
要約
映画『PERFECT DAYS』は、渋谷区でトイレ清掃員として働く中年男性・平山の規則正しく静かな日常を描いた作品である。物語は大きな事件や劇的な展開よりも、淡々とした生活の積み重ねに焦点を当て、そこに宿る充足と静けさを丁寧に映し出す。欲望や見栄に囚われがちな現代の日常と対比しつつ、「足るを知る」という生き方の可能性を提示する本作から、鑑賞者は自身の幸福の尺度を見つめ直すことになるだろう。
「もっと良い暮らしがしたい」「賞賛の目で見られたい」などなど……
人は基本的に欲張りで見栄っ張りな生き物だ。欲張ることや見栄を張ることそのものは、決して悪いことではない。しかし、行き過ぎると良いことはない。他人を振り回し、自分自身も疲弊してしまうだろう。
今回取り上げるのは、こうした欲を(一見すると)感じさせない人物を主人公とした映画『PERFECT DAYS』だ。
一体どんな映画なのか、本作のファンである筆者の感想を交えながら考えていきたい。
映画『PERFECT DAYS』の作品概要
『PERFECT DAYS』とは、2023年に公開された日本とドイツ合作の映画作品である。監督は、『ベルリン・天使の詩』のヴィム・ヴェンダース。役所広司が主演を務め、実力は俳優である柄本時生が個性的な役どころを担っている。
本作は、渋谷区に公共トイレを設置しようとする日本財団のプロジェクトをPRすることを目的とした作品である。元々は短編映画を想定していたが、ヴェンダース監督が日本の清潔さに感銘を受けたことにより、長編作品として制作されることになった。
東京を舞台としており、公衆トイレ清掃員として働く主人公・平山の生活を素朴に、しかし余韻たっぷりに映し出している。
何か大きなアクションがあるとか、終始目を離せない怒涛の展開であるとか、そうした要素は一切ない。しかし、最後までリラックスしながら鑑賞できる、心愉しい作品である。
あらすじ
主人公の平山は、東京スカイツリーが見えるボロアパートに住む中年男性。渋谷区のトイレ清掃員として働く彼は、日々の目覚めや身だしなみまで、規則正しい生活を送っていた。
毎日トイレをピカピカに磨き上げ、神社の境内で昼休憩を取る。神社に生い茂る木々の木漏れ日を写真に収め、時折、木の芽を家に持ち帰る。休日には古本屋に行き、お気に入りのスナックを訪れる。時折、仕事の後輩・タカシに振り回されることがあるものの、洋楽と本、それに木々を愛する平山の生活は単調だが穏やかで、充実していた。
ある日、彼の元を姪のニコが訪ねてきた。彼女は母親と喧嘩をして、家を飛び出してきたのだった。
彼女の来訪により、平山の生活に変化が訪れることになる。
ゆったりした気持ちで鑑賞できる、心地良い映画
基本的に、心揺さぶられる映画はおもしろい。揺さぶられ方によって好き嫌いは分かれてしまうだろうが、恋愛ものの失恋シーンで心を痛めたり、ホラーやアクション映画などでトラウマを克服する主人公に共感したりと、「心揺さぶられる」ことそのものは、作品への没入感を高める意味でも重要だ。
しかし、感情が大きく動くということは疲労を伴うものでもある。シリアスなシーンが続くものや、戦争をテーマにした映画を見た後に、どっと疲れた経験を持つ人も多いことだろう。
では、『PERFECT DAYS』はどうだろうか。
多少の浮き沈みや、時折襲来する大きなトラブルはあれど、多くの人々は基本的に平坦な日常を送っているはずだ。少なくとも、アクション映画の主人公のように誰かに襲われたり、敵をなぎ倒したり、といった行動を日頃から行っている人は少ないだろう。
本作の主人公・平山も同じである。本作は平山の日々を切り取った作品で、彼のなんの変哲もない生活(つまり、筆者たちと変わらない)を映し出している。むしろ、平山の生活が常に規則正しいが故に、ストーリーとしての抑揚は非常に少ない。
もちろん、平山の平穏を乱すものもある。それは第一に姪・ニコの登場であり、アヤからのキス、タカシの無茶ぶりや急な退職、などが挙げられるだろう。
「平山の平穏を乱すもの」とは言え、その描き方は非常に抑制的だ。顔に戸惑いを表したり、ほんの少しだけニヤついてみたり、声を荒げてみたり、といった程度である。
分かりにくいわけでは決してなく、役所広司の名演技が光り、平山の感情は手に取るように理解できる。その上、描き方が抑制的であるがために、見ている側が平山の感情に引っ張られすぎることはなない。
平坦なテンポで、淡々と語られる物語。こうした映画をつまらないと感じる向きもあるだろうが、本作は退屈な映画では決してない。最後まで飽きることなく、平山の日々心愉しく眺められる。むしろ、登場人物の心の動きに感情を揺さぶられることない分、映画の世界に浸りやすい。
本作は、ストレスを抱えた人、穏やかな気持ちで鑑賞したい人ぜひ見てほしい、心地良い映画なのである。
「足るを知る」:平山の人物像
※注釈:(2025年12月現在)、YouTube(外部リンク:【第1弾】「平山という男は、どこから来たのか」ヴィム・ヴェンダース監督ロングインタビュー『PERFECT DAYS』出典:映画会社ビターズ・エンド)に、平山の過去についてヴェンダース監督が語っているインタビューが投稿されているが、筆者は見ていない。そのため、本編の情報をメインに考察していきたい。
ここからは、平山の人となりについて考えていこう。
平山について、作中で描かれる情報をまとめると次のようになる。性格は非常に几帳面で、自分で決めたと思しき生活のルーティーンを守っていること。古い洋楽と本、木々と木漏れ日を愛していること。それほど関係の良くない妹がいるが、その娘である姪には慕われていること。そして、おそらくスナックのママに好意を抱いているということ……。
平山の後輩であるタカシは、彼のことを「無口だけどいい人」と評している。彼の表面的な性格はまさにその通りで、さらに付け加えるならば「真面目過ぎる」が入るだろう。嫌がる人の多いトイレ清掃の仕事をもくもくとこなし、自作のアイテムも使いながら、見落としがちな部分までしっかりと掃除している。
また、平山の性格の特徴として「多くのものを求めない」ということが挙げられるだろう。立身出世や贅沢な暮らしには興味がないようで、トイレ清掃員であることに満足している。本やカセットテープは大切にしているものの、部屋にある家具は少なく最小限だ。
そして、日々のルーティーンを守り続ける様子から分かる通り、平山は環境の変化を好まない。ニコが平山を海に誘った際のセリフ「今度は今度、今は今」も、それを暗示しているように思える。
人の性格は、生まれ持ったものもあるだろうが、これまで生活してきた環境や生い立ちに大きく影響される。幸せな環境で暮らしてきた人は素直な性格になりやすいだろうし、その逆もまたしかりだ。
現在の平山を培ってきた過去がどのようなものなのか。これについては、作中でほとんど語られることはない。お金に困らない、いわば富裕層出身だということは推測できるものの、どのような経緯でトイレ清掃員になったのかは分からない。ただ一つ、妹との会話を聞く限り、家族内で大きな確執があったことは理解できる。
「足るを知る」という言葉がある。これは自分の現状に満足する心の在り方を表す言葉だが、平山はまさにこれを体現していると言えるだろう。そして、「足るを知る」ようになった理由は過去にあることは明らかで、家族関係がきっかけである可能性が高い。
数少ない平山の欲としては、スナックのママに対する思いが挙げられるだろう。平山はママに対して明らかな好意を抱いており、彼女が男性と抱き合う瞬間を見た際には明らかに動揺し、やけ酒とやけタバコに走っている。
このシーンはエンドロールと深く関係しており、物語の最後に、喜びのような、悲しみのような、複雑な表情を浮かべる平山を見ることができる。これは、「足るを知る」だけではない彼の隠れた一面が見える、趣深いワンシーンだ。
本作はおおむね高評価を受けているのだが、一部で、平山が(それほど所得が高くない)トイレ清掃員で満足し、その様子を肯定的に描いていることに対し批判の声が上がっているようだ。
それを知ったうえでもなお、筆者は本作を快い作品だと感じている。平山が満足していること、希望があること、何より彼の生き方は立派だと思えるからだ。
まとめ
映画『PERFECT DAYS』について、筆者の感想を交えながら考察してきた。
平山の生き方をどう思うか。それは人それぞれで異なるはずだ。置かれた環境や立場によって感想は異なるだろうし、人によっては、鑑賞タイミングによって意見が変わることもあるかもしれない。
だからこそ、環境の変化があったときには改めて鑑賞したいし、してほしい作品だ。再度鑑賞した際には、平山の日常を介して、自分の成長や心の動きを再認識できるだろう。
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