能楽師を描いた音楽映画『犬王』の魅力~斬新な表現と「自由」について~

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能や歌舞伎など、日本の伝統芸能の数々。現在では鑑賞のハードルが高いと思われがちなこれらの作品群も、かつては庶民の娯楽だった。

娯楽だったということは、一般の人々から高い人気を誇るスターもいた。そして、そんな存在の1人が犬王だ。彼は、実在したことは確かなものの、詳細な記録や作品は残っていない。 今回ご紹介していくのは、謎めいた能楽師である犬王を主人公とした『犬王』だ。この記事では、映画『犬王』の魅力を存分に語っていきたいと思う。

映画『犬王』の作品概要

映画『犬王』は、2022年に公開された日本のアニメーション音楽映画である。室町時代に活躍した能楽師・犬王を主人公としており、謎に満ちた彼の人生の一端が、自由な発想で描かれている。

主役の犬王役は、ロックバンド・女王蜂のボーカルを務めるアヴちゃん。友有は森山未來が声を担当している。また、多数のアニメーション映画で監督を務めた湯浅政明がメガホンを取っている。

本作の見どころは、犬王と彼の相棒である友有が奏でる平曲だ。平曲とは『平家物語』を琵琶で弾き語るもののことを指すが、本作で犬王と友有(友魚/友一)は、これをロックに作り替えているのである。しかも、アヴちゃんの力強いボーカルを生かした、シンプルイズベストな「ノリやすい」ロックである。

ロックな音楽と共に語られる室町時代の物語。この文言に少しでも惹かれた人は、ぜひ観賞して欲しい作品である。

あらすじ

物語の舞台は室町時代。猿楽の一座・比叡座の頭領の元に、1人の子供が生まれた。しかし、それは人間の姿をしていなかった。

壇ノ浦の漁師の息子として生まれた友魚は、京から来たという侍に依頼され、父と共に、天叢雲剣の剣を探すために海に出た。友魚親子は首尾よく剣を見つけたものの、その呪いによって友魚は失明、父親は命を落としてしまった。

友魚は剣捜索の依頼主を探すため京に向かうが、道中に出会った琵琶法師の谷一に弟子入りし、各地を旅するようになる。彼の夢は、平家の隠れ里で誰も知らない物語を集め、新たな平曲を作り上げることだった。

成長した友魚は、覚一座に入ったことにより友一と名乗るようになる。そんな折、友一は異形の姿をした存在・犬王と出会ったのだった。

斬新なアニメーション表現と音楽が楽しい快作

先にも述べたが、本作の見どころかつ最大の魅力は、斬新なアニメーション表現とロックでノリの良い音楽だ。1つずつ見ていこう。

まずはアニメーション表現から。

本作は全体的にアニメーション表現がスタイリッシュかつ斬新だ。物語の冒頭で見られる時代が遡って行く様子。犬王と友有(※この記事では、作中の描写から「友有」を基本としたい)の舞台表現。少し古さを感じるものの、現代のライブのように描かれた犬王たちの舞台は、なんだか見ていてワクワクしてしまう。

そしてなにより、一際目を引くアニメーション表現は、友有の視点を描いたものだ。

友有は天叢雲剣の呪いによって目を切られ、盲目になってしまった。しかし、全ての光を失ったわけではない。ほんのわずかに、ぼんやりとした色味や輪郭が見えているようだ。そんな友有の視界を描いているシーンは、絵の具がにじんでいるようで、それでいて明るく、なんとも言えず美しいものだ。

友有の視点が描かれるシーンは、そう多くない。しかし、少ないシーン数でありながら鮮烈な印象を残す場面である。

次に音楽。音楽こそ、本作の根幹に当たる部分だ。

本作では、犬王と友有が歌って踊る。その歌は、一般的に想像するような平曲ではもちろんなく、かなり現代風味のロックである。伴奏には、琵琶ではなくギターが使われているようだ。

室町時代の物語で、琵琶ではなくギターを使う。これは、ともすれば批判されがちな部分で、没入感を無くしてしまう原因になりかねない。本格的な歴史物を想像すればするほど、違和感を覚えてしまうだろう。

しかし、一旦、本作の世界観に入り込んでしまうと、こうした部分の違和感はなくなってしまう。むしろ、本作の音楽が持つ力に引っ張られてしまうのだ。

犬王の声は、女王蜂というロックバンドのボーカル・アヴちゃんが務めている。アヴちゃんの声を、筆者は本作で初めて聞いた。かなりパワフルで人を惹きつける声だと感じた。人々からの人気を集め、一気にスターに上り詰めていく「犬王」という人物にピッタリの声だろう。

また、曲調がシンプルなものが多いのも魅力的だ。シンプルな曲調は人の心に入りやすい。少し古さを感じるかもしれないが、それもまた、作品の独特な雰囲気作りに一役買っている。 一点注意点を上げるとすれば、ただ音楽を聴いているだけでは歌詞が聞き取りにくいことに注意が必要だ。現代的な音楽に載せて歴史的な内容を歌っているため、頭に入ってきにくい場合がある。しかし、歌詞を読むことが本作の理解に繋がるため、可能ならば観賞時は字幕を付けることをおすすめしたい。

自由な表現者であることの難しさ

絵や音楽、文章など、形を問わず「創作」をする人であれば、思いや訴えを自由な形で表現したいと考えている人が多いだろう。筆者ももちろんその1人で、常に表現の場を探している。

しかし、「自由に表現する」ことは意外と難しい。話して良いことと悪いことのボーダーライン。うつりゆく倫理観や社会通念。人それぞれの考え方の違い。人間として社会生活を送る以上、100%完全な自由はない、といえるだろう。

犬王や友有が生きた時代は、「自由がない」時代だった。大抵の場合、庶民は狭い世界で生きることを余儀なくされていたし、普通から外れることに対してのアレルギー反応が、現在と比べ強いことは想像に難くない。また、いわゆる「お上」からの締め付けもキツかった。

そんな中で、犬王と友有は自由な表現で歌い、踊り、人々の心を掴んでいく。しかし、自由な時間は長くは続かない。

犬王が人間の体になればなるほど、彼が持つ自由さは減っていく。長い手は異形ではあったが、犬王独自の表現を際立たせるものだった。そして、人間の顔を取り戻したとき、犬王の自由はなくなった。友有の命を助けるため、さらには自分が生きるため、足利義満に従うことになったのだ。

友有は最後まで、表現者としての自由を貫こうとした。命が助かるチャンスを投げ捨ててでも、自分自身の平曲にこだわった。その結果、彼は処刑され、亡霊としてさまようことになってしまう。

今も昔も、自由を求めるのが人の常だ。しかし、その道は常に険しい。特に表現者においては、常に葛藤を続けることになる。

私たちは、自分の思いのどこまでを外に出し、どこまでを隠すべきなのだろうか。自由に表現したいという気持ちは、どこまで許されるのだろうか。そして、どうすれば自由な表現者として生きられるのだろうか。

犬王と友有の生き方を見ると、自由について考えさせられる。ありとあらゆる情報が錯綜し、良いことも悪いことも一瞬で伝わってしまう現在、私たちはどのように表現していけば良いのだろうか。

まとめ

アニメーション映画『犬王』の魅力や、自由な表現者として生きることについて語ってきた。

本作は斬新かつ自由な表現方法から、賛否両論を巻き起こしているようだ。ロックと歴史はなかなか思いつかない組み合わせのため、拒否感を抱く人がいてもおかしくはない。

しかし、本作はその拒否感を乗り越えてでも見て欲しい作品だ。鑑賞後は、友有と犬王にどんな感覚を抱くのか語り合いたくなること請け合いである。

筆者個人としては、物語の最後で明かされる犬王の素顔について、どんなことを表現しているのか語り合いたいと思っている。


◆独自視点の漫画・アニメ考察


オオノギガリWebライター

投稿者プロフィール

ココナラをメインに活動中のWebライターです。2017年より、クラウドソーシング上でwebライターとして活動しています。文章を読んで、書く。この行為が大好きで、本業にするため日々精進しています。〈得意分野〉映画解説・書評(主に、近現代小説:和洋問わず)・子育て記事・歴史解説記事etc……

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