ご注意:この記事には、映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のネタバレが含まれています。
第95回アカデミー賞7冠を受賞した映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、マルチバース(「私」たちが住む宇宙・地球の他にも多くの宇宙・地球があり、多くの宇宙のなかに多くの「私」たちがいるという仮説)を舞台に、一人の人間の可能性や家族の絆、多様性の世界などをテーマにする上映時間140分のSFヒューマンコメディ映画です。
マルチバースの「私」は、どんな人生を歩んでいるのだろうか?「私」にも他の選択があったのにな。他の選択をしていたら「私」はどうなっていたのだろう。そんなことを考える人は多いことでしょう。
アジア系(女性)初となるオスカー受賞は、21世紀の世界を象徴する出来事のようでした。
映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の解説と主演女優賞に輝いたミシェル・ヨーと助演男優賞のキー・ホイ・クァンのスピーチなどを取り上げながら2023年春の話題映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を語りたいと思います。
作品概要
2022年にアメリカで公開され、日本では2023年3月に全国公開された映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、過去に『エクス・マキナ』、『複製された男』、『ミッドサマー』などの話題作を手掛けた「A24」が製作し、メガホンと脚本は『スイス・アーミーマン』などを手がけたWダニエルコンビ、主演は『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』や『グリーン・ディスティニー』のミシェル・ヨー、共演には『グーニーズ』のキー・ホイ・クァン、『ハロウィン』シリーズのジェイミー・リー・カーティスなど、若手からベテランまでが布陣を固めています。
小さなプロジェクトから始まった本作は、全米上映後に評判が広がり、ゴールデングローブ賞主演女優賞をはじめとする多数の賞を獲得しました。そしてアカデミー賞では11部門にノミネートされ、作品賞、監督賞を含む7部門で受賞する快挙を成し遂げました。
映画のストーリーは、コインランドリーを経営する平凡で地味な母親エヴリンが幾多の可能性がある「マルチバース」で戦うヒロインものです。
スタイリッシュで独特な映像美や、アクション俳優としての一面もあるミシェル・ヨーやキー・ホイ・クァンの迫力満点のアクションも見どころです。
現在、世界中で最も注目を集めている映画と言っても過言ではないでしょう。
あらすじ
物語の主人公は、いつもイライラしている平凡な中年の主婦エヴリンです。夫ウェイモンドとともに古いコインランドリー店を経営している彼女は、クセのある常連客や山積みの領収書に囲まれる毎日を過ごしています。
優しいけど弱気で頼りにならない夫。家に寄り付かない娘ジョイの恋人は同性です。
さらに、最近、中国から越してきた厳格な父親ゴンゴンの世話まで重なりエヴリンのストレスはピークに達しています。
ある日、年に一度の国税局への税金書類の提出のため、エヴリンとゴンゴン、ウェイモンドはエレベーターに乗ります。
出典:「A24」公式チャンネル
すると、ウェイモンドが急に眼鏡を外し、「僕は君の夫ではない、君に助けを求めにやってきた他宇宙のアルファ・ウェイモンドだ」と別人のようにエヴリンに話しかけます。エヴリンは夫の変化に訳が全くわからず驚きます。
ウェイモンドが密かに持っていた離婚届の裏に他宇宙の自分と繋がるための「バース・ジャンプ」をする方法を手早く書くと手渡し、エヴリンの耳元にイヤーモニターを着けられます。
この宇宙(世界)のエヴリンは平凡でいいこともなく最低な生活生活を送っていました。しかし、ウェイモンドは彼女がこの宇宙を救うことができる唯一の存在であると信じ、彼女を鼓舞します。
さらに、ウェイモンドは驚きの事実を明かします。それは、どの宇宙でもエヴリンが存在していると同じく、必ず「黒幕」も存在することです。
黒幕はバース・ジャンプの犠牲者らしく、精神崩壊を起こし攻撃的になっているようです。その「黒幕」こそが「ジョブ・トゥパキ」と呼ばれる者で、ジョブの精神はエヴリンの娘ジョイに乗り移っているというのです。
ジョブ・トゥパキは、宇宙の摂理を全否定し、自分の存在を消すことを考え、同じ考えを持つ者を欲しています。
エヴリンは、バース・ジャンプを繰り返し、様々な危機に直面しながらも、「あったかもしれない違う世界(マルチバース)」で多様な「人生」を体験します。
ウェイモンドと結婚しなかったら、あったかもしれない「女優」としての人生を送り、彼女は称賛と羨望に包まれ、煌びやかで美しいアクション女優としてカンフーの達人となり活躍します。
世界的な歌手になり驚異的な肺活量を手に入れ、パイ回しの達人になり盾を華麗に使いこなします。また、シェフになってコテを使いこなす達人になり、そして隠し扉を見つけるメイドにもなって危機から逃げ出します。
別の宇宙(世界)で目を覚ますと、エヴリンの手はソーセージになり、元の宇宙(世界)では、不正を見逃さない国税局の敏腕監査官女性だったディアドラと愛を育んでいました。
それは、娘のジョイが同性のパートナーを持っていた気持ちが少し理解できる出来事でした。
ある宇宙(世界)のエヴリンとジョブは石になっています。何も起こらず、何も考えないけれど、周りはよく見えるのです。
人生はひとつではなく、いくつもの可能性があり、自分になれるものがたくさんあるのことを知ります。一つの宇宙(世界)なんてちっぽけで、宇宙(世界)は広いと、ジョブ・トゥパキに言われた通りでした。
ウェイモンドは優しさで、様々な宇宙でエヴリンを支える存在でした。ずっと車椅子に乗っていた父のゴンゴンも実はジョブ・トゥパキの命を狙う者でした。
ジョブ・トゥパキに立ち向かう時がやってきました――。
頭脳明晰でありながら奇抜な映画を作ったスタッフと経験豊かで魅力的なキャスト陣
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、ダニエル・クワンとダニエル・シャイナートの「Wダニエル」コンビが監督と脚本を務めた、非常に不思議な映画です。このコンビは、奇抜なアイデアと物語を駆使して、これまでに多くの映画を制作してきました。
彼らの前作『スイス・アーミーマン』は、ハリー・ポッターシリーズで有名なダニエル・ラドクリフを無人島に流れ着いた死体役に起用し、独特の癖のある怪優ポール・ダノと組ませ、ほぼ2人だけの物語が展開されました。死体に溜まるガスを利用してジェットボートのように島から脱出するというストーリーは奇抜すぎて、でもなんだか意外とできそうで、そのシュールな世界観に一部の熱狂的なファンを生み出しました。
彼らの作品の内容をざっと見ると「少し頭のネジが飛んだ映画なのかな」と思いがちですが、実は「命との繋がり」や「居心地が悪くても、離れられない家族たち」とか、意外と難しいテーマを潜ませているように思えました。
また、キャスト陣もミシェル・ヨーとキー・ホイ・クァンをはじめとする実力派が揃っており、彼らが演じるキャラクターたちも魅力的です。 主人公エヴリンが様々な世界の可能性に挑戦し、マルチバースに飛び込む物語は、まるで漫画のように楽しく、等身大の主人公だからこそ感情移入もできる物語です。頭脳明晰ながらもぶっ飛んだ映画を楽しんでみてはいかがでしょうか。
「キー・ホイ・クァン」というアメリカンドリーム
2023年3月12日、アメリカのアカデミー賞のステージで、2人の男性が強く抱擁し、喜びを共有しました。
それは、ハリソン・フォードとキー・ホイ・クァンでした。『インディー・ジョーンズ』シリーズのファンであれば、彼らを一緒に共演したことを思い出すかもしれません。
2人は1984年に公開された大人気アクション大作『インディー・ジョーンズ 魔宮の伝説』で共演していたのです。
この作品は、原案ジョージ・ルーカス、監督スティーヴン・スピルバーグという贅沢なコンビによって作られ、ドキドキハラハラする大人も子供も楽しめる超娯楽作でした。ハリソン・フォードはその後も多くの作品に出演し、今年はインディージョーンズシリーズの最新作が公開されました。
一方、キー・ホイ・クァンは子役として『インディー・ジョーンズ』や『グーニーズ』に出演し、その後は武術指導などで映画を裏から支える仕事に就き、いつか表舞台にカムバックする機会を伺っていました。
彼は今作で最優秀助演男優賞、そして最優秀作品賞を受賞します。そのプレゼンターがハリソン・フォードでした。作品賞に選ばれ子供のように大喜びするキー・ホイ・クァンが真っ先に抱きついたのがハリソン・フォードでした。
39年ぶりに抱き合う2人。それをスタンディングオベーションで拍手を送るスティーヴン・スピルバーグです。後ろに座り見守るのは『魔宮の伝説』でヒロイン役を演じたケイト・キャプショーと音楽担当の巨匠ジョン・ウィリアムズです。感動的な最高の構図でした。
最優秀助演男優賞を受賞したクァンは、スピーチの中で自分の人生について語りました。彼の人生は順風満帆なものではありませんでした。クァンは、1971年にベトナムのサイゴンで生まれました。
時代はベトナム戦争後期で、アメリカ軍がベトナムから撤退を決定し、サイゴンは陥落寸前でした。クァンは生まれた時から戦乱の中にいました。その後、家族と共にゴムボートに乗り込んで、亡命を目指し香港に向かうことにしました。
同じように命を追われ、国を離れざるを得なかった人々を「ボートピープル」と呼びます。
彼らはアメリカを目指しました。クァンも渡米し、子役として『グーニーズ』や『インディー・ジョーンズ』に出演し、大人気となりました。
そして、決して忘れてはいけないジェフ・コーエンです。『グーニーズ』で食いしん坊のチャンク役を演じた彼が大人になり弁護士資格を取り、クァンの弁護士となり、今作とクァンの橋渡しの一環を担ったという話は、胸をひたすら熱くさせます。
クァンのスピーチの中で、彼はこう言いました。「私の旅路はボートから始まりました。1年間、難民キャンプで暮らしました。そして、何とかここまでやってきました。よくこう言われます。『そんな話は映画だけの話だよ』と。まさかそれが私に起こるとは信じられません。」そして、オスカー像をしっかり握りしめながら、「これこそが、アメリカンドリームです!」と言いました。
アジア人がオスカーを手にした日
黒澤明監督の『羅生門』名誉賞(国際長編映画賞)受賞作品をはじめ、最近ではアジア圏の映画がオスカーにノミネートされるようになり、喜ばしい状況が続いています。
ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』が2020年に最優秀作品賞を受賞し、韓国映画として初めての快挙を達成しました。この作品は、日本でも大ヒットしました。
アメリカでは、アジア圏の映画がオスカーの最優秀作品賞にノミネートされることはあっても、栄冠に輝くことはなかなかありませんでした。しかし、ミニシアターで上映が始まった『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、次第に上映館も増え、世界中の映画賞を総なめにするまでになりました。
アクション技術を長年磨いてきたミシェル・ヨーとキー・ホイ・クァンや、ドラマや演劇で腕を磨いてきたステファニー・スー。マルチな活動に精力的なジェイミー・リー・カーティスなどが出演し、作品賞を含めた7部門でオスカーを獲得しました。
ミシェル・ヨーは、授賞式で次のようにスピーチしました。「この授賞式を見ている私のような子供たちへ。これは希望の印であり、可能性の証です。夢を大きく持てば必ず叶うということです。女性の皆さん、全盛期が過ぎたと言われても、諦めてはいけません」と、年齢や性別、国籍に関わらず、夢を持ち続けることの重要性と励ましを満面の笑みと力強い言葉で語りました。
ミシェル・ヨーは40年以上キャリアを積み続けたベテランです。それでもまだまだ夢を持ち続けられると伝えてくれました。
まとめ
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が与えてくれた奇跡のようなストーリーはまだ日本では2023年3月8日から全国公開されたばかりです。
ぜひ、映画館で『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をご覧いただき、その魅力を感じてみてください。
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