世田谷一家殺害事件 犯人は顔見知りか?  

2000年12月30日土曜日、東京都世田谷区上祖師谷。

同日の東京の天気は9時-15時まで曇り。最高気温は朝から雨が続いた2012年12月30日(日)と同じ7.5度。最低気温2.2度。過去約20年間のうち最も寒い師走の1日だった。

事件現場のある東京都世田谷区上祖師谷3丁目は、京王線『仙川駅』から南東方向へ直線距離で約1キロ。小田急線『成城学園前駅』北方向へ約1.5キロ。

事件現場の北方面約1キロには東京都大田区羽田から世田谷区、杉並区、練馬区、板橋区、北区を結ぶ環状八号線(通称、環八)が通っている。環八は早朝や夜間、休日や祭日でも交通量の多い都内有数の道路である。

警視庁のホームページ(「上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件」)によれば、犯行日時は「平成12年12月30日(土曜日)午後11時ころから平成12年12月31日(日曜日)未明にかけて」と推測され、過去の多くの報道から一家全員を殺害したこの残虐な犯人は被害者A氏宅の裏のフェンスを利用しながら地上から約3.3メートルの外壁を登り、偶然開いていた可能性のある中二階の浴室の約60cm×40cm窓から宅内に侵入、最初にA氏の長男を絞殺した可能性が高いといわれている。

ただし、犯人の血(A型)が最初に絞殺されたA氏長男の布団にも付着していたとの報道も見受けられ、この報道が事実であるならばA氏長男の布団に犯人の血液がついた理由は――①最初に長男を絞殺。その後、A氏や他の家族を殺害した後に再度「何からの理由」で長男の部屋に戻り布団を動かした。②長男の絞殺は他の家族殺害後だった。――などとも考えられる。

さらに上記の①の場合は、――①-ⅰ死亡の確認。①-ⅱ加害者と被害者(A氏家族全体およびA氏家族のうちの誰かと)の間に事前の人間関係がある場合(以下、VO関係と記す※VO関係:Victim-Offender,引用:越智啓太著・ケースで学ぶ犯罪心理学 (p.1). Kindle 版.)に多いと犯罪心理学などで指摘される「遺体の顔を覆う」行動。――などが考えられ、――②の場合は②-ⅰ侵入経路が違う。VO関係のある者が玄関から訪問した。②-ⅱ犯行時に負った犯人の右手の傷は出血量こそ多いが両手などで(片手かもしれないが)小さな子供の首を絞めることが可能だった。――などが考えられる。

<報道>

「明日こそ逮捕」願う母世田谷一家殺害15年 カレンダーに斜線 今も (前略)捜査関係者によると、2階の子ども部屋のベッドで、首を絞められて殺害された長男の礼君の布団にも、犯人の血液が付着していた。血液はA型で、犯人は一家を襲撃した際、手にけがを負って出血したとみられ、警視庁が殺害時の状況を調べている。(後略)

読売新聞 2015年12月29日付

世田谷一家殺害事件の犯人が被害者宅に残したユニクロ・エアテックジャケットは、被害者A氏宅の2階リビングのテーブル椅子に掛けられ、そのジャケットには窓から侵入した際に付着すると想定される擦れた傷などや犯行時に付着すると推察される被害者A氏家族や犯人の血がついていなかったともいわれている。また、犯人のDNAが被害者宅のスリッパから検出され、犯人の遺留物に類似する塗料(蛍光剤)が被害者宅の車庫からも見つかったなどの報道も散見され、犯人と被害者 (A氏家族全体およびA氏家族のうちの誰かと) との間にVO関係があった可能性が高い。

そう、世田谷一家殺害事件は所謂「流しの強盗殺人」ではなく被害者A氏などとVO関係にある者による犯行の可能性が高いと推測される。ただし、その動機については犯人の口から語られる日までは明らかにならないだろう…犯罪心理学で指摘される典型的な無秩序型の犯罪。被害者や被害者宅を知る者の犯罪。被害者を突然襲い、遺体を現場に放置し凶器など多数の遺留品を残した犯罪。平均以下の知能、アルコールを嗜む習慣のない、もしかしたら性的能力もない者。厳格な父親などに養育され、被害者A氏の過去の住所、犯行時の住所の近隣に居住歴のある男性(無秩序型の犯罪者の例、参考・引用:越智啓太著. ケースで学ぶ犯罪心理学 (p.3). Kindle 版.)それが世田谷一家殺害事件の犯人だと思われる。

なお、世田谷一家殺害事件の被害者A氏宅の2階リビングのテーブル椅子に掛けられユニクロ・エアテックジャケットは犯人が事前に用意した偽装工作用の遺留物の可能性も考えられなくもないが、自身の大量の血痕(A型)を残したこの凶悪事件との整合性が感じられないため偽装工作とは考え難い。

以前の記事でも指摘したとおり、世田谷一家殺害事件の被疑者(容疑者)は、東京の城南地域のマンションに関係する日系移民の子孫だと思われる。

それは、明治期から大正期にかけ日本から海外に移民した一族の子孫。海外に渡り、欧州系の女性との間に生まれた一族の子孫。母系のミトコンドリアDNAに南欧系民族(アドリア海や地中海に多いとの記述が散見される)のアンダーソンH15型を持ち、父系にはハプログループO2a2b1* (O-M134*)を持つともいわれ、移民先の国でマイノリティとしてあらゆる苦難を体験した父系と母系の子孫かもしれない。

世田谷一家殺害事件 犯人の父系のDNAからの推論

ここで着目したいのは、父系のハプログループO2a2b1* (O-M134*)である。

日本よりも中国や韓国などの他のアジアの国々のほうが分布頻度が高いといわれるハプログループ O2a2b1* (O-M134*) は、日本では九州から四国、西日本地域で分布頻度が高いといわれ、真偽の裏取りは出来ていないが、紀元前219年頃、古代中国の始皇帝の命を受け日本の地に辿り着いた『徐福伝説』の徐福がこのハプログループ O2a2b1* (O-M134*) を持っていたともいわれている。

なお、始皇帝時代の古代中国(秦)は古代ギリシアとの文化的交流などが確認されていることから(紀元前の中国にギリシャ人陶工? 兵馬俑の調査で新たな見解 BBC NEWS JAPAN 2016年10月13日付)、そもそも始皇帝の周囲には南欧系の母系を持った混血の者がいたかもしれないが…

そして、『徐福伝説』の徐福の墓は紀州和歌山県にある―――明治から大正の時代、九州から西日本にいた日本人男性が海外に移民した。その男性は移民先の国で南欧系の女性と知り合い二人の間に子を産まれた。その子の子孫が…この犯罪史に残る残虐非道な世田谷一家殺害事件の犯人の可能性が高いと考え、指摘する。

事件当時の犯人の移動手段の考察

つぎに世田谷一家殺害事件の犯人の移動手段を考察してみよう。 前述のとおり、警視庁のホームページに記されている世田谷一家殺害事件の犯行日時は 「平成12年12月30日(土曜日)午後11時ころから平成12(2000)年12月31日(日曜日)未明にかけて」だ。

世田谷一家殺害事件の犯人が午後11時頃(23時頃)以前に被害者A宅を訪れたとするならば、公共交通機関(電車、バス)は運行していただろう。犯行時間が少し遅れ平成12年12月31日(日曜日)未明とするならば、公共交通機関は止まっていた可能性があり、犯人の被害者宅を出た時間が深夜だと仮定するならば、完全に公共交通機関は止まっている。

また、被害者A氏およびその家族と犯人の間にVO関係があったとするならば未明の訪問は不自然だ。犯人が被害者A宅を訪れたのは ❝平成12(2000)年12月30日(土曜日)午後11時❞の数十分前から1時間以内の範囲の午後10時(22時)台だろう。

では、世田谷一家殺害事件の犯人の移動手段はなにか?それは、多くの人が指摘するように徒歩または自転車、原付バイク(警察が免許情報の「顔」から犯人を特定できていないと考えると事件当時の犯人が運転免許を保有していた可能性は低いが、そもそも犯人の顔がはっきり把握できていないので照合ができないのだろう)などであろう。

そして、犯人はどこからどの道を通り被害者A氏の家を訪れたのか。犯行後、どの道を使い自宅または何処かに向ったのか。それは、環状八号線だと思われる。世田谷一家殺害事件の犯人は環八に「居た」と考えられる。環八沿いを歩いた。環八沿いを自転車で走った。環八を横断した。事件現場のA氏宅に向う途中または帰宅途中、一度は環八を通った。繰り返しになるが、世田谷一家殺害事件の犯人は、東京都の城南地域に関係すると思われる。そう、世田谷一家殺害事件の犯人は日常生活でも環八を歩き、環八を自転車で走り、環八を横断し、環八沿いの店で買い物をしていたのだろう。

以下は『奥沢駅』から被害者宅(東京都世田谷区上祖師谷3丁目)までの2点を結ぶ順路図を表すGoogleMAPである。

『奥沢駅』から被害者宅(東京都世田谷区上祖師谷3丁目)までの2点を結ぶ順路等図を表すGoogleMAP

上記からもわかるとおり、『奥沢駅』から被害者宅(東京都世田谷区上祖師谷3丁目)までの距離は約10キロメートルである。犯人が『奥沢駅』から1-3キロ圏内に居住などしていたと仮定するならば、犯人の(当時の)居所から被害者宅までの距離は10キロ前後となる。自転車を使用するならば約50前後、徒歩ならば約2時間の距離である。

各種の報道から世田谷一家殺害事件の犯人は翌日(12月31日)の朝まで被害者宅に留まったともいわれているが、陽が昇った明るい時間帯に約50分から2時間をかけ通行量の多い環状八号線などを利用したのだろうか?世田谷一家殺害事件の犯人が徒歩または自転車を利用したとするならば――夜間のうちに被害者宅を出たと考えるのが合理的だと思われる。

世田谷一家殺害事件から21年目が経とうとしている。この凶悪、非道な事件は絶対に解決させなければならない事件だ。警察は日々地道な捜査を続けている。そして、国民の法改正の議論や事件への関心が犯人逮捕を後押しする。


★引用文献

越智啓太著. ケースで学ぶ犯罪心理学. Kindle 版.

警視庁ホームページ 

紀元前の中国にギリシャ人陶工? 兵馬俑の調査で新たな見解 BBC NEWS JAPAN 2016年10月13日付

「明日こそ逮捕」願う母世田谷一家殺害15年 カレンダーに斜線 今も  読売新聞 2015年12月29日付

★参考文献

返り血のないダウンジャケット 世田谷一家殺害事件のプロファイリング 大和かおる,著.

ケースで学ぶ犯罪心理学.越智啓太,著.Kindle 版.

その他、新聞記事、個人ブログ、個人SNSなどを参照しました。


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Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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