井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)

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1999(平成11)年8月13日(金曜日)17時50分頃、JR横浜線「成瀬」駅から北東方向へ直線距離で約100メートルの場所に所在した某レンタルビデオ店から一人の女性が出た。

彼女はT美術大学で絵画を学ぶ18歳の井出真代さんだった。

某レンタルビデオ店の従業員の記憶によれば、店を出た彼女は自宅とは逆方向のJR横浜線「成瀬」駅方面に向かったのではないかといわれている。

発生から20年以上を経て未だに未解決の井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)について考察していこう。

※本記事の内容は全て個人的な考察と推察です。

事件経緯・経過

報道によれば、井出真代さんは、父親、母親、双子の弟、もう一人の弟の4人とともに東京都町田市内に住んでいた。

失踪した1999年4月からは都内の有名美術大学で油絵を学びつつ、身長は171センチの彼女は都内のモデル事務所にも在籍していたといわれる。

報道されている事件経緯は以下のとおりである。

1999年8月13日17時50分頃JR「成瀬」駅付近のレンタルビデオ店を出たあと行方不明
1999年8月13日夜間or14日愛知県在住の祖母等が井出真代さんのPHSに電話するが留守電
1999年8月16日井出真代さんの両親等が帰宅
1999年8月17日両親が警視庁町田署に捜索願を提出 特異家出人扱いにならず
2015年12月28日警視庁が捜査を開始
井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)事件経緯・経過

考えられる仮説

井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)の考察には、複数の前提による仮説が成り立つ。考えられる主な前提を以下に記す。

仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)

上記の3つの仮説を考察するための各種メディアで公開されている井出真代さんの性格、嗜好、好奇心の指向性、失踪前の言動、失踪時の服装と所持品、口座の利用状況、PHSの通話料(発信履歴)などの検証を行い、井出真代さん失踪事件について考察していこう。

仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)

最初の仮説は、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)である。

当初、捜索願を受理した警視庁町田署の担当課(生活安全課)も、自分の意思による「大学生の家出」と考えていたのだろう。

確かに10代後半の女性の短期間の家出は珍しいことではないだろう。それを裏付けるようにプチ家出という言葉もあるようだ。

1999年次警察庁資料から作成

では、井出真代さん失踪事件も仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)なのだろうか?考察を進めてみよう。

失踪の原因・動機を統計から考察

警察庁の「令和4年の行方不明者状況」によれば、行方不明者の動機・原因(親族等の行方不明者届人からの申告)は、疾病関係(29.1%)、家庭関係(15.2%)等となる。

・「犯罪関係」は何らかの罪を犯し、その発覚をおそれて行方不明になったもの等。

・「その他」は、遊び癖や放浪癖、犯罪被害、事故遭遇のおそれのあるもの等。

・少数第2位以下四捨五入。

警察庁資料「行方不明者数の年齢別推移、原因・動機別割合 出典:警察庁 令和4年における行方不明者の状況」から作成

また、失踪時の井出真代さんの年齢に該当する10代の原因・動機は家庭環境(36.9%)、学業関係(9.6%)、疾病関係(4.0%)と当然だが(未成年者は就職等している率が低いため)圧倒的に家庭環境の問題からの失踪・行方不明が多いことがわかる。

上記から、井出真代さん失踪事件が仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)だと仮定した場合、その原因・動機は、統計的に家庭環境または学業関係による可能性が高いと推測されるが、報道からI・Mさんは経済的に恵まれた環境(両親ともに某美大出身)に生育し、家族仲も良好(愛知県の父方の祖父母とも交流がある)だと推察されるため家庭環境が主な原因となる失踪(家出)とは考え難い。

また、高校の在学中、「東京都港湾局」が開催した「レインボータウンまちづくり都民提案」一般の部で優秀賞を受賞(参考:「レインボータウンまちづくり都民提案の最優秀決定」建設通信新聞1998年4月2日付)等する経歴が確認され優秀な女性である。

家庭環境・学業不振などが原因となる失踪の可能性は低いのではないかと推察できる。

部屋からの動機・原因の考察

10代の失踪の原因・動機のなかで圧倒的に多い「家庭環境」を考察するうえで重要となるのは失踪者の日常の部屋の様子であろう。

一般的に何らかの問題を有する家庭環境下での生活及び精神的な悩みなどの抱えていた失踪屋の部屋の中は乱雑としている。それは、失踪者本人も同居家族も家の内外や部屋の中を整理整頓する余裕を持たないからだろう。

悪質な営業や宗教勧誘、侵入盗犯が訪問先の家の外観や庭先の手入れ具合や洗濯物の干し方等を見るという話は比較的有名な話でもある。

井出真代さんの部屋の中の様子については、2018年10月27日、フジTV系列で放送された『特捜!最強FBI緊急捜査 日本未解決事件を追う!』(以下、同TV番組)が参考になるだろう。

ただし、同TV番組は、井出真代さん失踪事件から約19年後に製作されたと思われるため、失踪時(1999年)と部屋の様子に多少の違いはあるとも思われるが、帰りを待ちわびる家族の心境を考えるならば部屋の中は「ほぼ」当時と同じ状態だと推測してもよいだろう。

「(前略)家族は、いつ娘が戻ってきてもいいように、井出さんの部屋は、今も当時のままの状態にしていて(後略)」(引用:「東京・町田の女子大生不明20年不明の井出真代さん 絵画の勉強に励む」2019年8月14日付のNHKニュース)との報道も確認できる。

上記を前提に部屋の中から仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)原因を推察する着眼点は「本」だ。「本」は読み手(井出真代さん)の趣味嗜好、思想、価値観に影響を与える。

出口のない袋小路の現実的な問題や形而上的な悩みを抱える者は精神世界、宗教等に救いを求める。

だが、同番組に記録された井出真代さんの部屋のなかにそれらの本は確認できない。カメラの焦点が本棚や本を中心にしていないこともあるが、確認できる範囲でそれらの種類の本や新・新宗教団体等の冊子、チラシ(他の目的を装うことが多い)は認められない。

この点からも井出真代さんの失踪の原因は、「家庭環境」、「疾病関係」(精神的な問題)からの失踪ではないだろうと考えることが妥当だと思料される。

ここまでの考察から、井出真代さん仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)と判断するには至らない。

当日の服装及び推察される所持品

井出真代さんの失踪時の服装と持ち物から仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性を考察してみよう。

報道から井出真代さんの失踪時の服装は、薄緑色のノースリーブ、ジーンズ、桃色のサンダル、所持品は紀伊國屋の水色系のトートバッグ、イタリアの画家ジョルジュ・モランディの書籍、カメラ、財布、PHS、水着、傘、所持金は約15,000円だといわれる。

また、同番組の取材に応じた母親は水泳に使用するタオル類等を所持していた可能性を語っているため、着替え用の下着類等も所持していたとも考えられるが、何れにせよ友達の家等に数日の宿泊するための準備・所持品だとは考え難い。

なお、所持品の15,000円についての根拠は明確ではないが、井出真代さんの所有(名義)の口座の入手金状況からの推測の可能性が考えられ、実際の所持金は15,000円ではないとも考えられる。井出真代さんの失踪時の服装と持ち物からも仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)を肯定的に考えることは難しいだろう。

失踪前の言動と保険証の謎

報道されている失踪前の井出真代さんと家族との主な会話(主に失踪前日の1999年8月12日)を整理してみよう。

以下は、失踪前日の8月12日(木曜日)の両親と井出真代さんの主な言動。

両親――(毎年恒例の愛知県の祖父母方に行くため)明日(13日)は早朝5時に出る――

井出真代さん――(8月14日)渋谷の歯医者に予約を入れたので行けない――

両親は、自宅近隣の歯医者を提案するが井出真代さんは、渋谷の歯医者に行くと言ったらしい。

この渋谷の歯医者が初診だったのかは不明だが、失踪時(8月13日)、井出真代さんは保険証を所持していなかったといわれる。

この失踪時(8月13日)に「保険証を所持していない」は、井出真代さん失踪事件の謎の一つだ。

井出真代さんに同歯科医への通院歴が有り、失踪日の直前にも同歯医者に通院しているのなら保険証の提出を求められることはないと思われるが、初診または久しぶりの通院だと仮定するならば保険証の提出を求められる可能性がある。

仮に井出真代さんが歯医者から保険証の提出を求められる可能性を考え、かつ、8月13日に自宅以外に宿泊し、翌日に歯医者への直行を考えたのなら、失踪時に保険証を所持してた筈だ。

つまり、保険証を所持していなかったということから、井出真代さんは8月13日に自宅に戻る予定だったと推察され、8月13日の失踪は仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)ではないと推論できることになる。

所持金と通帳の動き

前述のとおり、井出真代さんの失踪時の所持金は15,000円だと報道されている。また、同TV番組のなかで井出真代さんの所有(名義)と思われる普通預金口座の通帳の動きが確認できる。

同口座の失踪前の最後の出金は、1999年7月30日のカード出金50,000円であり、失踪時の残高は17,574円である。

年月日金額利用店舗と思われる店舗番号
1999年6月2日(水)15,000円(カード出金)00174
1999年6月30(水)30,000円(カード出金)00253
1999年7月14日(水)15,000円(カード出金)01041
1999年7月27日(水)50,000円(カード出金)01377
主な出金状況 ※利用店舗と思われる店舗番号からの店舗特定は、金融機関名が不明のため実施出来なかった

上記から失踪後の井出真代さんは所持金15,000円と通帳残高の約17,500を合計した最大約32,500円を使えることになる。

ここで着眼したいのは、井出真代さんが健康な18歳の女性だということだろう。男性の仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の場合は、低料金の宿泊施設を利用し、極端な場合では路上で寝泊まりすることも躊躇ないと思われるが、心身ともに健康な若い女性の仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の場合は、清潔を保つためシャワー等が完備されている宿泊施設(例、ネットカフェ、ホテル)を利用するだろう。

井出真代さんが失踪後にホテル等を利用したと仮定するならば、所持金の15,000円は宿泊代、食事代等で数日のうちに消えてしまう。 つまり、井出真代さん仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)したのならば、宿泊先や金銭を提供してくれる第三者の存在や寮などの宿泊施設が完備された職場での就労が必要となるが、井出真代さんの日頃の言動等からそれらの可能性は非常に小さいと思われるため、所持金と通帳の動きの考察でも仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は低いと判断できるだろう。

PHSの発信履歴

井出真代さん失踪事件を扱った同TV番組では、彼女が所持(所有者=名義人は不明)していたPHSの料金明細(発信履歴)が公開されている。

PHSは、90年代から00年代初旬にかけ、本体価格等が携帯電話よりも安価に設定されていたため主に低年齢層を中心に流行していた。

無線を利用するPHSの特徴は、自分(発信者)と通話相手が利用した基地局が料金明細(発信履歴)に記載されることだろう。

同TV番組で紹介された井出真代さん所持のPHSの利用明細にも発信者の基地局と相手の基地局が記載され、(井出真代さんからの)発信は主に「東京」「神奈川」「相模原」「横浜」「川崎」「(千葉県)市川」(「東京」「神奈川」「相模原」は東京都町田市の自宅及び通学先の大学の生活圏と思料される)であり、通話先相手は、「東京」「埼玉の数か所」「千葉県内」「東京都下23区外」と印字されている。

ここで重要なの着眼点は、井出真代さん失踪当日(8月13日)の夜(参考:同TV番組)または14日の朝(参考:「東京・町田の女子大生不明20年“ビデオ店から駅方面へ”が最後の目撃情報」NHKニュース2019年8月14日付)に愛知県在住の祖母が井出真代さん所持のPHSに架電したが、留守電(電源が入っていない状態だと判断される)だったという証言だろう。

前述のとおり、PHSの利用明細には発信者と通話先の基地局が記載される。失踪後、井出真代さんがPHSの電源を入れ、留守番電話に録音された音声を聞いたのならば井出真代さんの発信場所(着信場所は留守番センターのある基地局)がわかる。つまり、留守電を聞いた大まかな場所の特定ができ、失踪後の井出真代さんの居所特定等の有力な情報となるが、残念ながらPHSの利用明細の最後の履歴は、失踪前の1999年8月11日(水曜日)17時頃からの約3分間(同TV番組によれば通話相手は同級生)だけだった。

このことから、井出真代さんは失踪後に一度もPHSの電源を入れていないと推察でき、PHSは1999年8月13日(金曜日)夜頃から井出真代さんの手を離れた可能性が考えられるだろう。

井出真代さん失踪の原因・動機が家庭環境にあるならば、失踪後に家族との関係は断ち切るが、友人・知人との関係を断ち切る必要はない。井出真代さんがPHSを自ら捨てる等する必要はない。PHSが井出真代さんの手から離れたのなら、それは自らの意思ではないだろう。

ここまでの考察から井出真代さん失踪は、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は非常に低く、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)の可能性が残る。

次の章では仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)について考察する。

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を考察

前章では、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)を考察し、その可能性は非常に低いとの推論に至った。

ここからは、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)の考察を行っていこう。

1999年8月13日前後の雨量と日没時間

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を考察する前提として、1999年8月13日前後の雨量と日没時間を確認する必要があるだろう。

井出真代さんが失踪した1999年8月13日頃の日没時間は18時34分頃である。井出真代さんがJR「成瀬」駅付近の某ビデオ店を出た時刻(17時50分頃)から約30分後には夜の景色に包まれる。

また、1999年8月13日及び14日の東京周辺地域は非常に雨量の多かった。特に失踪翌日の14日の1日降水量は、300ミリに達している。

気象庁データを確認すると1999年8月は3日-7日まで及び9、10日も雨だった。

雨と日没が井出真代さんの失踪の遠因になった可能性も考えられる。 失踪時、井出真代さんの足元は桃色のサンダルだ。徒歩や電車移動の不便を感じタクシーや第三者が運転する車等の別の移動手段を選択したかもしれない。

失踪と恩田川の関係性

参考動画:【恩田川】高瀬橋映像監視局[町田市西成瀬1]東京都水防チャンネル
映像先:恩田川
設置先名称:高瀬橋水位観測所
設置先所在地:東京都町田市成瀬2284
配信・管理:東京都建設局河川部防災課

東京都町田市本町田から横浜市緑区中山町で一級河川「鶴見川」に合流し東京湾に至る恩田川の全長は約12キロメートルであり、鶴見川流域総合治水対策特定河川に指定されている。

既に述べたとおり、1999年8月13日から14日にかけ、東京周辺地域は非常に雨量の多かった。また、8月に入り13日までの7日間は雨だった。

東京都建設局過去の水害記録」によれば、1999年8月13日、東京都町田市本町田、同市玉川学園で床下浸水が発生している。

では、井出真代さんの失踪に雨と日没と恩田川が関係していたのだろうか?

雨と日没が井出真代さんの視界や身体に影響を与え仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)が発生したのだろうか?仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)があるとするならば恩田川が鍵となるのか?

失踪から20年以上の歳月が流れたため、上記の問いに対する明確な答えを出すことが出来ないが、これまで恩田川(鶴見川)、東京湾から井出真代さんの失踪の手がかり、痕跡さえも見つかっていないことを考慮すれば、その可能性は低い考えてよいだろう。

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)を考察

これまでの考察で仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)及び東京都町田市内を流れる恩田川を中心とした仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)について考察してきたが、何れの仮説も可能性が低いとの推論に至った。

ここからは、残る仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)を考察していこう。

最後の目撃情報を考察する

失踪前の井出真代さんが最後に確認されたのは、1999(平成11)年8月13日(金曜日)17時50分頃、JR「成瀬」駅付近に所在する某レンタルビデオ店の返却履歴と従業員の記憶による同店への立ち寄りと返却後に自宅と反対方向のJR「成瀬」駅方向に向かう姿である。

通常、駅構内の券売機付近、改札付近、ホームに、防犯カメラが設置されており、記録された映像は一定期間保存され、警察の捜査依頼や駅長の権限による映像の開示、任意の確認(JR関係者がビデオを見て人物を確認する作業)を行うことがある。

だが、井出真代さん失踪事件では、同作業は行われていなかったのだろう。某レンタルビデオ店を出た後、井出真代さんが同駅を利用したか否かは不明だといえるだろう。駅の防犯ビデオ未確認は非常に残念である。

次は失踪した場所を考察しよう。報道によれば、井出真代さんは失踪時に水着等を所持していたといわれ、失踪日の直前にもJR「町田」駅から北方向へ直線距離で約600m離れた「東京都町田市中町」に在る公共施設の温水プールを利用したといわれている。

しかし、井出真代さんが失踪日に同プールを利用した形跡及び目撃情報はないという。井出真代さんはJR「成瀬」駅から電車を利用し、同プールの最寄り駅JR「町田」駅に向かったのだろうか?それとも別の交通手段で向かったのだろか?天候等の理由から予定を変更し同プールの利用を中止したのだろうか?仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)により予定を変更せざるを得なかったのか?

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)についてさらに考察してみよう。

JR「成瀬」駅付近

井出真代さんが「東京都町田市中町」に在る温水プールに行かず、さらにJR「町田」駅にも向かわなかった(向かえなかった)と仮定すると失踪場所は最後の目撃情報のあるJR「成瀬」駅付近となる。

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)が暴力を伴う略取等の強引な方法(無理やり車に連れ込まれた等)で行われたのなら某レンタルビデオ店の付近路上だと考えられるが、お盆休の連休、天候不順、日没間際の時間帯等の条件を勘案したとしても、JR「成瀬」駅付近で身長170センチの大人の女性(18歳の女性)を誰にも目撃されず強引に略取することは「ほぼ」不可能だろう。

では、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)が略取等の強引な方法(無理やり車に連れ込まれた等)を用いず行われたケースは想定できるだろう?

勿論、着眼点は、サンダル履き、天候不順、日没間際の時間帯だろう。JR「成瀬」駅で偶然に知人が井出真代さんに声を掛け自宅やプール等に送ると言った可能性は考えられないだうか?

鍵は「渋谷」か?

井出真代さんが失踪した1999(平成11)年8月13日(金曜日)は、恒例となっていた愛知県の祖父母宅に家族が帰省する日だった。

だが、井出真代さんは「渋谷の歯医者の予約」を理由に自宅に残った。その年の春から大学生となった井出真代さんは自分の世界を築き始めたのかもしれない。

予約した歯医者のある「渋谷」は、井出真代さんの最寄駅JR「成瀬」駅から物理的な距離はある。だが、東京の町田市や神奈川県の中央部で生活する者からすれば「渋谷」は、通勤場所、通学場所、日常の遊び場として心理的に身近な繁華街だともいえるだろう。

では、1999(平成11)年8月13日(金曜日)、某レンタルビデオ店を出た井出真代さんはその足で「渋谷」に向かったことは想定できるだろうか?

井出真代さんが渋谷の歯医者に予約した日時は1999(平成11)年8月14日(土曜日)の夕刻だ。仮に渋谷の歯医者に予約を入れた理由が渋谷で遊ぶついで等の理由なら、失踪した8月13日の夜から渋谷に行き、どこかで一晩を過ごし、翌日の夕方に歯医者に行く予定だったことも想定できるが、井出真代さんは保険証を所持していない。

渋谷に泊まり、翌日に歯医者に行くのなら念のため保険証を所持していてもいい筈だ。渋谷に泊まり翌日の朝または昼に帰宅し、再度、渋谷の歯医者に向かうのは合理的判断に欠ける。 また下着類の所持は想定できるが他の着替えを持ち出したとの報道はない。

これらのことから、井出真代さんは某レンタルビデオ店から直接、渋谷に向かわなかったのだろうと推察され、失踪の鍵は「渋谷」ではなくJR「成瀬」駅の近辺だと考えるのが自然だろう。

関与の可能性のある第三者とは?

前述のとおり、井出真代さんの失踪に第三者が関係しているならば、その第三者は知人だろう。

そして、その知人は運転免許証と車を所持する井出真代さんよりも年上の「間接的」な知人であろう。

なぜなら、井出真代さんの直積的な知人(例えば同じ年の18歳の友人・知人)は、免許証と車を所持している可能性が低く、かつ、警察から協力を求められていると考えらえるからだ。

まとめ

井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)について、3つの仮説「仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)」を想定し考察してきた。

考察の結果、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は非常に低く、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)の可能性は完全に払拭できない。

ただし、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を想定した場合には、恩田川(鶴見川)、東京湾内で井出真代さんの痕跡が発見されなかったことに疑問点が残る。

これらのことから、最も高い可能性は仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)だといえるだろう。だからこそ、2015(平成27)年12月28日、警視庁による捜査が開始されたのだろう。

井出真代さんはJR「成瀬」駅付近で親切心を装う間接的な知人と遭い車に乗り込んだのかもしれない。時間は日没前、天候は雨。サンダル履きの井出真代さんは間接的な知人を信用したのだろう。

1999(平成11)年8月13日(金曜日)から20年以上の月日が経つが、過去には長期間に渡り第三者との暮らしを強制された事件も散見される。

井出真代さんの一刻も早い帰宅を強く願う。


◆参考資料
警察庁「令和4年の行方不明者状況
「レインボータウンまちづくり都民提案の最優秀決定」建設通信新聞1998年4月2日付
「美大生失踪:笑い合える日、必ず18歳美大生失踪24年捜し続ける母」毎日新聞2023年6月20日付
「町田美大生不明」時事通信2019年8月17日付 
「東京・町田の女子大生不明20年不明の井出真代さん絵画の勉強に励む」NHKニュース2019年8月14日付
「東京・町田の女子大生不明20年“ビデオ店から駅方面へ”が最後の目撃情報」NHKニュース2019年8月14日付
「一刻も早く帰って再捜査に望み託す不明美大生の両親」時事通信2015年12月28日付
「女子美大生失踪、事件の可能性16年前、再捜査始める警視庁」2015年12月28日付
井出真代さんを探しています/オフィシャルサイト


◆独自視点の行方不明・失踪事件(事案)考察シリーズ


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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