
要約
昭和天皇在位60年を記念して発行された1万円銀貨をめぐり、2025年以降、全国の信用金庫や農協で偽造銀貨が大量に行使される事件が発覚した。本件は突発的な犯罪ではなく、2013年・2016年に確認された同銀貨の偽造流通、さらには1990年の在位60年記念金貨大量偽造事件とも連続する構造を有している。本記事では、記念貨幣が「疑われにくい通貨」として制度の隙間に置かれてきた経緯、素材価値と額面価値が切り離された制度設計、発覚が常に制度の周縁部で起きてきた点に着目し、国家的記念事業として発行される貨幣が内包する構造的脆弱性を検討する。
紙幣や貨幣の偽造は、貨幣経済の成立とともに、常にその裏側で繰り返されてきた。
特に国家が信用を付与し、「記念」という象徴性をまとわせた貨幣は、同時に、模倣と攪乱の対象ともなり続けてきたのである。
この記念銀貨をめぐっては、2013年、2016年にも偽造品の流通が確認され、財務省が繰り返し注意喚起を行ってきた。さらに1990年には、同じ「在位60年」を記念して発行された金貨が10万枚以上偽造され、日本銀行が巨額の特別損失を計上する事態も発生している。
本記事では、今回の摘発事案を起点として、過去に繰り返されてきた記念貨幣偽造事件との連続性を整理し、「国家的記念事業」として発行される貨幣が内包する構造的脆弱性について検討する。
事件の概要:2025–2026年「在位60年記念1万円銀貨」偽造事件
2026年1月7日、警視庁捜査二課などは、『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』を偽造し、金融機関で両替したとして、偽造通貨行使罪の容疑で中国籍の会社役員ら4人を逮捕した。
さらに同日、福岡県警も同一グループの一員とみられる中国籍の男1人を両替依頼票に偽名を記入、使用した有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕しており、本件は複数都道府県にまたがる組織的事案として捜査が進められている。
捜査当局によれば、偽造銀貨は2025年4月以降、埼玉、茨城、東京など少なくとも7都県の信用金庫や農業協同組合(JA)系金融機関で相次いで使用されていた。両替の名目で窓口に持ち込まれた枚数は、鑑定済みのものだけでも630枚以上にのぼり、鑑定中の銀貨を含めれば、さらに増加する可能性がある。
今回の逮捕容疑は、2025年5月中旬から6月上旬にかけて、都内の信用金庫3支店で計79枚の偽造銀貨を両替したというものである。被疑者らは、両替申請書に偽名を記入するなどして身元の特定を避けつつ、少量ずつ分散して現金化を図っていたとされる。
この記念銀貨は、1986年(昭和61年)に昭和天皇在位60年を記念して1000万枚が発行されたもので、純銀製・額面1万円という仕様から、発行当初からコレクター市場でも一定の需要が存在してきた。金融機関の窓口で額面通りに両替できる一方、収集価値が意識されやすいという特性を併せ持つ貨幣である。
注目すべきは、この銀貨をめぐっては過去にも複数回、偽造品の流通が確認され、2013年、2016年には財務当局が公式に注意喚起を行ってきた点である。にもかかわらず、2025年以降、再び大規模な行使事件として表面化したことは、単なる犯罪の再発にとどまらず、法・運用・信用が重なり合った制度的な脆弱性が長期にわたって温存されてきた可能性を示唆している。
逮捕された中国籍被疑者と日本人と思しき被疑者
本件で警視庁に逮捕されたのは、中国籍の会社役員1名と、日本人と思しき男性3名の計4名である。主犯格とみられるのは、東京都足立区在住の中国籍の会社役員で、捜査当局は、偽造銀貨の入手および行使計画において中心的役割を果たしていた可能性があるとみている。
日本人と思しき被疑者らは、建築業や建築作業員、職業不詳とされる者で構成されており、両替行為の実行役、あるいは同行者として関与していたとみられる。
彼等は両替申請書に偽名を記入し、身元の特定を回避しながら、少量ずつ分散して現金化を図っていたという。こうした役割分担の存在は、個人の犯行というよりも、一定の計画性と継続性を備えたグループ事案であることをうかがわせる。
逮捕された薛志偉容疑者は、少なくとも二つの法人を経営している。2021年設立の「E社」および2023年設立の「P社」の代表取締役を務めており、前者は外国人材支援や輸出入業務を、後者は物品の輸出入や古物取引を主な事業目的としている。いずれも、国境をまたぐ取引を想定した法人である。
これらの法人が本件にどの程度関与していたかは現時点では明らかではないものの、少なくとも形式上は「会社役員」という立場を通じて同社を利用可能な環境にあったことは、登記上確認できる事実である。
同一グループとみられる福岡事案
警視庁による摘発と同日の2026年1月7日、福岡県警もまた、偽造された『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』を金融機関で両替したとして、東京都足立区の中国籍の男1名を偽造通貨行使容疑などで逮捕したと発表した。逮捕容疑は、2025年11月、福岡市内の金融機関2か所で、偽造銀貨計55枚を両替したというものである。
福岡県警は、この被疑者について、警視庁などが逮捕した4人と同一グループに属する可能性が高いとみて捜査を進めている。両替の手口や対象となった記念銀貨の種類、行使時期が近接している点などから、地域をまたいだ分散行使が行われていた可能性が浮上している。
この福岡事案を含めると、被疑者グループは首都圏にとどまらず、全国複数地域で金融機関を回っていたことになる。信用金庫や農協といった地域金融機関を選択し、少量ずつ両替を重ねる手法は、本件が単発的な犯行ではなく、一定期間にわたって継続的に実行された組織的行使であったことを裏付けている。
偽造銀貨の特徴と鑑別の難しさ
今回確認された偽造銀貨は、一見して極端に粗雑なものではなく、金融機関の通常業務のなかで即座に排除できる水準ではなかったとされる。捜査当局や造幣局の鑑定によれば、偽造品は本物に比べて光沢が乏しく、全体に白っぽく見える傾向があり、表面にわずかなざらつきが確認された。また、直径がわずかに小さい、あるいは縁に刻まれたギザ(刻み)の数が少ないといった差異も報告されている。
偽造銀貨の外観的特徴と単体鑑定の限界
もっとも、これらの特徴は、専門的な比較や複数枚の照合を前提とした場合に初めて明確になるものであり、単枚を金融機関の窓口で受け取った段階で即断できる性質のものではない。重量についても、本物とほぼ同等である例が多く、2013年および2016年事件では、財務省が「偽造1万円銀貨幣の材質は純銀である」と公表している。こうした事情から、外観や重量のみから簡易に真偽を判別することは困難であったとみられる。
2013年および2016年に確認された偽造銀貨も、直径や文字の太さ、模様の精度、ギザの数などに差異はあったものの、いずれも「注意深く見れば分かるが、通常業務では見落とされやすい」という水準にとどまっていた。
紙幣と異なり、硬貨は偽造防止のための技術的措置を施しにくいという構造的制約があり、偽造技術の高度化というよりも、そもそも硬貨が持つ鑑別上の難しさが、偽造品の行使を可能にしてきた側面がある。
記念貨幣という制度的位置づけと鑑定体制の空白
特に、『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』は、1986年に1000万枚という大量発行が行われ、その後40年近くにわたり市中に残存してきた貨幣である。記念貨幣であるがゆえに、日常的に流通する機会は少ない一方、金融機関の窓口では額面通りに受け入れられるという中途半端な位置づけに置かれてきた。この「日常貨幣でも骨董品でもない」という性格が、鑑別体制の曖昧さを生んできたとも言える。
さらに重要なのは、偽造銀貨の発見が、しばしば金融機関や税関といった「制度の端点」で初めて顕在化してきた点である。
この点は、過去に発覚した『昭和天皇在位60年記念金貨』の偽造事件と比較すると、より明確になる。同事件では、真貨と偽造品との具体的な相違点が広く公表されることはなく、主として外箱やケース、付属品の仕様といった「記念品としての体裁」の違いが鑑定の手がかりとされた。これは、犯人が偽造金貨をコイン商に持ち込んだことにより、貨幣単体ではなく、周辺情報を含めた総合的な鑑定が可能であったためである。
2013年には外国郵便から、2016年には金融機関への持ち込みから、そして今回もまた信用金庫や農協の窓口で行使された後に問題化している。これは、偽造そのものよりも、「どの段階で、誰が、どのように確認するのか」という制度設計の問題が、長年十分に整理されてこなかったことを示している。
偽造銀貨は、必ずしも精巧さだけで流通してきたのではない。むしろ、記念貨幣という特殊な位置づけ、そして大量発行・長期滞留という条件が重なった結果、「疑われにくい貨幣」として扱われてきたことこそが、最大の脆弱性であった可能性が高い。
手口の分析:なぜ信用金庫・農協だったのか
今回の偽造銀貨事件において特徴的なのは、被疑者らが都市銀行や大手金融機関ではなく、信用金庫や農業協同組合(JA)といった地域金融機関を主な行使先として選んでいた点である。この選択は偶然ではなく、偽造通貨を「使い切る」ための合理的な判断に基づくものとみられる。
地域金融機関が選ばれた合理性
第一に挙げられるのは、両替という行為そのものが、形式上は合法であり、かつ日常業務の一部として処理されやすい点である。記念銀貨は法定通貨であり、金融機関の窓口において額面通りの両替を求めること自体に違法性はない。被疑者らはこの点を最大限に利用し、偽造銀貨を「偽造通貨として使う」のではなく、「正規の記念貨幣として扱わせる」ことに成功していた。
第二に、信用金庫や農協の窓口業務の性質がある。これらの金融機関は、地域住民との日常的な取引を前提としており、顧客対応において過度な疑念を前面に出すことが難しい。とりわけ、記念貨幣のように発行から長期間が経過した貨幣については、「たまたま保管していたものを持ち込んだ」という説明が自然に受け取られやすい。結果として、通常の紙幣や硬貨以上に、形式的な確認にとどまりやすい環境が形成されていた。
第三に、被疑者らが採用した「少量・分散・反復」という古典的だが有効な手法も見逃せない。一度に大量の銀貨を持ち込めば不審を招くが、数十枚単位であれば、日常業務の範囲内として処理されやすい。実際、捜査当局によれば、被疑者らは複数の金融機関を回り、偽名を用いながら、短期間に何度も両替を繰り返していたという。これは、個々の窓口では異常と認識されにくい一方、全体として初めて異常性が浮かび上がる構造であった。
制度の宙づりと「疑われにくさ」の構造
ここで重要なのは、コイン商への持ち込みとの比較である。過去の『昭和天皇在位60年記念金貨』偽造事件では、まず偽造品がコイン商に大量に持ち込まれ、コイン商がこれを金融機関に持ち込んだ過程で、日本銀行において偽造が判明したとされている。
この過程では、コイン商という専門業者が介在していたため、外箱やケースといった付属物の有無、保存状態、持ち込み点数などを含めた総合的な判断が可能であった。一方、本件のように行使先が金融機関の窓口に直接設定された場合、取引はあくまで額面での両替に限定され、硬貨そのもの以外の情報はほとんど考慮されない。
また、記念硬貨の付属物を欠いた状態で大量に持ち込めば、コイン商では不審視される可能性が高いのに対し、金融機関では『保管していた記念貨幣の持ち込み』として処理されやすい。この点で、コイン商への売却も金融機関での両替も、結果的には同じ「1万円」での取引であるにもかかわらず、疑念の向けられ方と発覚までの経路には決定的な差があったと考えられる。
さらに重要なのは、記念貨幣に対する金融機関側の位置づけが曖昧であった点である。記念銀貨は日常的に流通する貨幣ではないが、法的には通常の通貨と同等に扱われる。
このため、「専門的な鑑定を要する対象」として厳密に管理されることもなければ、「流通貨幣」として日常的に警戒されることもないという中間的な扱いが続いてきた。この制度的な宙づり状態こそが、偽造銀貨を行使する側にとっての最大の利点となった。
こうした手口は、2013年や2016年に発覚した偽造銀貨事件とも共通している。当時もまた、偽造品は外国郵便や金融機関への持ち込みという、制度の周縁部で発見されていた。今回の事件は、その延長線上にあり、「偽造技術の高度化」というよりも、「同じ弱点が繰り返し突かれてきた」ことを示す事例と位置づけることができる。
偽造銀貨の行使は、単なる犯罪行為ではない。それは、制度が想定していなかった隙間に入り込み、信用の連鎖を静かにすり抜ける行為である。被疑者らが選んだのは、最も派手な方法ではなく、最も疑われにくい場所だった。その点にこそ、本件の本質がある。
繰り返されてきた偽造:2013年・2016年の銀貨事件
『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』をめぐる偽造事件は、2025年以降に突如として現れたものではない。実際には、少なくとも2013年以降、同一の記念銀貨を対象とした偽造品の流通が断続的に確認されてきた。
2013年に発覚した最初の偽造銀貨事件
最初の発覚は2013年である。同年11月、大阪税関が外国郵便の中から偽造された『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』46枚を押収し、造幣局の鑑定によって偽物と確認された。その後、日本銀行や金融機関に持ち込まれた銀貨の中からも同種の偽造品が相次いで見つかり、確認枚数は100枚を超えた。
この事案では、翌2014年2月、愛知県警が不正に開設した銀行口座を偽造銀貨の売買に使用したとして、中国籍の女子大学生を詐欺容疑で逮捕している。被疑者は自分名義で開設した口座を中国の知人に譲渡し、ネットオークションを通じた偽造銀貨の売買代金の受け取りに利用していたとされる。実際に、被疑者宅からは偽造銀貨2枚が押収されており、密輸や流通への関与も疑われた。
この2013年事案は、記念銀貨の偽造が単なる国内完結型の犯罪ではなく、不正口座・ネット取引・国境を越えた物流と資金移動を伴う構造的犯罪であったことを具体的に示した点で重要である。
2016年の再発と連続性
しかし、こうした摘発にもかかわらず、2016年になると再び同一の記念銀貨を対象とした偽造品の流通が確認される。2016年5月以降、金融機関の窓口などから発見された偽造銀貨は約250枚にのぼり、2013年に確認されたものと、外観や寸法、刻印の特徴が酷似していたとされる。
財務省は、この時点で2013年以降に確認された偽造銀貨の総数が約500枚に達していることを公表したが、2016年の事案では、製造元や流通経路、関与者の特定には至っていない。すなわち、2013年に一部の末端関与者が摘発されたものの、偽造そのものの供給源や組織的背景は解明されないまま残されたと考えられるのである。
この未解決性は重要である。2016年の再発は、2013年事案が「終息」ではなく、「一時的な露見」に過ぎなかったことを示しており、偽造ルートや製造技術がその後も維持・温存されていた可能性を強く示唆している。今回の2025年以降の大規模行使事件は、こうした未解決の構造が時間をかけて再び表出したものと位置づけることができる。
「制度の周縁部」で繰り返される発覚
また、発見の契機がいずれも「制度の周縁部」であった点も共通している。2013年は外国郵便、2016年は金融機関窓口、そして今回もまた信用金庫や農協での両替行為が端緒となった。いずれも、市中流通の最前線ではなく、管理と流通の境界で初めて異常が顕在化している。この構造は、偽造貨幣の問題が、単なる技術的課題ではなく、制度設計そのものに内在する問題であることを浮き彫りにしている。
こうした経緯を踏まえると、2025年以降に発覚した大規模な行使事件は、過去の偽造事案と断絶したものではなく、その延長線上に位置づけるのが妥当である。注意喚起が繰り返され、特徴点が公表されてきたにもかかわらず、同種の偽造銀貨が再び大量に行使されたという事実は、問題が十分に解消されないまま時間だけが経過してきたことを意味している。
1990年『在位60年記念金貨大量偽造事件』との比較
昭和天皇在位60年を記念する貨幣をめぐっては、銀貨に先立ち、1990年に記念金貨の大規模な偽造事件が発覚している。
1990年「在位60年記念金貨大量偽造事件」の概要
10万円金貨として発行されたこの記念金貨は、約10万枚以上が偽造され、日本銀行が巨額の特別損失を計上する事態にまで発展した。犯行組織や製造拠点の全容は解明されないまま、事件は事実上の未解決として終息している。

金貨事件と銀貨事件に共通する構造
この1990年の金貨事件と、今回の銀貨偽造事件は、一見すると額面、被害の規模に違いがあるように見える。しかし、その本質を構造的に比較すると、両者は驚くほど共通した性質を有している。
第一の共通点は、いずれも「国家的記念事業」として発行された貨幣が対象となっている点である。記念貨幣は、単なる決済手段ではなく、国家が特定の歴史的節目を公式に祝う象徴として発行される。そのため、発行枚数は多く、かつ市中に長期間残存することが前提とされている。この「広く行き渡り、長く残る」という性格が、結果として偽造貨幣を紛れ込ませる余地を生んできた。
第二に、真贋判別の困難性という点でも共通している。1990年の金貨偽造事件では、偽造品が正規に輸入された真貨と区別がつかないまま、金融機関や日本銀行にまで還流していた。今回の銀貨事件においても、偽造品は専門的な鑑定を経て初めて判別されており、窓口業務の段階で即座に排除できるものではなかった。ここには、偽造技術の巧妙さ以上に、「記念貨幣は疑われにくい」という心理的前提が作用している。
通貨制度の信用を侵食する偽造という現象
第三に、被害の本質が「個々の被害者の損失」ではなく、「制度全体の信用侵害」として現れている点が挙げられる。金貨事件では、日本銀行が直接的な損失を負担する形で問題が顕在化した。一方、銀貨事件では、信用金庫や農協といった地域金融機関を通じて、制度の末端に負担と混乱が生じている。表面的な被害の現れ方は異なるものの、いずれも通貨制度そのものへの信頼が静かに侵食されるという構造は変わらない。
また、いずれの事件においても、犯行の全体像が完全には解明されていない点も重要である。1990年の金貨事件では、製造元や背後組織が特定されないまま終わり、今回の銀貨事件でも、偽造銀貨の製造経路や技術的源流については捜査途上にある。これは、偽造通貨が国境を越え、複数の制度をまたいで流通する性質を持つことを示しており、単一の摘発で問題が解消される類の犯罪ではないことを物語っている。
こうして比較すると、1990年の金貨大量偽造事件と、2013年以降の銀貨偽造事件は、別個の事件ではなく、「同じ制度的条件のもとで繰り返し現れた現象」として理解することができる。対象が金貨から銀貨へ、額面が高額から中額へと移行したにすぎず、国家が付与した信用と象徴性を利用するという発想そのものは、一貫している。
記念貨幣を狙う偽造は、時代ごとに形を変えながらも、同じ場所に回帰する。そこには、制度が抱え続けてきた構造的な弱点が、今なお十分に是正されていない現実が透けて見えるのである。
なぜ記念貨幣は狙われ続けるのか
記念貨幣を狙った偽造事件は、偶発的に起きてきたわけではない。1990年の記念金貨大量偽造、2013年・2016年の記念銀貨偽造、そして2025年以降に表面化した大規模な行使事件――これらは、いずれも同じ条件のもとで繰り返し発生している。
記念貨幣が「疑われにくい貨幣」である理由
第一に、記念貨幣は「大量に発行され、長期間市中に残存する」という性格を持つ。流通貨幣ほど日常的に扱われるわけでもなく、完全に収集品として隔離されるわけでもない。その中途半端な位置づけが、鑑別体制を曖昧にし、「疑われにくい貨幣」という性質を生み出してきた。
第二に、記念貨幣は国家によって公式に「祝祭性」と「象徴性」を付与されている。そこには、通常の貨幣以上の信頼が暗黙のうちに重ねられる。その結果、金融機関の窓口でも、持ち込まれた貨幣を積極的に疑う動機が生まれにくい。
「見慣れていないこと」が異常とならない貨幣
加えて、記念貨幣は日常的に目にする機会が少なく、窓口職員を含む多くの人にとって「見慣れていないこと自体が不自然ではない貨幣」である点も見逃せない。このため、外観や質感に微細な違和感があったとしても、それが即座に異常として認識されにくい構造が生じている。
偽造者が利用してきたのは、技術の隙間というよりも、人間の心理と制度が交差する地点であった。今回の事件が示したのは、偽造技術が進歩したという単純な事実ではない。
むしろ、過去に繰り返し露呈してきた構造的な弱点が、十分に是正されないまま温存されてきたという現実である。注意喚起が出され、特徴点が共有されても、制度全体の運用が変わらなければ、同じ場所に同じ形で問題は回帰する。
素材価値と額面価値が切り離された制度的動機
ここで重要なのは、『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨』が、1枚あたり約20グラムの銀を含んでいる点である。もっとも、同銀貨を溶解し、地金として売却する行為は法令上認められておらず、現実的な換金手段ではない。仮に素材価値のみを基準として評価した場合であっても、その取引額は額面を下回る水準にとどまる。
それにもかかわらず、同銀貨は法定通貨であるため、市中、金融機関において額面どおり1万円で行使することが可能である。実際、これまでに発覚した偽造硬貨はいずれも純銀を用いて製造されていたが、素材価値とは無関係に、額面での両替によって差益が生じる構造が成立していた。問題は市場価格の高低ではなく、「素材価値と額面価値が制度上切り離されている」という点にある。
この構図は、1990年の在位60年記念10万円金貨大量偽造事件と本質的に共通している。偽造金貨事件においても、金の地金価値と額面価値との関係が、偽造を経済的に成立させる前提条件となっていた。
記念貨幣は、通貨としての価値を有しながら、一定の素材価値を内包するがゆえに、制度の設計次第では、偽造を合理的な行為へと転化させてしまう危うさを併せ持っている。
結語
記念貨幣は、国家が歴史を刻み、時間を保存しようとする試みでもある。祝祭の記憶とともに発行され、人々の手を離れ、長い時間を市中に留まり続ける。その象徴が偽造によって攪乱されるとき、問われるのは、犯行者の巧妙さだけではない。
制度は、何を信頼し、どこまでを前提として設計されてきたのか。
疑われないことを前提に流通する貨幣は、どこで異常を感知するのか。
その問いは、大きな声で告発されることもなく、静かに、しかし確実に突きつけられている。
偽造されたのは、単なる銀貨ではない。
それは、国家が与えた信用そのものが、長い時間をかけて、繰り返し試されてきたという事実である。
◆参考資料
北海道新聞『昭和天皇在位60年偽造記念銀貨46枚外国郵便から発見』2013年12月3日付
NHKNEWS『天皇在位記念1万円銀貨偽造硬貨140枚余見つかる本物と同じ純銀製』2013年12月21日
時事通信『偽造銀貨売買、不正口座利用か開設容疑で中国人逮捕愛知県警』2014年2月13日付
NHKNEWS『昭和天皇在位60年記念1万円銀貨に偽造品5月以降250枚財務省』2016年12月26日
毎日新聞『偽造通貨行使偽造銀貨両替疑い5人逮捕昭和天皇在位記念』2026年1月8日付
朝日新聞『偽の記念銀貨使用容疑天皇在位60年79枚4人逮捕』2026年1月8日付
◆偽札・偽造硬貨事件
◆贋作・偽造に関する記事


























