マイナンバーカード詐欺はなぜ起きたのか?:本人確認制度の構造とICチップ義務化の背景

マイナンバーカード詐欺はなぜ起きたのか本人確認制度の構造とICチップ義務化の背景

要約

マイナンバーカード詐欺が相次いで発覚している。本記事では、168口座の不正開設事件、実物カードの加工による信用情報詐取事件、SIMスワップによるなりすまし事件の三事案を取り上げ、本人確認制度の構造的な問題を分析する。共通していたのは、ICチップや電子署名を用いず、券面画像や目視確認に依存していた点である。犯罪者は制度を破壊したのではなく、制度が許容していた確認方法を利用していた。2027年に予定される制度改正が示す「目視から検証へ」の転換が、今後の不正防止の鍵となる。

詐欺という犯罪は、制度の外側から突然現れるものではない。それは常に、制度が信用を置いた場所、その裏側に生じた影から生まれてきた。

偽造通貨は、国家が通貨を信用の基盤として流通させたあとに初めて成立した。クレジットカード詐欺は、与信と決済が高速化し、「人が一枚一枚確認しなくてもよい」仕組みが整った段階で拡大した。

詐欺は常に、制度の未完成ではなく、制度が「完成した」と思われた瞬間を狙って現れる。

マイナンバーカードをめぐる一連の詐欺事件もまた、その延長線上にある。問題は、カードという物理的媒体の危険性ではない。問われているのは、日本社会が本人確認という行為において、何を信用し、何を疑わずにきたのかという点である。

各事案の概要:マイナンバーカード詐欺の最新事例

マイナンバーカードは、2025年末時点で人口比8割前後が保有するとされる、基幹的な本人確認インフラとなっている。一方、その普及に比例する形で、カードの真正性や本人確認プロセスの「制度的隙間」を突いた犯罪が高度化・組織化している。

本記事では、以下の3つの代表的事案を中心に、手口の構造、共通する脆弱性、ならびに行政が進める抜本的対策を整理・分析する。

  • 事案A:組織的偽造カードによる大規模口座・カード詐取事件
  • 事案B:本物カードの物理加工(削り取り)による信用情報詐取事件
  • 事案C:SIMスワップによる議員なりすまし・不正決済事件

事案A:偽造マイナンバーカードによる銀行口座・クレジットカード詐欺(2026年1月発覚)

2026年1月28日、警視庁は、偽造マイナンバーカードを用いて銀行口座を不正に開設したとして、H(52歳)、T(68歳)ら計4名を逮捕した。本件は、オンライン本人確認(eKYC)の「券面画像依存」という構造的弱点を、組織的に突いた大規模詐欺事件である。

犯行グループは、東京都内の公園などで生活困窮者に接触し、金銭的報酬を提示して顔写真を提供させていた。入手した顔写真に、架空または第三者の氏名・住所・生年月日を組み合わせ、精巧な偽造マイナンバーカードを作成。さらに、写真提供者を形式上の代表者とするペーパーカンパニーを設立し、法人名義で不動産物件を契約することで、郵便物の受取拠点を確保していた。

これらの偽造カード画像を、金融機関の口座開設アプリに送信することで、広く用いられていた券面画像送信型の本人確認(いわゆる「ホ方式」注:犯収法に基づく、顔写真と身分証画像の照合による確認方法)と同様の運用を通過したとみられる。結果として、9金融機関で168口座、437枚のクレジットカードが不正に作成された。

不正取得されたカードは、高級ブランド品や腕時計の購入、消費者金融からのキャッシングに利用され、被害総額は約6億円に上るとみられている。

事案Aにおいて前提となっていたのは、「視覚的整合性」による本人確認という発想であった。多くの金融機関が採用していたのは、本人の顔と身分証の券面を撮影・送信させ、その画像を目視で確認することで本人確認を完結させる方式である。この過程において、マイナンバーカードのICチップは読み取られず、電子署名の検証も行われていなかった。犯行グループは、この制度運用の実態を正確に理解していた。

彼らは当初から「人間そのもの」を丸ごと偽造しようとはしなかった。用いられたのは、人格を分解するという発想である。すなわち、制度を通過するために必要な要素だけを切り出し、再構成すれば足りると考えたのである。必要とされたのは、実在する「顔」、制度上もっともらしい「氏名・住所・生年月日」、そして郵便物を受け取るための「拠点」だけであった。

実際には、生活困窮者から顔写真を提供させ、それを架空の個人情報と組み合わせることで、精巧なカード券面が作成された。そのカードをスマートフォンで撮影し、画像として提出すれば、本人確認は形式上成立し、審査は通過した。ここで突破されたのは、暗号やシステムそのものではない。人間が目で見て確認するという制度設計上の発想そのものが突かれたのである。

事案B:マイナンバーカード加工による信用情報詐取事件とは(2026年1月発覚)

2026年1月15日に捜査で判明した事案Bは、事案Aの「全面偽造」とは異なり、本物のマイナンバーカードの基材を流用するという手口である。

警視庁国際犯罪対策課は、無職のS(62歳)ら2人を逮捕したとしている。なお、Sと同姓同名で年齢が一致する人物については、過去に住宅ローン詐欺や特殊詐欺事件で逮捕されたとの報道例が存在するものの、本件の被疑者と同一人物であるかどうかは確認されていない。

Sらは、不正に流通していた本物のマイナンバーカード(再発行前の旧カードなど)を入手したうえで、爪用ヤスリ等により表面の顔写真や印字情報を物理的に削り取り、その上から別人の個人情報を印字した透明ラミネートフィルムを貼り付けていたとされる。

土台が本物であるため、ホログラムや材質に違和感がなく、目視確認では偽造と見破ることが極めて困難であった。このカードを用い、日本信用情報機構(JICC)に対して他人名義の信用情報開示請求を実行し、得られた情報を基に、さらなるクレジットカード詐欺を計画していたとみられる。

家宅捜索では、約1万3,000人分に及ぶ個人情報が押収されており、大規模ななりすまし・信用情報詐取インフラの存在が強く示唆された。

この事案で犯行グループが用いたのは、カードを新たに「偽造」する手口ではなく、本物のマイナンバーカードそのものを「加工」するという方法であった。彼らは再発行前の旧カードなどを入手し、表面の顔写真や記載事項を物理的に削り取ったうえで、別人の個人情報を印字したフィルムを貼り付けていた。カードの基材やホログラムは真正なものであるため、人間の感覚に依存した目視や触感による確認では、その不正を見抜くことはほぼ不可能であった。

この加工カードを用いて、他人名義による信用情報の開示請求が行われ、結果として1万3,000人分以上の個人情報が押収されている。ここで突破されたのは、高度な暗号技術やシステム防御ではない。「素材が本物であれば大丈夫だろう」という、現場に共有されていた感覚的な信用であった。目で見て、手に取り、違和感がなければ信用する――その判断の積み重ねが、最終的には信用情報という社会インフラそのものへの侵入を許したのである。

事案C:SIMスワップ詐欺とマイナンバーカード対面確認の落とし穴(2024年4月〜5月)

本事案は、2024年4月下旬に明らかになった、東京都議会議員や大阪府八尾市議会議員など、公的立場にある人物が標的とされたSIMスワップ型詐欺事件である。マイナンバーカードを用いた対面本人確認が形骸化していた実態を浮き彫りにした点で、社会的な影響は大きい。

犯行グループは、SNSや選挙公報などの公開情報から、被害者の氏名・住所・生年月日を特定。これらの情報を印字し、犯人自身の顔写真を貼付した偽造マイナンバーカードを作成した。

その後、被害者の生活圏とは異なる地域の携帯電話ショップを訪れ、「端末紛失」等を理由にSIMカードの再発行を申請。ショップ側が券面情報の目視確認のみに依存し、ICチップの読み取りを行わなかったため、なりすましが成立した。

SIMが再発行された瞬間、被害者の端末は圏外となり、SMS認証は犯人側に移行した。その結果、銀行や決済サービスにおける二段階認証が突破され、高級腕時計(約225万円)の購入や電子マネーへの不正チャージなどが、短期間のうちに実行された。

本事案では、政治家など社会的立場のある人物が標的とされ、偽造マイナンバーカードを用いて携帯電話番号が乗っ取られている。犯行に使用された個人情報の多くは、SNSや選挙公報などを通じて合法的に入手可能な公開情報であり、秘匿情報の大量流出が前提となっていたわけではなかった。

この事件において、偽造マイナンバーカードが果たした役割は、精密な本人確認を突破するためのものではない。むしろ、携帯電話ショップの窓口において店員に疑念を抱かせず、手続きを進行させるための「視覚的な裏付け」として機能していた点に特徴がある。偽造カードは、制度的な真正性確認を担う装置ではなく、現場の判断を鈍らせるための道具として用いられていたのである。

この点で注目すべきなのは、「対面確認であれば安全である」という暗黙の前提が、ここでも裏切られていたことである。ショップ窓口では、券面のホログラムや記載情報が目視で確認されていたものの、ICチップの読み取りは行われていなかった。

その結果、SIMカードが再発行された瞬間に被害者の通信は遮断され、銀行や決済サービスにおける二段階認証はすべて犯人側へと移行した。通信インフラを奪うという行為は、現代社会において「本人性」そのものを奪うことに等しい。この事件は、対面確認が必ずしも安全装置として機能しないことを、明確に示した事例であった。

3事案に共通する構造的脆弱性:本人確認が目視に依存していた理由

本章では、eKYC(オンライン本人確認)や対面確認において、なぜICチップや電子署名が十分に活用されてこなかったのか、その制度的背景と運用上の問題点を整理する。

これら三つの事件に共通しているのは、犯罪者が制度を破壊したのではなく、制度があらかじめ許容していた確認方法を忠実に利用した点にある。詐欺は常に、制度が「ここまでは疑わない」と定めた境界線から始まる。三つの事案に通底する核心は、ICチップ内の電子情報を確認することなく、券面の視覚情報に依存することで本人確認を完結させていた運用にあった。

券面偽造や加工の精巧化が進んだ結果、人間の目視だけで真正性を判断することは事実上不可能となっていた。それにもかかわらず、非対面・対面を問わず確認プロセスは形式化・慣行化し、確認そのものが目的化していた。こうした運用のなかで、本人確認は本来「技術」によって担保されるべき工程であるにもかかわらず、実態としては単なる「作業」へと変質していたといえる。

偽造タイプ特徴突破のポイント
事案A:デジタル偽造型精巧な券面画像の生成ICチップ・電子署名を確認しないeKYC運用
事案B:物理加工型本物の基材を再利用ホログラムや質感による「本物感」への依存
事案C:SIMスワップ型視覚的に違和感のない書類呈示店舗窓口における目視確認への依存

上記図表のすべての事案に共通するのは、「ICチップに記録された電子署名の照合」を行わず、券面の視覚情報のみに依存して本人確認を完結させていた点にある。

これらの問題は、個別の事業者の注意義務や過失に還元できるものではない。むしろ、制度設計そのものが内包していた限界が、複数の事件を通じて可視化された結果であった。

政府・行政による抜本的対策:ICチップ義務化と本人確認制度改正

2027年4月を目途に、身分証の画像送信による本人確認は原則として廃止される方針が示されており、マイナンバーカードのICチップを読み取り、電子署名を検証する方式へと一本化される方針である。

こうした制度改正は、マイナンバーカードを用いた本人確認の安全性を高める一方で、事業者側の運用やコスト構造にも大きな影響を及ぼすと考えられる。

非対面確認に限らず、携帯電話ショップ等の高リスク窓口における対面確認についても、目視ではなくICチップによる真正性確認を標準とし、確認手続の厳格化が進められる。

この方針を実現するため、政府および警察庁・デジタル庁は犯罪収益移転防止法施行規則を改正し、非対面本人確認における「券面画像送信方式」を制度上廃止する方針で対応を進めている。

さらに、偽造防止技術や暗号方式を刷新した次期マイナンバーカードについても、2026年度から順次交付が開始される予定である。

これらの一連の措置は、単なる運用改善にとどまるものではない。本人確認における信用の置き場所を、人間の判断や慣行から切り離し、検証可能な技術的プロセスへと移行させるという、制度思想そのものの転換を意味している。

結語:マイナンバーカード詐欺が問いかけた「信用」とは何か

マイナンバー詐欺が突きつけた問いは、決して「カードは危険か」という単純なものではない。問われているのは、私たちがどこに信用を置き、どこで疑うことをやめてきたのかという、社会全体の確認思想そのものである。

詐欺は制度の外部から突然現れるものではなく、制度が想定し、許容してきた信用の隙間から生じる。詐欺は制度の影であり、信用の空白である。その空白がどこに生まれるのかを直視しない限り、詐欺は形を変えながら繰り返される。マイナンバー詐欺は、その空白が「人間の目」にあったことを、はっきりと可視化した事件であった。

本記事で扱った三つの事案はいずれも、「見た目で確認する本人確認」が限界に達していたことを示している。犯罪者は制度を破壊したのではなく、制度が信用を置いた場所の裏側を正確に突いてきたにすぎない。突破されたのは技術ではなく、「見ていれば足りる」という発想そのものであった。

これからの社会で問われるのは、誰を信用するかではない。どのプロセスを信用するのかである。信用を人の感覚に委ね続けるのか、それとも検証可能な仕組みに委ね直すのか。その選択が、次に現れる詐欺の形を決めることになる。

2027年に予定される制度改正は、「視覚依存の本人確認」から「電子署名による真正性確認」へと舵を切る、決定的な転換点である。事業者にとって、ICチップを活用した公的個人認証(JPKI)への移行は、もはや単なる法令対応ではない。それは、信用をどこに置くかという経営判断であり、リスクを回避するための不可逆的な選択となりつつある。

▶ マイナンバーカード詐欺をめぐる主な疑問


◆参考資料一覧
・事案A:偽造カードによる大規模口座・カード詐取事件
日本経済新聞(2026年1月28日)
朝日新聞(2026年1月28日)
時事通信(2026年1月28日)
産経新聞(2026年1月29日)
・事案B:本物カードの物理加工・信用情報詐取事件
時事通信(2025年12月4日)
時事通信(2026年1月15日)
産経新聞(2026年1月16日)
毎日新聞(2026年1月17日)
・関連事案・過去の報道(背景資料)
産経新聞(2011年5月27日)
産経新聞(2013年7月17日)
読売新聞(2018年10月21日)


◆詐欺事件

◆偽札・偽硬貨・偽造事件


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste Roquentinは、Albert Camusの『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartreの『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場する主人公の名を組み合わせたペンネームです。メディア業界での豊富な経験を基盤に、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルチャーなど多岐にわたる分野を横断的に分析しています。特に、未解決事件や各種事件の考察・分析に注力し、国内外の時事問題や社会動向を独立した視点から批判的かつ客観的に考察しています。情報の精査と検証を重視し、多様な人脈と経験を活かして幅広い情報源をもとに独自の調査・分析を行っています。また、小さな法人を経営しながら、社会的な問題解決を目的とするNPO法人の活動にも関与し、調査・研究・情報発信を通じて公共的な課題に取り組んでいます。本メディア『Clairvoyant Report』では、経験・専門性・権威性・信頼性(E-E-A-T)を重視し、確かな情報と独自の視点で社会の本質を深く掘り下げることを目的としています。

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