだろう。
また本作は、音が非常に印象的な作品でもある。老人がパイプをふかす音、水の中で聞こえるゴポゴポという音。さらには、しっかりとした存在感を放ちながらも、心地よさを感じさせるBGM。音とアニメーションが絶妙にマッチして、本作の世界観を作り上げているのだ。
繰り返し見たくなる、素晴らしいアニメ映画は少なくない。しかし、本作のような味わい深さを持つ作品となると話は別だ。ほとんどないと言っても過言ではないだろう。 何度も言うが、本作は小粒である。小粒であるからこそ、何度も手を出せる。そして、何度手を出してもその度に楽しめる、稀有な名作なのだ。
記憶をさかのぼる旅
次は本作の内容に触れていこう。関する考察だ。そのためにも、少し細かめに内容のおさらいをしていきたい。
本作の主人公は、水没した街に住む老人だ。妻はすでに亡く、子供も街の外で生活しているようだ。家の壁に飾られた家族写真から、家族を大事にしていた人だということがわかる。ちなみに、物売りなどが船に乗って現れたりはするが、他の住人の姿はない。
老人が住んでいるのは、上に上に増築を重ねた家の天辺である。部屋の上に部屋を建てるのだから、老人が住む現在の住居部分はひどく小さい。部屋の床には扉(ハッチのようなもの)があり、過去に住んできた部屋とつながっている。
ある日の朝、老人が住む部屋に水が入ってきた。水面が上がり、増築しなければならない日が来たのだった。
老人はもくもくとレンガを積み、新しい部屋を作り上げた。そして依然の部屋から荷物を移動させていたとき、パイプを誤って落としてしまった。パイプは床の扉(開いている)から下へ下へと落ちていく。
他に気に入るパイプが見つからない老人。意を決してダイビングスーツを買い、水の底へとパイプを取りに行くのだった。そして老人は、かつて自分と家族が暮らした部屋の一つ一つを見ながら、記憶を回想していくことになる。
本作の構成は見事だ。主題としては、「人生そのものについて」などになるのだろうが、そうしたメッセージ性めいたものを感じさせられることがなく、するりと物語の世界に引き込まれていってしまう。描き方がわざとらしくなく、ごく自然なのだ。
故郷を離れて暮らしている人ならば、久しぶりに帰郷したときの懐かしい気持ちが想像できるだろう。もしくは、子供のころのアルバムを見ている感じ。本作は全編を通して、同じような雰囲気が漂っている。
話を本題に戻そう。老人は、パイプを探して歴代の部屋/家を渡り歩く(泳ぐ)ことで、自身や家族の記憶をさかのぼっていくことになる。残されたものを見て、その部屋での記憶を回想する老人。そして、下に行けば行くほど、大切な記憶がよみがえってくる。
病気で寝込む妻、子供の結婚、子供が生まれたとき、そして妻と出会って結婚を申し込むまで。妻と一緒に作った一番下の小さな家。手狭になって、大きく建て増した2番目の家。老人は家とおなじく、まるで積み木のように人生を積み重ねてきた。どれか一つが抜けても成り立たない、かけがえのないものだ。
記憶とは、これまでその人を作り上げてきたものの記録だ。もちろん、勘違いや記憶違いも多々発生するだろう。しかし、それを含めて「その人の人生」なのである。これらを踏まえて考えると、本作終盤に老人が水の底から家を眺めるシーンが、より味わい深いものとなるはずだ。
まとめ
人は望もうと望まざるとにかかわらず、記憶していく生き物だ。そして時折、望むと望まざるとにかかわらず、自身の記憶を探ってしまう生き物でもある。
本作の主人公である老人も、期せずして記憶をたどる旅に出かけることになった。作品を見る限り、悲しい気持ちを思い出したとしても、とても穏やかで、悪いものではなかったようだ。
老人と同じような年になったころ、彼と同じように自分の人生を辿ってみたい。悲しいことも、嬉しいことも。嫌なことも、楽しいことも。それらの全てが人生だったと、思えるように生きてみたい。
たった12分の映画だが、そう思わせる強い力を持つ作品だった。
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