日本三大奇書『ドグラ・マグラ』の手引書~ヒントとなるキーワードを解説~

人間は因果な生き物で、「怖いもの見たさ」という本能を持っている。では、そんな本能をくすぐる小説『ドグラ・マグラ』をご存じだろうか?

本作は「読む人は精神に異常をきたす」と言われている探偵小説である。その内容は難解すぎる上、非常に奇怪。一度や二度読んだだけでは、到底理解することができないだろう。

この記事では、そんな『ドグラ・マグラ』を読み解くためのキーワードに焦点を当て、解説していこうと思う。

奇書『ドグラ・マグラ』とは?

まずは、『ドグラ・マグラ』の概要と、その大まかなあらすじについて触れていこう。

『ドグラ・マグラ』は、夢野久作によって書かれた「探偵小説」である。出版されたのは1935年であるものの、その構想や執筆、そして遂行に10年の歳月を費やした、まさに大作である。

本作の特徴は、日本三大奇書と呼ばれ、「読む人は一度は精神に異常をきたす」と言われるほど複雑怪奇、かつ難解な文章と物語構成にある。物語の筋書きそのものは単純であるものの、それを肉付けしている描写がやっかいだ。特にコロコロと変わる文体は、まるで読み手を幻惑してくるように思える。 『ドグラ・マグラ』の内容は、一読しただけでは把握することは難しい。しかし、内容を把握しきれずとも、この文章を読むだけでも価値があると言えるだろう。

『ドグラ・マグラ』あらすじ

ある日の真夜中。「私」はコンクリート囲いの部屋で目を覚ました。部屋の窓には鉄格子と金網が取り付けられており、何かものものしい雰囲気を醸し出している。

「私」は鏡を見て、奇妙なことに気が付く。自分自身の顔に見覚えが無く、名前や出自など何も思い出せないのだった。呆然として大声を上げた「私」の耳に、1人の女性の声が響く。その女性は、「私」のことを「お兄さま」と呼んでいた。

「私」の部屋に、1人の男性が入ってくる。その男性は若林鏡太郎。九州帝国大学に勤める、法医学の教授だった。若林博士は「私」に記憶を取り戻したかどうかを尋ねてくる。どうやら「私」が記憶を取り戻せるかどうかが、若林博士にとっては大事なことらしい。

若林博士との話の中で、「私」は自分自身が九州帝国大学の威信をかけた精神科学実験の被験者であること、そして、かつて起こった殺人事件の中心的人物であることを知る。

「私」は若林博士に連れられ、自分の記憶を取り戻すための探索を始めることとなった。

奇書・難書『ドグラ・マグラ』を読み解くためのキーワード

『ドグラ・マグラ』を読み込み、内容をしっかり理解することは決して容易なことではない。また、本作を読み通せず挫折してしまった人も多いことだろう。 そこで、本作に登場するキーワードの中でも、特に物語を理解する上で重要(であろう)ものを集めてみた。1つずつ解説していこう。

1.心理遺伝(劇中論文「胎児の夢」)

『夢野久作 ドグラ・マグラをイメージして』作成 Clairvoyant reportチャンネル

『夢野久作 ドグラ・マグラをイメージして』 Clairvoyant reportチャンネル

『ドグラ・マグラ』には、象徴的な文言がある。それが「胎児よ 胎児よ 何故踊る……(『ドグラ・マグラ』巻頭歌より)」というもので、この文言と考え方そのものが、『ドグラ・マグラ』の骨子とも言えるだろう。

この記憶に残る巻頭歌が表す考え方とは、「心理遺伝」というものである。心理遺伝とは、先祖代々の心理的な活動(欲求や嗜好、考え方の癖など)が、体質や顔つきと同じように子孫に遺伝するという考え方だ。

この心理遺伝が本当にあるのかはわからない。しかし、子供が好きな戦いゴッコが先祖代々の生存本能の遺伝であり、赤ん坊や子供が暗闇を怖がるのもまた、原始時代の記憶の遺伝であると語られると、真実味があるように思える。

作中で語られている心理遺伝は、通常の人間であれば問題になることは少ない。しかし、心理遺伝のなんらかのトリガーを引いてしまうと、人を狂気に導くものでもある。また、最悪の場合では発作のような形で発露してしまうこともある。

この発作が起こった状態。それはまるで、心理面の先祖返りだ。そして、『ドグラ・マグラ』を読み解く一番のキーワードは、心理遺伝による先祖返りである。 主人公の「私」もまた、心理遺伝に翻弄される人物だと言うことを念頭に置けば、少しは読みやすくなるのではないだろうか。

2.人は皆精神的に問題がある

これは本文の文言とは少し違うが、そこは多めに見てもらうとして……

『ドグラ・マグラ』内では、登場人物が書いたとされる小説や論文、そして新聞記事などが、「私」の正体を探るための重要な資料として挿入されている。その1つが、先にも挙げた劇中論文「胎児の夢」だ。

そして、もう一つ今作を語る上では欠かせない劇中の文章に、「地球表面は 狂人の一大解放治療場」と言うものがある。これは、正木博士が提唱した「狂人の解放治療」という実験及び、精神病の新しい治療法の内容を、新聞記事の体で書き上げたものだ。

正木博士は、若林博士と並ぶ今作のキーパーソン。そして、主人公の「私」も解放治療の中で重要な位置を占める被験者である。

この文章の中に、「人間は皆、精神的に問題がある」という趣旨の言葉が登場する。人は狂人を差別するが、その人達も何かしらの問題を抱えているというのである。 今作を読むときは、この考え方を忘れてはいけない。「人は皆」というのだから「私」だけではなく、若林博士や正木博士、そしてそれ以外の人物も精神的問題を抱えている可能性が高いのだ。それは勿論、読み手である私たちも例外ではない。

3.「ドウドウメグリ」

今作は、名目上「探偵小説」だ。探偵小説であるから解くべき謎があり、追い詰めるべき犯人がいる。

だからこそ、今作の筋書きそのものは単純だ。解くべき謎はわかりやすく明示され(「私」の正体)、その心づもりをして物語を読んでいくことができる。

しかし、今作はただの「探偵小説」ではない。謎解きのためのヒントは潤沢に提示されるものの、それらはまるで、「私」と読み手をかく乱しているかのようだ。謎に近づいた思えば遠ざけられ、ふとした拍子に振り出しに戻る。かと思えば、物語の序盤で真実が明かされていることも、読み込むことで理解できるようにもなっている。

この物語は、「ドウドウメグリ」だ。時間も事実もなにもかも、ぐるぐると回っている。その惑溺させるような文章と構成こそ、『ドグラ・マグラ』の醍醐味だ。

読み解きのヒントとして、物語の最初の文章(巻頭歌ではない)と、「ドウドウメグリ」という言葉を覚えておこう。

まとめ

奇書と呼ばれる『ドグラ・マグラ』。これを読み解くヒントを、できる限りネタバレを避けて解説してきた。まだまだ読み解きが充分ではないかもしれないが、初読の助けにはなれるはずだ。

『ドグラ・マグラ』は確かに読みにくい。物語に入り込むまでには時間がかかるだろうし、理解しようとすれば、もっと時間がかかるだろう。

しかし、そこを乗りこえれば、中毒性のある文章と、探偵小説的楽しみを感じ取ることができる。どうかそこまで、この記事をお供としてガンバってもらいたいと思っている。

『ドグラ・マグラ』(青空 in Browsersで縦書き表示。PC、スマホ、タブレット対応 「青空文庫」のリンクです)

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オオノギガリWebライター

投稿者プロフィール

ココナラをメインに活動中のWebライターです。2017年より、クラウドソーシング上でwebライターとして活動しています。文章を読んで、書く。この行為が大好きで、本業にするため日々精進しています。〈得意分野〉映画解説・書評(主に、近現代小説:和洋問わず)・子育て記事・歴史解説記事etc……

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