映画『タクシードライバー』深掘り考察: 都市の孤独と救済の模索

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1976年に公開されたマーティン・スコセッシ監督の映画『タクシードライバー』は、アメリカ映画史において特異な位置を占める作品である。この映画は、ニューヨークを舞台に、退役軍人のタクシードライバー・トラヴィス・ビックルが、都市の暗黒面と自身の内面との戦いを通じて、救済を求める姿を描いている。

『タクシードライバー』が公開されてから数十年が経過したが、この映画が探求するテーマは今日の社会にも依然として関連性を持っている。都市の孤独、社会的疎外感、暴力への傾倒は、現代社会においても我々が直面している問題である。この映画は、これらの問題に対する理解を深め、個人と社会の関係を再考する機会を提供する。 映画が持つ深いテーマや象徴性、そして現代社会におけるその意義を考察する。

映画『タクシードライバー』概要

Loneliness has followed me my whole life, everywhere. In bars, in cars, sidewalks, stores, everywhere. There’s no escape. I’m God’s lonely man. (どこにいても、孤独が俺の人生を追いかけてくる。バーでも、車の中でも、道でも、店でも、どこでもだ。逃げ場所はない。俺は孤独な神の子だ)

Travis Bickle(トラヴィス・ビックル)映画『タクシードライバー』

1970年代のニューヨークを背景に、ベトナム戦争から帰還した主人公トラヴィス・ビックルが不眠症に悩みながらタクシードライバーとして夜の街を走り回る『タクシードライバー』は、アメリカ映画史上に残る名作である。

この映画は、トラヴィスが経験する都市の孤独感や疎外感、彼の目的を見失った実存的な苛立ち、そして彼が目撃する社会の暗黒面を鋭く描き出している。彼の内面的な葛藤と精神的な崩壊が進行するにつれ、観客は1970年代の社会的、政治的背景の中で個人が直面する問題に深く引き込まれる。マーティン・スコセッシ監督とロバート・デ・ニーロの演技によって、当時のアメリカ社会に対する鋭い批評を提示し、多くの人々に影響を与え続けている。

あらすじ

ベトナム戦争の退役軍人(1973年5月に名誉除隊)トラヴィス・ビックルは26歳の青年だ。彼は所属部隊(キングコング・カンパニー)のワッペンを付けた軍支給品のミリタリージャケットを着用している。不眠症に悩まされ、ニューヨークのタクシードライバーとして夜の街を彷徨い、孤独と疎外感に苛まれるトラヴィスは、都市の暗黒面に強い嫌悪感を抱き、自らが正義の実行者となることを決意する。

彼の人生は、二人の女性との出会いによって大きく動き出す。一人は選挙スタッフのベッツィーであり、もう一人は未成年の売春婦、アイリスである。ベッツィーに対しては恋愛感情を抱きながらも、彼女との関係はうまくいかず、さらに孤立を深めていく。一方、アイリスを救うことで、トラヴィスは社会に対する自らの怒りを具現化しようとする。

トラヴィスは、アイリスを売春から救い出すため、彼女を取り巻く犯罪組織に単身で立ち向かう決意を固める。暴力的な対決の末、トラヴィスはアイリスを救出するが、その過程で重傷を負う。事件後、トラヴィスはメディアによって英雄視され、アイリスは家族のもとへと戻る。

映画は、トラヴィスが再びタクシーを運転する日常に戻る場面で終わる。ベッツィーを乗せた彼のタクシーは、夜のニューヨークを走る。ベッツィーとの決別をした彼の内面に残る不穏な空気と共に、観客に多くの問題提起を投げかける。

色彩や音楽の効果

『タクシードライバー』は、色彩や音楽を効果的に使用して、トラヴィスの心理状態や映画のテーマを強調している。特に、映画の象徴的な赤い色彩は、トラヴィスの怒りや内面の混乱を表している。

また、バーナード・ハーマンによるジャズのスコアは、都市の孤独感とトラヴィスの心情を反映している。

出典:SonySoundtracksVEVO

色彩、音楽が『タクシードライバー』を映画史における不朽の名作としての地位を確立したといえるだろう。

映画の世界観:70年代アメリカの社会不安

映画『タクシードライバー』は、1970年代のアメリカ社会が直面していた多くの問題――ベトナム戦争後の退役軍人の社会復帰の困難、都市の犯罪率の上昇、政治的な不信感――を背景に描かれている。

トラヴィス・ビックルが運転するタクシーは、このような社会の「断片」を乗せ、ニューヨークの夜を彷徨う。彼の目を通して見る都市は、腐敗と退廃に満ち、救いがないように見える。

1960年から1976年の間に、都市部での財産犯罪の率は2倍以上に、暴力犯罪の率は3倍以上に増加した。(D. Rosenbaum & L. Heath .1990)

この時期の犯罪率の増加は、社会経済的な要因、都市化の進行、および薬物乱用の増加など、多くの要因によって影響を受けている。犯罪率の増加は、当時の社会的、経済的な不安定性と密接に関連しており、政策立案者にとって重要な課題となる。

1970年代の犯罪率の増加には複数の要因が考えられる。この時期は、社会経済的、政治的、文化的な変化が重なり合い、犯罪に影響を与える多様な要素が存在していた。主な要因には以下のものが含まれている。

1・経済的困難

1970年代はオイルショックやインフレーションの影響で経済的に不安定な時期であり、失業率の上昇や生活費の増加が犯罪率の上昇に寄与した。

2・都市化と貧困

都市部への人口集中が進み、低所得者層が密集する地域での生活条件の悪化が犯罪の増加を促進した。都市部では、貧困、住宅問題、教育の機会不足などが複合的に影響した。

3・薬物乱用の増加

1970年代には、特に都市部でヘロインやコカインなどの違法薬物の乱用が増加した。これにより、薬物関連犯罪や薬物を巡る暴力が増加した。

4・家族構造の変化

家族構造の変化、特に離婚率の上昇や家庭内の不安定さが、若者の非行や犯罪に影響を与える要因となる。

5.・法執行機関との関係

この時期には、警察や法執行機関への信頼が低下し、特にマイノリティコミュニティとの間で緊張が高まった。これにより、犯罪を報告しにくくなるなど、コミュニティと警察との関係が犯罪率に影響を及ぼした。

6・武器の流通

銃器の広範な流通とアクセスの容易さが、暴力犯罪の増加につながった。

これらの要因は相互に関連しており、1970年代の犯罪率の増加に多面的に寄与した。社会経済的条件、文化的変化及び政策の方向性など、複数のレベルでの要因が組み合わさることで、犯罪の増加につながったと考えられる。

また、ベトナム戦争やヒッピー思想も、1970年代のアメリカにおける犯罪率増加に影響を与えた社会文化的背景の一部として考えられている。これらの要因は、直接的に犯罪率を上昇させたわけではないものの、当時の社会の不安定さや価値観の変化に貢献し、間接的に犯罪の増加に関連している可能性が考えられる。

1・ベトナム戦争の影響(社会的分断と抗議活動)

ベトナム戦争はアメリカ社会に深い分断をもたらし、政府や権威に対する抗議活動を引き起こした。これらの抗議活動は時に暴力を伴うことがあり、社会の不安定さを増大させた。

2・帰還兵の社会再適応

戦争から帰還した兵士の中には、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や薬物依存症などの問題を抱え、社会に再適応することが困難なケースが認められる。これらの問題は、一部の帰還兵による犯罪につながった可能性が考えられる。

3・ヒッピー思想の影響と反権威主義と薬物使用の普及

ヒッピー文化は反権威主義、平和、愛、自由などの価値を重んじ、多くの若者に影響を与えた。この文化は、マリファナやLSDなどの薬物の実験的使用を含むライフスタイルの変化を促した。薬物使用の普及は、薬物関連犯罪の増加や社会的な健康問題につながったと考えられる。このような価値観の変化は、伝統的な社会規範からの逸脱を招き、一部では犯罪の増加につながった可能性がある。

ベトナム戦争やヒッピー思想が1970年代の犯罪率増加に直接的な原因となったわけではないが、これらの要因は社会の不安定さや文化的変化を促進し、間接的に犯罪の増加に影響を与えた可能性がある。

これらの社会問題が、映画『タクシードライバー』の世界観を形成する基盤となっている。映画は、1970年代のアメリカ社会の複雑な背景を反映し、主人公トラヴィス・ビックルの孤独と絶望、そして彼が目撃する都市の腐敗と退廃を通じて、時代の反映としての役割を果たしている。トラヴィスの行動と心理状態は、この時代の社会的、政治的、文化的な緊張と不安を映し出しており、映画はこれらのテーマを探求することで、当時のアメリカ社会に対する深い洞察を提供している。

都市の暗黒面:夜のニューヨーク

映画『タクシードライバー』では、トラヴィス・ビックルを通して、夜のニューヨークの都市の暗黒面が鮮明に描き出されている。

本作で描かれるニューヨークは、輝かしい都市のイメージとはかけ離れた退廃的で暗い場所として表現されている。トラヴィスが夜通し運転するタクシーの窓から見えるのは、売春、麻薬取引、暴力といった犯罪が蔓延る街の姿である。映画は、これらのシーンを通じて、都市の裏側に潜む社会的な問題に光を当てる。

ベトナム戦争から帰還した後、自分の居場所を見つけられないトラヴィスは、ニューヨークの夜の街を走り回ることで、自分なりの正義と秩序を求める。トラヴィスの目を通して見るニューヨークは、彼の心理状態を反映したものであり、都市の暗黒面は彼の孤独感や疎外感を一層強調する。

1970年代のニューヨークは、経済危機、高い犯罪率、社会的な不安定さといった問題に直面していた。映画は、街全体がベトナム戦争の後遺症からの精神疾患に悩まされているかのようであり、その中で生きる人々の心の闇も浮き彫りにする。

映画では、トラヴィスが見るニューヨークの暗黒面が、彼の内面的な闘いと並行して描かれている。トラヴィスが目にする都市の退廃は、彼自身の心の中にある暗闇と重なり合い、彼の行動を通じて表現される。映画の終盤に向けて、トラヴィスの暴力的な行動は、都市の暗黒面に対する彼なりの反応として描かれ、観客に深い印象を残す。 『タクシードライバー』で描かれる「夜のニューヨーク」は、単なる背景ではなく、映画の中心的なテーマの一つである。

この映画は、都市生活の厳しい現実や1970年代の米国が抱えた問題と、そこで生きる人々の心理的な葛藤を深く掘り下げ、観客に強烈なメッセージを投げかけている。

トラヴィス・ビックル:破壊と創造の狭間で

トラヴィス・ビックルは孤独な人間である。地方出身と思われる彼の背中には、ベトナム戦争で受けたと思われる傷がある。その傷は、彼の26年の人生の中でベトナム戦争が大きな傷と思い出を残したことを象徴するかのようである。主人公トラヴィス・ビックルについて考察する。

トラヴィス・ビックルの孤独

彼には友人がいない。本作の中にベトナム戦争時代の友人、故郷の友人は登場しない。人口800万の大都会ニューヨークで、彼は一人だけで生きている。また、学歴のない彼は、社会の中で自分の居場所を見つけることに苦労している。経歴学歴不問のタクシードライバーとしての仕事は、彼の孤独感をさらに深めるだけである。

夜の街を彷徨いながら、彼は都市の暗黒面と自己の内面との対話を続ける。この過程で、彼は社会に対する強い不満と、それを何らかの形で変えようとする衝動に駆られていく。

しかし、その方法は極端で暴力的なものとなり、彼の孤立はさらに深まる。彼の行動は、結局、社会からの更なる疎外を招くことになるが、トラヴィス自身はその行動を通じて、自己の存在を確認しようと試みる。

カウンターカルチャーへの嫌悪

トラヴィスは麻薬やヒッピー文化を嫌う。彼がこれらを社会の退廃と見なしているからである。1970年代のニューヨークは、犯罪、麻薬、経済的な不安定さが蔓延しており、トラヴィスはこのような環境に強い嫌悪感を抱いている。彼は自分自身を「清潔さ」や「秩序」をもたらす者と見なし、麻薬やヒッピー文化をこれらの価値に反するものとして拒絶する。

彼は社会から疎外され、孤独を感じており、その解決策として自らが正義の実行者となることを選択する。アイリスが提案するバーモントのヒッピー・コミューンへの参加は、トラヴィスの価値観や世界観と根本的に対立するものであり、彼が求める「救済」や「浄化」とは異なる道である。

トラヴィス・ビックルは、社会に対する深い不信感と個人的な道徳観を背景に持つ複雑な人物である。

消極的な政治不信

トラヴィスは、街で見る腐敗や道徳的な退廃に対して強い嫌悪感を抱いているが、彼はこれらの問題を解決するために政治が有効な手段であるとは考えておらず、むしろ自分自身の行動によって何らかの変化をもたらそうとする。この観点から、トラヴィスの行動は、政治に対する不信感から生まれた自力救済の試みと見ることができる。

福祉政策を優先するリベラル派パランタイン上院議員の「We are the people」というスローガンは、市民参加や民主主義的なプロセスを通じた社会改革の重要性を強調している。しかし、トラヴィスはこのような政治的なアプローチに対して関心を示さず、またそれによる実質的な変化を信じていないように見える。

この点で、トラヴィスはパランタインのスローガンとは真逆の価値観を持つ者として描かれているかもしれない。彼の行動は、政治的な手段ではなく、個人的な行動によって社会や自分自身の問題に対処しようとする試みと解釈できる。

トラヴィスの行動は、彼が直面する社会的な問題や個人的な疎外感に対する自力救済の形をとっている。彼は自分自身の手で「正義」を実現しようとし、アイリスを救出することで少なくとも一人の人間の人生にポジティブな変化をもたらそうとする。この行動は、政治や社会的なシステムに対する不信感から生まれた、個人的な介入の試みと見ることができる。

トラヴィス・ビックルのキャラクターは、政治や政治家に対する期待を持たず、政治的な解決策に対して消極的な絶望を感じている人々の感情を象徴していると解釈することができる。彼の行動は、政治的な手段に頼ることなく、個人が直接行動によって社会や自分自身の問題に対処しようとする自力救済の試みと見なすことができ、パランタインのスローガンとは対照的な価値観を持つ者としてトラヴィスを位置づけることができる。

この視点は、『タクシードライバー』が描く社会の複雑さや個人の孤独感、そして政治に対する懐疑的な態度を深く理解する上で重要な要素である。

1970年代のアメリカ合衆国は、政治的にも社会的にも大きな変動と挑戦の時期であった。この時代は、多くの市民が政治に対して懐疑的で、希望を持てないと感じる出来事がいくつかあった。以下は、その時代の政治的・社会的背景を概観するものである。

1・ベトナム戦争の影響

1970年代の初め、アメリカはベトナム戦争に深く関与していた。この戦争は国内で大きな論争の的となり、特に若者の間で政府に対する不信感を煽った。戦争の長期化と、テレビで流される戦場の悲惨な映像は、多くのアメリカ人に戦争への疑問と反戦感情を抱かせた。

2・ウォーターゲート事件

1972年に発覚したウォーターゲート事件は、リチャード・ニクソン大統領の辞任につながった。このスキャンダルは、政治家や政府機関に対するアメリカ国民の信頼を大きく損なった。政治的な不正が明るみに出たことで、政治に対する希望を持てないと感じる人々が増えた。

3・経済的な問題

1970年代は、オイルショックによるエネルギー危機やインフレーションの悪化、失業率の上昇など、経済的な困難に直面する時期でもあった。これらの経済問題は、政府に対する不満をさらに高め、政治に対する懐疑的な見方を強める原因となった。

4・社会的な変化

同時に、1970年代は社会的な変化の時期でもあった。公民権運動、女性解放運動、環境運動など、さまざまな社会運動が活発化した。これらの運動は、社会の不公正に対する意識を高め、変化への希望を生み出す一方で、既存の政治体制や価値観に対する挑戦となった。

結論として、1970年代のアメリカは、政治に対して希望を持てないと感じる要因が多く存在した時代であった。ベトナム戦争、ウォーターゲート事件、経済危機などが相まって、政治への不信感を深めた。しかし、同時にこの時代は、社会的な意識の高まりや変革への動きも見られ、複雑な感情が交錯していたと言えるだろう。『タクシードライバー』はこの時代のアメリカを背景に、政治や社会に対する深い問いかけを投げかけ、観る者に対して、個人と社会の関係、政治への態度、そして社会変革の可能性について考えさせる。

トラヴィスの行動に見られる自力救済の側面は、アメリカの伝統的価値観と関連付けることができるものの、その表現や結果については複雑な議論が存在する。アメリカ文化における個人主義、フロンティア精神、自己責任の価値観は、自力救済の概念を理解する上で重要な要素であるが、その実践は常に社会的、倫理的な問題を伴う。 トラヴィス・ビックルが『タクシードライバー』において示す政治や政治家に対する関心の欠如は、彼が政治に対して持つ消極的な絶望や、政治的な解決策に対する不信感を反映していると解釈することができる。トラヴィスの行動や視点は、政治的な手段による社会改革や問題解決に対する期待を持たない、あるいはそれに対して懐疑的な人々の感情を代表していると見ることができる。

映画の結末から考えるトラヴィス

映画『タクシードライバー』の結末は複雑だ。その「複雑」の要因は、トラヴィスのベッツィーに対する態度から生まれるだろう。

トラヴィスがベッツィーを拒絶する態度を取るのは、彼が経験した一連の出来事を通じて自己変革を遂げた結果と見ることができる。映画のクライマックスでの暴力的な行動は、トラヴィスにとってある種のカタルシスをもたらし、彼自身の中で何かが変わったことを示唆している。この変化により、彼はもはやベッツィーからの承認や関係を必要としなくなったのかもしれない。

トラヴィスがアイリスを救出した後、メディアは彼を英雄として扱う。この社会的な評価の変化により、トラヴィスの自己認識も変わった可能性がある。ベッツィーが彼に再び興味を示すのは、この「英雄」としての新しい地位に引かれたからかもしれない。トラヴィスはこのような表面的な関心を見抜き、真実の関係や理解を求める彼女への関心を失ったのかもしれない。

トラヴィスの行動は、彼が依然として内面的な孤独や疎外感に苦しんでいることを示しているとも解釈できる。彼はベッツィーとの関係を再構築することによって、一時的な満足感や安堵を得ることはできるかもしれないが、根本的な問題は解決されていない。トラヴィスがベッツィーを拒絶することで、彼は自分自身の問題に直面し、それらを乗り越えるための独自の道を歩むことを選んだのかもしれない。

トラヴィス・ビックルは、映画史に残る複雑なキャラクターである。彼の内面は、戦争によるトラウマ、社会からの疎外感、そして救済への渇望によって形成されている。トラヴィスは、自分自身との戦いの中で、社会に対するある種の正義を実現しようとするが、その方法は暴力に訴えることになる。

トラヴィスが最終的に選んだ行動は、彼自身にとっての救済の試みであり、彼が見る世界の歪みを正そうとする行為である。しかし、彼の行動は社会からの更なる疎外を招くことになる。映画は、トラヴィスの行動を肯定することなく、彼の心理状態と社会環境がどのように彼をそのような選択に追い込んだかを探る。

ベッツィーがパランタイン議員のキャンペーンに関わっていることは、彼女が社会変革に対してより平和的で、組織的なアプローチを支持していることを示していると考えられる。これは、政治的なプロセスを通じて社会を変えようとするリベラルな視点を反映している。

一方で、トラヴィスの行動は、彼自身の道徳観や正義感に基づいており、社会の腐敗や犯罪に対する直接的で暴力的な対応を選択する。トラヴィスのアプローチは、システム内での変革を目指すベッツィーの方法とは対照的である。トラヴィスの行動を保守的とラベル付けるかどうかは議論の余地があるが、彼の方法は個人的な正義の実現に重きを置いており、既存の社会秩序や法の枠組みを無視するものである。

映画のエンディングは、トラヴィスの行動が一部の人々から英雄視される一方で、彼の内面的な葛藤や社会に対する深い断絶感は解消されていないことを示唆している。この結末は、トラヴィスの暴力的なアプローチとベッツィーが信じる政治的な変革の手段との間の根本的な違いを浮き彫りにする。映画は、これらの異なるアプローチが社会変革にどのような影響を与えるか、またそれぞれの方法が持つ限界と可能性を探求している。

結論として、『タクシードライバー』のエンディングは、社会変革に対する異なる視点と手段の違いを反映しており、観客に対して、どのような方法が最も効果的で望ましいのか、またその代償は何かという問いを投げかけている。

映画は明確な答えを提供することなく、これらの問題に対する深い問いを促している。 市民参加の政治による社会変革を支持するベッツィーとの決別は、トラヴィスのその後の人生を暗示するのかもしれない。

2人の女性とトラヴィス

トラヴィス・ビックルがベッツィーとアイリスに求めたものは、表面的には異なるように見えるが、根底には彼の内面的な孤独、疎外感、そして自己の価値を認めてもらいたいという深い欲求がある。

ベッツィー

ベッツィーは『タクシードライバー』における重要な女性キャラクターで、彼女の服装や職業から、彼女のキャラクターや経歴についていくつかの推察を行うことができる。

ベッツィーは北の出身らしいが、その詳細は語られない。彼女は政治家チャールズ・パランタインの選挙キャンペーンスタッフとして働いている。この職業から、彼女が政治に関心が高く、社会的な問題に対して積極的に関与しようとする意識があることが推察される。また、選挙キャンペーンという環境は、彼女が組織的で、チームワークを重んじる能力を持っていることを示唆している。政治キャンペーンに携わることは、彼女がリベラルな価値観を持ち、社会変革に対して前向きな姿勢を持っている可能性が高いことを示している。

(写真はトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)とベッツィー(シビル・シェパード)。二人のファッションの違いが印象的だ。他は、『タクシードライバー』撮影時のロバート・デ・ニーロ、ジョディ・フォスター、監督マーティン・スコセッシと『タクシードライバー』撮影時のシビル・シェパードとマーティン・スコセッシ)

ベッツィーの服装は、映画内で彼女がトラヴィスと出会うシーンで特に印象的である。彼女は洗練された、都会的なファッションセンスを持っていることが描かれている。このことから、彼女が自己表現に価値を置き、自身の外見に自信を持っていることが推察される。また、彼女の服装はプロフェッショナルでありながらも個性的であるため、彼女が自立した強い意志を持つ現代的な女性であることを示している。彼女の服装からは、社会的地位や自己のキャリアに対する意識の高さもうかがえる。

ベッツィーのキャラクターは、彼女の職業と服装から、政治的に意識が高く、社会変革に貢献しようとするリベラルな価値観を持つ現代的な女性として描かれている。彼女は自己表現に自信を持ち、自立心が強いことが推察され、これらの特徴は彼女がトラヴィス・ビックルとどのように関わっていくかにも影響を与えている。

しかし、トラヴィスは彼女に気品と孤独を感じたようである。彼女もトラヴィスからの孤独という評価に関心を示す。彼女も都会の生活に孤独を感じている人間なのだろう。その孤独感はトラヴィスとは違う、集団のなかの孤独だと思われるが――。

ベッツィーに対してトラヴィスが抱いた感情は、一見して恋愛的な興味や魅力に基づいているように見えるが、運命的な理解者と感じたとも推察できる。トラヴィスはベッツィーに対して、自分の孤独を癒やし、普通の人間関係を築くことができるかもしれないという期待を寄せていた。しかし、彼の社会的なスキルの欠如や内面的な問題が、その関係を破綻させ、彼女も他の多くの者と変わらないと感じさせる結果となった。

アイリス

一方、アイリスに対してトラヴィスが抱いた感情は、保護者的な愛情や救済者としての役割を果たしたいという欲求に基づいている。アイリスはニューヨークの暗黒面に飲み込まれてしまった少女である。トラヴィスは彼女を救うことによって、自分自身の人生の目的や存在価値を証明し、社会的な正義を実現したいと考える。アイリスに対する彼の行動は、彼自身が求める救済と、社会からの疎外感を克服する試みの一環として見ることができる。

ピッツバーグ出身の家出少女アイリスは、未成年の売春婦として描かれている。彼女の経歴については映画内で詳細に語られることはないが、彼女の状況や行動からいくつかの推察を行うことができる。

アイリスが家出人であることから、彼女が家族との関係に何らかの問題を抱えていることは明らかである。彼女が若くしてニューヨークの街で売春をしている状況は、家庭内での支援や保護が欠けていることを示唆している。家族関係の破綻が、彼女が家を出て危険な環境に身を置くことを選んだ一因である可能性が高い。

アイリスが売春をしている背景には、組織犯罪者であるスポーツという男性の存在が大きい。彼はアイリスに対して父親的かつ恋人的な存在を装いながらも、実際には彼女を搾取し、売春させている人物である。アイリスはこの男性に依存しているように見えるが、これは彼女が求める安全や保護を誤った形で見出しているためと考えられる。

映画の中でアイリスはトラヴィスと出会い、彼から新たな生活を始めるための支援を受ける。トラヴィスとの関わりを通じて、アイリスは自身の状況から脱出しようとする意志を見せる。これは、彼女が現在の状況に甘んじているわけではなく、より良い生活を求めていることを示している。

アイリスの人生の物語は家族関係の破綻、組織犯罪との関わり、そして自立への試みという要素から推察することができる。この物語は、彼女の社会的な疎外感や脆弱性を抱えた若者が直面する困難を浮き彫りにし、彼女自身の強さと生き延びようとする意志を示している。

トラヴィスがベッツィーとアイリスに求めたものは、彼自身の内面的な問題――孤独、疎外感、自己価値の探求—の解決である。 彼はこれら二人の女性を通じて、自分自身の居場所を社会の中で見つけ、自己の価値を認めてもらうことを望んでいた。しかし、彼の不器用さ、社会に対する誤解、そして内面的な闘いは、彼が望む種類の関係を築くことを困難にしている。

映画のあいまいな結末

『タクシードライバー』の結末は意図的にあいまいにされており、トラヴィスの行動の動機や心理状態について明確な答えが与えられていない。このあいまいさは、観客にトラヴィスの心理や行動を自ら考えさせ、映画のテーマやメッセージについて深く考える機会を提供している。

特にトラヴィスがベッツィーをやんわり拒絶する結末シーンは、彼の複雑な内面や映画全体のテーマを反映していると言えるだろう。このシーンは、トラヴィスが社会とどのように関わり合いたいのか、また彼が真に求めているものは何なのかについて、観客に考察を促す。

『タクシードライバー』では、「トラヴィス・ビックル」が最後に英雄として扱われる一方で、彼の心理的な不安定さや暴力への傾倒が解決されたことを暗示しない。

映画の最後に彼が再び鏡を見つめるシーンは、彼の内面の闘いが依然として続いていることを示唆しており、トラヴィスの今後の人生がどのような方向に進むのかは誰にもわからないという不確定性を残している。

『タクシードライバー』が公開された1970年代のアメリカ社会は、ベトナム戦争の影響、政治的な不信感、社会的な断絶など、多くの不確かさや変化に直面していた。この映画は、当時のアメリカ社会の状況を反映し、未来への不確かさを描いている。トラヴィスの物語は、より大きな社会的な文脈の中で、個人と社会の関係、そしてその不確定性を探求している。

これは、人間の運命や社会の不確かさに対する普遍的なテーマを反映しており、当時及び偏在のアメリカ社会の状況とも密接に関連している。トラヴィスの今後の人生の方向性が誰にもわからないと考えることは、この映画が提起する深い問いの一部であり、観る者に対して反省と想像の余地を与えている。

結論

大都会に人々が集まる。ある者は希望を求め。ある者は流浪の果てに辿り着いて――。

1970年代のニューヨークを舞台にするマーティン・スコセッシの『タクシードライバー』は、単なる映画作品を超えた文化的象徴となっている。

『タクシードライバー』は、その複雑なキャラクター、象徴的な映像、そして時代を超えたメッセージによって、映画史における不朽の名作としての地位を確立したといえるだろう。


◆社会派の海外映画考察・解説シリーズ


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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