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『中電病』と呼ばれる謎の現象が話題となっている。ある者は心霊現象とし、またある者は呪いではないかと考える。さらに、その原因についても、ストレス説から電磁波攻撃説まで玉石混交の議論が飛び交っている。本記事では、この原因不明の不可解な現象――『中電病』の謎に迫る。
『中電病』とは何か? 原因と研究の現状
2021年以降、JR東日本の中央・総武線各駅停車(三鷹~千葉間)において、運転士の突発的な意識障害が頻発している。この現象は、中野電車区(現・中野統括センター中野南乗務ユニット)に所属する運転士に限定的に発生しており、鉄道輸送の安全性確保において深刻な課題となっている。本現象は『中電病』と俗称され、乗務環境に関連する健康リスクの一例として研究が求められている。
具体的な症例としては、運行中の急激な眠気、認知機能の低下、視覚異常、停止位置の誤認、さらにはオーバーランといった事象が40件以上報告されている。一方、同様の勤務形態を持つ津田沼統括センターでは、これらの事例はほとんど確認されておらず、地域特有の要因が関与している可能性が示唆されている。
JR東日本は2023年以降、この異常事象に関する包括的な調査を開始したが、いまだ明確な原因は解明されていない。
『中電病』の臨床的特徴と運転士の報告
本現象の主な症状は、突発的な意識低下により、予兆なく極度の眠気に襲われ、一時的に意識を消失することにある。さらに、視覚認知障害として景色のぼやけや奥行き知覚の歪みが生じ、短期記憶障害によって、事象発生時の出来事に関する記憶の欠落や断片化が確認されている。
さらに、認知機能の一過性低下が生じ、環境の認識が困難となることで、通常の判断能力が阻害される。
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『中電病』の症状において特に注目すべき点は、その発生が予測困難であり、運転士自身が自覚しないまま運行に影響を及ぼすことである。結果として、安全運行管理上、極めて重大なリスク要因となることだろう。
『中電病』の原因は何か? 3つの仮説を検証
現時点で『中電病』の確定的な病因は特定されていないものの、いくつかの仮説が検討されている。
第一に、勤務環境の変化が要因として挙げられる。2019年の勤務制度改正により拘束時間が延長され、仮眠時間が4時間以下に短縮されたことで、長期的な睡眠負債が蓄積し、突発的な意識低下を引き起こす可能性が指摘されている。
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次に、空気環境要因も指摘されている。乗務区の休憩施設および運転室の空気質検査や水質分析が実施されたものの、現時点では異常値は確認されていない。また、心理的ストレスの影響も無視できない。ジョブ・ローテーションの導入により熟練運転士が不足し、乗務負担の増加が慢性的なストレスを蓄積させ、神経生理学的変化を引き起こしている可能性がある。
さらに、一部の運転士は発症後に『自己の身体感覚の喪失』を訴えており、神経系の異常反応が関与している可能性も指摘されている。『中電病』の要因の背景には、複数の要素が絡み合っていると考えられ、それらが単独ではなく相互に作用している可能性が高い。具体的には、睡眠負債と心理的ストレスの相乗効果が神経系に影響を及ぼす可能性が考えれるだろう。
『中電病』とハバナ症候群の類似点・相違点を比較
2016年頃から、キューバの米国大使館で『ハバナ症候群(Havana Syndrome)』と呼ばれる現象が報告された。これは、米国およびカナダの外交官、情報機関の職員が突如として原因不明の健康異常を訴えた事件である。 被害者は、強烈な音や圧力感を感じた後に、めまい、吐き気、偏頭痛、認知機能の低下、視覚・聴覚障害、睡眠障害といった症状を発症した。これらの異常は一時的なものから長期間にわたるものまでさまざまであり、一部の被害者は症状の悪化により退職を余儀なくされた。
この現象の原因については、音波兵器(ソニックアタック)、高周波マイクロ波、集団ヒステリー、昆虫の鳴き声といった複数の仮説が挙げられている。当初は音波攻撃の可能性が疑われたが、決定的な証拠は見つかっていない。
2017年には中国・広州の米国領事館で類似の症状が報告され、2021年にはホワイトハウスや中東、ウィーン、ロシアなどでも外交官が同様の被害を訴え、事件の規模は国際的に拡大していった。しかし、2022年にCIAが発表した調査結果では、「ロシアや中国などの敵対勢力が組織的に関与した証拠はない」とされ、依然として決定的な原因は特定されていない。
この『ハバナ症候群』と、JR東日本の中央・総武線各駅停車で発生している『中電病』には、いくつかの共通点がある。どちらも突発的な健康異常が発生し、脳や神経に影響を及ぼす可能性が指摘されている点が共通している。また、いずれも原因が特定されておらず、医学的・科学的な研究が求められている。
一方で、両者の発生状況には大きな違いがある。『ハバナ症候群』は特定の外交官や政府関係者に限定して発生し、敵対国の攻撃や外交的要因が疑われた。一方、『中電病』は鉄道運転士に限定されており、その原因として勤務環境や疲労の蓄積が主に仮説として挙げられている。また、『ハバナ症候群』では一部の症例で脳の異常が報告されているが、『中電病』では医学的な異常は確認されていない。
このように、両者は未解明の健康異常という点で共通しているものの、その背景には異なる要因がある可能性が高い。特に、『ハバナ症候群』では電磁波やマイクロ波の影響が指摘されているが、『中電病』に関しては、現時点でそのような仮説は科学的に検証されていない。ただし、『中電病』の運転士が訴える認知機能の低下や意識障害は、『ハバナ症候群』の症状と類似する点もある。
今後の研究によって、両者の関連性が明らかになる可能性はある。未解明の健康異常が特定の職業や環境で発生するという点で、『ハバナ症候群』と『中電病』は、いずれも科学的に説明しきれない不可解な事象であり、その解明には時間を要するだろう。しかし、人間の認知機能や神経系に影響を及ぼす未知の要因が関与している可能性は否定できない。 ゆえに、医学・環境科学・物理学を横断した学際的な研究が不可欠である。特に、マイクロ波や電磁波が人体に与える影響については、意図的な利用の可能性も含め、さらなる調査が求められる。
『中電病』に対する政府見解:JR東日本が問われる対応
2024年12月4日、立憲民主党・鈴木庸介議員は、「中電病」と通称されるJR中央・総武線の運転士の原因不明の体調不良問題について政府に対し質問主意書(『JR中央・総武線乗務員の原因不明の体調不良に関する質問主意書』)を提出した。主な質問と政府の答弁本文の要約は以下の通りである。
政府は中電病の症状や症例数を把握しているのか?
→ 政府の答弁:「把握していない」
2019年の勤務制度改正や2020年の職場転換制度が影響している可能性について、政府は調査する予定があるか?
→ 政府の答弁:「そのような情報は得ておらず、調査予定はない」
JR東日本の社内調査で原因が特定できない場合、政府は外的要因の調査を行う予定があるか?
→ 政府の答弁:「外的要因の意味が明確でないが、いずれにせよ調査予定はない」
政府は「中電病」に関する正確な情報を公衆に提供するのか?
→ 政府の答弁:「JR東日本から中電病に関する報告を受けていないため、情報提供の予定はない」
今後、他の路線でも同様の問題が発生しないよう政府はどのような対策を考えているか?
→ 政府の答弁:「乗務員の体調管理は鉄道事業者が検討すべき問題である」
今回の政府答弁から明らかになったのは、『中電病』が『JR東日本』の問題とされ、国として介入する意思がないという立場である。政府はこの問題について把握しておらず、今後の調査予定もないと明言した。そのため、今後の対応は『JR東日本』の判断に委ねられることになる。
同社はすでに運転士の健康診断や水質検査を実施しているが、原因の特定には至っていない。政府が関与しない以上、『JR東日本』が独自に科学的な調査を進め、勤務環境の改善や安全対策を強化できるかが焦点となる。
しかし、政府がこの問題を放置し続ければ、労働環境の悪化や運転士の安全問題が深刻化する可能性がある。万が一、運転中の意識障害による重大事故が発生すれば、『JR東日本』だけでなく、政府の対応責任も問われることになりかねない。そのため、労働組合や国会議員が引き続き政府に調査を求める動きが出る可能性は高い。
また、『中電病』が他の路線にも広がれば、政府としても無視し続けることは難しくなるだろう。『JR東日本』がどのような追加対策を講じるのか、労働組合や利用者の声がどこまで影響を与えるのかが、今後の重要なポイントとなる。
一方で、鉄道運行の安全性は公共インフラの基盤であり、『国土交通省』の監督下にあるべき問題である。運転士の健康問題が列車の安全運行に影響を与える以上、本来ならば国の関与は不可避ではないだろう。しかし、日本政府の「事業者の責任に委ねる」という姿勢は、事実上の責任放棄に等しい。他の鉄道事業者でも類似の事象が発生した場合、今回の対応が今後の基準となる可能性がある。この状況を踏まえれば、今後の国会でさらなる追及が始まるかもしれない。
労働安全の視点から考える『中電病』
『中電病』は、鉄道運転士に限定された現象であり、その要因には長時間労働、睡眠不足、ストレス環境などが影響している可能性が指摘されている。これは単なる業務上の問題ではなく、労働安全衛生の観点からも深刻な課題 である。
日本では『労働安全衛生法』により、事業者には労働者の健康を保護する義務が課されている。また、『厚生労働省』は『過労死等防止対策推進法』に基づき、過労死・過労自殺を防ぐための指針を定めており、長時間労働や極度のストレス環境が労働者の健康を損なう場合には、政府が積極的に関与する責務がある。
しかし、今回の『中電病』について政府は「調査予定なし」としており、労働安全の観点からも関与しない姿勢を貫いている。もし、運転士の健康問題が労働環境に起因するのであれば、本来『厚生労働省』が調査し、『国土交通省』と連携して改善策を講じるべきではないだろうか。
過酷な勤務環境が重大事故に繋がる危険性は、過去の事例からも明らかである。2005年の『JR福知山線脱線事故』では、運転士の過酷な勤務環境と「日勤教育」と呼ばれる厳しい指導が、心理的ストレスを生み、安全意識の低下を招いた可能性が指摘されている。 運転士は厳しい時間管理とプレッシャーの中で運行しており、その結果、カーブで制限速度を大幅に超過し、乗客106人が死亡、562人が負傷するという未曾有の鉄道事故 に発展した。
『中電病』の症状には突発的な意識障害や認知機能の低下が含まれており、これが運転中に発生すれば、重大な列車事故につながる可能性がある。 『JR福知山線脱線事故』のような悲劇を繰り返さないためにも、運転士の健康管理は鉄道事業者だけの問題ではなく、国が積極的に関与すべき課題 であるはずだ。
鉄道運転士は、一般的な労働者よりも極めて高い集中力が求められる職種 である。長時間の勤務や過酷な環境が 突発的な意識障害や認知機能の低下を引き起こす可能性がある 以上、この問題は「鉄道運行の安全性」だけでなく、「労働安全の問題」としても対応されるべきだろう。
『中電病』へのJR東日本の対応策と今後の展望
『JR東日本』は現在、『中電病』の原因究明に向け、産業医の協力のもと、運転士の健康状態を詳細にモニタリングしている。具体的には、定期健康診断に加え、神経学的検査、睡眠障害のスクリーニング検査、血液検査を実施し、発症の共通点を探る試みが進められている。また、運転士が日常的に過ごす休憩施設や乗務室の空気質・水質検査も継続的に行われており、二酸化炭素濃度、湿度、VOC(揮発性有機化合物)の測定が実施されている。
さらに、『JR東日本』は『鉄道総合技術研究所(鉄道総研)』や複数の大学研究機関と連携し、運転士の認知機能やストレスレベルの変化を脳波測定やホルモン検査を通じて分析する計画を進めている。2024年度中には、『中野統括センター』の運転士50名を対象とした神経学的検査のパイロットプログラムを実施予定であり、その結果を基に追加調査が検討される見込みだ。
また、勤務環境の改善策として、乗務スケジュールの見直しを含む労働環境の改善にも取り組んでおり、一部の運転士には仮眠時間の延長や休憩時間の拡充が試験的に導入されている。これらの対策が『中電病』の発生頻度にどのような影響を与えるのか、今後もモニタリングが続けられる予定である。加えて、安全意識向上策として、乗務前の健康チェックを強化するとともに、発生事例の共有を徹底し、運転士のリスク認識を高める取り組みも進められている。
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一方で、『中電病』に関する不安が現場の運転士の間で広がる中、『JR東日本』は科学的調査に加え、伝統的な安全祈願の一環としてお祓いを実施したとされる。一部の報道によれば、『中野統括センター』構内にある古井戸でお祓いが行われたという。鉄道業界では、職場に神棚を設けて安全祈願を行う習慣があり、祈祷を通じて乗務員の精神的負担を軽減し、安全運行を祈願することは珍しくない。
今回のお祓いは、直接的な科学的解決策ではないものの、「目に見えない要因」への懸念を払拭し、運転士の心理的負担を軽減する目的があったと考えられる。実際、『中電病』の発生が運転士の心理状態と関連している可能性がある以上、このような文化的・精神的アプローチも一定の影響を及ぼすかもしれない。『JR東日本』が今後も科学的調査と並行して、現場の不安を和らげるためにどのような施策を展開するのか注目される。
まとめ
『中電病』は、現時点では病因が特定されておらず、勤務環境、心理的ストレス、生理的要因が複合的に関与している可能性が高い。今後、さらなる医学的・環境科学的研究が求められるとともに、国内外の事例と照らし合わせた包括的なアプローチが必要となる。本研究の継続により、鉄道運転士の健康と乗客の安全の確保が期待される。
特に、運転士の認知機能低下や短期記憶障害といった症状は、勤務環境や心理的負荷が神経系に及ぼす影響を示唆している可能性がある。現在の調査では、睡眠負債、ストレス、環境要因、神経系の異常反応などが絡み合っている可能性が指摘されているが、単独の要因ではなく、複数の要素が複雑に作用していると考えられるだろう。
このため、今後の課題として医学的な視点からのさらなる分析が不可欠であり、神経学・心理学の専門家を交えた学際的な調査が求められる。また、『JR東日本』の単独対応では限界があるため、労働組合や第三者機関による独立調査を実施し、労働環境の改善に向けた具体的な施策を検討する必要がある。具体的には、運転士の勤務時間の見直し、ストレス管理の強化、定期的な健康モニタリングの法制化などが含まれるべきだ。
一方で、政府の対応が消極的なままであれば、同様の問題が他の路線にも拡大するリスクがある。国がこの問題を放置し続ければ、今後発生しうる重大な事故や輸送障害に対する責任が問われる可能性も高まる。もし、運転士の体調不良が今後も増加するならば、政府の「調査しない」という姿勢が再び議論の的になることは避けられない。
『中電病』は単なる一企業の問題ではなく、鉄道業界全体における運転士の健康管理と安全対策の在り方を問い直す重要なケースである。本件が今後どのような展開を迎えるのか、独立した専門機関やジャーナリズムによる継続的な監視が必要となる。
『中電病』の原因が未解明のまま放置されるならば、それは運転士個人の問題ではなく、日本の鉄道安全の在り方そのものが問われることになる。
『三鷹駅』から『千葉駅』までの営業キロ数は60.2km、駅数は39駅である。また、2019年度における『総武線各駅停車』(『新宿駅』~『千葉駅』間)の1日平均乗降者数(乗車人員×2)は、5,597,658人にのぼる。東京都心部と千葉県中心部を結ぶ同線は、日本の大動脈の一つと言えるだろう。
単なる不思議な現象として片付けることはできない、この問題を私たちはどこまで真剣に受け止めるべきなのか。それほどまでに影響は甚大である。
参考文献・出典
『弁護士JPニュース』2025年2月27日配信
株式会社リアルプロ・ホールディングス『JR東日本総武線の乗降者数の推移』2020年11月
第216回国会『JR中央・総武線乗務員の原因不明の体調不良に関する質問主意書』
第216回国会『衆議院議員鈴木庸介君提出JR中央・総武線乗務員の原因不明の体調不良に関する質問に対する答弁書』
◆独自視点の時事問題