
1962年11月から1963年9月にかけて、東京都内では「草加次郎」を名乗る人物による爆発、脅迫、銃撃事件が相次いだ。島倉千代子後援会事務所への爆発物郵送、有楽町や日比谷の劇場爆破、世田谷区の電話ボックス、浅草寺境内、上野公園での銃撃、地下鉄銀座線京橋駅での時限爆弾爆発。犯人は逮捕されず、「草加次郎」という名だけが昭和の未解決事件として残った。
この事件を追うとき、爆発物の構造や犯人の正体だけを見ても届かない部分がある。犯人は郵送で姿を隠す一方、有楽町、日比谷、浅草、上野、京橋といった東京の現場へ実際に赴いた可能性が高い。さらに、爆発物だけでなく拳銃を使い、芸能人を脅迫し、現金を要求しながら、実際には金を奪っていない。
この記事では、草加次郎事件を時系列で整理したうえで、犯行を郵送型、現場設置型、直接攻撃型に分け、犯人が東京のどこを移動したのかを確認する。さらに、海外の類似事件とも比較しながら、爆発物、拳銃、脅迫状、そして「草加次郎」という名前が、事件の中でどのように機能したのかを考える。
郵送された爆発物から始まった連続事件
1962年11月4日、東京都品川区の島倉千代子後援会事務所に差出人不明の封筒が届いた。封を開けた男性事務員が中の筒から紙を引くと、仕掛けられていた火薬に火が入り、事務員は右手に火傷を負った。筒には「草加次郎」と書かれていた。この名は、以後10か月にわたって東京都内で起きた爆発、脅迫、銃撃事件に現れる。
最初の事件は郵送で実行されていた。犯人は現場に姿を見せる必要がなく、封筒を開ける相手の行為を発火のきっかけにしていた。11月13日には港区麻布のバーホステス宅にも同様の爆発物が届き、不発に終わったとされる。ここまでの段階では、犯行は郵便制度を利用した遠隔型にとどまっていた。
事件の性質が変わるのは、1962年11月20日の有楽町ニュー東宝劇場爆発事件である。映画を見終えた観客が、3階ロビーのソファーに置かれた円筒に触れ、爆発によって火傷を負った。11月26日には、近くの日比谷映画劇場の男性トイレにも爆発物が置かれ、清掃後に扉を開けた際の風で洗面台上の筒が落下し、爆発したとされる。ここで犯人は、郵送から劇場内への直接設置へ移った。
11月29日には、世田谷区の電話ボックスに置かれた石川啄木の詩集を使った爆発物が作動し、会社員が火傷を負った。12月12日には、浅草寺境内で推理小説を使った爆発物が発見されたとされる。劇場、電話ボックス、寺院境内という場所の違いはあるが、いずれも人の出入りがあり、置かれた物に第三者が触れることを前提にしている。
1963年5月からは、吉永小百合宅に「草加次郎」名の脅迫状が届く。公開資料では、1963年5月から8月にかけて吉永宅に複数の脅迫状が届き、9月6日にも現金100万円を要求する脅迫状が送られたとされる。吉永小百合のほか、鰐淵晴子、桑野みゆき宛てにも、弾丸を同封した脅迫状が送られたとする資料もある。
1963年7月15日、上野公園でおでん屋台の店主が撃たれ、重傷を負った。10日後の7月25日、上野警察署に弾丸入りの封書が届き、封筒には「草加次郎」の名があったとされる。この銃撃は、郵送型、設置型とは違い、犯人が被害者のいる場所に近づき、直接攻撃した事件である。
その後、渋谷の東横デパートでも脅迫電話、洗面所爆発、屋上爆発、小包爆発が続いた。ただし、この系列は筆跡や爆発物の違いから模倣犯の可能性も指摘されており、草加次郎本人の行動圏を考える材料としては扱いを慎重にする必要がある。
1963年9月5日夜、営団地下鉄銀座線京橋駅に停車中の電車内で時限爆弾が爆発し、乗客10人が重軽傷を負った。郵送、劇場、電話ボックス、寺院、銃撃へと広がっていた事件は、ついに地下鉄車内にまで及んだ。中日映画社は同年9月13日公開のニュース映画『姿なき爆発狂 ~草加次郎事件~』で、島倉千代子への爆発物郵送、吉永小百合への脅迫状、地下鉄爆破を一連の事件として記録している。
郵送型、現場設置型、直接攻撃型に分かれる犯行
草加次郎事件は、犯人が現場に姿を見せずに実行できた事件と、東京の街へ出て行動した可能性が高い事件に分けられる。郵送爆発物や脅迫状は、犯人が遠隔で実行できる。これに対し、有楽町、日比谷、世田谷、浅草寺、上野公園、地下鉄銀座線の事件では、犯人自身が現場へ近づいた可能性が高い。
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この分類によって、事件の見え方は変わる。草加次郎は、封筒や小包の向こうに隠れていただけの犯人ではない。少なくとも複数回、東京の劇場、電話ボックス、寺院、公園、地下鉄へ入り、爆発物を置き、あるいは銃を使ったと考えられる。
犯人が現場に赴いた可能性の高い日
現場設置型と直接攻撃型だけを取り出すと、犯人が実際に東京の街を移動したと考えられる日付は、1962年11月20日火曜日、11月26日月曜日、11月29日木曜日、12月12日水曜日、1963年7月15日月曜日、9月5日木曜日である。東横デパート関連を同一犯に含めるなら、1963年7月24日水曜日、8月11日日曜日、8月14日水曜日も加わるが、この系列は本人性に慎重さが残る。
場所で見ると、有楽町、日比谷、京橋、上野、浅草という都心東側から銀座線沿線に近い地域が目立つ。有楽町と日比谷は徒歩圏にあり、京橋も銀座線や都心の移動線上にある。上野と浅草は銀座線の東側に並ぶ。渋谷の東横デパート関連を含める場合、銀座線の東西方向まで行動範囲が広がる。世田谷の電話ボックスはこのまとまりから少し外れるが、鉄道やバスで都心から移動できる地点であり、犯人が東京の交通網を使って複数地点を選んでいた可能性は高い。
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移動手段として自然なのは、鉄道と徒歩である。劇場、百貨店、電話ボックス、寺院、公園、地下鉄は、どれも人の流れに紛れて入れる場所だった。爆発物を持ち込み、短時間で置き、離れるには、自動車よりも鉄道駅から徒歩で現場に入る方が目立ちにくい。地下鉄銀座線の車内爆破では、犯人が列車内または駅付近で爆発物を設置し、爆発前に離脱した可能性がある。
曜日と時刻を見ると、犯人が現場に出たと考えられる日は、月曜、火曜、水曜、木曜、日曜に分散している。時刻は夕方から夜が目立つ。日比谷劇場、世田谷の電話ボックス、浅草寺、上野公園、地下鉄銀座線の事件は、人の流れが残る時間帯に起きている。犯人は、人の多い場所と時間を利用していた。
爆発物、拳銃、芸能人脅迫
草加次郎事件で目立つのは、犯人が爆発物だけでなく、銃を使っている点である。爆発物は、郵送し、置き、時間差で作動させることができる。犯人は現場から離れた場所に身を置ける。ところが銃撃は、それとは性質が違う。相手のいる場所へ近づき、発射し、その場から離れなければならない。上野公園のおでん屋台店主銃撃が一連の事件に含まれるなら、犯人は自分の身体を現場に出し、対人距離で暴力を実行できる人物だったことになる。
芸能人を脅迫している点も、同じ線上で扱える。島倉千代子、吉永小百合という名前は、当時の大衆社会の中心にあった。そこを狙えば、本人だけでなく、家族、事務所、後援会、ファン、新聞、警察が動く。金を取るだけなら、標的はほかにもあったはずである。犯人は、社会が大きく反応する相手を選んでいた。
しかも、犯人は現金を奪取していない。脅迫状を送り、現金を要求し、受け渡しの指示を出しながら、最後の段階で金を取りに来ない。準備を重ね、危険を冒し、警察を動かしながら、実利の回収には執着していない。ここに、草加次郎事件の奇妙さがある。
政治思想的な声明も前面に出てこない。特定の体制、組織、政策、社会集団を敵として名指しする言葉も見えない。金銭目的として見るには収支が合わず、政治犯として見るには言説が足りない。怨恨として見るには、標的が広がりすぎている。
そこで浮かび上がるのは、犯人が、思想や金よりも、自分の名によって社会が動くことに強い関心を持っていた可能性である。爆発物は人を傷つけ、銃は人を撃つ。しかし、「草加次郎」という名前もまた、別の形で社会を攻撃していた。
封筒に書かれた名、脅迫状に残された名、報道で繰り返される名、警察が追う名、人々が恐れる名。犯人は実名を隠しながら、偽名だけを社会に出した。その名が事件と事件をつなぎ、次の犯行を想像させ、まだ何も起きていない場所にまで不安を広げていく。
草加次郎という名前は、単なる署名ではなかった。身元を隠す覆面であり、複数の事件をひとつに結ぶ印であり、社会を反応させる装置でもあった。犯人は、爆発物で現場を攻撃し、銃で人を撃ち、名前で社会を脅した。
海外事例との比較
草加次郎事件に似た海外事例を探すと、ニューヨークのMad Bomber、カリフォルニアのZodiac Killer、ニューヨークのSon of Samが浮かぶ。ただし、草加次郎と完全に重なる犯人は見当たらない。爆発物の使い方ではMad Bomber、名乗りと通信の使い方ではZodiac Killer、拳銃と都市恐怖の広げ方ではSon of Samが近い。しかし、草加次郎事件では、爆発物、拳銃、芸能人脅迫、現金要求、名乗りが一つの事件群の中に重なっている。
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George Metesky / Mad Bomber
爆発物の使い方で最も近いのは、ニューヨークのMad Bomber、ジョージ・メテスキーである。Britannicaによれば、メテスキーは1940年代から1950年代にかけて、ニューヨーク市内に少なくとも33個の爆弾を仕掛けた。彼は1931年にコンソリデーテッド・エジソン系の職場で労災に遭い、その後に解雇されたことを強い恨みとしていた。
この点は、草加次郎事件と近い。草加次郎も、有楽町の劇場、日比谷の劇場、世田谷区の電話ボックス、浅草寺境内、地下鉄銀座線の車内など、人の流れがある場所に爆発物を置いている。犯人が都市の中に入り、公共空間に爆発物を残し、社会を動揺させたという点で、両者は重なる。
一方で、メテスキーには特定企業への怨恨があった。草加次郎事件では、金銭要求、芸能人脅迫、銃撃、地下鉄爆破が並び、特定の相手への恨みだけで全体を説明しにくい。
Zodiac Killer
「名前を武器にした」という点で近いのは、ゾディアック・キラーである。FBIは、1968年から1969年にかけてカリフォルニア州ベイエリアで5人が殺害され、犯人が暗号めいた挑発文を送って北カリフォルニアを恐怖に陥れた事件として扱っている。
ゾディアック事件では、殺害行為だけでなく、手紙、封筒、筆跡、暗号文が事件の一部になっている。犯人は人を殺すだけでなく、新聞と警察を使い、自分の名を社会に刻み込んだ。
草加次郎と近いのは、この点である。「草加次郎」という名前は、犯人の身元を隠すための仮名にとどまらない。事件と事件をつなぎ、報道を動かし、警察を動かし、社会に恐怖を広げる記号として機能していた。
ただし、ゾディアック事件では、爆発物が実行犯行の中心にはなっていない。爆弾への言及や脅しはあるが、草加次郎のように爆発物を現場に置き、地下鉄車内で実際に爆発させた事件とは異なる。
Son of Sam / David Berkowitz
拳銃と名前の使い方で近いのは、Son of Sam、デイヴィッド・バーコウィッツである。Britannicaは、バーコウィッツが1976年から1977年にかけてニューヨーク市で6人を殺害し、犯行中にニューヨークの新聞へ手紙を送り、「Son of Sam」と署名したと説明している。
草加次郎との一致点は、拳銃、都市、名乗り、報道、恐怖である。犯人は拳銃を使い、都市の中で被害を広げ、手紙と名乗りによって社会の不安を増幅させた。
ただし、Son of Samには爆発物がない。芸能人脅迫も、現金要求も確認されない。草加次郎事件のように、銃撃と爆発物、脅迫状、現金要求が同じ事件群の中に並ぶわけではない。
Unabomber / Theodore Kaczynski
爆発物と郵送という点では、Unabomber、セオドア・カジンスキーも比較対象になる。FBIによれば、カジンスキーは1978年から17年間にわたり、郵送または手渡しで高度化する爆弾を送り、3人を殺害し、20人近くを負傷させた。
ただし、カジンスキーの場合、思想が前面に出ている。1995年に長大な文章を送り、現代社会や技術に対する考えを示した。草加次郎事件では、政治思想的な言説よりも、「草加次郎」という名前が前面に出ている。
Jack the Ripper
名前の武器化という意味では、Jack the Ripperも比較対象になる。英国国立公文書館の資料では、「Jack the Ripper」と署名された手紙がメトロポリタン警察のファイルに残っている。ただし、その手紙は犯人本人によるものかどうかが疑われ、偽書簡として扱われることもある。
それでも、「Jack the Ripper」という名前が事件の認識を支配したことは無視できない。犯人本人の筆によるものかどうかとは別に、その名は報道で広がり、事件を束ね、恐怖を増幅した。
この点は、草加次郎とよく似ている。正体不明の犯人が、名前によって社会に残る。名前が報道で繰り返され、複数の事件を一つの連続した脅威として見せる。ただし、Jack the Ripperは爆発物も拳銃も使っていないため、比較対象として使うなら、名前の武器化という一点に限られる。
草加次郎事件の固有性
単独の事例として最も近いのは、Mad Bomberである。理由は、都市の公共空間に爆発物を置いた点が草加次郎事件とよく重なるからである。劇場、駅、電話ボックス、人の流れがある場所を選び、犯人が都市の中で爆発物を仕掛ける。この点では、両者の距離は近い。
一方で、「名前を武器にした」という点では、Mad BomberよりもZodiac KillerとSon of Samの方が近い。Zodiacは、名前と手紙で報道と警察を動かした。Son of Samは、拳銃と名乗りによって都市の不安を広げた。
草加次郎は、Mad Bomberのように都市へ爆発物を置き、Zodiacのように名前で報道と警察を動かし、Son of Samのように拳銃を使って都市の不安を広げた。そこに、芸能人脅迫と、現金を取りに来ない奇妙さが加わる。
爆発物の配置はMad Bomberに近い。名乗りの使い方はZodiacに近い。拳銃と都市恐怖はSon of Samに近い。しかし、その三つに芸能人脅迫と未回収の現金要求が重なる点で、草加次郎事件はかなり独特である。
草加次郎は、その要素をひとつの事件群の中に併せ持っていた。爆発物、拳銃、芸能人脅迫、現金要求、そして「草加次郎」という名前。犯人は、金も思想も前面に出さず、名前そのものを社会に投げ込んだ。
結論
犯人の実名は、歴史、時代、社会、都市の流れの中に埋没したかもしれない。だが、彼が自ら社会に投げ込んだもう一つの名前、「草加次郎」は残った。爆発物や拳銃が現場の人間を傷つけたように、その名前は事件後の社会に残り続けた。
犯人が金銭を得たかどうか、思想を伝えたかどうかは分からない。しかし、名を社会に刻むことが目的だったなら、それは達成された。草加次郎という名は、犯人の本名を覆い隠したまま、今も未解決事件の中で生き続けている。
人間には、自分の名を残したいという欲望がある。多くの場合、それは功績、作品、発見、事業、政治、芸術、あるいは家族の記憶として社会に残る。草加次郎は、爆発物、拳銃、脅迫状、地下鉄爆破、芸能人脅迫によって、その名を社会に刻んだ。
草加次郎は、爆発物や拳銃だけでなく、「草加次郎」という名前そのものを、社会を攻撃する武器にした。
名を歴史に刻むことが目的だったなら、それは成功した。ただし、その名が残った場所は犯罪史の中だった。
◆参考資料
TBS NEWS DIG「昭和の未解決連続爆破事件犯『草加次郎』って誰だ(1962年~1963年)〖TBSアーカイブ秘録〗」2025年2月25日。
中日映画社「姿なき爆発狂 ~草加次郎事件~」1963年9月13日公開。
NHKアーカイブス「きょうの出来事・9月5日 脅迫・爆発 草加次郎事件」関連投稿。
毎日新聞「新聞は見ていた case.10『草加次郎』事件」2024年8月24日。
Britannica「George Metesky」。
FBI「The Zodiac Killer」。
Britannica「David Berkowitz」。
FBI「Unabomber」。
The National Archives「Jack the Ripper」関連資料。
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日本犯罪史に残る事件・未解決事件のうち、時代背景、政治、経済、治安、社会状況との関係が大きい事件を扱った記事。

























