本邦の親族間殺人の割合
本邦の殺人事件は、昭和50年代頃から減少傾向となり、2013(平成25)年には、殺人認知件数が初めて1,000件を下回るが(参考:各年度犯罪白書)、被害者と被疑者の関係の約50パーセントは親族間の殺人である。
以下の図表は、平成9年次から令和2年次の殺人事件の総数と被害者と被疑者(容疑者)の関係(親族関係)の数である。令和2年度の刑法犯(殺人)の総数は824件、そのうちの388件は被害者の親族が被疑者(容疑者)である。なお、「捜査の結果,犯罪が成立しないこと又は訴訟条件・処罰条件を欠くことが確認された事件を除く(引用:令和3年版 犯罪白書 第6編/第1章/第5節)」
また、以下の図表から、令和2年度の殺人事件のうち47.1%は親族による犯行だということがわかる。他の重大事件と比較すると殺人事件の被疑者(容疑者)は親族が突出して多いことが読み取れる。
「家族」という閉じた関係のなかで発生する殺人などの重大な犯罪。 今後も減ることはないのかもしれない。
また、日本では「無理心中」と呼ばれる相手(家族)の意思(大抵の場合の被害者は子供や老人、病人など)を無視した複数人に対する殺人も多いといわれている。
2017(平成29)年10月6日、茨城県日立市田尻町内で発生した「日立妻子6人殺害事件」の被告男性は、水戸地裁で死刑判決を受けた(2021年6月30日の水戸地裁で死刑判決)。水戸地裁は、被告男性(東京高裁へ控訴)について「(前略)被告人がAを殺害すれば,子ら5名は殺人犯とその被害者の子になってしまい,Aの両親が子ら5名を養育することもできず,明るい未来がないだろうから2子ら5名をも殺害した上で自死し,全てを無くした方がよいのではないかと考え始めるようになった(後略)」と認定している。
殺人、児童虐待、保護責任者遺棄(致死)などの重大事件が、容易に変更など出来難い家族という集団のなかで発生している。
2022年中に発生した夫婦間の殺人事件、被害者死亡など重大な結果に至った児童虐待事件、生まれた直後の子を殺し遺棄などした事件を確認しながら、社会が考えるべき教訓などについて考察していこう。
2022年中の夫婦間の殺人事件の事例
ここからは、2022年中に発生した夫婦間の殺人事件及び子を巻き添えにした所謂「無理心中」と思しき事件を確認していこう。
愛知県母子3人死亡(殺人)事件
令和4(2022)年7月13日、妻に対する殺人の容疑で愛知県丹羽郡扶桑町小淵に住む夫T容疑者(42歳)が逮捕された。
同事件は、令和4(2022)年8月9日、愛知県犬山市内の車から2人の子供(9歳女児と6歳男児)の遺体が発見されたことから発覚し、その後、T容疑者の自宅から妻42歳の遺体も発見されている。
報道時のT容疑者の逮捕は妻の殺害容疑であるが、子供2人の殺害もほのめかしているとの報道が散見される。 また、T容疑者の身体には複数の「自分で傷つけた」切り傷(傷の程度は不明)があるとも報道され、妻、子供2人を殺害したのち、自殺などを試みようとした可能性も考えられる(事実認定されていないため偽装工作の可能性も考えられる。この点も含め起訴後の裁判で明らかになるだろう)
2022年8月9日 17時20分頃 | 愛知県犬山市八曽の市道脇斜面の車中から子供の2人の遺体発見 |
2022年8月9日 23時頃 | 愛知県丹羽郡扶桑町内のT容疑者宅で妻の遺体発見 |
2022年8月13日 | 親族に連れられT容疑者出頭 妻を殺害した容疑で逮捕 |
2022年8月14日 | 同容疑で送検 |
2022年9月1日 | 長女9歳、長男6歳を殺害した容疑で再逮捕(2022年9月1日 追記) |
現時点(2022年9月1日)でT容疑者が、なぜ2人子供を殺したのか?(2022年8月14日現在、前述のとおり子供2人に対する殺人をほのめかす供述をしている)などは不明だが、T容疑者が妻、子供を殺害したとするならば、最も「縁」や「絆」が深いと社会的に思われている家族の間での頻発する殺人事件の一つ、無理心中の一つだとも考えられる。
2022年9月1日、T容疑者は、長女9歳、長男6歳に対する殺人罪の容疑で再逮捕され、T容疑者は2人の子への殺人容疑を認めている供述をしているとの報道がなされた。「参考・引用:愛知の母子3人死亡、父親を長女・長男への殺人容疑で再逮捕『間違いありません』読売新聞 2022/09/01 15:48配信」
上記報道時点では、T容疑者の犯行動機などには不明な点が多く、殺された妻A氏との間にどのようなトラブルや諍いがあったのか等も憶測の域を出ないが――(まだ事実認定はされていないが)T容疑者が「殺した」と自供する2人の子が気の毒でならない。
愛媛県新居浜市の殺人事件
令和4(2022)年8月22日、同居していたと思われる妻(57歳)の首をタオル状のもので絞め殺害しようとした殺人未遂の容疑で愛媛県新居浜市繁本町内のF容疑者(53歳)が逮捕された。
その後、首を絞められ意識不明の重体だった同妻が搬送先病院内で死亡したためF容疑者の逮捕容疑は殺人罪となる。(引用・参考:夫に首絞められ重体だった妻が死亡 容疑を殺人に切り替え捜査 NHK NEWS WEB(愛媛NEWS WEB) (2022年)08月23日12時24分配信)
F容疑者は、妻A氏の首を絞めたのち、「妻を殺しました」と自ら警察に電話したとの報道も散見される(参考:「妻を殺しました」自ら通報 53歳男を逮捕 愛媛 テレビ朝日 2022年8月23 14:10配信など)
F容疑者は、妻A氏の首を絞めたのち、「妻を殺しました」と自ら警察に電話したとの報道も散見される(参考:「妻を殺しました」自ら通報 53歳男を逮捕 愛媛 テレビ朝日 2022年8月23 14:10配信など)
繰り返しになるが、殺人など重大事件認知件数の半数は、夫婦間、家族間、親族間などで発生する。現況、F容疑者に子どもなどがいるのかは不明だが、親族の胸中は察するに余りある。
濃密な関係かつ人間社会の基盤的な関係の一つでもある夫婦間、家族間、親族間、親子間などには「愛」も「憎」も、あるだろう。核家族化や個人主義の影響から相談できる者が周囲から減ったのだろう。個人の価値観、倫理観が複雑(多様性ともいう)になり、周囲の者からのアドバイスなどを素直に受け入れない風潮も生まれたのだろう。
濃密な関係だからこそ、問題もあるだろう。トラブルもあるだろう。
だが、それらの問題やトラブルが重大な結果となることを防ぐ仕組みが必要だろう。