
記事要約(クリックで開く)
1995年3月30日、東京は雨だった。地下鉄サリン事件から10日後、警察庁長官だった國松孝次氏は、荒川区南千住の自宅マンション前で銃撃され、重傷を負った。犯人名は確定されていない。しかし、この犯行は誰にでも可能だったとは言いにくい。住所把握、生活動線、銃器と弾丸、約20メートルからの射撃、自転車逃走、遺留品。Oグループ説やN氏説を採否で扱う前に、犯行を成立させた条件から、この未解決事件の輪郭をたどる。
1995年3月30日(木曜日)の朝、東京は雨だった。
コルト・パイソンから発射されたナイクラッド弾は、警察庁長官という象徴を撃った。
それは、治安の象徴であり、国家権威の象徴でもあった。
犯人は、倒れた標的へさらに弾丸を撃ち込み、その場を離れた。
本稿では、警察庁長官狙撃事件を、準備、実行、逃走の三つの局面からたどる。國松長官の住所把握、出勤動線の確認、使用された拳銃と弾丸、約20メートル前後からの射撃、自転車による逃走、現場に残された遺留品を検討し、この犯行を成立させるために必要だった条件を整理する。
事件の概要と犯行成立条件
1995年3月30日朝、警察庁長官だった國松孝次氏が、東京都荒川区南千住の自宅マンション前で銃撃された。発生時刻については、被害者本人への取材記事では午前8時25分、後年の検証報道では午前8時31分とされている。いずれにしても、出勤時間帯の自宅前を狙った犯行だった。國松氏は4発の銃弾を受け、そのうち3発が背中や腰、太ももなどに命中し、心停止を繰り返すほどの重傷を負ったが、一命を取り留めた。
犯行は、地下鉄サリン事件の10日後に発生した。3月22日には山梨県上九一色村の教団施設などへの一斉捜索が始まっており、警察とOグループの緊張が高まっていた時期である。
ただ、この事件をOグループ説、X元巡査長説、N氏説のどれかに最初から寄せて考えると、犯行そのものの輪郭がぼやける。先に確認すべきなのは、誰が供述したかではなく、この犯行を成立させるために、犯人が満たしていなければならない条件である。
住所把握と生活動線|準備段階の犯人条件
この事件で最初に置くべき条件は、國松長官の住所を把握できたことである。
犯行現場は、不特定多数の人が集まる街頭演説会場でも、移動中の駅前でもない。自宅マンションの敷地内、出勤のために建物から出た直後である。つまり、犯人は國松長官が荒川区南千住のアクロシティに住んでいることを知っていなければならない。
この住所把握を、電話帳、同窓会名簿、一般的な名簿類、人事関係資料から自然に得たと見るのは難しい。國松氏は1994年7月に警察庁長官へ就任している。犯行はその約8か月後であり、当時の警察庁長官の自宅住所が一般に流通する名簿に記載されていたと考えるのは無理がある。警察庁の最重要人物の住所は、通常の公務員名簿や同窓会名簿で確認できる性質の情報ではない。
1995年3月31日付「朝日新聞」も、國松長官の住所について、「職員録」、「市販の紳士録」、「内政関係者名簿」にも掲載されていないと指摘している。
さらに、アクロシティは1990年2月から1992年10月にかけて竣工した大規模マンションで、総戸数662戸、7棟からなる物件である。事件現場となったEポートは、1992年2月に新築された。事件時点では築数年の新しい大規模集合住宅であり、古い名簿類から自然に現住所へ到達したという説明は弱い。
残る経路は限られる。
ひとつは、報道関係者、行政関係者、警察関係者周辺からの情報である。警察庁長官の居住地を業務上、または周辺情報として知り得る立場が存在した可能性はある。
もうひとつは、アクロシティに國松長官が住んでいるという前提情報を得たうえで、不動産登記を調べる方法である。
さらに考えられるのは、事件以前から対警察諜報工作を実施し、警察庁長官の私邸情報を含む秘匿性の高い情報に接近していた可能性である。ただし、この経路は単独犯の偶然の情報入手とは性質が異なる。警察組織を対象に継続的な情報収集を行うには、人員、時間、資金、協力者、情報の確認作業が必要になる。したがって、対警察諜報工作による住所把握を考える場合、その背後には一定の組織性、または組織に近い情報収集能力を想定する必要がある。
ただし、不動産登記から住所を割り出すには、少なくとも「アクロシティに住んでいる」という入口情報が必要になる。アクロシティ全体は大規模であり、棟と部屋番号が不明なまま全戸を調べるには、手間と費用がかかる。当時は現在のようなインターネット登記情報提供制度ではなく、法務局での調査が中心だったと考えられる。現在の登記情報提供制度は、インターネットで登記情報を確認できる制度であり、指定法人の指定は平成12年6月1日である。したがって、1995年時点で登記から割り出した場合、荒川区を管轄する法務局でアクロシティ関係の登記を大量に閲覧、または取得した痕跡が問題になる。
警察は、長官の部屋に関する登記取得、またはアクロシティ各戸の登記閲覧・取得の有無を調べた可能性が高い。登記経由の住所把握は理屈として成立するが、それは「アクロシティに住んでいる」という事前情報を持っていた者に限られる。
原雄一著『宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年』(2018)によれば、N氏は、対警察諜報活動を行い、警察庁のある「合同庁舎2号棟」に守衛に疑われずに入館し、長官秘書室や警備局長室に侵入し、重要書類の情報を入手したと供述したとされる。
しかし、この供述は裏付けが確認されておらず、住所把握経路としてそのまま採用することはできない。警察庁への侵入による住所把握は、供述上は対警察諜報工作に近い形を取るが、実際にそれが行われたと認定できる材料は確認されていない。
この章で絞られる条件は、次の範囲になる。
住所把握に関する犯人条件は、報道関係者、行政関係者、警察関係者周辺、またはそれらの情報に接触できる立場にいた者である。対警察諜報工作を実施していた者を想定する場合は、継続的な情報収集を可能にする人員、資金、協力者、確認作業を備えた組織的背景が必要になる。さらに、登記を使った場合でも、事前にアクロシティ居住情報を得ていた者に限られる。
- 國松長官の住所、またはアクロシティ居住情報に接触できた者
- 報道関係者、行政関係者、警察関係者周辺の情報に触れ得た者
- 対警察諜報工作を行う人員、資金、協力者、確認作業を備えた組織的背景を持つ者
- 不動産登記を使う場合でも、事前にアクロシティ居住情報を得ていた者
生活動線を把握していた者
住所を知るだけでは、犯行は成立しない。
犯人は、國松長官がいつ、どこから出て、迎えの車へ向かうのかを知っていなければならない。報道によれば、当日、國松長官はいつも使っていた正面エントランスではなく、横の通用口から秘書官とともに外へ出た。犯人は、約20メートル離れた隣接棟の植え込みの陰から、背後から銃撃したとみられている。
この事実は大きい。犯人が単に正面玄関だけを見ていたなら、当日の通用口使用には対応できない。実行犯は、マンション敷地内の出入口、迎えの車の位置、長官と秘書官の動き、周囲の警戒員の配置を、現場で把握できる状態にあったと考えるべきである。
生活動線の把握には、二つの方法がある。
ひとつは、事前の下見である。出勤時刻、車寄せ、警戒員の位置、通用口、植え込み、射線、逃走方向を、複数回確認する方法である。もうひとつは、内部または周辺からの情報である。警護体制、出勤習慣、迎えの車の動き、日常的な導線を知る情報が外部に漏れていた場合、犯人は短い下見でも実行可能になる。
ただし、当日の通用口使用に対応している点から見て、犯人は机上の情報だけで動いたのではない。現場で待ち、長官が出てくる瞬間を確認し、発砲位置から射線を確保している。これは、待ち伏せの犯行である。
この章で絞られる条件は、國松長官の自宅だけでなく、出勤時の生活動線を把握できた者である。属性としては、警察関係者周辺、警護・行政関係情報に接触できる者、報道関係者周辺、または事前に現場下見を重ねても不審に見られにくい者が残る。
- 國松長官の出勤時刻、出入口、迎えの車の位置を把握できた者
- 正面エントランスだけでなく、通用口使用にも対応できた者
- 警護、行政、警察関係情報に接触できた者
- 現場下見により、射線、通路、車寄せ、警戒員の位置を確認していた者
待ち伏せ、銃器、射撃|実行段階の犯人条件
犯行時刻は朝の出勤時間帯であり、大規模マンションの敷地内には住民や通行人がいる。犯人は、黒っぽい帽子、白いマスク、黒っぽいコート姿の男として目撃され、発砲後、黒っぽい自転車で逃走したとされる。
つまり犯人は、拳銃を持ったまま現場に入り、発砲位置で待ち、國松長官が出てきた瞬間に行動している。偶然の遭遇ではない。待機中に動揺し、目立ち、発砲前に離脱するような人物では実行できない。
当時の報道には、犯人の現場内での動きに関する目撃証言もある。1995年4月2日付「熊本日日新聞」は、犯人がEポート西隣のFポート南東角付近から、玄関を出た直後の國松長官を約20メートル離れた地点から銃撃したと報じている。
同記事によれば、犯人は銃撃現場のすぐ近くにあるFポートのエレベーター前広場に自転車を乗り付け、前かごからバッグを取り出した。その後、約15メートル離れた銃撃地点へ徒歩で向かい、短銃を持った右手を左手で支えるようにして、直後に現れた國松長官へ発砲したという。発砲後は、銃を自転車の前かごに置いたバッグに入れ、西側のタワーズ方向へ走り去ったとされる。
この目撃証言が示すのは、犯人が現場に長く留まって待っていたとは限らないという点である。自転車をFポート側に置き、バッグから銃を出し、徒歩で射撃地点へ移動し、國松長官が出た直後に発砲している。捜査本部も、犯人が入念に下調べをしたうえで、共犯者に合図を送らせるなどして、狙撃現場での待ち伏せ時間を短くした疑いが濃いとみていたと報じられている。
ここで必要になるのは、射撃技術以前の冷静さである。現場で待ち伏せる者は、警戒員や住民に見られる可能性を織り込み、発砲位置と逃走経路を頭に入れた状態で待たなければならない。犯人は、銃を抜く前から、すでに犯行の中に入っている。
さらに、短時間で発砲に移った可能性を考えると、犯人条件はもう一段狭まる。犯人は、単に現場で待てる者ではない。自転車の置き場所、バッグから銃を取り出す位置、射撃地点までの距離、國松長官が出てくる時刻を組み合わせ、短時間で発砲に移れる者である。
共犯者による合図があった場合、犯行は単独の待ち伏せではなくなる。現場内外で國松長官の動きを確認し、発砲役に知らせる役割分担があった可能性が出てくる。その場合、犯行は、実行役だけでなく、監視役、合図役、逃走補助役を含む小規模な実行単位として考える必要がある。
この章で絞られる条件は、人目のある都市空間で、武器を携行したまま待機できる者である。さらに、Fポート側に自転車を置き、バッグから銃を取り出し、短時間で射撃地点へ入り、発砲後に銃を収納して離脱できる者である。属性としては、犯罪実行経験者、警察・警備行動に関する知識を持つ者、軍事・射撃・非合法活動の訓練経験を持つ者、報酬によって危険な実行行為を請け負う者、または現場で合図を受けて動ける組織的実行犯が残る。
- 人目のある都市空間で、武器を携行したまま行動できる者
- Fポート側に自転車を置き、バッグから銃を取り出し、短時間で射撃地点へ入れる者
- 発砲後、銃を収納して直ちに離脱できる者
- 現場で合図を受けて動ける組織的実行犯、またはその役割分担に参加できる者
コルト・パイソンとナイクラッド弾を準備できる者
犯行に使われた銃と弾丸は、この事件の犯人条件を強く絞る。
後年の検証報道では、犯行に使われた銃はコルト・パイソンの8インチモデル、弾丸はフェデラル社のナイクラッド弾だったとされている。いずれも希少性のある物とされ、N氏についても、この銃と弾丸を購入した供述と購入記録が一致した点が、犯人性を高める事情として扱われている。
コルト・パイソンは、一般的な密輸拳銃として国内犯罪で頻繁に使われる型ではない。さらに8インチモデルとなれば、秘匿携帯には不向きであり、命中精度を意識した選択になる。ナイクラッド弾も、通常の拳銃弾とは異なる。弾頭をナイロンで覆った特殊な弾丸であり、さらにホローポイント系の弾丸として殺傷力を高める意図がある。
この組み合わせは、国内でたまたま入手した拳銃と弾丸を使った犯行というより、射撃性能、殺傷能力、入手経路を理解したうえで準備されたものに見える。
海外事例との比較でも、ナイクラッド弾は米国の刑事事件記録に登場する。たとえば、米国ルイジアナ州の State v. Marinello(2010年)は、別居中の妻に対する銃撃殺人の事件で、判決は被告人の第二級殺人有罪を維持している。また、米国の刑事事件では、State v. Braden や Smith v. State など、.38口径やNyclad弾が問題になった事例が確認できる。
ここから言えるのは、ナイクラッド弾そのものが「特定組織だけが使う弾丸」ではないということである。米国の市場や刑事事件では実例がある。しかし、日本国内で警察庁長官狙撃に使われた場合、その意味は変わる。犯人は、米国製の特殊弾を知り、入手し、適合する拳銃と組み合わせ、実行に投入している。
この章で絞られる条件は、米国製拳銃と特殊弾に関する知識を持ち、入手経路に接触できた者である。属性としては、海外銃器市場に接点を持つ者、射撃経験者、銃器収集・密輸・非合法調達に関わる者、またはそのような者に調達を依頼できる組織的背景を持つ者が残る。
- 米国製拳銃と特殊弾に関する知識を持つ者
- コルト・パイソン8インチモデルとナイクラッド弾の入手経路に接触できた者
- 射撃性能、殺傷能力、リボルバー使用の意味を理解していた者
- 銃器収集、密輸、非合法調達、または海外銃器市場に接点を持つ者
約20メートルから歩行中の標的を撃てる者
犯行実行で最も強い条件は、射撃そのものである。
報道では、犯人は約20メートル離れた隣接棟の植え込みの陰から、國松長官の背後を狙って発砲したとされている。4発のうち3発が命中し、1発目は背中をとらえ、2発目と3発目も倒れ込んだ長官の太ももなどに当たった。4発目は植え込みの縁石に当たり、その破片が秘書官の足に当たったとみられている。
約20メートルは、拳銃射撃では近距離ではない。しかも標的は射撃場の紙ではなく、歩行中の人間である。最初の1発を背後から命中させ、その後、倒れ込んだ標的に追加で撃ち込んでいる。これは、単に銃を持っていた者の犯行では説明しにくい。
ただし、ここで「軍人級」「狙撃手級」と断定する必要はない。この距離で倒れて動いている標的に命中させることについては、相当な射撃技術があるという見方と、銃器の扱いに慣れていれば可能だという見方がある。
したがって、犯人条件は「特殊部隊員でなければならない」ではなく、「拳銃を実戦的に扱える者」と置くべきである。射撃場で静止標的を撃てるだけでは足りない。現場で待ち、標的の出現に合わせ、短時間で拳銃を構え、複数発を撃ち込み、直後に逃走へ移れる者である。
米国シークレットサービスとNIJによる要人襲撃研究では、著名な公的地位にある人物への襲撃は、理解可能な思考と行動の過程から生じるとされ、単純な犯人プロフィールでは把握できないとされている。襲撃者は多様な背景を持つが、攻撃に関連する行動、計画、合理的行動を示すことが多い。
この研究は、長官狙撃事件にも当てはまる。犯人像を年齢や職業で固定するより、住所把握、下見、銃器調達、発砲、逃走という行動条件から絞る方がよい。
この章で絞られる条件は、拳銃を実戦的に扱い、約20メートル前後から歩行中または倒れ込んだ標的に複数発を命中させられる者である。属性としては、射撃訓練経験者、銃器犯罪経験者、軍事・準軍事的訓練を受けた者、暴力装置として報酬で動く者、または組織的命令の下で実行行為を担える者が残る。
- 約20メートル前後から拳銃を実戦的に扱える者
- 歩行中、または倒れ込んだ標的に複数発を命中させられる者
- 発砲後、動揺せず逃走へ移れる者
- 射撃訓練、銃器犯罪、軍事・準軍事的訓練、または実行役としての経験を持つ者
象徴を撃つ目的遂行型の殺意
この犯行には、強い殺意がある。背後から1発目を撃ち込み、倒れた後にも発砲している。國松氏本人への取材記事でも、倒れ込んでも次から次へと撃ってきたことが語られている。
ただし、その殺意は、個人的な憎悪がその場で爆発したものとは違う印象を残す。怒りに任せて接近し、叫び、至近距離で撃つ犯行ではない。犯人は離れた位置で待ち、背後から撃ち、目的を果たすために追加発砲し、逃走している。
犯人が狙ったのは、國松氏という個人だけだったのか。事件の条件を重ねると、そうは見えにくい。住所を把握し、出勤時刻を待ち、警察庁長官を自宅前で撃った。それは、國松孝次という個人への攻撃であると同時に、警察庁長官という役職への攻撃でもあった。
國松長官は、当時の警察権力の頂点にいた。地下鉄サリン事件後、Oグループへの捜査が進む中で、その人物を撃つことは、警察組織そのものを撃つことに近い。
ここで見えるのは、感情の高ぶりではなく、標的処理である。長官個人への怒りというより、警察庁長官という地位、当時の警察権力の象徴、または特定作戦上の標的として処理された可能性がある。
この点で、犯人条件には「報酬により犯罪を実行するプロ」も入る。報酬型の実行犯であれば、個人的な憎しみがなくても殺傷行為を遂行できる。組織的命令による実行犯も同じである。標的への個人的怨恨が薄くても、命令、報酬、思想、作戦目的があれば、犯行は成立する。
この章で絞られる条件は、國松長官個人への感情的憎悪ではなく、標的を目的遂行の対象として撃てる者である。属性としては、組織的命令で動く者、報酬で動く実行犯、思想的・政治的目的のために個人を標的化できる者、または警察庁長官という地位そのものを攻撃対象にできる者が残る。
- 國松長官個人への憎悪ではなく、標的として撃てる者
- 警察庁長官という役職、治安機構の象徴を攻撃対象にできる者
- 命令、報酬、思想、作戦目的により殺傷行為を遂行できる者
- 感情の爆発ではなく、目的遂行として発砲できる者
遺留品と自転車逃走|犯行後の犯人条件
現場には、韓国の10ウォン硬貨と北朝鮮のバッジが残されていたと報じられている。
この遺留品は、犯人の落とし物として扱うには不自然である。拳銃、弾丸、逃走用自転車まで準備した犯人が、犯行現場に政治的連想を生む物を偶然落としたと見るのは難しい。むしろ、捜査と報道の視線を誘導するために置かれたものと考える方が自然である。
遺留品が意図的に置かれたものであれば、犯人は発砲だけでなく、事件後にどのような印象が生まれるかまで計算していたことになる。北朝鮮、韓国、Oグループ、公安事件、政治的事件という複数の読み筋を、現場に残した小物で発生させている。
これは、一般的な恨みによる殺人未遂とは性質が異なる。犯人は、発砲後の捜査の向き、報道の反応、社会的な受け取られ方まで織り込んでいた可能性がある。
また、この誘導先が、北朝鮮、韓国である点も見落とせない。北朝鮮は、以前から拉致を含む日本国内での工作活動を行っている。韓国の諜報機関KCIAは、1973年8月発生の金大中拉致事件で、日本国内での活動が確認されている。
ただし、日本国内での工作活動は、北朝鮮や韓国だけに限られない。旧ソ連、ロシアによる日本国内での情報活動も確認されてきた。北朝鮮や旧ソ連・ロシアの対日工作、背乗り、情報戦については、過去記事『影の戦争:セキュリティ・クリアランスとスパイ防止法・有名スパイ事件と情報戦』で扱っている。
それでも、本件の現場に置かれたのは、韓国の10ウォン硬貨と北朝鮮の記章(バッジ)だった。旧ソ連、ロシアを示す記号は置かれていない。これは犯人の国籍や所属を示すものではなく、捜査と報道の連想を、朝鮮半島、公安事件、対外工作の方向へ動かすための選択だった可能性がある。
1960年代から1970年代の極左過激派は、事件後に犯行声明を出し、組織名を名乗ることがあった。この傾向は、右翼を名乗った集団にも見られる。例えば、「赤報隊」を名乗った一連の事件では、犯行後に声明文が送付され、犯行主体を示す名称が使われた。海外の政治的暴力事件でも、犯行声明や組織名の提示はしばしば見られる。
この種の声明は、権威や権力の象徴を狙った理由を示し、組織の理論や存在感を社会に印象付ける役割を持つ。さらに、複数の犯行を想定した場合には、事件同士の連続性を示す手段にもなる。
しかし、本事件では、そのような声明文、組織名、犯行主体を示す名称は残されていない。現場に置かれたのは、韓国の10ウォン硬貨と北朝鮮のバッジであり、明確な犯行声明ではなかった。ここに、この遺留品の特異性がある。犯人は何かを示しているように見せながら、誰が、何のために撃ったのかを確定させる言葉は残していない。
この章で絞られる条件は、犯行後の捜査方向と報道効果を意識できる者である。属性としては、公安事件、政治事件、対外関係、メディア反応を知る者、朝鮮半島関連の記号が持つ効果を理解できる者、またはその種の効果を作戦上利用できる者が残る。
- 國松長官個人への憎悪ではなく、標的として撃てる者
- 警察庁長官という役職、治安機構の象徴を攻撃対象にできる者
- 命令、報酬、思想、作戦目的により殺傷行為を遂行できる者
- 感情の爆発ではなく、目的遂行として発砲できる者
自転車で逃走した者
犯人は発砲後、黒っぽい自転車に乗って逃走したとされる。現場付近では、同一人物とみられる男が自転車で疾走する姿が複数目撃されているが、その後の足取りは追えなかった。
犯行と逃走に自転車を使った点は、この事件の特異点である。車で逃げれば、ナンバー、駐車位置、渋滞、検問、目撃の問題が生じる。徒歩では距離を稼げない。自転車は、小回りが利き、細い道へ入れ、乗り捨てができ、短時間で現場から離脱できる。
アクロシティ周辺は、住宅地、幹線道路、駅、橋、河川方向が重なる地域である。犯人は、単に近くにあった自転車で逃げたのではなく、発砲後の警察の緊急手配、車両検問、主要道路への警戒を意識し、車ではなく自転車を選んだ可能性がある。
ただし、自転車逃走は、事前に経路を決めていなければ危険である。発砲直後は、通行人、警察無線、緊急車両、目撃者の反応が一気に動く。犯人は、どの方向に逃げるか、どこで自転車を乗り捨てるか、どこで服装を変えるか、どの交通機関に接続するかを事前に考えていたはずである。
目撃情報については、初期報道とその後の見直しに注意が必要である。1995年4月8日付「読売新聞」は、特捜本部が当初180センチ前後とみていた犯人の身長について、再検討の結果、実際には165〜170センチ前後だったとして、現場周辺での目撃証言を洗い直していたと報じている。また、犯人が白いマスクをしていたとされる点についても、逃走時にはマスクを外していた疑いがあるとして、顔を直接見た目撃者を探していたという。
ここから分かるのは、犯人の外見的特徴が、決定的な識別情報として残っていないことである。身長情報は修正され、マスクの有無にも揺れがある。犯人は、黒っぽい帽子、白いマスク、黒っぽい服装、自転車という要素で印象を作りながら、逃走過程でその印象を変えた可能性がある。
この逃走は、衝動的犯行の後にその場から走って逃げたものではない。自転車の選択、道路事情、緊急配備への意識、目撃情報の不安定さを合わせて考えると、犯人は発砲後の離脱を事前に組んでいた可能性が高い。
この章で絞られる条件は、アクロシティ周辺の道路事情と地理を把握し、警察の初動手配を意識して、自転車による離脱を選べる者である。さらに、服装、マスク、自転車、逃走中の印象変化を使い、目撃情報を不安定にできる者でもある。属性としては、現場周辺を下見した者、地域の道を知る者、警察の緊急配備や車両検問の発想を理解する者、発砲後に自転車で短距離離脱し、乗り換えや乗り捨てを含む移動を組める者が残る。
- アクロシティ周辺の道路事情と地理を把握していた者
- 警察の初動手配、車両検問、主要道路への警戒を意識できる者
- 自転車による短距離離脱、乗り捨て、乗り換えを組める者
- 服装、マスク、自転車、逃走中の印象変化により、目撃情報を不安定にできる者
既存説を犯人条件から見る
既存説は、犯人名を確定するためではなく、ここまで整理した犯人条件とどこで重なり、どこで不足するのかを確認する材料として扱う。
Oグループ説は組織性と対警察性に重なり、N氏説は銃器と弾丸への接点に重なる。しかし、どちらも犯行全体を物証で閉じるものではない。
- Oグループ説は、時期、標的、警察との対立、組織性の点で条件の一部に合う
- X元巡査長説は、供述の存在はあるが、犯行を裏付ける材料が十分ではない
- N氏説は、銃器と弾丸の調達能力という条件では強い
- いずれの説も、住所把握、実行、逃走、遺留品までを物証で固定できていない
Oグループ説
Oグループ説は、この事件を考えるうえで避けられない。事件は地下鉄サリン事件の10日後に発生し、3月22日から教団施設への一斉捜索が行われていた。事件後、捜査当局はOグループによる犯行とみて捜査を進めた。
X元巡査長については、教団信者だった警視庁の現職警察官が「自分が長官を撃った」と供述していたこと、その供述が長期間公表されず、警察庁にも報告されていなかったことが後年報じられている。ただし、X元巡査長の供述には裏付けが十分ではなく、犯行への関与は立件されていない。
Oグループ説の強さは、時期、標的、警察との対立、組織性にある。地下鉄サリン事件後、教団施設への強制捜査が進む中で、警察庁長官を狙撃する行為は、警察権力そのものへの攻撃として読むことができる。犯行の時期と標的は、Oグループ説に一定の説得力を与えている。
一方で、この説の弱さは、実行犯の特定と物証の不足にある。事件は公訴時効を迎え、実行犯は刑事裁判で確定されていない。供述や状況証拠だけでは、住所把握、銃器調達、現場待機、射撃、逃走、遺留品の配置までを一人または一つの実行単位として固定するには足りない。
警察庁資料で確認できるのは、警視庁がOグループによる組織的テロとする捜査結果を公表した事実と、その公表をめぐる訴訟経過である。警察庁の平成26年版『治安の回顧と展望』は、平成22年3月30日、警察庁長官狙撃事件の公訴時効完成に際し、警視庁が「本件事件はオウム真理教の信者グループが組織的・計画的に敢行したテロであったと認めた旨」の記者会見を行い、ホームページに捜査結果概要を30日間掲出したと記している。
同資料は、その公表に対し、一審原告アレフが名誉毀損を理由に国家賠償訴訟を提起したこと、一審・控訴審とも東京都敗訴となったこと、平成26年4月17日に最高裁がアレフ側の上告を棄却し、確定したことも記している。平成25年版の別添資料でも、平成25年11月27日の東京高裁判決について、請求一部認容、東京都敗訴、アレフ側上告と整理されている。
この経過は、Oグループ説の扱い方を示している。警視庁は、時効完成時にOグループによる組織的・計画的テロとする捜査結果を公表した。しかし、その公表は民事訴訟で名誉毀損と判断され、東京都敗訴の判断が最高裁で確定している。したがって、記事上では、Oグループ説を事件理解の補助線として扱うべきであり、犯人を確定する根拠として扱うべきではない。
Oグループ説は、犯人条件の一部には合う。組織的命令、警察権力への攻撃、地下鉄サリン事件後の緊迫した状況、警察内部情報への接近可能性、対警察行動の動機は説明しやすい。しかし、実行犯の条件を物証で固定できない以上、この説だけで事件全体を閉じることはできない。
この章で絞られる条件は、組織性と対警察性を持つ実行単位である。属性としては、警察権力を攻撃対象にできる者、事件当時の捜査状況に強い利害を持つ者、組織的命令または小規模な実行単位で動ける者が残る。ただし、Oグループ説そのものは、犯人条件の一部と重なる補助線であり、実行犯を確定する結論ではない。
| 犯人条件 | 重なる点 | 不足する点 |
|---|---|---|
| 組織性 | 教団組織としての人員、資金、命令系統を想定し得る。 | 実行単位と具体的役割分担は確定していない。 |
| 対警察性 | 地下鉄サリン事件後の強制捜査と重なり、警察庁長官を標的にする動機を説明しやすい。 | 動機から実行犯を特定する物証にはならない。 |
| 住所把握・生活動線 | 対警察情報への接近可能性は犯人条件と重なる。 | 國松長官の住所と当日の動線をどう把握したかは確定していない。 |
| 銃器・弾丸 | 組織的調達能力は想定し得る。 | コルト・パイソンとナイクラッド弾の具体的調達経路は確定していない。 |
| 実行・逃走 | 組織的命令、監視役、合図役を含む実行単位とは整合し得る。 | 現場で発砲し、自転車で逃走した人物は確定していない。 |
N氏説
N氏説も補助線として扱う必要がある。
後年の検証報道によれば、N氏は自ら犯行をほのめかし、事件に使われたものと同型の銃を米国で購入していたことが分かっている。さらに、コルト・パイソンの8インチモデルとフェデラル社ナイクラッド弾を購入した供述と購入記録が一致し、現場下見をした者でなければ語れない詳細を話したとされる。
この点は、N氏説の強い部分である。銃と弾丸への接点は、犯人条件の中でもかなり重い。長官車のナンバー、下見、銃の投棄供述なども、犯人性を高める事情として扱われている。
一方で、N氏説にも弱い部分がある。身長が目撃情報と一致しないこと、4発目に関する供述が事実と違うこと、動機が不自然であることが指摘されている。
N氏説は、銃器調達条件では強い。しかし、実行犯として現場に立った条件、目撃情報との整合、発砲状況の説明、動機の自然さでは弱さが残る。したがって、N氏を犯人と断定するのではなく、犯人条件のうち「銃器・弾丸の調達能力」を考えるうえで補助的に扱うのが妥当である。
| 犯人条件 | 重なる点 | 不足する点 |
|---|---|---|
| 銃器・弾丸 | コルト・パイソン8インチモデルとナイクラッド弾への接点がある。 | 購入歴だけでは、実行時の使用を確定できない。 |
| 住所把握 | 警察庁への侵入、重要書類の入手を供述したとされる。 | 供述の裏付けは確認されておらず、住所把握経路として採用できない。 |
| 現場下見 | 現場下見をした者でなければ語れない詳細を話したとされる。 | 下見の有無と実行行為を結ぶ物証は十分ではない。 |
| 目撃情報 | 一部の行動説明は事件条件と重なる。 | 身長など、目撃情報との不一致が指摘されている。 |
| 動機 | 個人として警察に関心を持っていた可能性はある。 | 警察庁長官という象徴を撃つ目的遂行型の殺意を十分に説明しにくい。 |
結論:警察庁長官狙撃事件の犯人条件
この事件の犯人条件は、単独の一点では絞れない。住所を知っていた、銃を扱えた、逃げられた、という個別条件だけなら、それぞれに該当する人物は存在する。しかし、この事件では、それらが一人または一つの実行単位に集約されている。
まず、犯人は國松長官の住所を把握していた。電話帳や同窓会名簿、人事関係資料から自然に到達したとは考えにくく、報道関係者、行政関係者、警察関係者周辺、またはそれらの情報に接触できる者が残る。対警察諜報工作を想定する場合は、人員、資金、協力者、確認作業を備えた組織的背景が必要になる。登記を使った場合でも、事前にアクロシティ居住情報を得ていた者に限られる。
次に、犯人は出勤時の生活動線を把握していた。自宅マンションのどこから出て、迎えの車へどう向かうのかを知る必要があり、現場下見、警護情報、周辺情報のいずれかに接触していた可能性がある。
さらに、犯人は約20メートル前後から拳銃で歩行中の標的を撃てる者だった。コルト・パイソンとナイクラッド弾を準備し、背後から1発目を命中させ、倒れた後にも撃ち込んでいる。拳銃の実戦的使用に慣れた者でなければ成立しにくい。
また、犯人は発砲後の逃走を設計していた。自転車は偶然の足ではなく、アクロシティ周辺の道路事情と警察の初動手配を意識した逃走手段だった可能性がある。車でも徒歩でもなく自転車を選んだ点には、現場周辺の移動経路、車両検問、主要道路への警戒、乗り捨てや乗り換えまで考えた跡がある。
そして、犯人は遺留品による印象操作を理解していた可能性がある。韓国の10ウォン硬貨と北朝鮮のバッジが意図的に置かれたものであれば、犯人は発砲だけでなく、捜査と報道がどの方向へ動くかも考えていた。
ここまでを合わせると、犯人条件はかなり絞られる。
犯人は、警察庁長官の住所または居住情報に接触でき、出勤動線を把握し、都市部の現場で待ち伏せでき、米国製の希少な拳銃と特殊弾を準備し、約20メートル前後から歩行中の標的に複数発を命中させ、発砲後は自転車で逃走できる者である。さらに、犯行を感情の爆発ではなく、標的に対する目的遂行として実行できる者でなければならない。
この条件に入る属性は、かなり限定される。
| 分類 | 残る条件 |
|---|---|
| 情報接触 | 報道関係者、行政関係者、警察関係者周辺に接触できた者。 警察・警備・公安情報に触れ得る者。 |
| 銃器・射撃 | 銃器調達と射撃に関する知識を持つ者。 海外銃器市場または非合法調達ルートに接点を持つ者。 |
| 実行形態 | 組織的命令で動く実行犯。 報酬で標的を処理する犯罪実行者。 |
| 逃走設計 | 都市内逃走を計画できる者。 警察の緊急配備や車両検問の発想を理解する者。 |
| 印象操作 | 政治的・公安的な印象操作を理解する者。 |
この事件を一般市民の突発的犯罪と見ることは難しい。偶然住所を知り、偶然生活動線を把握し、偶然特殊な拳銃と弾丸を持ち、偶然20メートル前後から3発を命中させ、偶然自転車で逃げ切った、という説明には無理がある。
國松孝次氏に向けられた弾丸は、警察庁長官という職位にも向けられていた。犯人名は確定されなかったが、犯行を成立させた条件は消えていない。その条件をたどることが、この未解決事件の輪郭を示す。そこに、この事件を日本犯罪史に残る未解決事件として見続ける理由がある。
参考資料
本記事の検討に用いた主な参考資料を以下に示す。
| 資料名 | 内容 |
|---|---|
| HEM-Net「生きがいのある幸せ <産経新聞>」 2006年5月28日 | 國松孝次氏本人に関する記事。事件発生時刻、被弾状況、地下鉄サリン事件後の時期関係を確認する資料。 |
| FNNプライムオンライン 「なぜ事件は未解決で終わったのか…公表されなかった『長官を撃った』供述」 2025年3月29日 | 事件概要、地下鉄サリン事件後の時期、X元巡査長供述、捜査経過を確認する資料。 |
| FNNプライムオンライン 「警察庁長官を撃ったのは誰なのか?捜査員が託した『〇✕表』が意味するもの」 2025年7月18日 | Oグループ説、X元巡査長説、N氏説を比較するための参考資料。 |
| 原雄一『宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年』 講談社、2018年 | N氏供述、銃器、弾丸、下見、捜査経過に関する書籍資料。 |
| 朝日新聞 1995年3月31日付 | 國松長官の住所が職員録、市販の紳士録、内政関係者名簿等に掲載されていなかった点の確認資料。 |
| 熊本日日新聞 1995年4月2日付 | Fポート付近、自転車、バッグ、銃撃地点、逃走方向に関する当時報道。 |
| 読売新聞 「国松警察庁長官狙撃犯 身長は165-170センチ 目撃証言を再検討」 1995年4月8日付 | 犯人の身長、マスク、目撃証言の見直しに関する当時報道。 |
| 法務省「登記情報提供制度の概要について」 | 1995年当時の不動産登記調査方法を考えるための制度確認資料。登記情報提供制度の指定法人指定は平成12年6月1日とされている。 |
| 警察庁『治安の回顧と展望』平成26年版 | Oグループ説の公表、名誉毀損訴訟、最高裁での確定経過を確認する警察庁資料。 |
| 警察庁『治安の回顧と展望』平成25年版別添資料 | 東京高裁判決、アレフ側上告、公安事件、対外関係に関する警察庁資料。 |
| Robert A. Fein and Bryan Vossekuil, Preventing Assassination: Secret Service Exceptional Case Study Project National Institute of Justice、1998年 | 要人襲撃、事前準備、標的化行動を考えるための海外研究資料。 |
| State v. Marinello Louisiana Court of Appeal、2010年 | ナイクラッド弾が刑事事件記録に登場する海外事例。 |
| State v. Braden, 98 Ohio St.3d 354, 2003-Ohio-1325 | ナイクラッド弾が使われた海外刑事事件例。 |
| Smith v. State Florida District Court of Appeal、2010年 | Federal Cartridge Corporation製ナイクラッド弾に関する海外刑事事件例。 |
| 過去記事 『影の戦争:セキュリティ・クリアランスとスパイ防止法・有名スパイ事件と情報戦』 2024年4月1日 | 北朝鮮、旧ソ連、情報戦、国内工作活動に関する補助資料。 |
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