「職業に貴賎なし」とは言うけれど、世間体や印象から、どうしたって社会的立場が低くなってしまう職業がある。そして、性産業の代表である売春に従事する娼婦もまた、その1つだ。
娼婦とは、神話に登場するほど長い歴史を持つ職業だ。
また、彼女たちが置かれた状況も、現在とは全く異なっていた。
この記事では、その歴史を紐解いた後、神話などに登場する著名な娼婦たちをご紹介していきたい。
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「娼婦」という職業:最古の職業とも
「娼婦」という職業のことを考えてみよう。
娼婦とは、金銭と引き換えに性的なサービスを行う女性を指す。現在、娼婦という言葉を使うことは少ない。性産業が発展し細分化し、呼び方も変化を遂げてきたからだ。売春婦や風俗嬢、コールガールなどと呼ばれることが多い。
彼女たちは昔から批判の目にさらされ、差別を受けることがあった。それでいてこの職業が無くならないのは、どの時代でも需要があるからだ。性欲とは、(男女問わず)人間の基本的な欲求の1つである。
そんな娼婦の歴史を紐解いていくと、「娼婦は最古の職業」という言葉を見ることができる。
この言葉の真偽は定かではない。しかし、人間の本能を考えれば、そうおかしな話ではないだろう。また、女性だけができる「子供を産む」という行為に繋がるセックスも、考え方を変えれば神秘的で、人間にとっては重要なものである。
次の項で、娼婦の中でも古い形だと考えられる「神殿娼婦」について触れていこう。
神殿娼婦
「神殿娼婦」は、宗教的な理由から売春を行う娼婦のことを指す。神聖娼婦とも言われ、その言葉の響きから分かる通り、宗教と人々にとって大切な職業だった。
神殿娼婦の役割は、簡単に言えば「神と人間との橋渡し」である。彼女たちはセックスを媒体として、神の力やご神託を人々に授けたのである。
こうした慣習は、メソポタミア文明に分かりやすく見ることができる。 視野を広げれば、神への舞を元とする男装遊女・白拍子や、「神の花嫁」と呼ばれる巫女や修道女の文化なども、これに近いものがあると言えるだろう。
神話に登場する娼婦たち
ここから、神話に登場する著名な娼婦たちをご紹介していこう。中には「娼婦」とは明言されていないものも含まれている。しかし、かなり近い一面を持っているとして、この中に含めていることをご理解いただきたい。
シャムハト
シャムハトは、「ギルガメシュ叙事詩」に登場する神殿娼婦の名前である。「ギルガメシュ叙事詩」はメソポタミア文明下の英雄譚/神話であり、半神のギルガメシュ王について書かれている。
ギルガメシュには、神によって創られたエンキドゥというライバルがいた。エンキドゥはギルガメシュに対抗できる強い力を与えられてはいたものの、知能は無く、姿や性質は獣に近かった。実際、彼は狩人の仕事を邪魔していたようである。
狩人からの嘆願を聞いたギルガメシュは、エンキドゥに娼婦を派遣することに決める。この娼婦こそが、シャムハトである。
シャムハトはエンキドゥと7日に渡ってセックスをした。これにより、エンキドゥから毛が抜け人間に近い姿になった。その後、彼女はエンキドゥに人間の言葉や食事、着衣の文化について教えたのである。
人間性を手に入れたエンキドゥは、ギルガメシュと闘いを繰り広げた後、親友となった。
長期間に渡るセックスにより、シャムハトはエンキドゥの獣性を抜いた。それ以降は、人間世界の教師となったのである。 かつて、娼婦には高い教養を持つ者たちがいた。シャムハトは、こうした娼婦の原形なのかもしれない。
マグダラのマリア
キリスト教には、重要な「マリア」と呼ばれる女性が2人いる。1人がイエス・キリストの母である聖母マリア。もう1人がマグダラのマリアである。
マグダラのマリアは、キリスト教で聖女と呼ばれる1人だ。イエスによって罪を許され、彼に仕え、その死と復活を見届けた人物でもある。キリストには幾人か女性の弟子がいるが、その中で最も有名と言ってよいだろう。
マグダラのマリアは聖女であると同時に、娼婦であったと語られることが多い。それは、特に西方教会(西ヨーロッパで主要だったキリスト教)で「罪深い女」と表現されており、その上で、その罪が性的なことと語られていたことが関係している。
また、彼女はキリストの妻だったとされる説もある。マグダラのマリアはそれほどまでに、キリスト教に欠かせず、謎めいた女性と言えるだろう。
イシュタル
多神教の国に伝わる神話では、性的な要素と豊穣の神の親和性が高い。子孫繁栄と豊穣は切っても切り離せないものだからだ。
例えば、日本神話の大国主命はプレイボーイであると同時に、子孫繁栄や五穀豊穣を司っている。また、須佐之男命に殺されたオオゲツヒメは、下半身から麦や大豆などを生えさせている。
イシュタルはメソポタミア神話に登場する女神である。豊穣や戦を司っており、先に挙げたギルガメシュやエンキドゥにも関わりがある。
イシュタルは女神であるため、娼婦とは少し違うだろう。しかし、彼女の性欲は旺盛であり、数多くの恋人がいたとされている。そのため性愛の神とも言われ、娼婦の守護を担っていた。イシュタルの神殿では、神殿娼婦が働いていたとされている。
性愛の神であると同時に、人類にとって重要な豊穣・子孫繁栄の神であるイシュタル。彼女の神格には、娼婦が神聖な職業であった歴史をみることができる。
プロポイトスの娘たち
多神教の神は怒ると怖い。特に、ギリシャ神話の神々(特に女性)は怒らせない方が良いだろう。最高神・ゼウスの妻・ヘラは、夫と浮気をした女性を次々に血祭りにあげている。
プロポイトスの娘たちは、そんなギリシャ神話で愛と美を司る女神・アフロディーテの怒りに触れた女性たちである。
アフロディーテの神殿があるキュプロス島に、彼女を崇拝しない女性たちがいた。それこそがプロポイトスの娘たちである。勿論、アフロディーテがこれを許すはずがない。
アフロディーテは、プロポイトスの娘たちが常に情欲を感じるように呪いをかけた。その結果、娘たちは性欲に負け、世界初の娼婦となった。
最終的に、彼女たちに恥の感覚は無くなってしまう。顔に血が巡らない、石となってしまったのである。 ちなみに、そんなプロポイトスの娘たちをみて女性不信になったのが、石像の乙女に恋をしたピュグマリオンである。
リリスとその子供たち
アダムと、その肋骨から作られた女性イヴ。この夫婦は、一般的に初めての人間であると言われている。しかし実は、アダムには前妻がいた。その女性こそリリスである。
アダムの骨から作られたイヴと比べ、リリスはアダムと同じ素材(土)から作られたとされている。その立場は対等であると、リリスは考えていた。しかしひょんなことから、2人は仲たがいをしてしまう。リリスはアダムに、セックス上で優位に立たれることが嫌だったのだ。
その後、リリスはエデンを出奔してしまう。天使はリリスを連れ戻そうとし、「毎日産んだ子供を100人殺す」という呪いをかけるが、リリスは首を縦に振らない。
その後、リリスは悪魔と結婚をし、大量の悪魔を生み出した。その子供たちはリリム(リリン)と呼ばれ、男性から精を吸うサキュバスと関連付けられている。
キリスト教では、子作りに関係のないセックスを良しとしていない。また、性的に奔放であること・男性から精を吸うという彼女たちの特徴は、セックスを、そして、娼婦を悪だと考えた初期の宗教観(イスラム教・ユダヤ教・キリスト教)を感じるものである。
まとめ
娼婦について、また、神話に登場する娼婦及び、それに類する人物たちについて解説してきた。
現代では、娼婦という職業に良いイメージを抱いている人は少ないかもしれない。しかし、かつて彼女たちは神聖な役割を担っていた。なくてはならない存在だったのである。
今に残る、色々な神話や昔話を読んでみよう。その中には、かつて生きた娼婦たちの姿が描かれているのである。
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