グリコ・森永事件「北海道テープ」を再検証する:7.110MHzの無線交信、不二家脅迫事件、言語と組織に関する複数仮説

冬の記録と7.110MHzの謎

1984年(昭和59年)。戦後復興と高度経済成長を経て、日本は世界有数の経済大国となっていた。

大企業は全国に流通網を築き、テレビや新聞が大量の情報を伝え、消費者は企業のブランドを信用して商品を購入する。その日常は、戦後日本が長い時間をかけて築き上げたものであった。

かい人21面相を名乗るグリコ・森永事件の犯人グループは、まさにそこを攻撃した。

食品への毒物混入を予告し、消費者の不安を引き起こし、企業の信用を脅かす。警察の捜査を嘲笑し、新聞社に挑戦状を送り、報道を通じて社会に働きかける。企業、警察、報道機関、消費者という戦後日本を構成してきた主体が、一連の犯罪によって巻き込まれた。

そして、事件の背後には、いまだに説明のつかない数多くの謎が残されている。

1984年12月4日、北海道岩内郡のアマチュア無線愛好家が、7.110MHzの短波無線を傍受し、その交信を録音した。

録音には、「玉三郎」を名乗り、「21面相」に呼びかける男性の声が残されていた。

「不二家」という企業名が語られ、「別のコマンド」という軍事的な印象を与える言葉が現れる。さらに、「6」「7」「8」「Rの6」という意味の判然としない符号が使用され、航空券の確保や警戒状況まで話題に上っていた。

1989年、警察がこの交信を犯人グループによるものとみていることが報じられ、1991年には警視庁が録音を公開して情報提供を求めた。

しかし、そもそも交信者は何者だったのか。なぜ、第三者に傍受され得る無線で、犯人グループを連想させる名称を口にしたのか。そこに語られた活動内容は、実際に存在したものだったのか。

仮に犯人グループによる交信だったとしても、その言葉が真実であったとは限らない。

本稿は、録音された数分間の会話を手掛かりに、当時の報道、警察資料、通信技術、政治史及び社会史を照合し、交信者の意図と、その言葉が持つ意味を検討する。

仮説を立て、立証を試み、反証する。その過程を経て、読者がどのような判断に至るのか。それは読者に委ねることになる。

しかし、忘れてはならないことが一つある。この事件の真相について、最終的な判断を下せる者は、いまも誰一人として存在しないということである。

目次

第一章 北海道テープの成立と公開

1984年12月4日午後、北海道西部で録音された短波無線の会話は、その後、グリコ・森永事件に関連する捜査資料として扱われた。まず、受信地点、録音時間、警察への通報、編集版の公開経緯を同時代報道に即して確定できる範囲に整理する。

グリコ・森永事件の全体像、犯人グループの属性及び事件の前史については、既稿『グリコ・森永事件の答え|かい人21面相は何者だったのか』で考察している。

後志支庁内・岩内郡という受信地点

1989年11月3日付朝日新聞は、北海道後志支庁内で短波通信を受信していたアマチュア無線愛好家が、「21面相、こちら玉三郎」等の呼び掛けを不審に思って録音し、警察に届けたと報じた。同日付読売新聞は、受信地を北海道岩内郡、録音時刻を1984年12月4日午後2時30分頃から約10分間と記す。1991年の中日新聞は同日午後2時20分頃、北海道新聞は午後2時半頃と表現しており、分単位の開始時刻は報道間で一致していない。 [2] [3] [4] [5]

後志支庁は当時の北海道の地方行政区分であり、岩内郡は日本海に面する岩内町と、隣接する共和町から成る。受信地の具体的な住所、受信機、アンテナ及び方位記録は提供資料から判明しない。北海道で受信されたという事実は、その土地から発信されたことを意味しない。この点は電離層による遠距離伝搬の検討に直接関係する。 [3] [4] [19] [38] [39]

図1 北海道後志地方・岩内郡の位置。地図中の印は位置参照点であり、録音者の所在地ではない。 [38] [39] [40] [41]
図1 北海道後志地方・岩内郡の位置。地図中の印は位置参照点であり、録音者の所在地ではない。 [38] [39] [40] [41]

二人による交信という報道と、単独話者の録音

朝日新聞は二人の男が「21面相」「玉三郎」と呼び合ったと伝え、読売新聞も同様の要約を用いた。一方、1991年7月9日付中日新聞の記録では、録音に残った男性の声は「玉三郎」と自称する側であり、呼び掛けられた「21面相」の音声は収録されていないとされる。呼称を交わしたという報道上の表現と、録音に記録された音声の人数は区別すべき事項である。 [2] [3] [4]

調査に用いたMP3音源は約3分49秒で、冒頭に女性の解説と情報提供を求める案内、後半に無線交信の音声を含む。音声の明瞭化には、主にサイバーリンク社の「AudioDirector 365」を使用し、軽微なノイズ除去を試みたが、強い処理による語句の補完は採用していない。発話内容の基礎には1991年の中日新聞掲載の文字起こしを置き、編集音源のみから新たな単語を断定しない。[2][11]

警察配布版とダイヤルQ2による流通

1991年6月13日付読売新聞によれば、警察は約10分間の交信から約3分間のテープを編集し、各都道府県警に配布していた。この録音を和歌山県警から受け取った無線機器販売業者が、1991年2月頃からダイヤルQ2で公開したところ、約一か月間に42都道府県から二千件以上の電話があったと報じられた。その後、警察庁の指示により公開は中止された。[6]

一方、同年7月27日付北海道新聞は、警視庁捜査一課が約500人のアマチュア無線愛好家に録音を配布し、類似の交信を聞いた経験、声の心当たり、言葉遣いの地域性について回答を求めたとする。この配布対象には、7.110MHzに近い周波数を利用し、300~500km程度の遠距離交信を行う者が含まれていた。これは警察が発信者を地理的に300~500km以内と限定したことを意味せず、無線運用の経験者から情報を得るための選定であったと読める。[5]

したがって、現在参照できる約3分49秒のファイルを原交信の全体と同一視できない。どの発話が編集で省かれたのか、1984年の録音がいつ警察に届けられたのかは、犯人関与説及び陽動説の双方を評価する際の条件となる。 [3] [6] [11]

第二章 無線交信と不二家脅迫事件の時系列

北海道テープの証拠価値は、不二家に関する会話が同社への脅迫文書の送付より前に記録されたという先後関係にある。さらに、1984年12月の挑戦状には別企業からの金銭取得を公言した記述もあり、公開された出来事と犯人側の主張を分けて検討する必要がある。

12月4日の発言と12月7日の文書送付

交信者は不二家の状況を相手に尋ね、金銭を支払わないのかと確認する趣旨を述べた後、同社への要求を諦めた方がよいと語る。これに対して、1989年11月の読売新聞は、12月7日から11日にかけて不二家本社に脅迫状と青酸粉末等が届いたと報じる。ジャーナリストの岩瀬達哉による著書『キツネ目 グリコ森永事件全真相』と、朝日新聞大阪社会部『グリコ・森永事件』の記述を照合すると、12月7日夜には神奈川県茅ヶ崎市の不二家幹部宅へ社長宛ての脅迫状等が送られ、その後、電話や追加の文書による接触が続いたとされる。 [2] [4] [9] [10]

無線交信の日付は、少なくとも報道・書籍が記録する12月7日の送付より三日前に当たる。1989年11月3日付読売新聞は、この先行性を理由の一つとして「捜査当局では……犯人グループによるものと断定した」と記載した。他方、同日付朝日新聞は「犯人の声の可能性もあるとみて」と表現している。警察の判断の確度についても、媒体ごとの記載を一つに揃えることはできない。 [3] [4]

ただし、最初の文書送付日と、犯人側から企業への最初の接触日が同一であるとは限らない。12月4日の会話が実際の金銭交渉を反映していたなら、先行する連絡又は内部情報の取得が問題となる。他方、交信者が仮定の会話、予測又は演出を行っていた場合、現実の支払拒否が交信時点で発生していたことまでは必要としない。 [2] [9] [10]

報道協定と情報の非対称

朝日新聞大阪社会部の著作は、不二家事件について新聞各社間の報道協定が存在し、一般への公表が抑制されていた事情を記す。したがって、犯人側、企業、警察及び報道機関の間で共有されていた情報と、一般の読者が知り得た内容には時間差がある。この差は、12月4日に不二家の名称を用いたことが、どの程度の非公開情報を意味したのかを評価する際に不可欠となる。 [10]

1億円を取得したとする犯人側の主張

岩瀬達哉は、1984年12月15日付挑戦状において犯人側が、同月9日に兵庫県内のある会社から1億円を取得したと公言した経緯を紹介し、17日付挑戦状における同趣旨の言及を記録している。この主張が事実であれば、犯人グループがそれ以前に金銭取得に成功していたことになる。 [9]

取得の公言が虚偽であった場合にも、次の標的に対して成功実績を誇示し、要求を拒否した際の経済的・社会的負担を意識させる効果が考えられる。現金を得たかどうかという出来事の真偽と、現金を得たと宣言することの恐喝上の意味は別に評価すべきである。 [9] [24]

1987年NHKのリボン報道に残る時期の不一致

1987年1月10日付NHKニュースは、捜査当局が「59年11月の、不二家に対する脅迫状」のインク成分を調べたと記載する。一方、同じ原稿の後段では、59年11月の森永製菓宛て脅迫状と、その約一か月後の不二家宛て脅迫状を対比している。両箇所の表現には時期についての差がある。 [8]

「11月の不二家脅迫状」を誤記と認定する根拠はなく、当該記述だけで11月の送付を確定する根拠も得られていない。原文を保持し、12月4日以前の接触・文書の有無を考察する際の相違事項として扱う。 [8] [9] [10]

図2 北海道無線と不二家脅迫事件の時系列(横軸は出来事の順序を模式化したもの)
図2 北海道無線と不二家脅迫事件の時系列(横軸は出来事の順序を模式化したもの)
時期報道・書籍に記録された出来事資料上の性質
12月4日午後岩内郡等で無線交信を録音。不二家の支払意思に言及。録音に関する報道[2][3][4]
12月7日不二家幹部宅へ脅迫状等が送付されたとの記述。書籍・報道[4][10]
12月9日兵庫県内の会社から1億円取得と犯人側が後日主張。犯人側の主張[9]
12月11日不二家への1億円要求が年表に記録される。書籍[9]
12月15・17日現金取得を公言した挑戦状が記録される。書籍[9]
1989年11月北海道テープの存在が報道される。新聞[1][3][4]
1991年6〜7月編集版の流通及び愛好家への照会が報道される。新聞[5][6]

第三章 無線交信に現れた言葉と符号

交信には、航空券の確保、警戒状況、担当者の活動、企業への支払要求という異なる話題が連続する。各発言は一応の関連を持つものの、録音に残らない相手側の返答を補って意味を確定することはできない。まず、発話の順序を整理し、語句の機能を分類する。

発言の連鎖と「玉三郎」の立場

中日新聞掲載の文字起こしでは、話者が了承を表した後、「1216」「Rの6」に関する日帰りの指示、往復航空券の確保、痕跡を残さないうちの帰還、別働者による調査、警戒状況の比較を述べる。次いで「21面相」に呼び掛け、自らを「玉三郎」と名乗り、不二家への金銭要求について尋ね、同社を断念した方がよいと述べる。終盤には再び移動に言及し、第三者による傍受に気付いたとも読める発言がある。 [2]

不二家の支払意思を問い合わせる形式からは、話者がその情報を持つ相手に照会する立場だったと推認される。ただし、相手の実際の返答が録音に残っていないため、交渉状況の報告を受けていたのか、独話又は演出として応答形式を用いたのかは確定しない。「諦めた方がよい」は助言の形式であり、組織の最終決定を言い渡した言葉とは限らない。 [2]

「1216」と往復航空券の関係

「1216」は「ひと、ふた、ひと、ろく」と読み上げられ、新聞では時刻の可能性が疑問符付きで示されている。交信日が12月4日であり、航空券の手配と日帰り移動が繰り返し語られるため、「12月16日」を指す日付説も成立する。同日は日曜日である。もっとも、数字が12時16分、案件番号又は別の指令符号を意味した可能性も残る。[2]

ここで「Rの6」を沖縄と解釈する場合、航空券の手配と日帰り移動という発言には具体的な地理的意味が生じる。日本のアマチュア無線では、地域番号の「6」が九州及び沖縄、「7」が東北、「8」が北海道に対応している。また、沖縄の呼出符号は1972年の本土復帰に伴い「KR8」から「JR6」に変更されており、「Rの6」を沖縄に関連する符号と解釈する根拠となる。

この仮説に従えば、交信者が沖縄への移動を指示していた可能性があり、那覇空港を目的地とする航空路線との照合が考えられる。一方、「7」を東北地方と解釈した場合には、同地方の主要空港である仙台空港も検討対象となる。全日本空輸の公式年表には、1980年8月1日に仙台―那覇線が就航し、1日1往復で運航された記録がある。[29]

ただし、交信中の「7」は別のコマンドが調査している対象として言及されており、交信者の出発地が東北地方だったことを意味しない。また、仙台―那覇線の就航記録だけでは、1984年12月16日に日帰り移動が成立したことも認定できない。

「6」「7」「8」「Rの6」の地理的解釈

アマチュア無線の地域番号では、6エリアは九州及び沖縄、7エリアは東北、8エリアは北海道を表す。1972年の沖縄本土復帰時、呼出符号はKR8からJR6へ変更された。1991年中日新聞が「Rの6」を復帰前の沖縄のエリアコードと説明した場合、その説明はJARLの沿革とは正確に一致しない。 [2] [13] [36]

「Rの6」がJR6の一部を省略した呼称なら沖縄を意味する可能性がある。しかし、当時の無線運用でJR6を「Rの6」と略した用例は確認されていない。また、公式の6エリアには沖縄も含まれる。「6」と「Rの6」を区別する理由を欠いたまま両者を地名に置き換えることはできない。 [2] [13]

「6、あるいはRの6」という選択表現には、同一の基準で比較される異なる候補という意味合いがある。7と8の警戒が厳重である一方、6又はRの6は有望とされることから、これらの数字は地理そのもののほか、各地域の企業、工場、店舗又は計画の略号であった可能性もある。 [2]

符号地域番号を借用した仮説同時に成立する別解釈
6九州側の候補(沖縄を便宜的に分離)標的企業・施設・案件番号
Rの6JR6を連想する沖縄側の候補「R」を冠する別案件・別地域
7東北側の候補別働者が調査する案件
8北海道側の候補警戒が厳重な施設・標的
12161984年12月16日12時16分、整理番号、作戦上の記号

地名と企業を結び付ける隠語仮説

地域を借用した隠語であるとすれば、食品メーカーや工場が比較対象になり得る。北海道には雪印乳業、当時の北海道農協乳業、石屋製菓、六花亭製菓、東北にはでん六、菓匠三全、柏屋、小松製菓、九州には松尾製菓、丸永製菓、マルタイ、セイカ食品、沖縄には沖縄森永乳業、オキコ、ブルーシール、沖縄製粉などが存在した。ただし、これらは地域との照合例であり、交信者が言及した対象であることを裏付ける資料はない。 [32] [33] [34] [35]

なお、現在の「よつ葉乳業」は1986年の社名変更後の名称であり、1984年当時の名称は「北海道農協乳業」である。沖縄森永乳業を森永製菓と同一法人として扱うこともできない。地域の一致だけで企業の標的性や犯人との関係を導くことは避ける。 [32] [35]

第四章 7.110MHzの技術的性質

通信方法を評価する際には、当時の国内周波数分配、機材の送受信範囲、音声方式及び電波伝搬を独立して把握する必要がある。

1984年当時、7.110MHzは日本のアマチュア無線の許可帯域外に位置し、国際的には短波放送にも使用されていた。また、冷戦期には、短波通信が国境を越えた情報伝達の手段として利用されており、国家の情報機関による秘密通信にも用いられていた。

北朝鮮の工作活動については、警察庁が1977年の宇出津事件で乱数表・暗号表の押収を公表し、1980年の辛光洙事件では日本人の身分を利用した海外渡航と対韓国工作を記録している。これらは1984年以前の秘密活動の実績を検討するための公的資料である。[43][44]

通信方式の比較対象となるのが、北朝鮮による短波の暗号数字放送である。同国が短波で暗号化された数字列を送信してきたことは、2016年の聯合ニュースでも報じられている。北海道テープには「6」「7」「8」「Rの6」という数字や符号に加え、「別のコマンド」という組織的活動を連想させる語句が登場する。これらの発話を、実際の秘密通信で使用された符号の扱い方や連絡方法と比較することによって、北朝鮮工作機関説の説明力を検討できる。 [30]

一方、北朝鮮の暗号数字放送は数字列を一方向に送信する方式であり、北海道テープに記録された日本語による呼び掛けや応答形式とは異なる。この相違に加え、「21面相」「不二家」という実名を発信した理由が、秘密連絡説と第三者への情報発信説を比較する際の争点となる。

1984年のオフバンドと国際的な放送帯

1984年の日本で通常のアマチュア無線局に認められた7MHz帯は7.000~7.100MHzであった。7.110MHzは上限を10kHz超える。2009年3月30日に国内のアマチュア用帯域が7.200MHzまで拡張される前は、日本ではこの範囲からのアマチュア送信は認められていなかった。したがって、当時の報道による「オフバンド」という説明は周波数配置と整合する。 [1] [12]

ITUの2003年世界無線通信会議に関する資料では、日本が属する第3地域(国際電気通信連合〔ITU〕が周波数分配のために定めた地域区分で、アジア・オセアニアを中心とする地域)等において7.100~7.200MHzが放送業務に用いられていたこと及び2009年の再分配が説明されている。7.110MHzは1984年には国際的に短波放送にも用いられる帯域に位置していたが、特定国・特定放送局の専用周波数ではない。 [14]

図3 1984年当時の7MHz帯と7.110MHzの位置関係(技術説明図)
図3 1984年当時の7MHz帯と7.110MHzの位置関係(技術説明図)

7,110kHzを使用した外国放送局の記録

1976年の短波局一覧にはマリ、旧ソ連、インドネシア等の7,110kHz使用例があり、1984年3月の民間受信誌にはイタリアのRadio Timeが7,105kHzから7,110kHzへ変更したという記述がある。後年にはエチオピアの放送局の使用例も残る。いずれも時期が異なり、1984年12月4日午後2時台に同一周波数を使用していた放送局を確定する資料ではない。バングラデシュ及びDeutsche Welle等についても、同時刻の運用記録は取得されていない。 [15] [16] [17]

SSB、異周波送信、相手方音声の欠落

SSB(単側波帯)は短波音声通信で広く使われる変調方式である。後年の解説には北海道テープをSSB交信とするものがあるが、受信機の運用記録や電波型式の測定結果は得られていない。交信方式の検討では、SSBの一般的な利用実態と、別々の周波数で送信したという報道内容を併せて考える必要がある。 [18] [31]

1989年朝日新聞は、交信者二人がそれぞれ異なる周波数帯で送信していたと報じた。送受信に異なる周波数を用いるスプリット運用又は別帯域にまたがる交信であったなら、録音者が片側の送信しか受信しなかった理由の一つとなる。ただし、記事の「周波数帯」が厳密に別帯域を意味するのか、7MHz付近の異なる周波数を指すのかは明らかでない。実際の装置構成は特定されていない。 [3]

市販HF無線機での送受信可能性

7.110MHzでの交信に無線機の改造が必要だったかを検討するため、1984年当時に市販されていた短波帯トランシーバーの仕様を確認する。対象は八重洲無線のFT-757GXとアイコムのIC-751であり、海外向け送信仕様と国内での運用条件を分けて検討する。

FT-757GXの取扱説明書は7MHz帯の送信範囲を7.0~7.49999MHzとし、IC-751の取扱説明書も6.95~7.5MHzと記載する。いずれも7.110MHzを送信対象範囲に含んでいる。これらは海外向け取扱説明書に記載された数値であり、国内向け仕様の全機体に適用できるものではない。しかし、当時の市販機には7.110MHzでの送信に対応する設計のものが存在していた。したがって、1984年当時、改造を伴わなければ7.110MHzで送受信できなかったとする一般的な理解は成立しない。 [21] [22] [46]

7.110MHzを選択した理由としては、通常のアマチュア交信帯を避ける目的、短波の遠距離伝搬を利用する目的、第三者による受信を想定した情報発信という複数の説明が考えられる。送信可能な機材の存在に加え、交信相手の所在や実際の運用方法が、それぞれの仮説を比較する材料となる。 [12] [14] [21] [22]

図4 1984年当時に存在したHF帯トランシーバーの外観模式図。表示・操作部の形状は概念化しており、使用機種を特定するものではない。 [21] [22] [42]
図4 1984年当時に存在したHF帯トランシーバーの外観模式図。表示・操作部の形状は概念化しており、使用機種を特定するものではない。 [21] [22] [42]

アイコムの公式沿革はIC-751を1983年発売の機種として紹介している。図4の両機種は1984年以前から存在したHF帯送受信機の例であり、当時の国内アマチュア無線の許可帯域と、機材が設計上扱い得た周波数範囲の相違を説明する。 [21] [22] [42] [45]

岩内郡での受信と電離層伝搬

7.110MHzの波長は約42.2mであり、電離層の条件によって見通し外へ伝搬し得る。情報通信研究機構によれば、電離層の電子密度や臨界周波数は、時刻、季節及び太陽活動によって変化する。北海道で午後2時台に受信されたという記録は、発信地の検討において、こうした条件と併せて評価される。 [19]

平林純の2023年の論考は、当時の電離層条件をモデル化し、京阪方面からの7MHz帯電波が北海道へ到達し得ることを検討した。この計算は京阪方面からの伝搬が物理的に成立することを扱い、実際の発信地点を同定したものではない。送信出力、アンテナ、受信電界強度及び送受信方位の記録がない状況では、他地域からの伝搬との比較も必要になる。 [20]

1991年7月27日付北海道新聞が言及する「300~500km」は、警視庁が録音を配布した無線愛好家の通常の交信距離に関する記述である。これは当該受信の距離測定値ではなく、無線に通じた情報提供者を選定した際の条件である。 [5]

図5 岩内町の位置参照点を中心とした500km・1,000km・1,500kmの地理的仮想円。距離は測地線に沿って算出した例示値であり、電波の最大到達距離を意味しない。 [19] [40] [41]
図5 岩内町の位置参照点を中心とした500km・1,000km・1,500kmの地理的仮想円。距離は測地線に沿って算出した例示値であり、電波の最大到達距離を意味しない。 [19] [40] [41]

短波の受信可能な地域は、一定の距離を境界とする同心円状に分布するとは限らない。電離層の状態、時刻、送信出力及びアンテナの条件によって、距離が近くても受信しにくい地点と、遠方でも受信できる地点が生じ得る。図5は、そのような伝搬条件とは別に、岩内町からの地理的距離を比較したものである。 [19] [20]

観測された要素技術的に説明し得る事項確定しない事項
岩内郡で受信7MHz帯の電波が当該地域へ到達送信地点・送信者
午後2時台・7.110MHz電離層伝搬の計算条件実効放射電力・アンテナ
一方の声のみ録音異周波送信の可能性相手側の発信内容・人数
約3分の編集版音声の一部を公開したこと原交信の全容・編集箇所

第五章 遺留無線機と文書作成機材

ハウス食品事件で遺留された無線機と、脅迫文書に使用されたタイプライターの鑑定は、犯人側による機材使用を考える手掛かりとなる。通信の受信と送信、文書の作成という異なる活動に用いられた機材を比較し、その用途と役割分担を検討する。

八重洲無線FT-208型の遺留と性能

1991年3月18日付読売新聞は、1984年11月14日のハウス食品事件で車内から押収された無線機について、八重洲無線製FT-208型、定価5万2,800円と記載する。同機の製造年月、秋葉原の山本無線への出荷、複数台の流通経路が追跡され、関係者の購入経路が検討されたと報じる。新聞は大阪の運送関係者が購入した可能性を挙げるが、買主を特定したとは記していない。 [7]

同紙によれば、遺留機は警察無線6波を傍受できるよう改造されていた。八重洲無線の公表仕様ではFT-208型は144MHz帯の携帯型FM送受信機、定格出力2.5Wである。標準仕様の同機が7.110MHzのHF帯交信を直接担ったと考える根拠はない。傍受用に改造された遺留機と、北海道テープで使用されたと推定される短波送信機は別に扱う。 [7] [23]

図6 遺留FT-208型と、7.110MHzを扱うHF帯送受信機の比較(模式図)
図6 遺留FT-208型と、7.110MHzを扱うHF帯送受信機の比較(模式図)

警察無線の傍受を想定した捜査

1984年12月11日の参議院地方行政委員会において、金澤昭雄政府委員は、犯人側が警察無線を常に傍受していることを当初から予想し、11月14日の現金受渡し捜査で無線を使用しない連絡を採用した旨を説明した。1985年2月21日の国会答弁でも、警察無線が傍受されているという想定を前提に捜査体制を組んだ旨が述べられている。 [25] [37]

この公的答弁と遺留FT-208型に関する報道を併せると、犯人側が警察の通信を把握しようとしていたという警察の当時の認識には、具体的な機材に関する根拠があったと理解できる。ただし、警察無線の受信能力は、7.110MHzで短波通信を運用した人物の同一性を立証しない。 [7] [25]

二種類のリボンテープとタイプライター

1987年1月10日付NHKニュースによれば、警察は約150通の脅迫状・挑戦状のうち分析可能な50通余りについてインクの成分を比較し、富士化学紙工業と日本コレスという異なるメーカーのリボンテープが交互に使用されていたことを把握したとする。ほぼ同時期の複数文書でテープが異なることから、捜査当局は2台のタイプライターを使い分けたとの見方を強めていた。[8]

さらに、1985年2~3月にかけて関西の複数食品企業へ送られた文書の中には、封筒の宛名と本文で別のリボンテープが使われたとするものもある。この差異については、文書が複数の作業地点で作られた、同一地点で複数の機材を使い分けた、又は意図的に機材由来の痕跡を錯綜させたという複数の説明が成り立つ。[8]

以上を踏まえると、「別のコマンド」という話者の自己申告と、遺留無線機・複数リボンという物的事情を単純に加算し、大規模組織の存在を認定することはできない。それでも、別々の通信目的に応じた装置の用意や、文書作成作業の分担を考える上で、双方は照合に値する資料である。 [2] [7] [8]

第六章 「別のコマンド」と組織的能力

交信者が述べる「別のコマンド」「警戒が厳重」「有望」という語は、偵察、比較及び指示を伴う組織的な活動を連想させる。これが実際の人員配置を述べたものか、聞き手に組織像を印象付けるための語彙かは、同時代の公的資料と内部用語を、それぞれの根拠に即して検証する。

実在の分業を仮定した場合

交信内容を実際の内部連絡と仮定すると、「7の方」では別の担当者が探りを入れ、7と8の警戒が厳しいため6又はRの6を優先し、航空券が確保できれば移動して日帰りするという連鎖が成立する。これらの発言が全国の地域を指すなら、交通費、現地情報、移動時間、連絡手段及び複数担当者が必要となる。ただし、協力者や取引先を利用した少人数による情報収集でも、形式上は同様の会話が生じ得る。 [2]

平日午後の連絡と複数地域の警戒状況比較は、専従的な活動能力を持つ集団という仮説を許す。他方、話者一人の言葉だけから人員数、職業、資金源、指揮系統を確定できない。重要なのは、実際に存在した可能性のある活動機能と、語句が聞き手に与える組織的な印象を分離することである。 [2]

1978年警察白書の非公然活動・対抗監視

警察庁『昭和53年警察白書』は、当時の一部極左暴力集団に関し、電話盗聴への備えとして連絡手段を多様化していたこと、専門調査隊が尾行、張り込み、偽電話、資料窃取、電話及び警察無線の傍受等を行っていたことを記載する。また、中核派の「糾察隊」、革マル派の「特別行動隊」などの部隊呼称にも触れている。 [26]

『昭和60年警察白書』にも、非公然活動、暗号、尾行点検等の記述がある。これらの公的記録を参照することで、北海道テープの「別のコマンド」という発言と、同時代に実在した情報収集・対抗監視の活動を比較できる。 [27]

「コマンド」は内部用語だったか

1978年4月11日の衆議院法務委員会には、日本赤軍の活動員を説明する文脈で「コマンド」という語が現れる。もっとも、これは警察側又は第三者の説明であって、革マル派、中核派その他の構成員が内部会話で日常的に「別のコマンド」と呼んでいたことを裏付けない。実際の部隊名には「行動隊」「糾察隊」「特別行動隊」「中隊」「小隊」など別の呼称も存在した。 [26] [28]

したがって「コマンド」という軍事的な響きは、内部連絡の実際の語であったとも、第三者に武装組織の印象を与えるための語であったとも解し得る。比較研究においては、警察・報道機関が外側から用いた語と、組織の当事者が会話で実際に用いた語を混同できない。 [26] [28]

外国組織と言語選択

北海道テープの日本語による発話は、外国組織説を検討する際にも一つの材料となる。仮に通信の秘匿を第一に考えていたのであれば、「不二家」「21面相」「コマンド」といった語を日本語で明示した理由が問題となる。

言語による秘匿効果は、受信者がその言葉を理解できるかによって異なる。日本国内で活動する外国組織が日本語を用いる場合、連絡相手の利便性と第三者に内容を理解される危険との関係が問題になる。北海道テープでは実名も繰り返し使用されており、使用言語と発話内容の双方から通信目的を検討できる。

第七章 秘密通信か、第三者への情報発信か

本件の中心的な矛盾は、数字符号を用いた会話に「不二家」「21面相」という名称が現れ、交信末尾で傍受に気付いたと解される発言まで含まれている点にある。通信の真正性、発言内容の真実性、第三者への伝達意図を三つに分けて評価する。

実名と符号の併存

「6」「7」「8」「Rの6」が場所や案件を秘匿する符号であった場合、同じ交信中に不二家や21面相という名を明示する行為は、一見して情報秘匿上の不統一を生む。ただし、数字が移動先や案件番号であって秘密性を意図した語でないなら、実名との併用は直ちに不自然ではない。どの語が秘匿の対象だったのかを先に確定する必要がある。 [2]

「聞かれとる」という発言の解釈

交信の終盤には、誰かに聞かれているとする趣旨の発言と、「むこうのバンド」への言及があるとされる。相手側から傍受を知らせる報告があった可能性、他の周波数の動静を察知した可能性、又は聴取者に聞かせるための演出であった可能性がある。単独話者の録音だけでは、誰がいつ何を観測したのかを確定できない。 [2]

陽動仮説の時間的条件

犯人側による意図的な陽動を想定する場合、録音が第三者に受信され、警察に届き、捜査上の判断に影響するという過程が必要となる。1989年の記事は録音者が警察に届けたと述べるが、1984年のいつ提出されたかは明らかでない。1991年の配布・公開は、それ以前に警察が録音を保有していたことを裏付ける一方、犯行当時に陽動が実際に成立していたことを意味しない。 [3] [6]

他方、録音者を直接の対象とする偽装や、後年に発見されることを見込んだ人物像の操作という解釈も成立する。陽動仮説を検証する場合には「誰に」「何を」「いつ」認識させようとしたのかという三つの条件を区別すべきである。 [3] [6]

第三者の偽装交信説

第三者が犯人グループの名称を用いて交信を装った可能性は、相手側の声が残っていないこと及び組織像を連想させる語句の使用と両立する。ただし、12月4日に不二家の名称が語られ、後に同社への脅迫が現実化したという前後関係を、第三者がいかに知り得たのかを説明する必要がある。先行する接触、情報流通、録音の来歴のいずれかに独立した根拠がなければ、この説の説明力は限定される。 [2] [3] [4] [10]

第八章 資料に基づく対立仮説の比較

交信者の属性に関する説明は、事件関係者による内部通信、事件関係者の意図的な演出、第三者の偽装、符号自体の解釈違いに分かれる。同じ発言が複数の仮説を支える場合、符合する点の数だけで一つの説明を採択することはできない。

仮説説明できる事情反対方向の事情
H1 真正な内部通信不二家への先行言及、業務分担、移動指示実名使用、片側音声のみ、傍受への言及
H2 犯人側の陽動通信軍事的語彙、組織規模の誇示、符号と実名の混在警察への提供時期、誘導の対象・効果が不明
H3 真実と演出の混在不二家情報と誇張表現の併存真実部分と演出部分の線引きが困難
H4 第三者による偽装演出された呼称、相手方音声の欠落公開以前の不二家情報の入手経路
H5 符号を地域と誤読遠隔地要員説に依存しない説明航空券・日帰り・警戒との関連付け

H1は、不二家情報の先行性を説明しやすい一方、通信内容の露出を説明する必要がある。H2及びH3は不自然に見える語彙を説明し得るが、第三者に情報が届く経路と時期を明らかにしなければ、当時の捜査を実際に混乱させたという主張には至らない。H4は情報の事前取得を要し、H5は符号の意味を変更することで組織像を大きく変える。 [2] [3] [4] [6]

ここで重視すべきは、犯人グループに属する者が実際に送信した場合であっても、全ての発話が事実だったとは限らない点である。発信者の真正性と発話の真実性を分けることにより、証拠の一部が符合しても別の一部には虚偽又は演出が含まれるという仮説を検討できる。 [2]

第九章 架空の訴訟当事者による証拠評価

以下では、捜査官、検察官、弁護人という架空の役割を用い、同一資料に対する評価の分岐を検討する。いずれも実在の捜査機関の発言、訴追事実又は裁判手続を再現したものではない。各争点の結論を予め設定せず、読者が資料と推論の関係を判断する形式とする。

争点一 不二家の名称が12月4日に現れた理由

立場検討内容
捜査官12月4日以前の企業側の連絡記録、脅迫文書の到着日及び録音の警察への提出日を照合し、情報の流通経路を把握する。
検察官後に現実化した不二家脅迫への先行言及は、計画の内部事情を知る者による発話という推認を支える。
弁護人一致は交信者の身元を示さない。交信前の接触、第三者への漏示、仮定的会話及び編集の影響を排除できない。

争点二 「別のコマンド」の実在

立場検討内容
捜査官数字符号の対象及び各地域の警戒状況に対応する実際の行動痕跡を調査する。
検察官別働者による調査、警戒情報の比較及び移動の指示という文脈は、役割分担を伴う組織活動と整合する。
弁護人所属人員に関する独立の証拠はない。語句は軍事的な組織像の演出又は一人の独話でも説明できる。

争点三 7.110MHzの選択

立場検討内容
捜査官当時の割当規則、機器仕様、運用方式及び受信記録を照合する。
検察官国内アマチュア帯域の直外を選択したことは、通常の交信を避ける意図を示す事情となり得る。
弁護人一般の市販機でも送受信可能であり、特殊機材又は秘匿目的を周波数のみから推定できない。

争点四 政治・外国組織という属性

立場検討内容
捜査官「コマンド」の同時代の内部用例と、秘密通信の実際の運用記録を確認する。
検察官対抗監視と調査部隊の運用は当時の一部非公然組織について公的資料に記述があるため、比較の対象となる。
弁護人能力の類似は同一性の証明ではない。内部用語の一致は確認されず、日本語使用から国籍も定まらない。

争点五 傍受を意識した発言

立場検討内容
捜査官交信全長及び相手側の周波数・音声を照合し、発話の直前に生じた状況を把握する。
検察官傍受を認識したとの発言は、通信者が第三者の受信を意識していたとの推認を支え得る。
弁護人傍受の認識が実際にあったのか演出だったのかは判別できず、意図的な公開を認定するには不足する。

争点六 録音が捜査に与えた影響

立場検討内容
捜査官1984年の録音提出日と、警察が資料として用いた初期の日時を調べる。
検察官当時の捜査側が録音に接し、地域的な活動拠点に関する判断を変えていたなら、陽動効果を検討できる。
弁護人1989年の報道と1991年の公開から、1984年の捜査誘導が成立したと推定することはできない。

第十章 近現代史における事件の位置

北海道テープの解釈を進めると、無線技術や企業恐喝の経過に加え、戦後日本における情報活動、政治運動、消費社会及び報道の関係も検討対象となる。これらの歴史をたどることで、交信者の行動や発言を説明する複数の仮説が成立し、その説明力を同時代の資料と照合できる。

警察庁『昭和60年警察白書』は、犯人グループが脅迫対象を森永製菓等30数社に広げ、1984年10月以降、青酸ソーダを混入した森永製品をスーパーマーケット等16箇所に計18個置いたと記録する。また、同年4月から12月までに報道機関へ計15回の挑戦状を送り、犯行内容の暴露や捜査への嘲笑を通じて脅迫の効果を高めたと説明している。食品の安全と企業の信用を広範な消費者へ結び付ける流通網そのものが、脅迫の影響を社会全体へ拡散させる条件となった。 [24]

同白書は、流通機構の変化と大量生産によって、被害品や遺留品から被疑者を追跡する「物」からの捜査が困難になっていたことも指摘する。商品の大量生産と広域流通は、全国で同一の商品を購入できる社会を成立させる一方、個々の製品や使用物品の移動経路を追跡する捜査にも影響していた。犯人側の毒物混入予告と警察側の物的追跡の困難を、当時の消費社会の同じ条件から検討できる。 [24]

情報の伝達時点にも、この事件に固有の問題がある。北海道テープでは12月4日に不二家の支払意思が語られたとされるが、書籍が記録する脅迫文書の送付は同月7日夜であり、不二家事件については報道協定も存在した。犯人側、企業、捜査機関、報道機関及び一般社会が、同一の情報を同時に知っていたとは限らない。12月4日の発言が事前知識によるものか、既に行われた接触を反映したものか、又は第三者への演出だったのかという疑問は、この情報の時間差を考慮することで具体化する。 [2][4][10]

通信の監視をめぐっても、当事者間の認識には違いがあった。1984年12月11日の国会審議で警察庁は、犯人側による警察無線の傍受を想定し、11月14日の現金受渡し捜査では無線によらない連絡を採用したと説明している。他方、北海道テープの話者は7.110MHzという通常の国内アマチュア送信帯域外で、「21面相」「不二家」を口にしていたと報じられる。実際の内部通信であれば、そのような名称を発信した理由が問題となり、意図的な情報発信だったとすれば、受信者から警察へ録音が届くまでの経路と時期が問題となる。 [2][25]

政治組織との比較には、当時の活動方法を記録した資料が存在する。警察庁『昭和60年警察白書』は、1984年の一部極左暴力集団がアジトの秘匿、暗号の使用、尾行点検等を行っていたと記述する。1978年の国会会議録には、日本赤軍の活動員を説明する文脈で「コマンド」という語も現れる。この語は組織の外部から活動員を説明するために使用されたものであり、北海道テープの「別のコマンド」が内部連絡の実際の用語だったのか、組織的な印象を与える語だったのかが比較上の争点となる。 [27][28]

北朝鮮工作機関との比較については、警察庁が公表した1977年の宇出津事件と1980年の辛光洙事件が、1984年以前の対外工作能力を考察する資料となる。前者では乱数表・暗号表等の押収、後者では拉致された日本人の身分を利用した旅券取得や海外での工作活動が記録されている。

これらの記録から、北朝鮮工作機関が秘密連絡、身分偽装及び越境活動を行う能力を有していたことが分かる。こうした活動実績は、北海道テープに現れる「別のコマンド」、地域符号、航空移動の指示を検討する際の比較材料となる。

北朝鮮説をさらに検討するうえで重要なのは、これらの発言と同国の工作活動との間に、一般的な組織能力の類似を超えた固有の共通点が存在するかという問題である。 [43][44]

「別のコマンド」、航空券の確保、地域番号を連想させる符号、短波通信という要素は、政治組織、国家の工作機関、広域的に活動する犯罪集団という複数の仮説と照合できる。同じ活動能力は異なる集団にも存在し得るため、能力の一致だけでは犯行主体を区別できない。他方、実名の使用や傍受に気付いたとする発言は、通信の秘匿を目的とする説に対して説明を求める事情となる。これらを併せて評価することで、どの仮説が何を説明し、どの部分に矛盾を残すのかが具体的になる。 [2][7][26][27][43][44]

1984年の日本には、全国的な流通網、報道機関を介した情報の伝達、捜査側と犯人側の通信をめぐる駆け引き、国内外の非公然活動が併存していた。これらの歴史は、北海道テープを内部通信として解釈する場合と、第三者に向けた情報発信として解釈する場合に、それぞれ異なる説明を与える。後者を仮定すれば、実名と符号を交えた発話自体が、受信者や捜査側に特定の犯人像を想像させる役割を果たしたことになる。 [10][24][25][27][43][44]

結語

北海道で録音された無線交信は、誰によって、何のために行われたのか。

調査を進める過程で、複数の解釈が成立した。

交信が実際の犯人グループによる内部連絡だったとすれば、そこには広域的な活動能力を持ち、複数の担当者によって情報を収集し、行動を調整する組織の存在が考えられる。

一方、通信の秘匿に相応の知識を持つ人物が、なぜ「21面相」「不二家」という名称を傍受可能な無線で使用したのかという疑問が残る。

仮に第三者に聞かれることを承知した交信であれば、「別のコマンド」や地域を連想させる符号は、実際の活動内容を伝えるためではなく、聞き手に特定の組織像を想像させるための言葉だった可能性もある。

しかし、その場合にも、誰に何を信じ込ませようとしたのか、録音がいつ警察に渡ったのかという問題が残る。

とりわけ、不二家への脅迫状が幹部宅に送られたのは12月7日夜とされるのに対し、12月4日の無線交信では、既に同社の支払意思が話題となっていた。さらに、1987年のNHK報道には「11月の不二家に対する脅迫状」という記述もあり、脅迫状の時期をめぐる資料間の相違も存在する。交信者は実際の交渉状況を知っていたのか。それとも、別の意図で不二家の名を口にしたのか。

いずれの仮説も、交信の全体を説明するには至らない。

そして、この数分間の録音を調べる過程で、考察は1984年という時代を越えて広がっていった。

極左組織の非公然活動、冷戦期の情報活動、盗聴と対抗監視、通信技術の発展、広域的な組織犯罪。さらに、その背後には、戦前から続く国家と社会の関係、戦争と敗戦、占領、戦後の政治運動、経済成長という歴史がある。

異なる時代に生まれたものが、1984年の日本には同時に存在していた。

グリコ・森永事件の犯人が、そのどこに属していたのかは分からない。これらの歴史的背景が、事件に直接関係していたことを裏付ける証拠もない。

それでも、犯人グループの属性や行動原理を考察しようとすれば、戦後日本のさまざまな歴史に行き当たる。

「コマンド」という一語から政治組織の歴史を調べ、7.110MHzという周波数から冷戦期の通信技術に行き着く。組織的な情報収集を考えれば、盗聴や対抗監視の歴史にもつながる。

そして、調べるほど、その言葉が本当に発信者の素性を表していたのかさえ分からなくなる。

過去の歴史を知ることは推理の材料を増やす。その一方で、蓄積された知識によって、証拠のない犯人像を作り上げてしまう危険も生じる。

この事件には、戦前、戦中、戦後の歴史の澱を感じさせるものがある。

グリコ・森永事件は、犯人の正体が分からないまま、戦後日本のさまざまな歴史を映し出し続けている。昭和59年に発生した事件でありながら、昭和59年だけでは語り尽くせない事件である。

注・参考資料

本文中の角括弧付き数字は次の資料に対応する。公的資料は当該機関が公表した内容を示し、新聞記事は各媒体の報道内容、書籍は著者の記述、技術論考はその検討内容として区別して扱った。

[1] NHKニュース「グリコ・森永事件犯人グループ 不許可の周波数の無線で交信」1989年11月2日(共有新聞検索資料)。 ↩

[2] 中日新聞「グリコ森永事件 21面相との交信公開 警視庁 無線愛好家に情報募る」1991年7月9日朝刊30頁(共有新聞検索資料)。 ↩

[3] 朝日新聞「21面相の声?録音 北海道のアマ無線家、不二家脅迫を交信」1989年11月3日東京朝刊31頁。 ↩

[4] 読売新聞「グリコ・森永事件 犯人の?交信を傍受 北海道のアマ無線家」1989年11月3日東京朝刊31頁。 ↩

[5] 北海道新聞「犯人グループの交信? 愛好家にテープ公開、道内のアマ無線家録音」1991年7月27日夕刊14頁。 ↩

[6] 読売新聞「グリコ・森永事件 犯人グループ実録テープがQ2で流れる 和歌山県警から」1991年6月13日大阪夕刊17頁。 ↩

[7] 読売新聞「グリコ・森永事件 『ハウス食品』遺留無線機 運送関係者が購入?」1991年3月18日大阪朝刊31頁。 ↩

[8] NHKニュース「グリコ・森永事件 2種類のリボンテープ 使用判明」1987年1月10日(共有新聞検索資料)。 ↩

[9] 岩瀬達哉『キツネ目 グリコ森永事件全真相』講談社、2021年3月、276–277頁・306–307頁。書誌:講談社 https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000351364 ↩

[10] 朝日新聞大阪社会部『グリコ・森永事件』新風舎文庫、新風舎、2004年3月、第9章「不二家脅迫事件、そして越年」、378–383頁。書誌:国立国会図書館 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007541696 ↩

[11] 調査に用いたMP3音源「【貴重音源】グリコ・森永事件 犯人の肉声 アマチュア無線交信音声 「21面相」「玉三郎」 7MHz帯オフバンド【北海道テープ】FULL.mp3」(約3分49秒)。冒頭の解説を含む編集物。音声の明瞭化にはサイバーリンク「AudioDirector 365」を使用し、軽微なノイズ除去を試行した。 ↩

[12] 一般社団法人日本アマチュア無線連盟(JARL)「アマチュア無線年表・2001年~2010年」。https://www.jarl.org/Japanese/A_Shiryo/A-6_History/History-05.htm ↩

[13] JARL「アマチュア無線年表・1945年~1974年」(1972年のKR8からJR6への変更)。https://www.jarl.org/Japanese/A_Shiryo/A-6_History/History-02.htm ↩

[14] International Telecommunication Union, World Radiocommunication Conference 2003, 7,100–7,200kHzの周波数再分配に関する説明。https://www.itu.int/itunews/manager/display.asp?ext=html&ipage=solutions&issue=06&lang=en&year=2003 ↩

[15] Free Radio Magazine, 1984年3月号。Radio Timeの7,105kHzから7,110kHzへの変更に関する記録。https://www.worldradiohistory.com/INTERNATIONAL/Free-Radio-Magazine/FRM_84-03.pdf ↩

[16] Communications World, Fall/Winter 1976, 短波放送局周波数一覧。https://www.worldradiohistory.com/Archive-All-Logs-Lists-Directories/Archive-Radio-Logbooks/Communications_World/Communications-World-1976-Fall-Winter.pdf ↩

[17] Radio Ethiopiaの後年の7,110kHz使用例(1984年当日の証拠ではない)。https://mt-shortwave.blogspot.com/2009/05/blog-logs-africa.html ↩

[18] American Radio Relay League (ARRL), “Voice Modes”(SSB等)。https://www.arrl.org/voice-modes ↩

[19] 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)「電離圏領域」。https://www2.nict.go.jp/spe/swc/forecast/ionosphere.html ↩

[20] 平林純「『北海道テープ』の謎を解く!“東大阪の玉三郎”編」『Software Design』第390号、2023年、1–3頁。J-GLOBAL書誌・抄録。https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=202302220885060531 ↩

[21] YAESU MUSEN CO., LTD., FT-757GX Operating Manual, 送信周波数仕様(7.0–7.49999MHz)。https://www.radiomanual.info/schemi/YAESU_HF/FT-757GX_user.pdf ↩

[22] ICOM, IC-751 Instruction Manual, 送信周波数仕様(6.95–7.5MHz)及び送受信周波数の独立設定。https://www.radiomanual.info/schemi/ICOM_HF/IC-751_user.pdf ↩

[23] 八重洲無線株式会社「144MHz帯ハンディトランシーバー」FT-208の公表仕様(144MHz帯、F3、定格2.5W)。https://www.yaesu.com/jp/amateur_index/support/yk5201.html ↩

[24] 警察庁『昭和60年警察白書』第2章、警察庁指定第114号事件に関する記述。https://www.npa.go.jp/hakusyo/s60/s600200.html ↩

[25] 第102回国会参議院地方行政委員会第3号、1984年12月11日、金澤昭雄政府委員答弁。https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=110214720X00319841211 ↩

[26] 警察庁『昭和53年警察白書』第8章「公安の維持」(尾行、電話・警察無線の傍受、対抗措置等)。https://www.npa.go.jp/hakusyo/s53/s530800.html ↩

[27] 警察庁『昭和60年警察白書』第7章、非公然活動等の記述。https://www.npa.go.jp/hakusyo/s60/s600700.html ↩

[28] 第84回国会衆議院法務委員会第15号、1978年4月11日、日本赤軍の活動員に関する「コマンド」への公的言及。https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=108405206X01519780411 ↩

[29] 全日本空輸株式会社「ANAグループの年表 1980年から」(1980年8月の仙台―那覇線開設)。https://www.ana.co.jp/group/company/ana/chronology/1980.html ↩

[30] Yonhap News Agency, “N. Korea resumes encrypted number broadcasting,” 2016年7月19日。https://en.yna.co.kr/view/AEN20160719005400315 ↩

[31] 松岡洋「映画『罪の声』グリコ森永事件の無線交信を読み解く」個人公開論考(通信方式等の二次評価)。https://note.com/kuronekodaisuki/n/n3a6c3d1b6dc1 ↩

[32] よつ葉乳業株式会社「沿革」(1986年の社名変更)。https://www.yotsuba.co.jp/company/info/history/ ↩

[33] 石屋製菓株式会社「私たちのあゆみ」等(商品発売・事業史)。https://www.ishiya.co.jp/about/rinen/ ↩

[34] 株式会社でん六「会社概要」(所在地等)。https://www.denroku.co.jp/company/profile.php ↩

[35] 森永乳業グループの沖縄森永乳業に関する沿革紹介。https://note.morinagamilk.co.jp/magazines ↩

[36] JARL「全国レピータ局リスト」及び地域エリアの区分。https://www.jarl.org/Japanese/A_Shiryo/A-1_Repeater/ ↩

[37] 第102回国会衆議院地方行政委員会第4号、1985年2月21日、警察無線傍受を前提とした捜査に関する答弁。https://kokkai.ndl.go.jp/simple/detail?minId=110204720X00419850221 ↩

[38] 岩内町「岩内町の住まい・住環境の概況」(位置・地勢、岩内町と共和町の地理的関係)。https://www.town.iwanai.hokkaido.jp/wp-content/uploads/2022/05/6c56218f49d27afb628124be45ffdd13.pdf ↩

[39] 共和町「共和町について」「統計情報」(岩内郡の位置・地勢)。https://town.kyowa.hokkaido.jp/ https://www.town.kyowa.hokkaido.jp/administration/?content=574 ↩

[40] GeoNames, “Iwanai, Japan” (岩内町の位置参照点:北緯42.97444度、東経140.50889度)。https://www.geonames.org/2129868/iwanai.html ↩

[41] Natural Earth, “1:110m Cultural Vectors”(図1及び図5の海岸線・国境線の原図データ、パブリックドメイン)。https://www.naturalearthdata.com/about/terms-of-use/ ↩

[42] Radiomuseum.org, “FT-757GX” 及び “IC-751” (1984年当時の機種存在時期に関する参考記録)。https://www.radiomuseum.org/r/yaesu_ft_757_gx.html https://www.radiomuseum.org/r/icom_ic_751.html ↩

[43] 警察庁「北朝鮮による拉致容疑事案について―宇出津事件―」(1977年の工作活動、乱数表・暗号表の押収に関する公表)。https://www.npa.go.jp/keibi/gaiji1/abd_j/ushitsu.html ↩

[44] 警察庁「北朝鮮による拉致容疑事案について―辛光洙事件―」(1980年の拉致、身分偽装及び対韓国工作に関する公表)。https://www.npa.go.jp/keibi/gaiji1/abd_j/singansu.html ↩

[45] Icom Inc., “Icom History”(IC-751を1983年の製品として掲載)。https://www.icomjapan.com/company/history/ ↩

[46] アイコム株式会社「拡張された7MHz帯で運用するのに、改造が必要な機種は?」(国内向け機種と周波数拡張への対応)。https://www.icom.co.jp/support/personal/faq/?business=2&disp=3&pg=2&type=6 ↩

図表の出典

図1・5にはNatural Earthの地図を用いた。図2は新聞・書籍の時系列、図3は周波数割当資料、図4・6は機器仕様に基づく模式図であり、実物写真ではない。各図の根拠は本文及び図注に掲げた。 [12] [14] [21] [22] [23] [41]


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste Roquentinは、Albert Camusの『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartreの『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場する主人公の名を組み合わせたペンネームです。メディア業界での豊富な経験を基盤に、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルチャーなど多岐にわたる分野を横断的に分析しています。特に、未解決事件や各種事件の考察・分析に注力し、国内外の時事問題や社会動向を独立した視点から批判的かつ客観的に考察しています。情報の精査と検証を重視し、多様な人脈と経験を活かして幅広い情報源をもとに独自の調査・分析を行っています。また、小さな法人を経営しながら、社会的な問題解決を目的とするNPO法人の活動にも関与し、調査・研究・情報発信を通じて公共的な課題に取り組んでいます。本メディア『Clairvoyant Report』では、経験・専門性・権威性・信頼性(E-E-A-T)を重視し、確かな情報と独自の視点で社会の本質を深く掘り下げることを目的としています。

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note:社会問題を中心にしたエッセイ

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