粉ミルク劇物混入事件(香川県坂出市):毒を使う犯罪と女性

粉ミルク劇物混入事件(香川県坂出市):毒を使う犯罪と女性

2023年6月21日、香川県坂出市西庄町の37歳無職女性M容疑者が、2022年7月-8月頃、当時生後2-3ヶ月の親族の乳幼児に劇物の酢酸鉛を混ぜたミルクを飲ませ慢性鉛中毒にさせた傷害罪の容疑で逮捕された。またM容疑者は容疑を認めているという。

酢酸鉛入りミルクを飲んだ乳幼児は命に別状はないものの、「全治2カ月の貧血症状」と報道されている(引用・参考:「粉ミルクに劇物「酢酸鉛」混入か、女児鉛中毒に親族の女逮捕」産経新聞2023年6月21日16時01分配信)。

生後まもない親族の赤ちゃんのミルクに劇物・毒物を入れるという残酷な事件を中心に毒を使う犯罪と女性について考察していこう。

M容疑者についての調査

報道によれば、M容疑者と被害者の乳幼児及び母親は親族関係だといわれ、事件当時(2022年7月-8月)、M容疑者が他の親族等と居住していた香川県坂出市の住居内で事件が発生したとある。

報道されているM容疑者の住所はJR「八十場」駅から北西方向へ直線距離で約400メートルの場所にある集合住宅である。

大手不動産サイトのホームページ情報によれば、同集合住宅の家賃は約5万円、間取りは2LDK、約56-57㎡であることが確認されたため、発表されているM容疑者の逮捕時の住所(香川県坂出市西庄町)は、事件発生後に転居して来た住居の可能性が高いと推測できる。

また、M容疑者には、夫がいる(いた)ようだ。同事件を報じた2023年6月21日19時45分配信の「朝日新聞デジタル版」に「女が『混入したのは自分だ』と夫に明かし、それを知った母親らが県警に届け出た」とある。

事件発生から約10ヵ月を経た警察によるM容疑者の逮捕である。逮捕までの約10ヵ月の間にM容疑者は夫及び他の親族と暮らしていた香川県坂出市内の他所から夫等と伴に逮捕時の集合住宅に転居してきたの可能性は高いと考えられる。

社会と被害者に大きな傷を残した森永ヒ素ミルク事件

ミルクに毒物が混入された粉ミルク劇物混入事件(香川県坂出市)の報道に接し思い出されるのは、戦後日本の社会に大きな影響を与え、被害者と家族に現在も消えない大きな傷を残した森永ヒ素ミルク事件だろう。

ここからは、森永ヒ素ミルク事件について記していこう。

1955(昭和30)年、森永乳業株式会社徳島工場(2011年閉鎖)で製造過程の粉ミルクにヒ素が混入し、同粉ミルクを飲んだ多数の乳幼児が死亡等するという痛ましい事件が発生した。

同事件は「食の安全」、「消費者保護(権利)」という概念が確立、定着していない時代に発生した事件であり、後遺症に苦しむ被害者と家族を長期間に渡り苦しめている事件である。

森永ヒ素ミルク事件は1950年代から高度経済成長期に起きた水俣病等の重大な公害事件とともに「大企業」と「一般消費者」の関係性を見直すきっかけとなった事件だともいえるだろう。

1984(昭和59)年に発生したグリコ・森永事件森永乳業株式会社と関係性の深い森永製菓株式会社の製品に青酸化合物を入れ無差別的にばら撒いた事件等)のかいじん21面相グループから1984(昭和59)年12月5日(水)読売新聞社等に届いた名古屋中央郵便局消印のある脅迫状(挑戦状)には以下の文面が記されていた。

森永 どおして えらんだか…まえにひそで どくの こわさ よおしっとるやないか 社長 よほど あほや なかったら わしらの ゆうこと きくはずや

岩瀬達哉『キツネ目 グリコ森永事件全真相』(p306)講談社2021.

そう、かいじん21面相は、森永ヒ素ミルク事件という日本社会と国民の心に刻まれた悲しみと傷と恐怖を利用したのである。

絶対的弱者である乳幼児が飲むミルクに劇物・毒物を入れた香川県坂出市粉ミルク劇物混入事件森永ヒ素ミルク事件の悲しみと傷と恐怖を思い出させる事件だともいえるだろう。

日本社会には食品への劇物・毒物混入に対する潜在的な恐怖があるようだ。

毒を使う犯罪と女性

日本の犯罪史に爪痕を残す有名な劇物・毒物事件として、帝銀事件を思い浮かべる人は多いだろう。戦後のGHQ統治下に発生した帝銀事件は多くの謎を残す未解決的な事件だ。

また、第二の帝銀事件と呼ばれる茨城・徳宿村精米業一家殺害事件も逮捕された容疑者の自死により真相は解明されていない。

2つの事件は、加害者と複数の被害者に面識のない金銭目当ての強盗殺人事件であり、2つの事件に真犯人がいると仮定しても加害者は目撃情報等から男性だと断定できる事件である。

帝銀事件茨城・徳宿村精米業一家殺害事件 参考記事

だが、一般的に劇物・毒物を使う犯罪は女性の犯罪だといわれる傾向があるようだ。

この傾向は古代から在る世界的な傾向と考えられており、近代への扉を開いたマルキ・ド・サドの翻訳者として有名な澁澤龍彦『毒薬の手帖』河出書房新社1984.には、「フランス薬物学界の長老ルネ・ファーブル教授の『毒物学研究序説』」を引用した以下の記述がある。

ファーブル教授はさらに、毒殺 犯の七〇パーセントが女性であり、犯罪場所の七〇パーセントが田舎であるという事実を つけ加えている。むろん、この分類のなかには、事故による毒死や自殺はふくまれていない。それにしても、毒の行使者の七〇パーセントまでが女性であるということは、わたしたち の注意をひくに十分な事実であろう。男は一般に、こうした死の手続にほとんど誘惑され ず、敵に対してさえ、毒の使用は避けるものであるらしい。歴史的にみても、有名な毒殺者 はほとんど女性であった。

澁澤龍彦『毒薬の手帖』(p12-13) 河出書房新社. Kindle版.

創作物のなかでも、劇物・毒物を食べ物に入れ誰かを傷つけるのは「女性」の犯罪として描かれている。

以下は女性が加害者と事実認定等された日本の主な劇物・毒物混入事件の一覧である。

事件名発生時期劇物・毒物
和歌山毒物カレー事件1998(平成10)年7月25日亜ヒ酸
静岡タリウム使用母親殺害未遂2005(平成17)年10月31日タリウム
関西青酸連続死事件2007(平成19)年-2013(平成25)年青酸化合物
名古屋大学女子学生殺人事件2012(平成24)年5月-7月硫酸タリウム
大口病院連続点滴中毒死事件2016(平成28)年9月以降塩化ベンザルコニウム
女性による日本の主な劇物・毒物混入事件の一覧

上記の5事件のうち大口病院連続点滴中毒死事件と和歌山毒物カレー事件を除いた3つの事件の加害者と被害者の関係は、法律婚の複数の夫(金銭目的の婚姻)、母親、友人(同級生)である。

また、他にも食事等に覚醒剤を混入したのではないかとの嫌疑のある2018年5月24日発生の紀州のドン・ファン死亡事件(2021年4月28日に事件当時の妻が逮捕されたが、2023年6月22日現在まで裁判は行われておらず事実認定はされていない)や睡眠導入剤を使った2004(平成16)年からの鳥取連続不審死事件、2014(平成26)年8月8日-10日に発生した味噌汁に大量睡眠薬入を入れ71歳夫を殺害した事件(2017年3月懲役5年の有罪判決)があり、女性と毒の関係は現代日本でも確認される。

そう、伝説上の最古の毒殺事件はアッシリア王ニヌスの妻・女王セミラミスによる王暗殺事件だといわれるように(参考:澁澤龍彦『毒薬の手帖』(p17).河出書房新社. Kindle版.)劇物・毒物と女性との関係性は深いようだ。

まとめ(雑感)

犯罪の多くは親密で変更が容易でない閉じた人間関係のなかで発生する。親密で変更が容易でない閉じた人間関係のなかの憎悪、嫉妬、恨みは多くの悲しみの根源となる。

前述のとおり、古代から女性と毒は関係性が深いといえるが、粉ミルク劇物混入事件(香川県坂出市)は乳幼児が親族に狙われた事件だ。

しかも乳幼児に絶対的に必要なミルクに劇物・毒物を入れるという残酷性の高い事件だ。

逮捕されたM容疑者の犯行時の判断能力の有無等については現況不明だが、起訴の有無や起訴された場合の裁判の行方に大きな注目が集まるだろう。

M容疑者が今後どのような事情(動機)を語るにせよ、親族の赤ちゃんに劇物・毒物入りのミルクを与えた残酷さを理解して欲しいと切に願うばかりだ。


◆参考資料
「夫殺害懲役5年判決地裁、責任能力認める」読売新聞2017年3月4日付
岩瀬達哉『キツネ目 グリコ森永事件全真相』講談社、2021.
澁澤龍彦『毒薬の手帖』河出書房新社.Kindle版.


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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