映画『リアリティ』の考察:リアリティ・ウィナーとナウシカの正義感

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映画『リアリティ』(原題:Reality)は、実際のアメリカ国家安全保障局の25歳の契約社員、リアリティ・ウィナーによる情報漏洩事件のFBI尋問音声記録をほぼリアルタイムで完全再現するという挑戦的な高評価を得ている心理スリラーである。

日常をSNSに投稿する現代の若者であり、日本のサブカルチャーや動物を愛する彼女が抱えていた「正義」とは何か。その知られざる実像が異常な緊張感をもって事件の真相とともに明らかにされる。

映画『リアリティ』概要

2023年に公開された本作は、高度に訓練されたFBI捜査官と尋問を受ける25歳の女性の心理戦を描いたワンシチュエーション映画である。

主演:シドニー・スウィーニー

シドニー・スウィーニーは『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』や『ユーフォリア/EUPHORIA』で注目を集め、エミー賞にもノミネートされた実力派俳優である。彼女は映像プロダクションを設立し、製作にも携わっている。

巧みな話術で事実を聞き出そうとするFBI捜査官に徐々に追いつめられるリアリティを演じたシドニー・スウィーニーの静かな演技は秀逸である。彼女の表現力豊かな表情と演技が、限定された空間と登場人物で構成される映画『リアリティ』の緊迫感を一層高めている。

脚本・監督:ティナ・サッター

脚本・監督のティナ・サッターは演劇および映画の脚本家・演出家であり、2021年秋に自身のブロードウェイ・デビュー作を映画化した『リアリティ』で長編映画デビューを果たした。

彼女は緊張感溢れる設定を通じて観客を物語の中に深く引き込む手法で高く評価されている。

あらすじ:突然の転機とFBI音声記録

2017年アメリカ。リアリティ・ウィナーが買い物から帰宅すると、見知らぬ2人の男性(ギャリック特別捜査官とテイラー特別捜査官)に声をかけられる。彼らは笑顔で自らをFBI捜査官と名乗り、ある事件に関する捜査を行っていると告げる。

高度な尋問訓練を受けていると思われるギャリック特別捜査官とテイラー特別捜査官は、リアリティの心を懐柔するかのようにペットの話などを気さくで穏やかな口調で繰り返し、何気ない質問を続ける。

全面的に協力する素振りを見せるリアリティとFBI捜査官の会話は、徐々にある衝撃の真相へと切り込んでいく。

出典:シネマトゥデイYouTubechannel

リアリティ・リー・ウィナーのプロフィール

ウィナーはテキサス州で生まれ育ち、高校でラテン語とアラビア語を学んだ。9月11日の同時多発テロの後、彼女はアラビア語を学ぶことを決意し、2010年から2016年まで米国空軍に勤務した。

フォートミードで暗号言語学者として働き、ペルシア語、ダリー語、パシュトー語に堪能で、無人偵察機プログラムに配属された。

2018年、元NSA翻訳家である彼女は、2016年の米国選挙へのロシアの干渉に関する諜報報告を漏洩した政府情報をメディアにリークした罪で、同罪での史上最長の懲役(刑連邦刑務所で5年3ヶ月の刑)が宣告を言い渡された。

逮捕と裁判

2017年6月3日、軍事請負業者プルリバス・インターナショナル・コーポレーションに雇用されていたウィナーは、ニュースサイト「The Intercept」にロシアの選挙干渉に関する諜報報告書を漏洩した容疑で逮捕された。

この報告書には、ロシアのハッカーが電子メールフィッシング作戦で米国の有権者登録投票にアクセスしたことが示されているが、具体的な変更が加えられたかは不明であった。 2018年8月23日には、「政府施設から機密資料を持ち出し、報道機関に郵送した」罪で有罪判決を受け、5年3ヶ月の懲役刑を言い渡された。

リアリティ・ウィナー事件の背景

2017年に米国家安全保障局(NSA)の契約社員であった25歳のリアリティ・ウィナーが逮捕されたリアリティ・ウィナー事件の罪状は国家機密の漏洩である。

彼女は2016年のアメリカ大統領選挙へのロシアのハッカーによる介入疑惑に関する報告書をメディアにリークしたとされる。

リアリティ・ウィナーがリークした資料は、アメリカのニュースサイト「The Intercept」によって公表された。この資料は、2017年に公開され、ロシアが2016年のアメリカ大統領選挙に干渉した疑いがある内容を詳述している。

公開された記事は、国家安全保障局(NSA)の内部報告書を基にしており、ロシアのハッキング活動に関するものである。この報告書には、アメリカの選挙インフラへのロシアによる具体的な侵入試みが記述され、ロシア政府がトランプ大統領の誕生を画策した可能性が示唆されていた。

この事件のニュースは世界中で大きな波紋を呼び、アメリカの政治状況にも影響を与えた。

リアリティ・ウィナーは情報漏洩罪で起訴され、有罪判決を受けた。彼女は「第2のスノーデン」として広く注目されることとなったが、彼女の行動の評価には意見が分かれている。一部では、彼女を情報の自由と透明性を守ろうとする勇敢な告発者と見る向きもある。

2016年のアメリカ大統領選挙

2016年のアメリカ大統領選挙中にロシア政府による介入疑惑が浮上し、国際的な注目を集めた。この疑惑は、ロシアがサイバー攻撃や情報操作を通じて選挙の結果に影響を与えようとしたというものであり、主に民主党の国家委員会(DNC)の電子メールサーバーがハッキングされ、その情報がウィキリークスを通じて公開されたことが発端とされる。

ハッキングされたメールには、民主党内の高官たちがヒラリー・クリントン候補を支持し、バーニー・サンダース候補を不利に扱っていたことが示されており、これが公になることで民主党に対する信頼が損なわれた。

この事件は、選挙運動の透明性と公正性に対する疑問を投げかけ、アメリカ国内の政治的分裂を一層深める結果となった。

アメリカの情報機関は、このサイバー攻撃がロシア政府の指示のもとに行われたと結論付け、ロシアがアメリカの政治システムを不安定にし、特定の候補者を支援することを目的としていたと発表した。

これにより、アメリカとロシア間の外交関係にも緊張が走り、国際的な政治情勢にも影響を与えることとなった。この事件は、選挙介入という形での国際的なサイバー攻撃のリスクを世界に示し、各国が選挙のセキュリティ強化とサイバー防衛の重要性を再認識するきっかけとなった。

また、情報戦が現代の国際政治において重要な要素であることを改めて浮き彫りにした。流出したメールには、民主党高官が予備選挙でヒラリー・クリントンを支持し、バーニー・サンダースを不利に扱っていたことが示されていた。

この情報は選挙キャンペーンに大きな影響を与え、クリントン候補のイメージを損ない、間接的にドナルド・トランプ候補に有利に働いたとされる。これらの出来事は、選挙への公平性や信頼性に対する疑問を投げかけ、特にクリントン候補へのネガティブな印象を強める効果があったと考えられ、 アメリカの情報機関はこれらの活動がロシア政府の支援を受けていたと結論付け、選挙介入として広く非難された。

アメリカの政治不信・選挙不信

トランプ大統領は2020年の選挙で敗北すると、選挙における広範な不正があったと主張し、これが陰謀論を助長する形となった。

この主張は、具体的な証拠が提供されていないが、その後も多くの支持者に受け入れられアメリカ国内での政治不信を一層深めた。

トランプ大統領の不正選挙の主張は、政治的な信用を失墜させる可能性があると同時に、民主主義の基本である選挙の透明性や正当性に対する国民の信頼を損ねる結果となった。

特に、2021年1月6日に起きたアメリカ合衆国議会議事堂への暴動は、選挙結果への不満がどのように暴力的行動につながる可能性があるかを示す悲劇的な例である。

この事件は、選挙の結果に対する不正確な情報がどれほど深刻な社会的、政治的影響を引き起こすかを浮き彫りにした。

リアリティ・ウィナーの評価

リアリティ・ウィナーが関与した事件は、2016年のアメリカ大統領選挙におけるロシアの干渉疑惑、通称「ロシアン・ゲート」と密接に関連している。

リアリティ・ウィナーの事例は、「ロシアン・ゲート」という大きな政治的事件の中で、情報の流出が広範囲な影響を及ぼす事例として重要である。

彼女の行動により得られた情報が選挙介入の実態を明らかにする手がかりとなったのである。彼女がリークした報告書には、ロシアの軍事情報部がアメリカの投票システム関連企業に対するサイバー攻撃を実施し、その後、アメリカ国内の選挙当局者にフィッシング攻撃を行ったという内容が記載されていた。

彼女が漏洩させた情報は、「ロシアン・ゲート」の調査において重要な証拠の一つとなり、公になることでロシアによる選挙介入の具体的な手法とその影響範囲についての理解を深めることに寄与した。 これはアメリカ国内外での政治的議論を加速させ、選挙のセキュリティと外国による干渉への対策の必要性が広く認識されるきっかけともなった。

リアリティの動機とナウシカ

FBI尋問音声記録をほぼリアルタイムで完全再現した映画『リアリティ』から、リアリティ・ウィナーという生身の25歳女性の一面を垣間見ることができる。映画は彼女の日常生活や趣味を通じて、人間味あふれる側面を描き出している。

そこには、日常の出来事をSNSに投稿する彼女、動物好きで犬や猫をかわいがる彼女、日本のサブカルチャーを好む彼女がいる。

FBIが押収した彼女のノートには、『風の谷のナウシカ』の主人公ナウシカが落書きされていた。映画『リアリティ』では、彼女が国家機密情報をメディアにリークした動機や報酬を得た描写は描かれていない。

映画『リアリティ』では、彼女の動機は描かれていないが、筆者は彼女が描いたナウシカの落書きにその答えを見出す。ナウシカのような強い正義感と自己犠牲の精神、自然や生き物への愛、反権力の姿勢が彼女の行動に影響を与えた可能性が高い。ナウシカの落書きは、彼女の内面的な価値観や信念を象徴していると考える。

ナウシカの姿を描くことで、彼女は自身の行動の動機や正当性を再確認していた可能性がある。つまり、ウィナーにとってナウシカは、正義を追求し、困難に立ち向かうための精神的な指針であったのかもしれない。

リアリティ・ウィナーの動機は、『風の谷のナウシカ』の主人公ナウシカのような強い正義感と自己犠牲の精神、自然や生き物への愛、そして反権力の姿勢に根ざしている可能性が高い。

彼女がナウシカの落書きを残したことは、自らの行動に対する信念や正当性を象徴的に示すものであり、彼女の動機を理解する上で重要な手がかりを示唆するだろう。


◆参考資料
映画「リアリティ/REALITY」公式サイト(株式会社トランスフォーマー)


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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