『サイレントヒル』というゲームをご存じだろうか。これは数あるホラーゲームの中でも有名で、シリーズ化されている作品である。また、その人気の高さから実写映画化もされている。
『サイレントヒル』シリーズは原作ゲーム・実写映画共に、読み解きがいのある作品だ。そして、ホラー特有の恐怖感(しかもかなり強め)と共に、切なさや哀愁を感じさせるシナリオが多い。
この記事では、映画『サイレントヒル』を、原作ゲームを交えて解説していきたい。見る人を悩ませる映画のラストシーンや、キーワードである「母」という言葉について触れていくので、映画鑑賞後に、ぜひ読んでみて欲しい。
『サイレントヒル』の作品概要
ここでは、『サイレントヒル』の原作ゲームと映画双方の作品概要について紹介していきたい。
『サイレントヒル』原作・ゲーム版
ゲームの『サイレントヒル』は、大手ゲーム会社のコナミが発売したホラーゲームである。1999年にPS向けに発売したものをきっかけとしてシリーズ化され、その数は9作品にも上る。さらには、新作が発売されることも決定済みだ。
本シリーズの特徴は、ラジオのノイズや色合いを用いた精神的恐怖を煽る演出や、登場するクリーチャーの不気味さにある。主人公がさして強い訳でもないため、クリーチャーに迫られたときの恐怖感は凄まじい。
その中で、根強いファンを抱える名物クリーチャーが生まれてきた。 幽霊やゾンビとは違う恐怖感を与えるゲーム。それが、『サイレントヒル』なのである。
映画『サイレントヒル』
映画『サイレントヒル』は、2006年に公開されたホラー映画である。ゲーム版『サイレントヒル』を原作とし、踏襲している設定やクリーチャーが多く登場するものの、「霧」を「灰」に変更するといった細かな違いも見受けられる。
監督は、日本の漫画やゲーム好きで知られるクリストフ・ガンズ。主演は、『ネバーランド』などに出演したラダ・ミッチェル。彼女は娘のために恐怖と闘う「母」を、見事に演じ切っている。
ゲームや漫画を原作とした映画は、時として駄作になりがちだ。しかし、本作はそうではない。ゲームを軸に独自の設定を交えながら、ホラー映画として申し分のないものに仕上がっている。
ゲームや漫画を原作とした映画は、時として駄作になりがちだ。しかし、本作はそうではない。ゲームを軸に独自の設定を交えながら、ホラー映画として申し分のないものに仕上がっている。
本作を見るにあたっては、特にゲームをプレイする必要はない。しかし、原作を知っておけば、より深い楽しみが生まれるだろう。
映画『サイレントヒル』あらすじ
ローズとクリストファーの養女であるシャロンには奇妙な癖があった。夜な夜な夢うつつの状態で家を抜け出し、「サイレントヒル」を求めて歩きまわるのだ。2人はシャロンを病院に連れていくなどしたが、シャロンの夢遊病はどうしても治らない。
シャロンの話す「サイレントヒル」が街の名前であることを知ったローズは、単身シャロンを連れ、サイレントヒルに向かうことを決める。 サイレントヒルに向かう道中、ローズは警察に追われ、電柱に追突。気絶してしまった。次に目を覚ましたとき、彼女は白い灰が降り注ぐゴーストタウンにいることに気が付いた。
「ずれた世界」を描く
本作は、「サイレントヒル」という街を舞台にした物語だ。作中の出来事のほとんどはサイレントヒルで起こったこと/起こっていることである。ローズはサイレントヒル内でシャロンを探して回り、彼女の夫であるクリストファーもまた、サイレントヒルでローズを探しているのだ。
しかし、同じ場所にいるはずの2人は出会うことができない。それは、サイレントヒルという街が、2つの世界に分裂してしまっているからだ。
これは、原作ゲームの設定を踏襲したものだ。『サイレントヒル』シリーズには、「現実世界」と「表世界」、さらに「裏世界」という概念が存在している。1つ1つを見ていこう。
「現実世界」は言うまでも無く、私たちが暮らしている本当の世界である。不気味なクリーチャーに遭遇することは無い。
「表世界」は、現実世界によく似た世界だ。現実世界と混同されやすいが、霧(映画では灰)に包まれているという特徴がある。また、現実ではありえない異変が起こることもある。
「裏世界」は、完全な異世界であり、現実からは乖離した世界だ。血や鉄、錆、不潔さに満ちており、至る所にクリーチャーが跋扈している。表世界と裏世界は密接に繋がっており、互いに行き来することが特徴だ。
映画版の登場人物であるローズとシャロン、それに加え警官のシビルは、事故をきっかけとして、灰が降り注ぐ表世界のサイレントヒルに迷いこむことになる。
しかし、クリストファーが訪れたサイレントヒルは、表世界でも裏世界でもない。坑道火事によってゴーストタウンと化した、現実世界のサイレントヒルである。そのため、彼はクリーチャーに襲われることは無い変わりに、ごく近くにいるはずの妻を視認することもできない。
それでも、クリストファーはローズの気配、特に香りを感じとることができた。さらに、激しいノイズにより意思疎通が難しいものの、電話でコンタクトを取ることもできる。これは、異世界(表世界と裏世界の両方を含む)と現実世界がリンクしていることの証拠である。2つの世界は隔絶しておらず、「ずれて」いるだけなのだ。
「ずれている」という考え方。これは意外と重要だ。帰れそうで帰れない。そこにいるのに認識できない。恐怖感と同時に切なさやもどかしさが襲ってくる。また、現実世界とは完全に違う異世界に入った場合と比べると、より想像がしやすくリアルでもある。
子供の時、他より暗く、じっとりと湿っている空間に興味を惹かれた経験はないだろうか。その場所が、異世界に繋がっている可能性はゼロではないのである。
ラストシーンについて
※映画『サイレントヒル』”のストーリーの核心部分にあたるネタバレが含まれています。
本作で最も意見が分かれ、見る人を悩ませるのは映画のラストシーンだろう。ラストシーンでは、シャロンを救い出したローズが自宅に帰るという描写がなされている。家は清潔で快適そうだ。
ただ一つの問題は、その空間が全体的に白っぽいということだ。サイレントヒルのように灰が降っているかどうかははっきりしないが、現実世界の色味とは大きく異なるのである。
クリストファーがローズの雰囲気を感じ取り、勝手に空いた扉を気にしていることを踏まえて考えると、2人は現実世界に帰還できていないのだ。
その理由を考えてみると、サイレントヒルを異界化させた張本人であるアレッサに思い至る。
アレッサは憎しみの力で悪の心を分離させ、悪魔であるダークアレッサを作り上げた。ダークアレッサはその力で異世界を作りだし、自身を生み出すきっかけとなった人々を閉じ込めたのである。
また、アレッサは憎悪だけでなく、善の心も分離させている。その存在こそが、シャロンである。ローズとクリストファーに愛されて育ったシャロンは、その実、産まれながらに異世界版サイレントヒルの人間なのだ。
映画終盤、アレッサ(本体)が復讐を遂げる中、ローズはシャロンを抱きしめながら、その目を指で塞いでいる。しかし、シャロンはローズの指の隙間からニヤリと笑うダークアレッサの顔を見てしまった。
注意深く見ていると、これ以降シャロンの描写が変化することが分かるだろう。子供らしく叫び、母を求めるシャロンから、無口で無表情なシャロンに変化するのだ。
ローズと共に教会を立ち去るとき、シャロンはダリア(アレッサの母)に意味深な視線を向ける。一言では表せない、複雑な感情を抱えた目線だ。
ダークアレッサはおそらく、シャロンの中に入り込んだのだろう。元々は同一人物であるため、その融合は容易なはずだ。また、その母であるローズも、その体にダークアレッサを受け入れた人物である。
ダークアレッサは、異世界状態のサイレントヒルを作り上げた、街と密接に結びつく人物だ。その繋がりは、他者と共存したところで消えないはずだ。だからこそ、ローズとシャロンは異世界に取り込まれたままなのだろう。
「母」というキーワード
最後に、本作のキーワードである「母」について触れていきたい。
本作には、主に3種類の「母」が登場する。1つ目は、意地でも娘を助けようと奮闘する愛情深いローズである。ローズは娘への愛情をよりどころとして、どんな恐怖にも打ち勝つ強さを持っている。物語の中に「子供にとって母親は神」というセリフがあるが、それを体現するような人物だ。
2つ目は、アレッサ(本体)の生みの親であるダリアだ。ダリアはアレッサを深く愛してはいるものの、周囲の環境に押し負けてしまう弱さを持っている。こう聞くとダメな母親と感じてしまうかもしれないが、あくまで「人間的」であるだけだ。
そして最後は、異世界版サイレントヒルの人間たちをまとめる女性・クリスタベラだ。彼女は先の2人とは違い、宗教的な「母」である。その性格は狂信的で残酷だ。そして信徒(子)たちは、彼女に盲目的に従っている。
この3人の結末は言うに及ばずだが、特にダリアの結末は興味深い。
ダリアはアレッサの母であるため、異世界のクリーチャーに襲われることは無い。それは、アレッサが母親に向ける愛情の現れともとれるが、「最後の情」と取ることもできる。
アレッサにとってダリアは愛しい母であると同時に、彼女の悲惨な境遇を招いた人物でもある。ローズのようにアレッサに降りかかる惨劇を力づくで振り払うこともせず、周囲の声に流されてしまったからだ。
だからこそ、彼女は孤独なままだ。皆が殺されても彼女は生き延びる。ただそれだけだ。 「子供にとって母とは……」。物語の中で一応の結論は出ているが、本作で描かれる「母」という概念は複雑なものなのである。
まとめ
映画『サイレントヒル』について、ゲームを絡めて解説してきた。本作はホラー映画の中でも良作に入り、原作ファンのみならず、多くの人から高評価を受けている。
また本作は、見るごとに受ける印象が大きく変わる作品でもある。最初はクリーチャーの不気味さに慄き、2回目はローズやシビルの強さに目を奪われ、3回目にようやく細部を見られる、といった具合だ。
ゲームや漫画を原作とした映画を好まない人がいることは知っている。原作ファンにとっては改悪される場合も少なくないし、原作を知らない人からすれば置いてけぼりにされる可能性が高いからだ。
本作は、そんな人にこそ見て欲しい作品だ。ホラー映画として面白いのは勿論、原作ファンには嬉しい小ネタが散りばめられているからである。 幽霊やゾンビとは少し違う恐怖感を、本作で味わってみて欲しい。
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