風呂場に見知らぬ男性の遺体

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無関係な「死体」が自宅の浴槽に「在る」。「死体」を発見した家人は、この突然の得体の知れない恐怖に震えただろう。

警察が到着するまでの時間は永遠にも感じられただろう。誰もが現実感を失い、ただその異様な光景を凝視するしかなかっただろう。

玄関の靴、脱衣所の服、そして浴室に横たわる冷たい「死体」。

この男はどこから来て、なぜここで息絶えたのか。警官たちは手がかりを探す。シャワーはつけっぱなしだ。水音が彼の最後の行動の謎を深める。

安部公房の小説『無関係な死』(新潮文庫,1974.)を連想させる不条理。一つの「死体」が生きた人間たちを追いつめる。

本記事は、2015年に発生した見知らぬ男性の遺体事件を詳述するものである。

事件概要

2015年8月15日の夜。東京都内の静かな住宅地。その一角の民家で異様な事件が起きた。

家の住人ではない男が、風呂場で全裸のまま冷たくなって見つかったのだ。

警視庁の報告によれば、同日21時30分頃、板橋区双葉町の住人から「何者かが風呂場に倒れている」との通報が入ったという。

到着した警官たちが目にしたのは、玄関に靴を脱ぎ、脱衣所には衣服がきちんと畳まれた男の着衣。そして風呂場には、全裸で息絶えた男の「死体」があった。浴室のシャワーはついたままだった。

「死体」の身元判明は容易だった。脱衣所に畳まれていた衣類に書かれていた名前から、「死体」の身元が判明した。生前、埼玉県志木市に住む36歳の男だった。また、彼は統合失調症の治療中だったことが判明した。

彼は、事件前日の2015年8月17日、埼玉県内で家族と買い物中に行方不明になり、捜索願が出されていた。

民家で見つかった「死体」には目立った外傷がなく、死因は分かっていない。靴は玄関に脱いであり、侵入時間、侵入の意図、その経緯も不明だ。

警視庁は、男が何らかの理由で住宅に侵入し、風呂に入っている最中に命を落としたとみて、その死因を追っていると報道されたが、その後の報道はない。

このことから発見された「死体」に事件性はなかったと推察される。

事件考察

「死体」が発見された東京都板橋区内の民家は、東武東上線「中板橋」駅から東に直線距離で約400メートルの場所に所在する。

東武東上線は、豊島区池袋から練馬区の「成増」駅、埼玉県朝霞市の「朝霞」駅、生前の彼の居住地である埼玉県志木市の「志木」駅を経て、埼玉県大里郡寄居町の「寄居」駅までを結ぶ路線だ。

彼が2015年8月17日の何時頃から行方不明になったのかは定かではないが、東武東上線を利用し、「中板橋」駅に降り立った可能性は高い。

彼は「中板橋」駅付近の公園、石神井川沿い、ビルの非常階段などで一夜を明かしたのだろうか。それともネットカフェなどに泊まったのだろうか。ネットカフェに泊まったと考えるなら、繁華街の「池袋」駅近辺が妥当だが、真相は闇の中だ。

◆地図は、東武東上線『中板橋』駅周辺

また、彼は何時頃に事件現場に侵入したのだろうか。事件現場を自宅と間違え「帰宅」したと仮定するならば、夕方から事件発覚の21時までの時間だろうか。

詳細不明な点は多いが、彼は自宅に帰ろうとした。しかし、何らかの突発的な理由で「死体」になってしまった。そう考えると、「死体」は物から人へと生き返る。

『無関係な死』と人々の反応

客が来ていた。そろえた両足をドアのほうに向けて、うつぶせに横たわっていた。死んでいた。

安部公房『 無関係な死・時の崖』新潮文庫 (p.159). 新潮社. Kindle 版.

戦後日本を代表する作家・安部公房の短編『無関係な死』は、仕事から帰宅した主人公がアパートの部屋で見ず知らずの「死体」に追いつめられる様子を描いた傑作だ。

しかし、主人公は追いつめられながらも「出口」を知っている。一番の問題は、その「出口」を通過する際に、他人から通行証明を求められることだ。つまり、死体と無関係であること、無罪であることの証明書を他人に提示し、その真偽を第三者に委ねる。

主人公の問題はフランツ・カフカの『掟の門』(『道理の前で』)と似ているが、本質的には異なる。カフカは「自分」に入れず、安部公房は「他人」から出られない。

今回の事件の「死体」は、事件を知り、それをわが身に置き換えた人々から「出口」を奪うのだろうか。SNSやネット掲示板に残された書き込みを読むと、想定外の「死体」に対する恐怖が多く語られている。

しかし、「出口」に関する恐れは見当たらない。それは、自分が提示した通行証明書を他人が正しく判断することを前提として成り立っている社会だからだろう。

まとめ

本事件から考えられる教訓は、精神的な問題を抱え、自傷や他傷の虞がある特異行方不明者の早期発見と、予想外の犯罪や事件現場に巻き込まれた際の対処方法である。

これらは行政機関だけの問題だけではない。特異行方不明者に対する社会全体の取り組みや、犯罪に巻き込まれたときに信用できる行政(警察)と社会の確立が求められる。

さらに、この事件は日常の平穏が一瞬で崩れることの恐ろしさを教えてくれる。私たち一人ひとりが、防犯意識を高め、異常事態に対する迅速な対応力を身につけることが重要である。

また、精神疾患に対する理解と支援の充実も欠かせない。本事件は、社会全体で取り組むべき課題が浮き彫りになった事件といえるだろう。


◆参考資料
『自宅浴室に見知らぬ男性が全裸で倒れていた…真夏のミステリアス事件にネット騒然』J-CASTニュース2015年8月19日配信


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste Roquentinは、Albert Camusの『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartreの『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場する主人公の名を組み合わせたペンネームです。メディア業界での豊富な経験を基盤に、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルチャーなど多岐にわたる分野を横断的に分析しています。特に、未解決事件や各種事件の考察・分析に注力し、国内外の時事問題や社会動向を独立した視点から批判的かつ客観的に考察しています。情報の精査と検証を重視し、多様な人脈と経験を活かして幅広い情報源をもとに独自の調査・分析を行っています。また、小さな法人を経営しながら、社会的な問題解決を目的とするNPO法人の活動にも関与し、調査・研究・情報発信を通じて公共的な課題に取り組んでいます。本メディア『Clairvoyant Report』では、経験・専門性・権威性・信頼性(E-E-A-T)を重視し、確かな情報と独自の視点で社会の本質を深く掘り下げることを目的としています。

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