グリコ・森永事件 滋賀県地図

グリコ・森永事件 滋賀県から海外へ

グリコ・森永事件 事件は滋賀県から始まり滋賀県で終わった

戦後日本の犯罪史に残る「警察庁広域重要指定114号事件(グリコ・森永事件)」

本サイトは過去4回にわたり「グリコ・森永事件」の検証を行った。

  1. グリコ・森永事件 検証-1 事件は滋賀県から始まり滋賀県で終わった
  2. グリコ・森永事件 検証-2『昭和53年テープの男』
  3. グリコ・森永事件 検証-3 『事件前(周到に準備された計画)』
  4. グリコ・森永事件 検証-4 『目撃された者たち』

この事件に関係するといわれる『昭和53年テープ』には、滋賀県の琵琶湖東岸地域を走る近江鉄道の電車音が入っていた。

1984年11月14日、ハウス食品工業脅迫の現金受取現場は「滋賀県」だった。そして、現金受取に失敗した犯人のうちの見張り役と思われる一人は、栗東町岡集落で盗んだ自転車に乗り、警察官の職務質問をかわし滋賀県草津市方面の闇に消えていった。その後、犯人達による現金受取の直接的な指示はない。つまり、犯人達の最後の直接的行動は1984(昭和59)年11月14日、滋賀県内の現金受取現場だった。

その後も犯人達は食品メーカー企業や警察、マスコミに脅迫状を一方的に送り付けてはいるがその「姿」を人前に現すことはなかった。犯人達は現金受取に3回失敗している。一度目は1984年6月2日(土)元自衛官を脅迫して現金受取人に仕立てた『焼肉大同門摂津店』の現場。二度目は「丸大食品脅迫事件」の1984年6月28日(木)、所謂『キツネ目の男』が現れた旧国鉄『高槻駅』から『京都駅』の区間での現金受け渡し指示(「電車内から外の白旗が見えたら現金を投げろ」などの指示)の現場。三度目は、 1984年11月14日、滋賀県を舞台にした「ハウス食品工業脅迫事件」の現場。

当然ながら犯人達は直接的な現金受取の逮捕リスクを承知している。そのリスクを計るかのように事前に数回にわたり受け渡しの指示を出し(グリコ脅迫事件の1984年4月8日(水)『喫茶店マミー(兵庫県西宮市熊野町:江崎社長宅付近)』での現金受け渡し指示や同年4月24日(火)『レストラン・ダンヒル(大阪府豊中市上島津)』での受け渡し指示など)その現場の様子を窺っていたと推測される。

数回に渡る受け渡し指示の後、犯人達はそれらの指示現場の観察状況から企業側が警察に連絡せず裏取引に応じるのか、応じないのか、の一つの判断材料にしようとしたのは容易に想像できるが、結局は結論などが出なかったのだろう。

企業側は裏取引に応じず警察に連絡しているかもしれない。または、裏取引に応じる決断を固め警察へは連絡していないかもしれない。それを確定させるため一度目の 『焼肉大同門摂津店』の「現場」があったのだと思われる。すなわち、「現場」を指定してそこに自分達の替え玉を送り込み、警察が「いる/いない」を確定させる。「いる」場合には替え玉は逮捕され、「いない」場合には現金が手に入る。

そして、この作戦で犯人側は警察の関与を確信した。現金受取「現場」を「指定」することは警察の事前準備や包囲を完成させることになる。それからは移動しながら(電車、車)の現金受取指示に作戦が変更される。

問題は警察に事前準備、配備、包囲などさせない場所の選定になる。さらには現金受取の際に警察に追われる最悪の事態を想定した逃走経路、逃走場所(民家、会社事務所などのアジト)が必要となる。

つまり、犯人が直接的に警察組織と対峙するには地の利を活かすための土地鑑が必要だったと推測される。

以下の動画から警察が公開した『昭和53年テープの男』と脅迫電話の『女(児)』『男児』の声が聞けます。

グリコ・森永事件 グリコ・森永事件『昭和53年テープの男』『女(児)』『男児』の声 Clairvoyant report channel

グリコ・森永事件 脅迫状投函場所

ここで、犯人達が警察、企業、マスコミに送付した脅迫状の「消印」の場所と頻度を考察してみよう。なぜなら、脅迫状の投函は土地鑑を必要としない作業であり、また、出来るだけ自分達の生活圏(住居、勤務先、経営先などのアジト)から遠い場所を選ぶとも考えられるからだ。

図1 参考文献:『キツネ目 グリコ森永事件全真相 岩瀬達哉 2021年3月 講談社』

グリコ・森永事件 都道府県別 脅迫状投函場所

上記図1は、確認された30通の「脅迫状」の消印のある郵便局および直接的に置かれた「森永関西販売本部」「大阪城天守閣」「大阪府警茨木署下穂積派出所」の所在する都道府県別グラフである。

同図で示したとおり、大阪府が最多であり滋賀県内からの投函(消印)は一つもない。参考文献:『キツネ目 グリコ森永事件全真相 岩瀬達哉 2021年3月 講談社(P298-311)』

グリコ・森永事件 脅迫状の文面と滋賀県

つぎに犯人達の最後の脅迫状(挑戦状)を見てみよう。以下の脅迫状(挑戦状)が所謂「犯行終結宣言」といわれている。1985年8月11日 消印「摂津」の 脅迫状(挑戦状)

❝国会ぎいんのみなさんえ
あんたらわすれっぽいな
わしらの法りつそないなっとるねん
はよ死刑いりのつくってや
しが県警の山もと死によった
しがにはナカマもアジトもあらへんのにあほやな
死ぬんやったらよしのかしかたやで
1年と5か月もなにしとんねん
わしらみたいな悪ほっとったらあかんで
まねするあほまだぎょおさんおる
たたきあげの山もと男らしうに死によったさかいに
わしらこおでんやることにした
くいもんの会社いびるのもおやめや
このあときょおはくするもんにせもんや
ゆうしゅうな警察へとどけたらええ
大学でのよしのやしかたがあんじょおしてくれるで
わしらも悪や
くいもんの会社いびるのやめてもまだなんぼでも
やることある
悪党人生おもろいで
かい人21面相❞

犯人達は一方的な「犯行終結宣言」のなかで自死した山本元滋賀県警本部長に触れ、また、滋賀県内にはわざわざ「仲間もアジトもない」と記している。

犯人達は警察の捜査が近くまで迫っていることを肌で感じていたのかもしれない。

グリコ・森永事件 事件は滋賀県に戻った

<報道記事>

グリコ社⻑宅前の⾛⾏⾞ ハウス事件遺留品と接点 所有者が不審グループと関係
グリコ・森永事件(警察庁広域指定⼀⼀四号)で、グリコ製品への⻘酸混⼊が予告された昭和五⼗九年五⽉、兵庫県⻄宮市の江崎勝久・江崎グリコ社⻑(50)宅前でナンバーチェックされた乗⽤⾞の中に、同年⼗⼀⽉のハウス⾷品脅迫事件で遺留された発光電⼦部品「EL」(エレクトロ・ルミネスセントライト)が付着する可能性がある滋賀県内の⼈物の所有⾞が含まれていたことが、⼗七⽇までの⼤阪、兵庫、滋賀などの府県警捜査本部の調べでわかった。捜査本部は、グリコ側と取引上のトラブルがあった不審グループを重点捜査しているが、同グループとこの⼈物も関係があり、慎重に周辺捜査を進めている。調べによると、この⼈物所有の⾞は五⼗九年五⽉中旬、江崎社⻑宅前を⾛⾏したのを、警戒中の兵庫県警捜査員がナンバーチェック。その後の調べで、所有者は「EL」や塗膜、アルミなど、ハウス事件の遺留カークリーナー内に残っていた微細⽚と同種のものに接触する機会が多いことが判明した。また江崎社⻑宅前は交通量の少ない住宅街の⽣活道路で、周辺にこの⼈物や家族が⽴ち寄る知⼈らは住んでいないこともわかった。捜査本部では、⼆つの情報の接点として、この⼈物が浮上したことに加え、捜査中の不審グループとこの⼈物が関係があることに注⽬している。「EL」は⽶国で平⾯発光源として開発され、国内では、⼤⼿電機メーカーの⼤津⼯場が唯⼀製造しており、パソコンやポケットベルの表⽰板などの⽤途とともに、流通、回収過程も限られている。

読売新聞 1992.03.17

グリコ・森永事件 産廃業者周辺に不審⼈物 特殊微物が付着か/近畿・府県警
⼗⼋⽇で⼗年⽬を迎えるグリコ・森永事件で、兵庫、⼤阪、滋賀など各府県警捜査本部が、遺留微物の付着先の可能性が⾼いとして数社に絞って捜査を進めている産業廃棄物処理業者の関係者に、多くの恐喝未遂事件の現⾦受け渡し現場周辺に出⼊りしていたうえ、先に判明した江崎社⻑宅前でナンバーチェックされた乗⽤⾞の所有者とも交際を持つ⼈物がいることがわかった。捜査本部では、この⼈物と⾞の所有者がいずれも特定の産廃回収業者を通じて、発光電⼦部品など特殊微物が付着する可能性がある点を重視。⼈と物の接点が滋賀県南、東部に集中していることもあり難航する捜査を打開するキーポイントになると注⽬している。調べでは、昭和五⼗九年⼗⼀⽉のハウス⾷品⼯業に対する恐喝未遂事件で、犯⼈グループが滋賀県草津市内で乗り捨てたライトバンから、アルミ合⾦、塗料⽚など五百点近い遺留微物を検出。捜査本部では、このうち発光電⼦部品「EL」(エレクトロ・ルミネッセンス)など特殊微物を扱っている産業廃棄物処理業数社について内偵を進めた結果、この⼈物が浮かんだ。犯⼈グループから指定された多くの現⾦受け渡し場所近くに仕事で出⼊りしていたという。またグリコ製品への毒物混⼊が予告された同年五⽉、兵庫県⻄宮市の当時の江崎社⻑宅前でナンバーチェックされた⾞の所有者と顔⾒知りの間柄らしく、所有者については社⻑宅周辺に⾏く必要性がわからないままになっている。⼆⼈はいずれも滋賀県南部などの地理に詳しく、捜査対象になっている産廃回収業者を通じて「EL」など特殊微物が付着する可能性が指摘されている。さらに同⼀グループの犯⾏と⾒られている五⼗三年⼋⽉に脅迫テープがグリコ役員宅に送りつけられた事件で、テープの背景⾳には滋賀県東部を⾛る近江鉄道の⼆両連結電⾞の通過⾳が収録されていたが、⼀連の脅迫状の中に、同じ東部で使われている⽅⾔があったことがわかった。捜査本部では、情報がクロスする⼤津市から琵琶湖東岸⼀帯にグループの拠点があったと判断、産廃回収業者の周辺に、不審な⼆⼈が浮上したことで、地域を絞った洗い出しを進めている。

1993.03.17 読売新聞

事件発生から約10年後の1990年代の上記2つの記事によれば、「滋賀県」「EL (エレクトロ・ルミネッセンス) 」「産業廃棄物業者」などが捜査の対象になっていることが記されている。

当初、グリコ・森永事件は、「大阪府」「京都府」「兵庫県」内に犯人の痕跡があり、それらの地域に犯人の手掛かりがあるとも考えられたいたと思うが、事件から約10年後、警察は「滋賀県」内に犯人の影を見ていたようである。

滋賀県内の一室で録音されたと思しき『昭和53年テープ』から10年以上の時を経て、全てが滋賀県のその部屋に戻ったのかもしれない。

では、ここからはグリコ・森永事件の犯人像にさらに迫ってみたいと思う。

グリコ・森永事件 犯人像に迫る

まずは、脅迫状(挑戦状)を書いた人物から始めよう。この人物は『昭和53年テープ』の男性と同一の人物ともいわれているが真偽は当然、不明だ。そして、この脅迫状(挑戦状)の人物を考察するには、やはり、その脅迫状の文面からその人となりを推察する必要があるだろう。

グリコ・森永事件の脅迫状・挑戦状の「宛て」にはいくつかのパターンがある。

それは大まかに、脅迫状として企業に宛てたもの。挑戦状として警察に宛てたもの。世論操作のためと思しきマスコミ宛ての3種類である。

企業に宛てたものは当然ながら「脅しと指示」が主な内容だが、挑戦状的役割や世論操作的な役割を持ち警察やマスコミに宛てられたものからは、彼ら、彼女ら犯人グループ、特に文章を書いた人物の価値観が読み取れる。勿論、その価値観は所謂「キャラ作り」からの装いだとも言えるが…まずは、その「気になる文面」をみていこう。

グリコ・森永事件 挑戦状のプロパガンダ

警察に宛てた文章は徹底的に警察の「権威」をあざ笑い、その権威の失墜や警察は「悪」であるかのような印象を国民などに訴え、警察の権威や国家の権威を嫌う国民の一部を味方にしようとする意図が読み取れる。

例えば以下の内容がそれにあたる。

❝けいさつのあほどもえ おまえらうそついたらあかんで うそはドロボーのはじまりや
ちょうせん状は甲子えんけいさつえも おくったやないかかくしたらあかん
なきごとゆっとるようやから またヒントおしえたろ
工場えは通用門からはいった タイプはパンライターやポリよおきはひろいもんや
かい人21面相❞

❝まづしいけいさつ官たちえ
うそはドロボーのはじまりゆうたけどまちがいやった
けいさつのうそはごう盗のはじまりやった
まえのTELとおくからかけたのをまたかくしとるやろ
またけいさつでごう盗でるでグリコはなまいきやからわしらがゆうたとおりグリコのせい品にせいさんソーダいれた0.05グラムいれたのを2こなごやおか山のあいだの店えおいた
死なへんけどにゅう院する グリコをたべてびょう院えいこう
10日したら0.1グラムいれたのを8こ東京ふくおかのあいだの店えおく
また10日したら0.2グラムいれたのを10こ北海道おきなわのあいだの店えおく
グリコをたべてはか場えいこう❞

上記2つの文章の宛ては「けいさつのあほどもえ」「まづしいけいさつ官たちえ」であり警察、警察の権威を徹底的に揶揄している。さらには、 「うそはドロボーのはじまりや」「けいさつのうそはごう盗のはじまりやった」と、法と秩序と正義のための組織である警察を「嘘つき」と言い、それは警察が本来、捕まえるべき「泥棒」の始まりだと書いている。

また、書籍や他の人のブログなどでも指摘があったと思うが、「かい人21面相フアンクラブのみなさんえ」のタイトルのついた挑戦状にある「新春けいさつかるた」なる文章には、徹底的に警察上層部を馬鹿にしながら、現場の警察官に気遣いを見せる文言もあり、また、同カルタの「こ こらこらとゆうてひやあせ民しゅ警さつ」からは戦前の警察権力(コラコラ)に対する嫌悪とその権力を失った戦後の警察(民主警察)に対する嘲笑じみた薄ら笑いの印象さえ感じてしまう。

❝かい人21面相フアンクラブのみなさんえ
わしら大とうりょうなみになったで
8チャンネルにホットパンツやないホットラインつくってくれた
電話しようかおもたけど5人もギャルおったらはづかしゅうてでけへんわしらひかえめなたちやねん そやけどわしら男やで ナイスデイでまたわしらにききおったから1つゆうたろ わしら森永いびるの男のめんつがあるからや わしらにさからうもんをほっとくわけにいかへん
いまの世のなか女のくさったような男ばかりやけどわしらほんまもんの男やで
音きょう研のすずきくんにはすまなんだまえの手紙で森永のあとにハウスいれるのわすれとったハウスが小がく2年の女のこや
週かん読売みたでそやけどよみうりにはださへん
川内はんにはわるいおもう正義のみかたにはよわいんや
そやけどあふりかえ金おくれゆうたのにおくらへん
義理しらんもんすきやない
わしら正月おんせんでかるたつくった
フアンのみなさんにおしえたろ
新春けいさつかるた
あ あほあほとゆわれてためいきおまわりさん
い いいわけはまかしといてと1課長
う うろうろと1日まわってなにもなし
え ええてんききょうはひるねやローラーで
お おそろしいかい人のゆめみとおない
か からすにもあほうあほうとばかにされ
き キーキーとヒステリおこす本部長
く くいもんものどをとおらんXデー
け けいかんはせいぎのみかたよよいひとよ
こ こらこらとゆうてひやあせ民しゅ警さつ
さ さんたさんプレゼントにはかい人を
し しらがふえしわはふえてもつかまらん
す すきなんやわしらけいさつすきなんや
せ せこいやつひきょうなやつとやつあたり
そ そとまわりしみんのめつきがきにかかる
まだまどだあるでおしえてほしかったらゆうてくるんやで
かい人21面相❞

グリコ・森永事件 マスコミを利用した世論操作

このマスコミを利用したと思われる味方作りの世論操作の「宛て」は、さらに細かく分かれている。

ある時は「全国のおかあちゃんえ」、ある時は「全国のファンのみなさんえ」、ある時は「かい人21面相フアンクラブのみなさんえ」などなどだ。

そして、その挑戦状の文中にこの書き手の価値観を微かに垣間見ることができる。繰り返しになるが、これらが世論操作、一種のプロパガンダの文章だと推察されるため前述で記したとおり、ある種の「キャラ作り」をしているとも思えるが――書き手の価値観が現れていると思われる文章を次に記す。

グリコ・森永事件 懐かしい心象風景と挑戦状の男

それは昭和的な、いや、それ以前の世代の価値観かもしれない「男」「女」「子ども」に対する価値観の現れである。

  • 男性に関する価値観

社長があたまさげてまわっとる男があたまさげとんのやゆるしてやってもええやろ

たたきあげの山もと男らしうに死によったさかいに

そやけどわしら男やで

いまの世のなか女のくさったような男ばかりやけどわしらほんまもんの男やで

わしら人情によわいんや
おもえもよおがんばったわしらほねのある男すきやで

  • 女性に関する価値観

男ひっかけることしかあたまにあらへんメスぶたかメスざるや
かしこいおなごはチヨコまいたりせえへん
世の中くろうなってきた

あほな女性のてき
かい人21面相

あほなCMで女こどもだましたらあかん

女はおとなしゅうしとるもんや

  • 子どもに関する価値観

こどもはてんしやエンゼルやで

こどもなかせたらあかんうまいくいもんのうなったら
わしらもこまる

グリコ・森永事件は、1980年代昭和60年前後の事件である。当時の多くの人に現代のジェンダー平等的な価値観がなかったのは当然だが、「男」「女」「子」に対するこの脅迫状(挑戦状)の作者の価値観は古典的な「男らしさ」「女らしさ」を美徳とし、さらには「女性」「子ども」を守ろうとする言葉から家族、そう哀愁の共同体的な家族、共同体などを知る者を思い浮かべてしまう。ある意味、この感情こそ、 脅迫状(挑戦状)の作者の意図(世論操作、プロパガンダ)なのかもしれないが…なぜか、懐かしい時代と思い出の風景を想像してしまう。

グリコ・森永事件 目撃されたキツネ目の男

つぎは、『キツネ目の男』の人物像に迫ってみよう。『キツネ目の男』は グリコ・森永事件で2回目撃されたといわれている。

1回目は、「丸大食品脅迫事件」の1984年6月28日(木)旧国鉄『高槻駅』から『京都駅』の区間の車内および駅構内。2回目は、 1984年11月14日、滋賀県を舞台にした「ハウス食品工業脅迫事件」の名神高速道路『大津パーキングエリア』内である。

旧国鉄『高槻駅』から『京都駅』の区間の車内および駅構内で目撃された『キツネ目の男』の特徴は「身長百七十八センチぐらいで、眉毛が薄く、目が吊り上がっていた」といわれる。「非常に目立つ服装でね、(中略)キツネ目の男は非常に目立つ背広を着ていた(中略)その辺の量販店で買えるような背広じゃないし、(中略)色もあんまり見ないような色やった。」「無表情で、その視線だけは現金持参人へ。(中略)身体からにじみ出てくるような威圧感ちゅうか、やっぱりちょっといないような感じがした。」「非常にスポーツマン的な体格やった。(中略)ワシがこの男を押さえないといかんわけですが、互角に戦って勝てるかな、ちょと一人では心許ないかなという懸念もあった。」(引用:『未解決事件『未解決事件 グリコ・森永事件捜査員300人の証言 NHKスペシャル取材班 2012年5月 新潮社 P168-170 元大阪府警特殊犯 岡田氏の証言』)といわれ、尾行の点検行動など同書に記されたその行動も意図的に不審な行動をしていたように感じられる。

さらに、「ハウス食品工業脅迫事件」の名神高速道路『大津パーキングエリア』内で目撃された『キツネ目の男』は、「相手の男の動きをすると、トイレに入っていってすぐUターンやね。姿がいったん消えたところで、すぐUターン。後ろを尾行している警察がいないかとう確認やね。慣れている。訓練されたやつ(後略)」 (引用:『未解決事件 グリコ・森永事件捜査員300人の証言 NHKスペシャル取材班 2012年5月 新潮社 P250 元滋賀県警捜査一課 大野氏の証言』)

旧国鉄『高槻駅』から『京都駅』の区間の車内および駅構内で目撃された『キツネ目の男』は、わざと目立つ服装や行動をとり、警察の関与を確かめる役目を担っていたのかもしれない。そして、『キツネ目の男』は大阪府警、滋賀県警の刑事達から見てもその体格や雰囲気に「威圧感」があり、「訓練された」行動をする非常に特殊な人物だったことに間違いはなさそうだ。

グリコ・森永事件 哀愁の共同体

世論操作、プロパガンダを得意とし、懐かしい時代と風景を思い出させる脅迫状(挑戦状)の男(『昭和53年テープの男』と同一の可能性も指摘される)と刑事達でさえその体格や雰囲気に「威圧感」を感じ、尾行点検など対警察「訓練」を受けた人物と評される『キツネ目の男』。

この二人は非常に特異な訓練、学習などを受けた可能性もある(勿論、自分で訓練、学習した可能性もある)

そして、グリコ・森永事件の犯人達には、上記以外にも大きな特徴がある。当時のアナログ警察無線の傍受、非常に巧みな自動車運転技術、青酸化合物、散弾銃などの所持、格闘戦における戦闘力、江崎家の住民票を入手するなどの細やかな作戦立案能力、世論を意識した可能性もあるが、時折、見せる優しさ。

当時のアナログ警察無線の傍受や現場での犯人間の意思疎通に使用したと思われる「無線」に関する記事がある。

<報道記事>

グリコ森永事件 21面相との交信公開 警視庁 無線愛好家に情報募る
グリコ・森永脅迫事件(警察庁指定114号)で、警視庁捜査一課捜査本部は、犯人グループが昭和五十九年十二月、不二家(本社=東京・銀座)に脅迫状を送りつける直前に短波無線で交信した録音テープをアマチュア無線愛好家に公開、アンケート方式で情報を求めている。同事件では先月末で丸大食品の恐喝未遂事件の時効が成立、森永製菓やハウス食品工業、不二家など、一連の恐喝未遂事件も来年三月までに時効となるため、同課では、無線愛好家らから寄せられる情報に大きな期待を寄せている。公開されたテープには、五十九年十二月四日午後二時二十分ごろから約十分間、関西弁の男が話しかけている内容が録音されており、本人が「玉三郎」、交信相手を「21面相」と呼んでいる。相手方の声は入っていない。 北海道岩内郡のアマチュア無線愛好家が偶然キャッチして録音したもの。 同課では、交信の中で「Rの6(返還前の沖縄のエリアコード)」や「ひと、ふた、ひと、ろく(十二時十六分?)」などの専門用語が使われているため、犯人グループが無線に詳しいとの見方を強め、テープの公開に踏み切った。
録音された交信内容
了解、まったくその通り。
1216、Rの6へ行った際はね、日帰りで戻ってくるように。
あのー、航空券が往復確実に取れ、Rの6へ行く場合には必ず足がつかないうちに戻ってくるように。
えーと、それからあのー、7の方は現在ね、またあの、別のコマンドが探りを入れてますけども7、8は比較的ー、あれなんだな、厳重に警戒してるんで、現在のところ6、あるいはRの6が一番有望との情報が入ってます。
21面相、こちら玉三郎。
おー、了解。ところでフジヤの方はどうなっとんのや。
フジヤの方ではカネ払わんと言うとんのけ。えー、だったらもー、フジヤはあきらめた方がいいわな。
とにかくひと、ふた、ひと、ろく、に6、飛行機取れればRの6に、これは確実にやっておけというあれだから。
はい21面相、こちら玉三郎。
やっぱり、おー聞かれとるなー、あのー、むこうのバンドゆうてるぞ。えらいこっちゃ………。

中日新聞1991.07.09 

グリコ・森永事件 犯行の目的 滋賀県から海外へ

グリコ・森永事件の犯人達は素人集団ではない。なんらかの共同体、組織に属し、訓練された者達である。

では、彼らの目的はなんだったのだろう?「金」「株価操作」「グリコに対する私怨」「江崎家に対する私怨」など様々な説が流布されているが、どの説もそう見るが、そう見えない。彼らが本気で現金を受け取ろうとしたのは「滋賀県」内を舞台とした 「ハウス食品工業脅迫事件」 だけではないか?裏取引により金を奪えたのだろうか?株価操作は足がつくのではないか? 「グリコに対する私怨」「江崎家に対する私怨」 ならば不謹慎を承知で言うが江崎社長に激しい暴行などを加えることもできたではないか?

「甲子」の年(1984年)から始まったグリコ・森永事件。

「革命」「農民の反乱」「徳を備えた人」「黄巾族」から感じる微かな左翼の匂い。

もう一度、彼らの脅迫状(挑戦状)を見てみよう。

❝森永ゆるしたろ
スーパーもデパートも森永せい品うったれや
ぜんでらこもっておまえすこしはこん生でけたやろ
おまえも勝久もこれにこりてあこぎな商売したらあかんで
あほなCMやってスーパーでうってもスーパーあてにならへん
だかしやたいせつにせなあかん
あほなCMで女こどもだましたらあかん❞

長期間にわたる準備、その準備に掛かった費用と犯行時の費用とリスクを考えれば、 グリコ・森永事件は金銭の奪取を目的とした事件だと誰もが思う。だが、犯人達は本気で現金の受け取りを考えていなかったとも推察される。

「裏取引はない」「株価操作による利益を得ていない」となれば、彼ら彼女らはなにを得たのだろうか。自分達の思想、価値観を企業に押し付けただけなのだろか。そして、彼らはどこに消えたのか。哀愁の共同体の彼(女)らの脅迫状(挑戦状)には以下の言葉がある。

❝日本はむしあつうなってきたひとしごとしたら 
ヨオロッパえいくつもりやチュウリヒロンドンパリ
のどこかにおる❞ (1984年6月25日マスコミ4社への挑戦状)

❝グリコゆるしたってからヨオロッパえいこうおもたが けいさつうるそおていかれへんかった
もうすぐひとしごとしてからいくつもりや❞

前回の検証グリコ・森永事件④『目撃された者たち』の記事で紹介したグリコ・森永事件の犯人の可能性のある4人組(男性3名、女性1名)は、滋賀県大津市内のマンションから転出(他の自治体へ住所を異動)したらしい。それは、 1984年11月14日の滋賀県を舞台にした「ハウス食品工業脅迫事件」の直前らしい。

そして、最後に 「甲子」の年、1984年(昭和59年)にあった大きな出来事の一つを記しておこう。在日朝鮮人帰国運動の最後の帰国船となった第187次帰国船の出発は、 1984年(昭和59年)7月だった。

  〖了〗 

★引用文献

グリコ社⻑宅前の⾛⾏⾞ ハウス事件遺留品と接点 所有者が不審グループと関係 読売新聞  1992年3月17日付

グリコ・森永事件 産廃業者周辺に不審⼈物 特殊微物が付着か/近畿・府県警 読売新聞 1993年3月17日付

グリコ森永事件 21面相との交信公開 警視庁 無線愛好家に情報募る 中日新聞  1991年7月9日付

男女4人組を追う 遺留品や車が似る グリコ・森永事件 朝日新聞  1993年12月21日付

★引用・参考文献

・書籍

『未解決事件 グリコ・森永事件捜査員300人の証言 NHKスペシャル取材班 2012年5月 新潮社』

『キツネ目 グリコ森永事件全真相 岩瀬達哉 2021年3月 講談社』

・映像

『NHKスペシャル 未解決事件File.01 グリコ・森永事件』

そのた、新聞記事、個人ブログ、個人SNSなどを参照しました。

Jean-Baptiste Roquentin運営者

投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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