ご注意:この記事には、映画『野獣死すべし』のネタバレが含まれています。
映画『野獣死すべし(1980年版)』の概要
1980年に劇場公開された「野獣死すべし」は、松田優作さん主演で3回目の映像化となる作品でした。
原作は大藪春彦さんの同名小説で主人公の大学生、伊達邦彦がバイオレンスと犯罪に魅入られるハードボイルド作品でしたが、本作では元戦場カメラマンとなったフリーランスの男、伊達に松田優作さんが扮しました。
血と犯罪とバイオレンスに手を染めながらも一瞬、何を考えているのか分からない不気味な風貌と歪んだ内面に焦点をあてました。
原作との相違が大きな一作といえますが、徹底した松田優作さんの役作りと、当時の角川映画らしい尖った映像美で多くファンに愛されている作品です。 メガホンを取ったのは、本作以外にもドラマ『探偵物語』や『死亡遊戯』などでも、松田優作さんとタッグを組んだ村川透監督です。
『野獣死すべし(1980年版)』のあらすじ
雨の夜。痩せた一人の男が物陰で何かを待っています。
しばらくすると一台のタクシーが現れ、傘を持ちすぐ近くの自宅に帰ろうとする一人の初老の男性が降車します。彼は警視庁捜査一課警部補・岡田でした。
岡田は背後から長身の痩せた男に襲われ刺殺されます、そして男は岡田の懐から拳銃を奪うと去っていきました。
長身の痩せた男の名前は、伊達邦彦。
東京大学出の秀才、元射撃競技の選手の経験もあり、今は大手通信社の記者としてカメラを手にして世界中を飛び回っていた男でした。
伊達は拳銃を手にとある闇カジノに乗り込みます。闇カジノの中には客とディーラーが賑やかに遊んでいました。そこに単身乗り込んだ伊達は全員を撃ち殺すと、一番奥に積まれていた大金を盗み、逃げ出しました、外の空は既に白んでいました。
閑静な自宅に戻った伊達は、大きなスピーカーの前に座り込み大音量で、クラシック音楽を鳴らして、ひとり心を沈めていました。
しかし、その瞳はどこか虚無で感情がなく、不気味な風貌でした。いつも本を持ち物静かな印象をあたえる伊達でしたが、自らの「正義」のためにとある大きな計画を企てていました。
いつも、とある銀行の閉店時の状況を観察していました。緊急時に対応する警備員たちの数もチェックしていました。伊達はここで銀行強盗をしようと決めてました。そのために下準備を進めていたのでした。
そこで単独でこの計画を行うことは難しく「協力者」が必要だと、冷静に分析しました。しかも自分の駒になる、狂信的な協力者が、です。
趣味であるクラシック音楽のレコードを探しに行った時、同じようにレコードを探す美女、華田令子に声をかけられます。彼女は以前、伊達が聞きに行っていたコンサートで隣の座席にいたらしく、その時から伊達に興味を持っていたようです。
一方、その頃、雨の夜に殺された岡田の部下、柏木は上司の無念を晴らすため犯人逮捕への思いを募らせていました。残された遺留品、目撃者情報、岡田の拳銃でカジノを襲撃した痕跡を追うと――伊達という男に辿り着き、柏木は伊達が犯人と確信を深め、彼のあとを執拗に追っていました。
さて、東京大学同窓会で伊達は高級レストランで食事を取っていました。すると自慢話に華を咲かせるエリートたちの会話に機嫌悪そうに対応するひとりの混血のウェイターがいました。
――おい、てめえ!なにみてんだよ!――無表情で彼を見つめていた伊達に叫ぶウェイターの態度が伊達の心を軽く揺らしました。ウェイターは唾を吐き、蝶ネクタイをむしりとるとそのまま出ていきました。
ウェイターの男の名前は真田徹夫。バイト先をクビになったあと馴染みのゴーゴーバーで飲んでいましたが、追いかけてきた伊達に話しかけられます。やけ酒を煽っていた真田は、気性が激しく野獣のような性格でした、そのせいで仕事も長続きせずその日暮らしの自堕落な生活を送っていました。
伊達はそんな彼の気性を見抜き、恋人の女性を殺してみるかとけしかけるが上手く実行できませんでした。
伊達は秘密の別荘に真田と恋人を招き、銀行強盗の計画を告白すると協力するかと問いかけます。成功したら大金が一気に手に入り幸せになれる、そう思った真田は短絡的に伊達の計画に乗ることにしました。
猟銃を与えられた真田は、めきめき銃の腕を磨いていきます。
そして「試験」の夜、伊達は今一度、最後の仕上げとして恋人を撃ち殺せと命令しました。本音は嫌でしたが真田は、愛する恋人を手にかけ射殺しました。
恐怖に震える真田に、「今、君はとんでもなく美しく、清らかな魂なんだよ」と、静かに伊達は諭します、もう真田には伊達しか見えません、こうして狂信的な「協力者」ができあがりました。
2人は閉店間近の銀行に猟銃片手に突入します、銀行員たちを脅し大金を手に入れ逃げようとしましたが、人質たちの中に令子の姿がありました、見覚えのある伊達の姿を追いかけますが、それに気づいた伊達はサングラスを取り自分の姿をあえて見せて、驚く令子を迷いなく撃ち殺しました。令子は悲しげに伊達の顔を見ながら、崩れ落ると事切れました。
銀行から逃げ出した伊達と真田は、夜行列車に乗り込みました。そこに柏木が現れます。拳銃で脅し伊達を連行しようとしましたが、背後から猟銃を構えた真田が近づき、形勢は逆転します。
嫌がる柏木に「リップ・ヴァン・ウィンクル」の話を語りながらロシアンルーレットをする伊達。その後、拳銃を奪おうとした柏木を撃ち殺し、伊達の心の奥に仕舞い込んでいた戦場の野獣が目を覚まします。迷彩服に身を包み、カメラを手に拳銃を仕舞いました。
ここは1980年代の日本なのに、ベトナム、カンボジアなどの激戦地と思い込み、生き生きとトランス状態に入った伊達に戸惑う真田。電車の窓から逃げ出した2人は、逃げ込んだ洞窟で情事にふける男女を見つけます。
情事にふける男女に欲情した真田は男性を撃ち殺すと、女性に強姦を働きます。その様子を見つめシャッターを切る伊達。彼の頭の中には戦場での悲鳴と泣き声に満ちる光景が何度も思い出されていました。
しばらくすると突然、伊達は真田に――お前、死ねよ――と、言い、撃ち殺してしまいます。
1人になった伊達。大金も独り占めです。また穏やかな日々が戻ってきました。いつものようにクラシックコンサートに足を運びました。いつのまにか「リップ・ヴァン・ウィンクル」のように眠りに落ちていた伊達。どのくらい眠ったのでしょうか。伊達は誰もいなくなったホールで雄叫びを上げると眩しい屋外へ足を運びます。すると、どこからか銃声が鳴り、伊達は崩れ落ちました。
銃撃されたのでしょう。もう一発、銃声が響き伊達はついに倒れ込みました。そして遠くには血だらけで伊達を睨む、柏木の亡霊が見えてました。
松田優作の役作りと憑依
1980年版『野獣死すべし』の魅力に伊達役の主演、松田優作さんの役作りの凄さが挙げられると思います。
1979年公開の『蘇える金狼』では、アクションバイオレンス映画ということもあり、いかにシャープに素早く動くかということで、実際に海外で射撃訓練も受けられていました。その成果は、映画をご覧になれば一目瞭然かと思います。
さて、そのわずか1年後に公開された『野獣死すべし』。シャープでカッコよく野生的だった『蘇える金狼』と、同一人物とは思えない松田優作が見られます。
東大出の頭脳明晰、元射撃選手の運動神経抜群の人物でありながら、過去のとある出来事で心の中に「野獣」を抱えながらも感情のない不気味な眼をした伊達邦彦。松田が伊達を演じるにあたり減量を行い、奥歯を4本抜いたという話は有名です。そして、孤独と狂気の戦場を体験した伊達に演じるため、密かに山籠りもしていたといいます。
TVドラマ『探偵物語』(1979-80)のコミカルな私立探偵。遺作となる『ブラックレイン』(1989年)の残酷なヤクザ役。前衛的な鈴木清順監督『陽炎座』(1981年)での「静」の演技。そして、『野獣死すべし』の伊達邦彦は、不世出の俳優・松田優作の役作りと憑依を象徴する作品だといえるでしょう。
「虚」の伊達邦彦と「激」の真田徹夫 二人の化学反応
『野獣死すべし』の魅力として大きいのは、やはり途中参加する「真田」の存在といえるでしょう。
伊達は、銀行強盗計画を実行するため、自分以外のもう一人の野獣を探していました。自身の激高を制御することのない真田を見つけた時、感情が何も感じられなかった伊達の目が少しだけ変わります。
「愛する恋人を殺せ」と、自身の別荘に連れていき指示を出して、導かれるように恋人を殺し、自分が犯した罪に震える真田に、「君は正しいことをした、君は素晴らしい、美しい魂が生まれたんだ」と、真田の頭と心に言葉を刷り込む伊達。まるでそれは宗教のようでした。ここの長回しのシーンも、とても印象的です。
柏木刑事を殺害後、伊達が覚醒して、戸惑う真田を引っ張っていくシーンからは立場は変わります。伊達が「激」、着いていく真田が「虚」に入れ替わるのです。暴走する伊達の言うことがまるで分からず、居合わせた女性を強姦する真田。行き場のない感情をぶつけているようです。それを面白がる伊達。それはヒロイン令子や、売春婦では決して出さなかった伊達の本性でした。
狂信者の真田を邪魔としてさっさと殺されてしまいますが、皮肉なことに心に潜んでいた伊達の「野獣」を覚醒させたのは、まぎれもなく真田ただひとりでした。
リップ・ヴァン・ウィンクルと「戦場PTSD」
『野獣死すべし』の名シーン及び、印象が強いシーンとして挙げられるのは銀行強盗を成功させ伊達と真田が夜行列車に乗り込み、そこに刑事の柏木が問い詰めるシーンです。
はじめは拳銃を持った柏木が現行犯逮捕しようと、座席に座っていた伊達を追い詰めます。しかし背後に潜んでいた真田に背中を取られ、伊達に拳銃を奪われロシアンルーレットで柏木自身が狙われることになります。
恐ろしい静かな狂気の象徴として、松田優作(伊達邦彦)と室田日出男(刑事・柏木秀行)にしか出せない空気感と緊張感が感じます。
そこで伊達の口から静かに語れるのが「リップ・ヴァン・ウィンクル」という18世紀に発行されたワシントン・アーヴィングの短編小説でした。小説の内容は、猟師だったリップは山に入った時に奇妙な外国人の人々に酒をご馳走になり、あまりの美味しさに酔い潰れて眠ってしまった、目覚めて山を降りると町の様子がまるで違っていた、酔い潰れている間に20年もの年月が経っていた――と、いうお話でした。日本で例えるなら「浦島太郎」のようなものでしょうか。
銃口を向けられ、伊達にトリガーを引かれながら脂汗を垂らし柏木はそれを聞くのです。その時、伊達の脳裏にはとあるシーンが浮かんでいました。それは激しい戦場の残酷な光景でした。兵士たちが戦っているという激戦ではなく、目隠しをされた丸腰の人々が虐殺されるというものでした。何度も、何度も繰り返されます。
伊達は大手通信社の記者として戦場カメラマンとして世界中を飛び回っていました。類稀なる頭脳と運動神経を持ちながらも、1970年代後半というとベトナム戦争、そしてカンボジアではクメール・ルージュの大粛清が行われ、特に東南アジアで戦火の炎が舞い上がっていました。
理不尽な暴力と虐殺が平然と行われ、人を人とも思わぬ所業を見ていた伊達。それをフィルムに納め走り回る日々。戦場を経験した兵士や関係者のその後の人生をも影響を及ぼす病「戦場PTSD」を患ったのかもしれません。
第二次世界大戦、ベトナム戦争、イラク戦争など様々な戦争、内戦でも実際にたくさんの方が、現在でも癒えることない傷を持って生きています。
『アメリカン・スナイパー』(2014年)『ルック・オブ・サイレンス』(2014年)などPTSDを取り上げた映画も公開されています。
伊達が面白げに柏木に銃口を向け、ロシアンルーレットをし、人の命を遊びのように扱う姿は、1978年公開のロバート・デニーロ主演の『ディア・ハンター』を思い出します。
また、伊達は1977年公開の『戦場のはらわた』の主人公シュタイナー(ジェームス・コバーン)も思い出させます。シュタイナー勇敢な命知らずの兵士です。負傷し、病院に入院しても退院する日を待たずに戦場に舞い戻ります。何度もです。伊達とシュタイナーは、命も失くすかも知れない。恐ろしい目にもあうかもしれない。しかし、自分の居場所は戦場にしかないんだという強迫観念に苛まれ、もしくは戦場の興奮、高揚感が忘れられず、戦場に戻ってきてしまうシュタイナー。
伊達邦彦も柏木を撃ち殺すと、自分のいる場所が戦場だと思い込みます。真田を戦場での同志、同僚、部下だと勘違いし、戦場の迷彩服にカメラをぶら下げ、戸惑う真田を連れて電車の窓から突き落とし自分も飛び降ります。序盤の静かで、何を考えているか分からない幽霊のような伊達はいませんでした。そこにいるのは生き生きと「戦場」を駆け回る伊達邦彦です。
誰もいないクラシックホールで雄叫びを上げる伊達が、機関銃を背負い、高笑いしながら敵に突っ込んでいくシュタイナーの姿に被りました。
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