広島市佐伯区植物公園職員失踪事件(藤野千尋さん行方不明事件)

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広島市佐伯区植物公園職員失踪事件 概要

2014年6月7日(土曜日)朝9時頃。広島市佐伯区の植物公園職員、藤野千尋さん(当時25歳・以降千尋さん)は、家族三人(母、弟)で暮らす自宅を出て、いつも通り佐伯区五日市駅南口からバスに乗り、職場である広島市植物公園へと出勤していった。千尋さんは運転免許証を持っていなかった。

臨時職員として4月に採用されてから約二ヶ月が経過し、担当の植物(ベゴニア)も決まり充実した生活ぶりであった。少なくとも、同居の母親H子さんの目からはそう見えていた。

自然を愛する千尋さんは子供の頃から植物を好み、進学先である長野県の国立大学でも園芸を学んでいた。実学分野の学習者であっても、生活のために元来の興味とはかけ離れた職業を選択せざるを得ない者も多い中、臨時職員ではあっても専攻に沿った分野に就職できたのは幸運、そして努力の賜物と言って良いのだろう。千尋さんも「一生ここで働き続けたい」と正規職員への希望も口にしていたという。

一日の業務を終えた午後6時頃、千尋さんは植物公園での作業着姿(資料を見る限り、いかにも作業服といった出で立ちではなく、普段着にも出来そうなカジュアルなものである)のまま、職場の同僚女性の車で、5分ほど(徒歩では20分ほど)の距離にある地毛バス停へ送ってもらっている。これは毎日のことであったようで、降りる際には特に変わった様子も無く挨拶を交わしたとされているが、これが現在の所、千尋さんの確実な最終目撃証言となっている。

千尋さんは普段バスに乗る時はI Cカードを使っていた。出勤時に使用した履歴は残っており残高も十分チャージ(6530円)されていたものの、その後使用された形跡はない。失踪前日に一緒に買い物をしたH子さんによると、財布の中には現金2千円程があったとされ、財布を分けていた等、実際にはそれ以上の金額を持っていた可能性、移動先を知られたくない等の理由でI Cカードの使用を避けた可能性もゼロではないが、その後彼女の銀行口座にも動きは無く、これだけで自発的な失踪であるかどうか判断するのは困難である。しかし、いつもとは違う行動の形跡も残っている。

彼女の携帯電話には、長野県に住む、大学時代の先輩宛の発信履歴が残っていた。発信地点は地毛バス停付近であり、時間的には職場の同僚と別れた直後となる。この大学の先輩も女性で、千尋さんは彼女を慕っていたが、電話連絡を取り合うような仲ではなかった為、着信履歴に気づいた時、「変だな」と思ったという。先輩は電話に出ることはできず、履歴に気づいた午後6時半頃にかけ直しているが、千尋さんが電話に出る事は無かった。よって、厳密にはこの電話は、千尋さん本人がかけたものであるかどうかは不明ということになる。

千尋さんはそれから家族の待つ自宅に帰る事は無く、母親H子さんは二日間一睡もできずに帰宅を待ち続けたが、6月9日午前11時20分、最寄りの交番へ相談し、行方不明者届(旧・捜索願)を提出した。

既に二日間が経過しているとは言え、成人の失踪は書面の受理のみで留まる事も多いものだが、H子さんの記録によると、(H子さんは一冊のノートに、千尋さん失踪以来の出来事や想いを残し続けているという)この件において、警察は比較的迅速に捜索を開始したようである。血痕や事故跡等の確実な事件性の証拠は無い為か、報道等を使った大規模な公開捜査がされているわけでは無いものの、行動範囲周辺の聞き込みや情報回覧、携帯電話の位置情報確認が行われているようだ。

広島県警等の公表情報には開示が無くこれは推測だが、精神科、心療内科等への通院歴または直近の言動等、その後の行動について危惧すべき何らかの要素があったのかもしれない。H子さんも「失踪した日、千尋は体調が悪く、気持ちが不安定だったはずだ」「一人になりたがっていたと思う(だから、帰りが遅くても、すぐに事を荒立てたりせず待ち続けた)」旨の発言を残している。

警察によって収集された有力な情報は以下の通りである。

携帯電話※の位置情報

  1. 6月9日の朝8時25分頃、広島市佐伯区五日市駅から西に2km地点で確認。(広島県廿日市市佐方4丁目付近か。住宅地であるが周囲には広島工業大学や山陽女学園の敷地がある)
  2. 同日夕方4時21分頃、①からさらに北西方向に4km地点で確認。(広島県廿日市市に存在する極楽寺山麓か。その周囲およそ2km圏内には職場である広島市植物公園がある)

※携帯電話本体及び千尋さんの遺留品は見つかっていない。また、位置情報は携帯電話の発した電波を受信したアンテナの所在地であって、携帯電話が実際に存在した位置のG P S情報ではないと思われる。

目撃情報

  1. 6月9日朝7時頃、千尋さんが通勤時利用している佐伯区五日市駅南口バス乗り場付近のベンチにて、疲れた様子で座り込む、千尋さんに似た女性の姿が目撃された件。
  2. 6月10日と6月24日、佐伯区ボランティアセンター※にて、千尋さんに似た女性が杖をつき、顔を隠すようにして佇む姿が目撃されている件。

※佐伯区ボランティアセンターとは、広島市佐伯区役所の建物内に存在し、2023年3月現在では、主にボランティア活動をする人々を支援する施設のようである。何らかの悩み事を相談できる窓口では無いようだが、2015年4月に生活困窮者窓口が「くらしサポートセンター」へ一本化される以前にはこれらの相談も受け付けていた可能性がある。

また、有志による安価な食事の提供が行われていた形跡もある。 母親H子さんや友人達、職場の仲間達は、千尋さんの情報を求める数千枚のチラシを作成、配布や掲示を行い、T V朝日系報道番組「真実の行方(2014年8月12日放送)」にも取り上げられる等事件の知名度は全国的なものとなった。

しかし、これらの努力が千尋さんの行方を解明する事は無く、その後有力な情報も無いまま、2023年3月現在も尚、母親H子さんは広島市佐伯区の自宅にて、千尋さんの帰りを待ち続けている。

手がかりとその検討

ここからは、手がかりとその検討について述べていこう。

藤野千尋さんについて

千尋さんは遅くとも高校生(公立高校)の時には既に広島市佐伯区在住で、大学進学と同時に地元を離れて長野県で一人暮らしを始めている。大学は国立大学で、サークル活動(少林寺拳法部)にも参加、大学院への進学も視野に入れる程勉学にも趣味にも打ち込んでいたが、その学生生活は必ずしも順風満帆なものでは無かった。

入学の年には、父親が急死するという悲運に遭っている。母親のH子さんも、数年前に発見された乳がんの治療を継続しており、大学受験期から大学在学期間中にかけて心配事も多かったであろう。H子さんによると、受験のプレッシャーにも負けず、闘病する自分を励ましてくれる心優しい少女であったという。

家族への配慮からか、経済的な理由からか、それとも学問上の行き詰まりがあったのか・・・進学を諦めた千尋さんは大学院入試の準備から就職活動へと切り替えたものの、開始時期の遅さもあり内定は得られなかったようだ。

無情にも卒業が近づいたある日、H子さんの元に、千尋さんが過呼吸(過換気症候群・精神的な不安によって起こる過呼吸に起因する眩暈等の症状の総称)の発作で倒れたという知らせが届く。

千尋さんは迎えに来た母親と共に帰郷し、その後再び就職活動ができるようになるまでには三年間の自宅療養を要したというが、その間、通院や投薬、カウンセリング等の治療を受けたかどうかは不明である。しかし、<概要>でも述べた通り警察の初動の早さを考えると通院歴等がある可能性は高い。

そうでなかったとしても過換気症候群の経験者は、いつ同じ発作が起こるかもしれない恐怖から、さらなる不安を抱えて発作の誘発を助長する悪循環に陥りがちである。あるいは、症状に悩まされながらも就職活動への影響を嫌うなどして医療へのアクセスを避けていた可能性もある。

いずれにせよ千尋さんがメンタル面に少なからず問題を抱えていた事は、間違いないように思われる。

目撃情報、及び携帯電話の位置情報について

6月9日の朝と夕方に確認された携帯電話の位置情報が、当時のG P Sの精度や、アンテナ間の距離の問題等から誤差は避けられないとしても大まかには正しいとすると、携帯電話は千尋さん失踪の7日夜から8日夜の間に一旦自宅付近に戻り、それから9日夕方までかけて、職場である植物公園のある方向へと移動していった事になる。

その後は携帯電話本体が電池切れを起こしたと考えられるが、7日夜から8日夜にかけての位置情報が感知されていない事は少々不可解である。頻繁な着信を嫌気して、一時的に電源を切っていたのかもしれない。

しかし、9日朝には五日市駅バス乗り場にて、千尋さんらしき女性が疲れた様子で目撃されている事を勘案すると、これは千尋さん本人が二日間、帰宅も出勤も出来ずに自らの足で自宅付近〜職場付近を彷徨い歩いていた可能性が高く、そうであれば解離性遁走の発症が強く疑われる。

何らかの原因で心的ストレスが限界を迎え、心の防衛の必要性から記憶をほぼ失いながらも、わずかな残存記憶を頼りに心当たりのある道筋を徒歩で辿っているという状態が想定されるのである。

自宅や職場の付近では、家族や知人の目にとまる可能性もあっただろうが、まだ情報の回覧が十分では無かった為か、それとも単なる不運によるものか、保護される事がなかったのであろう。

誘拐犯または家出の協力者によって位置情報の偽装工作がされた可能性も無い訳では無いだろうが、失踪の翌々日になって、ようやく自宅付近からの移動開始を偽装するのも非合理的であり、千尋さん本人による移動である可能性が高い。

広島市佐伯区ボランティアセンターでの目撃情報は、失踪から三日目の段階で既に杖を持っている点の違和感から、少なくとも6月10日の目撃情報は別人である可能性が高いように思われる。

6月24日の目撃情報にしても、恐らく解離性障害を発症して自分が失踪者である自覚が無いと思われる千尋さんが顔を隠す必要性が乏しく、やはり別人である可能性が高い。

自発的失踪(家出)であれば顔を隠すのは理解できるが、その場合24日になっても、知人も多く、捜索活動が開始されている事が容易に想像できる佐伯区内に留まっている事は不自然である。

失踪初日である6月7日の段階で、銀行口座や財布、I Cカード残高を空にしてでも出来るだけ遠方へ、可能なら他県へ移動しようと考えるのが家出人であれば自然な心理であろう。

広島市佐伯区植物公園職員失踪事件 真相考察

その日、千尋さんは地毛バス停でひとりになった際、過換気症候群の発作に襲われた。発作自体は命に関わるものではなく、対処方法も学んでいたと思われるが、苦しい療養を続けた末にようやく職を得て、社会人としてやっていける希望を見出し始めた矢先の再発は、彼女の心を再度折ってしまうのに十分であった。

物陰に移動し、何とか症状を落ち着かせて、発作が起きた事と、少し休むので帰りが遅くなる事を家族に伝えようと携帯電話を手にすると、アドレス帳に懐かしい名前を見つけた。あの人は自分の病気のことも、今の自分の置かれた状況も知らないだろう。学生時代の楽しい気持ちのまま話が出来るかもしれない。

しかし、先輩は電話に出なかった。精神的に健康な時分であれば忙しいのだろうか?で済むものも、弱った心では、拒絶されてしまった、迷惑をかけてしまったというネガティブな可能性以外を考えることがどうしても出来なくなっていた。その後先輩からはかかってきた電話には怖くて出られず、恐らく電源ごと切ってしまった。そのとき千尋さんの心の重荷は限界を超え、つらい記憶と共に帰るべき場所の記憶を失くしてしまう。

残された微かな記憶を頼りに、見覚えのある道を歩いてみるが、どこまで歩いても自宅に辿り着くことが出来ない。翌朝、再び携帯電話の電源を入れてはみたが、ロック解除方法等、使い方を思い出すことができなくなっていた。千尋さんは、自分の家はこの近くでは無いのではないかと考え始めていた。

その時、見慣れた極楽寺山が視界に入った。自然を愛する心は忘れていなかった。彼女は人里の喧騒を離れ、心惹かれるまま歩みを進めていった……。

千尋さんが実際に山中に足を踏み入れたかどうかは確証がないが、そうしていたとしても、極楽寺山は登山道も整備され、居住者もあり、失踪三日目以降の千尋さんはかなりの消耗が予想される事から、登山道を外れて山中奥深くまで分け入る体力や気力は残っておらず、従って、現在までには何らかの形で発見されていても不思議ではないように思われる。

記憶を失った若い女性という事で、似たような境遇の人物(家出人等)に保護され共同生活を送っている可能性が高いのではないだろうか。

つらい記憶も失くしているのであれば、自ら死を選ぶ可能性は低いであろうと言いたいところであるが、これはもはや考察というよりは筆者の願いのようなものでもある。

神隠し

現代社会において、失踪事件に対して「神隠し」と呼称することは一種の思考停止、捜査機関の敗北、安易なオカルティズムへの傾倒と看做され、一般的には歓迎される事では無くなっている。

しかしながら「神隠し」の現代における解釈の一つには、閉鎖的なムラ社会での暮らしの中、その生の苦痛から逃亡(隠遁や発狂、自死も含まれる)を図って姿を消す者が現れた際に、ムラ社会の混乱や残された者達の苦痛を和らげる為、悲惨な現実を覆い隠すべく被せられたヴェールであるというものがある。

この中に居る間、失踪者は社会的には死者同然ではあるものの、概念的には不死となる。

縁あって土地神や天狗、あるいは化狐や化狸といった超自然的な「隠し神」の元に誘われてしまったけれど、いつの日か解放されて帰ってくるかもしれない。失踪事件に何らかの決着がつく時まで、関係者はそう希望を持ち続けることができる。

そして実際に失踪者が生きて帰ってきた時には、柳田國男『遠野物語』に収集された民話の一つ「サムトの婆」のように、もはや超自然の一部と見做され排除されてしまう場合もあるにせよ、多くは「異界でのお勤め」から戻ってきたものとして社会復帰が可能だったようである。

民俗学者である小松和彦氏は、著書『神隠しと日本人』の結びで述べている。

ふと私は思った。現代こそ実は「神隠し」のような社会装置が必要なのではないか、と。(中略)疲れ切った私たちに「神隠し」のような一時的に社会から隠れることが許される世界が用意されていたらどんなに幸せなことだろう。(中略)そこから戻ってきたときは、失踪の理由をあれこれ問われることなく再び社会に復帰・再生できるのだから。

小松和彦『神隠しと日本人』角川学芸出版2013.

現代日本において、既に隠し神は死んだ。

そんな事は百も承知ではあるが――千尋さんが「神隠し」のヴェールの中で心癒され、いつか家族の元へ戻る日が来ることを、心から願ってやまない。


<参考資料>
・T V朝日系「A N Nニュース真実の行方『広島・25歳女性行方不明』1 2014年8月12日放送(YouTubeにて閲覧)
広島県警ホームページ
株式会社中国放送(R C C)ニュース特集「バス停からの着信を最後に・・・」娘(25)行方不明 8年帰り待つ母のノート 2022年6月11日
ニュース速報ジャパン「広島市佐伯区で藤野千尋さん行方不明-地毛バス停付近」2014年8月31日
・小松和彦『神隠しと日本人』角川学芸出版 電子書籍版 平成25(2013)年7月15日発行


◆独自視点の行方不明・失踪事件(事案)・平成の事件考察シリーズ


Tokume-WriterWebライター

投稿者プロフィール

兼業webライターです。ミニレッキス&ビセイインコと暮らすフルタイム事務員。得意分野は未解決事件、歴史、オカルト等。クラウドワークスID 4559565 DMでもご依頼可能です。

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