考察:映画『ソイレント・グリーン』2022年のディストピア

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ハリー・ハリソン(Harry Harrison)の小説『人間がいっぱい』を原作とする映画『ソイレント・グリーン』(Soylent Green)は、近未来のディストピア社会を描いた70年代の傑作映画だろう。

さらに、本作の近未来が2022年の「世界」だということにも衝撃を覚える。 1973年に公開された本作の世界から現実の(2023年の世界の)問題点を考察していこう。

作品概要とチャールトン・ヘストン

映画『ソイレント・グリーン』(以下、本作と記す)は、主に60年代から70年代に活躍したリチャード・フライシャーが監督し、『ベン・ハー』(1959年)で第32回アカデミー主演男優賞を受賞したチャールトン・ヘストンが粗野だが「正義」を追い求める刑事を演じている。

全米ライフル協会(NRA)の会長とし、マイケル・ムーアのドキュメンター的映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)にも登場する主演のチャールトン・ヘストンは、

リベラル的な価値観を持つ銃規制派側から見れば、彼は保守的な白人富裕層の代表だといえるかもしれない。

しかし、彼は60年代頃の公民権運動の賛同者であり、本作の他にも人類の傲慢と文明崩壊の未来を描いた『猿の惑星』(1968年)に主演する社会派俳優でもある。 彼は名監督クリント・イーストウッドと同じく米国の建国(独立宣言)の「正義」を体現した人物だともいえるのではないだろうか。

あらすじ

★ご注意:映画『ソイレント・グリーン』のネタバレが含まれています。

本作の物語の舞台となる2022年のニューヨーク市は、人口4000万人(実際の2021年の人口は約850万人 参考:アメリカ合衆国国勢調査局)の超過密都市である。

環境破壊と超格差社会が進むこの2022年の世界に住む貧困層の人々は、慢性的な食糧不足、住居不足、暴動と治安悪化、資源枯渇のなか、行政から配給される高栄養植物食品(ソイレント・レッド、ソレントイエロー)を食べ生きる希望や目的を抱くことも無く日々を生きているようだ。

そう、失業者はマンハッタンだけでも2000万人を数えている。

この危機的な食糧難のなか、ソイレント社は海中プランクトンを原料とする次世代の高栄養食品ソイレント・グリーの製造を開始する。

14分署に勤務する刑事・主人公ソーン(チャールトン・ヘストン)は、「警察の本」の呼ばれる老人のソルと集合住宅の一室で暮らしている。彼らの部屋は狭いが、集合住宅の廊下、階段、外で寝泊まりする多くの失業者よりは良いだろう。

刑事(公務員)の彼には狭いながらも落ち着けるプライベート空間(部屋)が有る。

ある日、富裕層が暮らす高級アパートメントの一室でソイレント社の幹部サイモンソン・ウィリアム・R(ジョゼフ・コットン)が何者かにより殺害される。イェール大学卒のサイモンはサンティニー州知事とも懇意な関係にある超重要人物だ。

一見すると富裕層を狙った犯罪素人による単純な強盗目的の殺人だともいえそうな事件だが、真実の追求に貪欲な刑事ソーンは、事件当日に限り厳重な防犯システムが故障していたこと、サイモンソン専任護衛男性と「家具」と呼ばれる若い女性が外出中だったことから事件当時サイモンソンが一人きりだったこと、彼が犯人に無抵抗だったことなどの状況から違和感の臭いを嗅ぎ付け単独で事件解明に奔走する。

ソーンによる単独捜査(「本」と呼ばれる元大学教授のソル達が側面から協力する)が進むなか、彼はサイモンソン殺害の背景にソイレント社の存在があると推認し、サイモンソン殺害の背景と犯行動機に迫ることとなる。

捜査のなかで彼は衝撃的な真実を知ることとなる。それは環境破壊により海が消えプランクトンは絶滅し、海中プランクトンから製造されているというソイレント・グリーは、主に「ホーム」と呼ばれる安楽死施設で死んだ高齢者を原料にしていることだった。

ソーンは叫ぶ。

――人肉が食料になれば次は食用人間の飼育だ――絶対に阻止しろ――

映画『ソイレント・グリーン』の2022年

ここからは、映画『ソイレント・グリーン』の物語で描かれる2022年を解説していこう。

環境破壊と過剰人口

本作の舞台となる2022年の世界は、森林伐採、海洋汚染、大気汚染、大量消費社会の出現により地球規模の環境破壊に見舞われている。

美しい空や綺麗な水は消え去り、豊かな自然が蒸発に伴い植物や動物たちも絶滅したようだ。花や風、夕暮れ時の太陽、星々と波の音を知る世代は、「本」と呼ばれるソルら高齢者世代だけである。

また人口爆発により都市部では深刻な住居不足に陥り、多くの失業者が不衛生な道路、人混みで足の踏み場もない建物内の床や階段などで寝起きしている。

食糧危機

本作では、環境破壊と人口爆発からの食糧不足が深刻な問題として描かれている。環境破壊が進んだため植物、動物などが死滅し、多くの者は配給される高栄養植物食品(ソイレント食品)を食べている。

肉類、野菜類、果物類などは超高級品となるため、中産階級の役人と思われるソーン刑事でさえ口にすることが難しいようだ。高級品の肉類、野菜類、果物類などを食べることが出来る層は一握りの富裕層だけである。

貧富の格差

本作の2022年の世界では、貧富の格差が極めて顕著である。失業者がマンハッタンだけでも2000万人(ニューヨーク市の人口は約4000万人の半数は失業者)といわれている。

しかし、殺されたソイレント社の幹部サイモンソン・ウィリアム・Rのような超エリート層は「家具」と呼ばれる若い女性付きの高級アパートメント(「家具」は個人所有の場合もある。「家具」は所有者の性的な相手もする)で暮らし、肉類、野菜類、果物類を食することができる。

人間と食品業界の闇

本作は、環境破壊、人口爆発、超格差社会の解決に人間の死体を原料とする食品の製造と貧困層などへ配給を選択した物語である。

極度の食糧難を解決するための手段とし富裕層などの人間と食品産業が科学の力で「倫理の壁」を低くした。「倫理の壁」が低くなれば壁を越えることは容易いだろう。

現実社会でも食品は工業製品となり、食品製造過程に残酷な一面があったとしても人々は心を砕かない。人々は見ない、考えないことを無意識に選択し、倫理的な罪悪感からの敵前逃亡を常態化する。

人間と食品業界が漆黒の闇に覆われないよう「倫理の壁」を意識しないといけないのかもしれない。

モノ化された人間

超格差社会の本作の世界では、人間のモノ化が行われている。若く美しい女性は「家具」となり、元大学教授の知識階級老人は警察など行政の「本」(資料係など)となり他の人間、組織などに所有される。

この人間のモノ化の極点が死んだ人間を原料とするソイレント・グリーンだろう。

人間のモノ化は、主人公ソーンが指摘するように食用人間の飼育に繋がる可能性を大いに秘めている。

老人が死を選ぶ世界

地球に豊かな自然があった時代を知る「本」のソルなどの老人たちは本作の舞台となる2022年の世界に絶望を感じ「ホーム」と呼ばれる安楽死施設へ自ら向かう。

老人が絶望する世界は若者も絶望する世界だ。本作で描かれる2022年の世界では暴動が頻発している。

刑事ソーンの「正義」を考察

主人公のソーンの「正義」は複雑だ。彼は体制側(超格差社会を容認する社会)の警察官(役人)として治安維持と法の番人の役目を追っている筈だが……彼は簡単に法を破る。

被害者の家から食料を持ち出し、「家具」と関係を結び、上司の命令に逆らい(上司は彼を頑固だが優秀な刑事と認め黙認している)、サイモンソン・ウィリアム・R殺害事件の真相に迫る。

また彼には家族がいないようだが、「本」と呼ばれるソルを大切な家族のように扱う。被害者の家から持ち出した肉や野菜などを一緒に食す彼らは親子のようであり親友のようでもあり真実を追いかける相棒のようでもある。

そして、ソイレント・グリーンの真相を知った彼は、体制を守る警察官(公務員)でありながら真実を告白する側となる。 彼の「正義」の基準は彼の心なのだろう。

「仲間」とは?

本作の舞台となる2022年の世界は形式的かもしれないが自由と民主主義の残る社会だと思われる。

それは次の3つから推察される。1・物語に州知事が登場すること。2・ソーン刑事と「本」が州知事とソイレント社の関係性を暴き驚きの表情をうかべること。3・そして何よりソイレント社が殺人事件の隠ぺいなどの陰謀を巡らすこと(独裁制の社会なら真実を歪め真実を隠ぺいすることは容易だ)。

では、形式的かもしれないが自由と民主主義の残る社会の問題点はなんだろうか?それは社会がエリート層の富裕層と失業者などの貧困層に二極化していることだろう。

富裕層は環境破壊、資源枯渇、食糧難、人口爆発による貧困層の不満を逸らすためソイレント商品を開発し、ソーンのような警察による暴動鎮圧を図っている。

人肉を原料とするソイレント・グリーンの製造は富裕層が考える合理的な解決策だともいえるが、彼らはソイレント・グリーンを口にしないだろう。仮に彼らがソイレント・グリーンの原料が人肉だと知りつつ食べるのなら一種のカニバリズムとなってしまう。

貧困層もソイレント・グリーンの原料を知ったのなら彼らは非常に激しい暴動を起こすかもしれない。富裕層は貧困層の激しい暴動を恐れソイレント・グリーンの原料を偽ったのだろう。

本作の提示する問題点の一つは、なぜ富裕層は人肉を原料とするソイレント・グリーンの製造を合理的な解決策としたかだろう。

人間を「仲間」である人間に食べさせる。確かに緊急避難的にはあり得るが、そもそも肉類、野菜類、果物類、新鮮な水などを独占し文化的な生活を営む富裕層は貧困層を「仲間」だとは思っていないのではない?貧困層に共食いをさせることに罪悪感を覚えないのであれば富裕層側人間の貧困層は「人間の仲間」ではない他の種の生き物だと確信したのではないか?

実際の社会でも(敢えて具体的な例は引用しないが)「頭の悪い者」、「収入の少ない者」、「能力の低い者」、「年老いた者」、「生産性のない者」などは、我々の仲間では無いなどと言わんばかりの言説が散見され、一定数の共感を得ているようにも見受けられる。

「仲間」とはなにか?「仲間」の定義はなにか?自由と民主主義の社会において「仲間/無関係」という範疇を決めること自体が正義に反するのではないか?

環境破壊、人口爆発、超格差社会、食糧難、仲間では無い人々の肉を食料とする合理的解決策の提示などを描いた本作は現実社会の問題点を大胆に予言した物語だといえそうだ。

まとめ

様々な視点からの学びを得られる本作は映画史に残る傑作の一つだといえるだろう。現実社会と映画『ソイレント・グリーン』を見比べ、現実社会の問題点を考える。

名作SF映画の鑑賞の醍醐味の一つである。

未視聴の方はぜひご覧ください。


◆ディストピア的近未来を描いたSF映画・漫画


Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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