他人の家の押入天袋で生活していた女性:見えない孤独

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現代社会における高齢者犯罪の影には、孤独と社会的孤立という深刻な問題が潜んでいる。福岡県志免町で発生した事件は、その一例である。2008年5月28日、無職の女性H.T(58歳)が、一人暮らしの男性宅の押入天袋で数カ月間生活していたことが明らかになった。

彼女は、経済的困窮と社会的孤立により、食料等を求めて他人の家に忍び込んでいた。そして、H.Tはその後も再び同様の事件を起こしている。

H.Tの事件だけではない。2012年11月13日には、福岡県大野城市内の会社事務所に侵入し、寒さをしのぐために犯罪に走った無職の男(66歳)が逮捕された。これらの事件は、高齢者が再犯に至る背景に、経済的困窮や社会的孤立が深く関わっていることを如実に示している。

さらに、高齢者の刑法犯検挙人員の約7割が万引きや占有離脱物横領、暴行、傷害で占められている。この背景には、経済的困窮がある。高齢者の多くは、年金だけでは生活が厳しい現実に直面している。年金未加入の者も多く、限られた収入で生活必需品を購入するのが難しい状況だ。

加えて、友人や家族とのつながりが薄れ、孤独感からトラブルを起こすことも多い。

また、出所後の生活支援や就労支援の不足が、高齢者の再犯を招いている。再犯の背景には、社会的孤立や経済的困窮が大きく影響している。このような問題に対して、包括的な支援策が求められている。 本記事では、高齢者犯罪の現状と背景に迫り、具体的な事例を通じて問題の深刻さを明らかにする。また、再犯防止のための支援策について考察し、社会全体で取り組むべき課題を提示する。

福岡県志免町の事件概要

2008年5月28日の午後、福岡県糟屋郡志免町で一人暮らしの男性宅に侵入し、数カ月にわたり無断で生活していた無職の女H.T(58歳)が福岡県警により発見され、現行犯逮捕された。

男性宅では数カ月前から食料が消える現象が起きていた。不気味で怖かったと感じた男性(57歳)は、画像を携帯電話に送信する動体検知式の防犯カメラを設置し、同日の午後2時ごろ外出したが、十数分後にカメラから送信された画像には人影が写り込んでいた。

同男性と通報により到着した警察官が宅内を点検したところ、押し入れの天袋に潜む女H.Tを発見した。傍らにはマットレスやペットボトルがあり、数カ月間住み着いていたとみられる。

和室の押し入れ上部、日常的に使わない「天袋」に潜む見知らぬ女性。男性は驚きの声を上げ、のけぞったという。

駆けつけた警察官と自宅を調べると、玄関は施錠されており、外部からの侵入形跡はなかった。物置代わりの部屋で天袋を開けると、女が横たわっていた。現行犯で逮捕されたH.Tは「住むところがなかった」と供述した。

男性が外出中に天袋を出て、食料をあさっていたとみられる。 H.Tは以前にも男性宅に忍び込んでいたという。天袋は高さ50cm、彼女がひざを曲げて横になれる程度の広さだった。この狭い空間の中で彼女は数カ月間、男性宅で勝手に生活していた。

繰り返された事件:H.Tによる福岡市博多区の事件

2009年11月29日の夜、H.Tは再び世間を賑わせる。彼女は福岡県福岡市博多区の冷蔵設備工場に隣接する事務所に勝手に入り込んでいたため、建造物侵入容疑で逮捕された。彼女は10日間以上、工場の屋根裏で寝泊まりしていた。60歳になっていたが、職も家もなかった。

設備工場の従業員は、事務所の書類が動いたり、トイレットペーパーの減りが早かったりしたため、異変を感じて事件が発覚した。

福岡県警博多署の調べに対し、彼女は――住むところもなく、食べ物を盗んで泊まる目的で10日間ほどいた――と供述した。日中は外で過ごし、夜になると錠のかかっていない裏口から戻り、屋根裏へ続く階段を登って侵入していた。

さらに、工場と事務所をつなぐ小窓を通って、事務所にも出入りしていた。人気のない夜の工場でお菓子をつまみ、お湯でカップ麺を食べ、事務所から年賀はがき約200枚を盗んで換金していた疑いもある。

事務所では同年11月10日ごろから、人が通ると反応するセンサーのブザーが頻繁に鳴り始めていた。不審に思った工場経営者の次男(43歳)が夜間に事務所を見回ると、机の下で座り込んでいた見知らぬ女を見つけ、警察に通報した。

工場の屋根裏は昼でも暗く、夜は真っ暗で天井が低く、板敷きだった。11月の厳しい寒さの中、彼女は10日間その狭い空間で過ごしていた。枕元には、経営者の家族が置いていたディズニーキャラクターのアヒルのぬいぐるみを持ち込んでいた。

彼女は2008年5月に住居侵入容疑で逮捕、起訴され、懲役1年2カ月の有罪判決を受けていた。今回の事件は2009年11月に発生しており、出所後すぐの犯行だと推認できる。

逮捕された66歳の男性:大野城市の事件

2012年11月11日10時50分頃、福岡県警筑紫野署は、住所不定無職の男性(66歳)を建造物侵入の疑いで現行犯逮捕した。男性は同年10月に刑務所を出所したが、仕事も住まいもなく、寒さを凌ぐために大野城市内の会社事務所に侵入したと供述している。

建物は当時無施錠で、男はシャッターを上げて入っていたという。同男性が事務所のソファで寝ているところを社員の男性(41歳)が見つけ、警察に通報した。

この事件も、居場所を失った累犯高齢者の典型的な事件であろう。累犯高齢者に対する社会的な支援が不足していることに加え、地縁や血縁、家族、共同体から排除されていることが、こうした再犯の背景にあると考えられる。

高齢者犯罪の現状

刑法犯の検挙人数が減少するなか、高齢者の人口とその割合は増加している。平成17年(2005年)には高齢者の刑法犯検挙人数が全体の10.9%に達し、その後も高い水準を維持している。検挙人数全体に占める高齢者の割合は、平成元年(1989年)には2.1%であったが、令和元年(2019年)には22.0%まで上昇した。これは約30年間での大幅な増加を示している。

令和2年版『警察白書』によれば、高齢者の刑法犯検挙人員の約7割は万引き、占有離脱物横領、暴行、傷害を示している。特に万引きに関しては、2010年には総数104,804件のうち14-19歳が28,364人で最も多く、次いで65歳以上が27,362人であった。しかし、2019年には総数55,337件(2010年から約47.20%の減少)のうち、14-19歳は5,148人に減少し、65歳以上は22,267人で全体の約40.24%を占めるまで増加した。

高齢者の刑法犯検挙人員の約7割が万引き、占有離脱物横領、暴行、傷害を示している背景には、経済的困窮が考えられるだろう。年金だけでは生活が厳しく、限られた収入で食料や生活必需品を購入するのが難しいため、窃盗(万引き、占有離脱物横領)に手を染めることがある。

また、社会的孤立や精神的なストレスが影響しており、友人や家族とのつながりが薄れ、孤独感から他人とトラブル(暴行、傷害)を起こしやすくなることがある。

加えて、加齢に伴う認知機能の低下や精神的な健康問題が衝動的な行動につながり、特に認知症の初期症状として見られることがある。

さらに、身体的な痛みや精神的な苦痛を和らげるために薬物やアルコールに依存するケースもあり、これが犯罪行動に結びつくことがある。高齢者に対する十分なサポートや福祉サービスが行き届いていないことも一因であり、適切な支援が受けられないことで生活が困難になり、犯罪に走ることがある。

安定した住居を持てない高齢者が生活の質の低下により犯罪に走ることもある。これらの背景から、高齢者犯罪を防ぐためには、経済的支援、社会的つながりの強化、精神的・心理的ケア、健康管理、そして社会保障制度の充実が重要だろう。

高齢者犯罪の実態と再犯率の高さ

前項のとおり、高齢者の犯罪は、高い水準を示すままである。これは、人口構成の変化とともに、孤独や社会的孤立が背景にあるだろう。また、再犯率も高い水準のままである。

※「再犯者」は、刑法犯により検挙された者のうち、前に道路交通法違反を除く犯罪により検挙されたことがあり、再び検挙された者をいう。「再犯者率」は、刑法犯検挙人員に占める再犯者の人員の比率をいう(引用:法務省『犯罪白書』)。

2023年版 犯罪白書(2022年次までの統計)によれば、日本の累犯者に関するデータによると、2022年には169,409人が検挙され、そのうち81,183人(約47.9%)が再犯者であった。

さらに、同データから、再犯者の割合が依然として高い水準にあることが報告されている。

出所後の生活支援が不足していることが再犯の原因とされている。高齢者などが再び犯罪に手を染める背景には、社会の中での居場所を失ったことや、経済的な困窮がある。今回のH.Tの二度の事件も、その典型例と言えるだろう。

高齢者の犯罪の多くを占める窃盗の中で、特に高齢女性の万引き率は高く、刑法犯検挙人員罪名別構成比の75.6%に達している(参考:法務省『犯罪白書令和2年版』)。

これまで提示したデータから、高齢者の犯罪が増えていること、そして再犯者が全刑法犯検挙人数の半数を占めることが明らかである。累犯者の中で高齢者の割合が増加している現状が明確に推認できる。これに対して、社会全体での包括的な支援策が求められていることが示されている。

このようなデータは、出所後の生活支援や就労支援の不足が高齢者の再犯を招いている現状を浮き彫りにしている。高齢者が再犯に走る背景には、社会的孤立や経済的困窮が大きく関わっており、これらの問題に対する包括的な支援策が必要である。

出所後の生活支援の現状

出所後の高齢者に対する支援は、住まいの確保や就労支援が中心となる。しかし、現状の支援体制は十分とは言えず、多くの高齢者が再び孤立し、再犯に至るケースが多い。刑務所を出た後、行く当てがない高齢者は、自立のための基盤を築くことが難しい。

さらに、出所後の高齢者が抱える問題はこれだけにとどまらない。精神的な問題も大きな課題である。長期間の服役生活から解放された後、再び社会に適応することは容易ではない。孤独感や不安感に苛まれ、適切な精神的サポートが欠如していると、再犯のリスクが高まる。

金銭的な問題も深刻である。多くの高齢者は年金未加入であり、十分な収入を得る手段がない。生活保護の受給も、申請手続きの煩雑さや受給条件の厳しさから、多くの高齢者にとってハードルが高い。

これらの問題が複合的に絡み合い、経済的困窮が再犯を招く一因となっている。 出所後の高齢者が再び社会に適応し、自立した生活を送るためには、包括的な支援策が不可欠である。

住まいの確保や就労支援だけでなく、精神的なケアや金銭的なサポートも充実させる必要がある。社会全体で支援体制を整え、彼らが再び犯罪に手を染めないようにすることが重要である。

実際の支援例と成功事例

いくつかの支援プログラムでは、累犯高齢者の社会復帰を成功させている例もある。例えば、地域コミュニティとの連携や就労支援を通じて、自立を支援する取り組みが効果を上げている。

これらの取り組みは、累犯高齢者が社会の一員として再び自分の居場所を見つける手助けをしている。

未来への提言

高齢者の刑法犯検挙人員の約7割が万引きや占有離脱物横領、暴行、傷害であることからも、彼らが直面する現実の過酷さが伺える。出所後の生活支援や就労支援の不足が、再犯を招いている現状が浮き彫りになっている。

社会の中で居場所を失った高齢者たちが、再び犯罪に手を染めることを防ぐためには、包括的な支援策が求められている。

今後の支援体制の構築には、政府だけでなく、地域社会や民間企業の協力が不可欠だ。高齢者が再び孤立しないよう、居場所と役割を提供する施策が求められる。社会全体で高齢者の問題に取り組み、彼らが再犯に走らないための支援策を強化することが必要だ。

2009年11月29日に再び逮捕されたH.Tの侵入先の経営者の女性(71)は、「やっぱり女の人なんだなと思った。急に寒くなったからなのではないか。かわいそうなので、できれば衣類を拘置所に差し入れしたいと話している(引用:『工場の屋根裏、ぬいぐるみ持ち10日間60歳女、侵入容疑で逮捕』朝日新聞2009年12月7日付)。 他人の優しさが彼女らを支えるかもしれない。


◆参考資料
『住宅に侵入、押し入れで寝泊まり?容疑の58歳女逮捕』読売新聞2008年5月29日付
『他人の家の押し入れで生活…住居侵入で58歳女を逮捕』サンスポ2008年5月30日付
『知らぬ間に寝泊まり天井裏に女「住むところなく…」58歳を逮捕』産経新聞2008年5月30日付
『工場の屋根裏、勝手に10日間60歳女、また侵入容疑で逮捕』朝日新聞2009年12月7日付
『工場の屋根裏、ぬいぐるみ持ち10日間60歳女、侵入容疑で逮捕』朝日新聞2009年12月7日付
『会社事務所に「寒くて」侵入66歳の容疑者逮捕』朝日新聞2012年11月13日付


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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