ご注意:この記事には、映画『ロッキー・ホラー・ショー』のネタバレが含まれています。
派手なメイクにボンテージ、ガーターベルトで止めた網タイツにハイヒール。それでいて、ドラァグクイーンとは少し趣が異なる。そんな男性(キャラクター)を見たことがあるだろうか。
もしある場合、それはおそらく「フランクン・フルター」に倣っている可能性が高い。
フランクン・フルターは映画『ロッキー・ホラー・ショー』に登場する人物である。この作品はなかなか特殊であり、一言で説明するのは難しい。
今回は、そんな『ロッキー・ホラー・ショー』について存分に語っていきたいと思う。
映画『ロッキー・ホラー・ショー』の作品概要
映画『ロッキー・ホラー・ショー』は1975年に公開されたミュージカル映画である。映画に、脚本&メインキャスト&音楽担当として参加したリチャード・オブライエンによる同名舞台が原作にあたる。
主演は『IT』のペニーワイズ役で知られるティム・カリーと、現在も活躍を続けるスーザン・サランドン、そしてドラマに多く出演するバリー・ボストウィックである。
今作は『エル・トポ』などと並ぶ、代表的なカルトムービーとして知られている。公開当時からじわじわと人気を伸ばし、現在でも多くの(特定の)ファンに愛されている作品である。
あらすじ
若い恋人同士であるブラッドとジャネットは、共通の友人の結婚式に出席していた。結婚式の後ブラッドはジャネットにプロポーズをする。ジャネットはそれを嬉々として受け入れた。
2人は恩師に結婚の報告をするために、雨の中出発した。しかし、嵐になった上にタイヤがパンク。困った2人は、近くにあった洋館で電話を借りることにした。
洋館で2人を出迎えたのは不気味な男だった。なんでも今夜、パーティーが開かれると言う。
2人は奇妙なパーティーと、それ以上に奇妙な洋館の主人に出会うことになる。
映画と音楽に対する偏愛を感じられる名作(迷作)
まず初めに――。
『ロッキー・ホラー・ショー』を知っている人の中で、今作を手放しで名作だと言う人はあまりいないだろう。(低予算映画にありがちだが)全体的に作りが荒く、突っ込みどころが多すぎる。
しかし今作は、そんな粗など「どうでも良い」と思わせてしまうようなパワーがある。力業と言えばそうなのだが、今作を見続ける内に、流れに乗せられてしまうのだ。
そのパワーの源はどこにあるのだろうか。それを考えていくと、今作の底にある映画と音楽に対する愛情・偏愛に行きつく。
今作は、他の作品(特にホラーやSF)をオマージュしたと思われるシーンが散見される。
一番分かりやすい部分は、フランクン・フルター博士の登場シーンだろう。
黒いマントに身を包んだ彼は、明確にドラキュラである。また、フランケンシュタインや『キングコング』なども、作中でモチーフとして使われている。
全体的にはちゃめちゃな印象を持ってしまう今作だが、こうした他の映画作品などへのリスペクトが感じられるシーンは光って見える。元ネタを知っていればより楽しめるが、そうでなくても印象的なシーンとして頭に残るのだ。
そして、今作の音楽は文句もなく素晴らしい。
今作はセリフのパートが少なく、登場人物たちは、ほぼ絶えず歌って踊っている。全ての歌いかにも「ロック」で、難しく考えなくとも体が動いてしまうようなノリの良さを持っている。
特に、今作のファンならば踊れるであろう「Time Warp」や、ティム・カリーの歌唱力を感じられる「Sweet Transvestite」は必聴だ。また、この2つの歌は物語の世界に入るためにも重要である。
ちなみに、筆者はミートローフ演じるエディが歌う「Hot Patootie- Bless My Soul」が大好きだ。この曲は古き良きロックを感じさせてくれる。
『ロッキー・ホラー・ショー』には、リフ・ラフという人物が登場する。彼は妹・マジェンダと共にフランクン・フルターに仕える召使いであり、宇宙人である。また、ゲイ(こう表現するのは物語にふさわしくないかもしれないが)でもあるようだ。
リフ・ラフは、最初から最後まで物語に登場する重要人物だ。そして彼を演じたのが、映画『ロッキー・ホラー・ショー』の脚本・音楽を担当したリチャード・オブライエンである。
リチャード・オブライエンこそが、『ロッキー・ホラー・ショー』の生みの親だ。舞台の原作を書き上げたのは彼であるし、使用楽曲のほとんどは彼によって作詞作曲されている。
そんな彼は、昔からホラー映画と音楽を愛していた。今作は、リチャード・オブライエンのこうした趣向が強く反映されている作品なのだ。 リチャード・オブライエンの才能とティム・カリーの怪演。この2つが組み合わさることで、今作はカルトムービーの名作かつ迷作になっているのである。
今作のキーパーソン、フランクン・フルターについて考える
映画『ロッキー・ホラー・ショー』を見ていると、フランクン・フルターという人物から目が離せなくなる。それは何も、彼が物語の主要人物だから、という理由によるものではない。
フランクン・フルターという人物像は特殊かつ独特だ。以下に、彼の人物像を分かりやすく箇条書きにしてみた。
- トランスヴェスタイト(異性装)
- パンセクシュアル(全性愛者)
- 科学者
- 宇宙人
見ただけでなかなか強烈だが、今回は上記の2つ、「トランスヴェスタイト」と「パンセクシュアル」に注目してみていこう。
まずは「トランスヴェスタイト」について。これは、フランクン・フルターが持つ人物像の、最も特徴的なものだと言って良い。要するに、彼は性別に捉われない恰好をしているのである。
フランクン・フルターは、ボンテージに網タイツ、ハイヒールといったファッションが印象的だ。その上で、顔には派手なメイクを施し、女性的言葉で話している(元の英語まで検証できていないが、発声の仕方にも特徴がある)。
そのため、フランクン・フルターはドラァグクイーンとして見られることが多い。しかし、本当にそうなのだろうか。
ドラァグクイーンとは、いわば男性の女装である(例外はある)。しかも、普通の女性よりも「女性らしさ」を強く演出する傾向にある。この点が、どうもフランクン・フルターにはしっくりこないのだ。
確かに、フランクン・フルターは「女性らしい」アイテムを身に着けている。また、女性的な動作も多い。それでも、彼からは「女性らしさ」を強く押し出そうとするニオイは無く、男性的一面もしっかり見て取れる(「Sweet Transvestite」でお尻を強くたたくシーンなどがわかりやすい)。
つまり、両方の性を内包しているのである。
作中でフランクン・フルターは、「性別の差など忘れた」と話している。この言葉こそが、彼を「女装した男」とは違う存在であることを表しているのだろう。
次に「パンセクシュアル」を見ていこう。パンセクシュアルとは日本語で「全性愛」と表現され、全ての性別を恋愛対象とする人を意味する。バイセクシュアルと似ているが、愛する性別が男性と女性に限らないのが特徴だ。
フランクン・フルターは、自身が創り上げたマッチョな人造人間・ロッキー(映画タイトルにあるロッキー・ホラーとは彼の名前である)と結婚した上、ブラッドとジャネットの両方と性的な関係を持っている。また、洋館に居候しているコロンビアという女性や、エディとも関係を持っていたと考えられる描写がある。
男性と女性の両方を愛せる、これはバイセクシュアルの特徴だ。
しかし先に書いた通り、フランクン・フルターは性別の差に頓着がない。となれば、あらゆる性別を愛することのできるパンセクシュアルである可能性が高まるだろう。
上記のようなフランクン・フルターの特殊性は、作品を見ていく内に魅力に変わっていく。彼は決して美男ではないが、人を惹きつけるカリスマ性を持っているのだ。 今作が、公開されてから現在までファンの心を掴んで離さないのは、上記の要素が大きいのかもしれない。
まとめ
カルトムービーと言えば、好き嫌いが分かれる作品である。そして、そんなカルトムービーの中でも『ロッキー・ホラー・ショー』は、より激しく好き嫌いが分かれてしまう映画だろう。
今作は面白い。無茶苦茶なシナリオに無理やり引きずり込まれる感覚も、唐突始まる素晴らしい音楽も、またフランクン・フルターを演じるティム・カリーの演技も、今作にハマった後では全てが最高に思えてしまう。
初めて今作を見るときは注意して欲しい。筆者のようにハマってしまと、もう後には引けない。もしそうならなければ、途中で見ることをあきらめてしまうだろう。
どちらにしても、今作の鑑賞には覚悟が必要なのだ。
60年代-80年代の海外映画考察・解説シリーズ