伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件:女性の死体を隠し続け21年間

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大きな過ちを犯した人間には罰が下る。事件が発覚すれば逮捕され、起訴された後には法の裁きを受け然るべき罰が与えられ過ちに対する責任を取らされる。

しかし、罰は法による裁きだけではない。仮に過ちが露呈しなくとも大きな過ちを犯した者は自分の「良心」に責め立てられる。

時に、自分の「良心」が与える自己罰は、法による罰よりも厳しい。 24時間、365日、罪悪感という名の罰は絶えず自分を苦しめる。

事件から21年後、公訴時効後に真相の一端が明らかになった伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件について解説する。

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件の概要

三重県と愛知県にまたがり、太平洋に面する伊勢湾。三重県桑名市長島町松蔭の海岸と、愛知県知多郡美浜町野間若松の堤防。そこで、切断されたとしか思えない若い女性の左足と右足が、1970年4月23日と5月4日に発見された。

通報を受けた警察は、三重大学医学部に鑑定を依頼し、解剖の結果、別々の場所で発見された右足と左足が、死後に切断された同一人物の足であることが判明した。

遺体の死亡時期は約2-3カ月前であり、生活反応がないことから、死後に切断されたとの結論が下された。

出典:GoogleMap

左足が発見された愛知県知多郡美浜町野間若松海岸の堤防付近を管轄する愛知県警半田署は、「若松海岸殺人・死体遺棄捜査本部」を設置し、三重県警と岐阜県警に捜査協力を要請、三県警の合同捜査が開始された。

伊勢湾は潮の流れが複雑であり、遺体の投棄場所が特定できなかったため、被害者女性の身元確認と遺体の他の部分の発見が困難な状況に立ち向かうこととなった。

警察は被害女性の身元や犯人特定に全力を傾けただろう。しかし、1980年の春が訪れ、殺人罪の公訴時効が切れ、事件は未解決のまま捜査の幕を閉じた。

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件-21年後の急展開

切断された女性の右足と左足が発見されてから、21年後の1991年3月、事件は突然、動き出す。

愛知県名古屋市北区に所在するマンションの押入からミイラ化した女性のミイラ化した女性の上半身を住民の妻が発見した。このマンションに住んでいたのは、43歳のタクシー運転手とその25歳の妻、そして子供だった。

事件発覚の詳細

1991年3月8日の昼頃、タクシー運転手(以下、夫と記す)の妻が押入れの中で物を探している最中、天袋の中からブリキ製の衣装缶から動物の腐敗臭のような臭いが漂ってきたため、愛知県警北署に届け出る。

警察がブリキ製の衣装缶を確認すると、中から毛布やビニール袋に包まれた頭部と両腕のあるミイラ化した人間のような上半身が発見された。同妻によれば、夫から遺体が入っていた衣装缶は、「友人からの預かり物だから開けてはいけない」等と告げられていたという。

警察は殺人、死体損壊の疑いで、事情を知ると思しきタクシー運転手の夫からの聴取を始める。夫は1970年から1971年頃の春、当時居住していた愛知県名古屋市千種区内のマンションで同居していた飲食店従業員Yさん(24歳)殺害し、遺体をノコギリで切断の後、遺体の一部を木曽川に遺棄したの告白を始めた。

名古屋大学法医学教室が発見されたミイラ化遺体を解剖したところ、1970年に伊勢湾沿岸で発見された左右両足と血液型や遺体の切断面等が一致したため同一人物であることが明らかになった。バラバラ遺体が発見された事件から21年、公訴時効を迎えた未解決の謎が予想外の方向から解き明かされた瞬間だった。

容疑者の供述

夫の供述によれば、事件は1970年から1971年頃の春に起きた。事件から21年が経過していたため、具体的な時期は「春」以外は覚えていなかったかもしれない。当時、夫は同居していた被害者Yさんがいつも遅く帰宅することに不満を抱き、口論が勃発した。口論中、激怒した夫は首を絞めてYさんを殺害したと告白した。

その後、夫はノコギリを使ってYさんの両足を切断し、布で包み、具体的な橋の名前はわからないが、木曽川から両足を投げ捨てたと述べた。

警察の聴取に夫はこう続けた。被害者の上半身を捨てる機会を逸してしまった。いつか捨てようと思っているうちに機会を逸したんだ。 21年の歳月が過ぎ、転職や転居を重ね、遺体を包む布を何度か変えた。しかし、気の休まる日は一日もなかった。いつか彼女を土に返してやりたかった。

公訴時効

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件が発生、発覚した1970年当時、殺人事件の公訴時効は15年だった。夫は警察、検察から任意聴取を受けるが、名古屋地方検察庁は、夫を殺人、死体損壊、同遺棄容疑で書類送検し、時効成立による不起訴処分にした。

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件の真相らしきものが明らかになったのは、事件から21年が経過していた時だった。夫が正式な刑事裁判を受けることはなかった。

Yさん死亡の真相は再び海の底ような闇に隠されてしまった。

遺体を自宅に隠した他の事件

殺人であれ、病死であれ、過去に遺体を自宅に隠す事件は意外と多い。社会に大きな衝撃を与えた1997年の神戸連続児童殺傷事件の加害者元少年Aは、被害者の遺体の一部を一時的に自宅に隠していた。

加害者と被害者の関係性について、1990年から2023年12月までの間に発生した主な自宅内に遺体を隠した7事件を確認した結果、親族(親子、夫婦)関係だということがわかった(母数が少ないため参考情報程度の扱い)。

長期間にわたり自宅内に遺体を隠す背後には、強力な人間関係、深い執着と愛情等が影響しているかもしれない。

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件―罪と罰

Y氏を殺害し、遺体の一部を切断した後、21年もの間、遺体の一部と共に生活し続けた夫。夫から開けるなと命じられていたブリキ製の衣装缶に違和感を覚え、ミイラ化した遺体を発見し警察に通報した妻。夫婦と暮らしていた子供。

この家族のその後はわからない。21年前の事件が発覚した後、家族はバラバラになってしまったかもしれない。

15年の公訴時効により夫は裁判を受けなかった。 夫の自白の信憑性は誰にもわからなくなった。「いつか彼女を土に返してやりたかった」、「気の休まる日は一日もなかった」という彼の自供は本心からだろうか。

永遠にその答えを出せないままとなった伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件は、一種の未解決事件だともいえる。

夫の自供にあるこれらの言葉は、彼が21年間、いや、事件発覚以降も抱えた罰の一つだと言えるかもしれない。


◆参考資料
「バラバラと断定愛知の女の足」読売新聞1970年4月25日付
「右足みつかる伊勢湾のバラバラ」読売新聞1970年5月5日付
「名古屋のバラバラ女性殺人男性、上半身と21年同居6年前に時効成立」毎日新聞1991年3月11日付
「女性の死体を隠し続け21年間、運転手が殺害自供-妻が発見。すでに時効成立。名古屋の住宅」北海道新聞1991年3月11日付 
「20年前の女性バラバラ殺人被害者はホステス北区と伊勢湾発見遺体の血液型一致」中日新聞1991年3月11日付
「21年前ホステス殺した名古屋の運転手自供自宅で遺体発見すでに時効」読売新聞1991年3月11日付
「妻と子を殺害、自宅に隠す容疑の作業員逮捕倉敷」朝日新聞1996年5月23日付
「生後間もない我が子の遺体を自宅に隠す容疑の女を逮捕新潟」読売新聞2006年11月29日付 
「神奈川・藤沢92歳父親の遺体自宅に隠す48歳の女を逮捕」NHKニュース2008年7月25日付 
「両親の遺体を自宅に隠す40歳逮捕母病死、父は絞殺大阪」読売新聞2009年5月24日
「娘の遺体遺棄容疑で父逮捕水戸・自宅に隠す」読売新聞2010年10月19日付 
「乳児2人の遺体自宅に隠す静岡、遺棄容疑で母逮捕」産経新聞2014年10月4日付 
「大阪・堺の男児不明父親去年12月に死亡遺体5か月自宅に隠す」NHKニュース2016年11月5日付 


◆日本の殺人事件


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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