事件:消えた30万ドル チューリッヒから羽田へ

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1971年(昭和46年)9月16日、東京銀行の職員らはスイス連邦銀行から送られてきたロウ封印の段ボール箱を開封した。

この箱には国内のドル紙幣補充用の30万ドル(当時約1億円)が収められているはずだった。しかし、箱の中にはドル紙幣ではなく、フランスの新聞紙が詰められていた。新聞には日付部分が切り取られ、証拠隠滅が意図された痕跡が見られた。箱の外観と重量が元の状態と一致していたため、犯行は高度に計画されたものと考えられる。

この30万ドル盗難事件は、当時の空輸を利用した世界最高額の窃盗事件とされ、スイス、ドイツ、アメリカ、日本の空港を舞台に展開された。特に箱が封印されたまますり替えられていたことから、空輸中に犯行が行われたと推測された。

事件の背後には国際的な犯罪ネットワークや内部関係者の関与が疑われ、国際刑事警察機構(ICPO)も捜査に加わった。本稿では、この事件の詳細と示唆について解説する。

※記事中の国名、銀行名等は事件当時の名称です。

事件概要

事件の発端は、1971年9月8日(日本時間と思われる)、東京銀行本店がスイス連邦銀行に30万ドルの出金と日本への輸送を電報で依頼したことから始まる。

依頼を受けたスイス連邦銀行は東京銀行の口座にある30万ドルを引き出し発送状をつけ9月13日(日本時間だと思われる)チューリッヒ空港から羽田国際空港への空輸を手配した。

30万ドルの現金は、100ドル札と20ドル札を15万ドルずつにわけ、縦40cm/横25cmと縦25cm/横20cmの二つのダンボール箱に入れたといわれる。現金入りの2つの箱はロウづけされた赤色のテープで封印されそのうえから梱包されていた。

2つの現金入りダンボール箱の重量は約12キロだった。

この30万ドルが空輸中に消失した事件は、1971年9月17日付の各紙で大々的に報じられた。

『空輸の紙幣30万ドル消える』(毎日新聞)
『空輸30万ドル(約1億円)紙クズに化ける』(読売新聞)
『スイスですりかえか30万ドル蒸発』(朝日新聞)

これらの報道により、事件は大きな関心を集めることとなった。

事件発覚:羽田空港

9月14日18時20分、2つの現金入りダンボール箱を積んだJAL434便が羽田国際空港に到着した。同空港に到着した2つのダンボール箱は、翌日15日が敬老日の休日(銀行休日)となるため空港内の保税倉庫(貴重品金庫:管理は民間業者)に保管された。

9月16日11時46分頃、東京銀行本店出納係職員の立ち合いのもと倉庫を管理していた民間業者職員が2つのダンボール箱を開封する。

開封された2つのダンボール箱には現金30万ドルの代わりに同重量(約12キロ)のヘラルド・トリビューン紙(日付部分は切られていた)と銀紙が入れられていた。それは事件が発覚した瞬間だった。

銀行職員から通報を受け現場に到着した警視庁捜査3課の刑事たちは、2つのダンボール箱に開封された跡がないこと(封印が解かれていない)、封印にチューリッヒの文字が認められたが色合いが少し薄いことなどを確認し、2つのダンボール箱は日本到着後から発覚までの約2日間に開封され中身が盗まれたのではなく、空輸中に箱ごとすり替えられたものと推測し、ICPO(国際刑事警察機構)に捜査協力を依頼した。

なお東京銀行は30万ドル引き出しに係わる費用(約1億100万円)の決済を東京銀行信託会社本店(ニューヨーク所在)で行う予定だった。しかし、同銀行は東京海上火災保険と保険契約を締結していたため実害はない。

30万ドルの飛行ルート

現金30万ドルを収めた2つの段ボール箱は、1971年9月13日にスイスのチューリッヒ空港を出発したスイス航空便で西ドイツのフランクフルト空港に到着した。フランクフルト空港で日本航空(JAL)便に積み替えられ、アメリカ・アラスカ州のテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港に到着。その後、再びJAL434便に積み換えられ、9月14日18時20分に羽田国際空港へ到着した。

当初、この謎の多い事件はチューリッヒ空港(スイス)かフランクフルト空港(西ドイツ)でダンボール箱のすり替えが行われたのではないかと報道されている。

その理由は(1)ダンボール箱に(色合いがやや薄いので偽造の可能性はあるが)チューリッヒの封印(検印)がある(2)アンカレッジ空港での積み換え時間は短時間だった。

事件は欧州を舞台にする国際犯罪集団が関与しているのではないか?空港職員に内通者がいるのではないか?輸送ルートと輸送品(現金30万ドル)を知る銀行関係者、輸送関係者などが関与しているのではないか?等の憶測を呼んだことは容易に想像できる。

逮捕された犯人

1971年10月12日(現地時間と思われる)西ドイツフランクフルトAFP(フランス通信社)は30万ドル盗難事件の容疑でフランクフルト空港職員2名を逮捕したと報道した。

報道によれば現地警察(西ドイツ警察)は盗まれた30万ドルのうち約27万ドルを回収したともある。

逮捕されたフランクフルト空港職員のうち1名はJAL勤務と報道されていることから当初の推測どおり内部の者が事件に関与していたことが明らかになった。

同報道によれば既に2人は保釈(詳細は不明)されたとある。また確認できた範囲で逮捕された2人のその後に関する報道及び他の共犯者の有無、背後関係などの報道は認められず事件の全容を知ることはできなかった。

まとめ

1971年、ニクソン・ショック(ドル・ショック)による国際経済の混乱が広がる中、30万ドルを含む段ボール箱が空港で大胆にもすり替えられるという前代未聞の犯罪が発生した。この事件は国際的な注目を集め、当時としては非常に高額な現金がターゲットとなったことからも、犯罪史に残る出来事といえる。

この30万ドル入りの段ボール箱のすり替え事件について、東京銀行側はニクソン・ショックとの関連性を否定する発表を行ったが、背景には国際的なドル不足や為替レートの不安定さが影響していた可能性が指摘されている。また、事件の発生地となった空港のセキュリティ体制の脆弱さや、関係者が多国籍にわたって関与した疑いも、事件を一層複雑で謎めいたものとしている。

事件の捜査では、フランクフルト空港の職員2名が逮捕され、30万ドルのうち約27万ドルが回収されたことが報じられたが、彼らがどのようにしてこの犯罪を計画・実行したのか、そして他に共犯者がいたのかについては明確にされていない。さらに、逮捕された2名が保釈された後の動向やその後の人生についても情報は乏しく、事件の背後にある全貌を明らかにするには至っていない。

国境を越えたこの大胆な犯罪は、多くの謎を残したまま歴史の中に埋もれていったが、その大胆さと計画性から、現代においても興味深い事例として語り継がれている。犯人たちがどのような経緯でこの犯行に至ったのか、そしてその後の人生がどう展開したのかを追うことは、国際犯罪の解明に向けた研究において重要なテーマとなるであろう。


◆参考文献・資料
『空輸の紙幣30万ドル消える』毎日新聞1971年9月17日付
『空輸30万ドル(約1億円)紙クズに化ける』読売新聞1971年9月17日付
『スイスですりかえか30万ドル蒸発』朝日新聞1971年9月17日付
『空港職員(フランクフルト)を逮捕』毎日新聞1971年10月13日付


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste Roquentinは、Albert Camusの『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartreの『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場する主人公の名を組み合わせたペンネームです。メディア業界での豊富な経験を基盤に、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルチャーなど多岐にわたる分野を横断的に分析しています。特に、未解決事件や各種事件の考察・分析に注力し、国内外の時事問題や社会動向を独立した視点から批判的かつ客観的に考察しています。情報の精査と検証を重視し、多様な人脈と経験を活かして幅広い情報源をもとに独自の調査・分析を行っています。また、小さな法人を経営しながら、社会的な問題解決を目的とするNPO法人の活動にも関与し、調査・研究・情報発信を通じて公共的な課題に取り組んでいます。本メディア『Clairvoyant Report』では、経験・専門性・権威性・信頼性(E-E-A-T)を重視し、確かな情報と独自の視点で社会の本質を深く掘り下げることを目的としています。

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