写真のカモメは、故村井秀夫元幹部の言葉からのイメージである。
右翼を名乗る者に刺殺された(享年36歳)教団ナンバー2ともいわれた村井秀夫元幹部(1958年12月5日 ~1995年4月24日)は、米国の作家リチャード・バック(Richard Bach)著の『かもめのジョナサン』(1970年頃の発表。もともとは自費出版だともいわれる)を愛読していたといわれ、出家の際には同小説を引き合いに出したともいわれる。
『かもめのジョナサン』はヒッピー文化ニューエイジ思想の影響を受け、物質主義や享楽よりも精神的な満足感を得ることを上位の欲望とし、その欲望を成就させるため「徹底的に修行」する一羽の「かもめ」――ジョナサン・リヴィングストンを描いた作品である。

『松本サリン事件に関する一考察』誰が書いたのか?

『松本サリン事件に関する一考察』は、誰が書いたのか?どのような属性の人物が書いたのか?単独か?複数か?

『松本サリン事件に関する一考察』の筆者は誰か?この疑問には、いくつかの説があるようだ。

  1. 脱会した「オウム真理教」の幹部説
  2. 反「オウム真理教」の弁護士説
  3. 警察関係者説

ここで、『松本サリン事件に関する一考察』に記されている内容を検証してみよう。

『松本サリン事件に関する一考察』に記された内容のうち、「オウム真理教」とサリンとの関係を指摘するために用いた言葉は「オウム教信者、父親誘拐事件」「外は毒ガスが一杯で出られない(中略)またこれは、オウム信者のあいだでは広く信じられていることだ。それは、後で述べる麻原教祖自身の言動に起因する」「(前略)今回誘拐の手段として、ガス状と思われる薬物を用い、目撃者も無く、事をなし遂げている点。これこそは,懸案の『坂本弁護士一家失踪事件』の鍵を握るものではないか?そして、『松本サリン事件』に細い糸口を導いているのではないだろうか?」「何故なら、オウムの信者は、4月からサリンの名を知っていたわけだから」「信者にとって、毒ガスサリンの名は何の不思議もなく、むしろ、教祖の予言が的中したと受け取られたわけだ」「オウムにとって予言が実現されることに、意味があるのだ」「『予言の具現化』」などであり、「オウム真理教」の教義や麻原元死刑囚の思想や発言などを引用し、「オウム真理教」や麻原元死刑囚と信者の関係性などを詳細に分析などしていることがわかる。

ただし、「松本サリン事件」でのサリン散布方法はその後の裁判で事実認定された方法とは異なり「ドライ・アイスによる簡易式『時限爆弾』である」「好きな場所に好きな時間に何箇所でも、時限式サリン爆弾を設置することが可能だ」だと述べていることから、少なくとも「松本サリン事件」の実行犯の近くにいた存在ではなさそうだ。

また、『松本サリン事件に関する一考察』には、「オウム真理教」を揶揄する「同じような、白の上下に、男女の別なく短髪の彼女らは」「『麻原彰晃の歌』と言うものもあった。しかし、そのメロディは、どう聞いても『汽車ポッポッ』にしか聞こえないのだが…」「実にシュール・リアリステックな逆説主張である」「それとも裁判制度はお好きだが、司法警察はお嫌いとでも言うのだろうか?」「(前略)モスクワに寄ると良い。ホテルに着いたらテレビのオスタンキノ放送をお勧めしたい。画面に登場する麻原氏に郷愁をそそられる事でしょう」「内容が内容だけに訴訟好きのオウムの弁護士さんを狂喜させる」などの言葉や「松本サリン事件」の第一通報者A氏への捜査を続ける警察に対しては「彼がこのケースに係わっているとする警察側のシナリオは、彼が何らかの過失によってサリンを発生させたというものである。確かにこの会社員がその学歴や多数の資格からもサリンを作りうる知識を持っていると推定でき、十数種類の薬品類を保有していたことからも疑惑の念を払いきれない。しかしながら彼の自宅から押収された薬品類では、サリンの合成は不可能である。更に翌日、当該地域がゴミの収拾日であるにも係わらず、それらの押収を怠った点からも本件に対する警察の見通しの甘さが伺える。近代捜査とは、まず、彼が犯人ではない証拠を洗い出すことから始まり、その後に証拠固めをするものだ。そうでなければ裁判で公判を維持することが困難になってくる。にもかかわらず、今回の件に関しては警察の見込み捜査的判断が伺える。つまり、会社員の自白によって本件の立件が可能であるとの判断がこの事件の捜査そのものを困難なものにしている」などと述べており――印象としては――脱会した「オウム真理教」の幹部ではなそうな雰囲気を感じる。

自身の救済か、社会の救済か

また、オウム真理教などの新・新宗教の流行と同根的な80年代以降の少女や女性に流行している「占い/おまじない」を分析した「『占いをまとう少女たち 雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ』橋迫瑞穂,著」には、「ただし、教団の外側の世界を『救済』しようとしていたのは一部の信者だけであり、信者の大多数は、もっぱら自分自身を『救済』することに関心があった(引用:『占いをまとう少女たち 雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ』橋迫瑞穂,P195)」「オウム真理教でも、特に女性信者たちはおおむね世界の救済といった事柄に関心が薄かったが、もっぱら自分の位置づけに強い関心を持っていた特徴は、『占い/おまじない』の少女たちとオウム真理教の女性信者たちの両者に共通して見いだされることである(同P195)」などの考察があり、仮に『松本サリン事件に関する一考察』が脱会した古参幹部により書かれマスコミに送られたものならば、「外側の世界の救済」という麻原元死刑囚や超側近の理系幹部(彼らは麻原元死刑囚の脳波や血液などを用いて信者を短期間で成就させようとしていた(彼らは人間や社会をパソコンのように考えていたのかもしれない。人間や社会は機械的そして簡単に「上書き」できると思っていたのだろう)ではなく、「自分自身を『救済』」することを目的にオウム真理教に入信し過酷な修行を続けていた理系幹部ではない一般の信者(そもそも信者は自己救済のために入信したと思われるが、社会や他人の救済が自己の救済にも繋がり、その社会や他人の救済のためなら殺人、大量殺人、社会の破壊も許されるという教義を盲信し実践したのが理系のエリート幹部信者)の可能性が考えられる。

反オウム真理教弁護士説

では、反「オウム真理教」の弁護士説はどうだろうか?確かに『松本サリン事件に関する一考察』は「坂本弁護士一家失踪(殺害)事件」に触れているが――反オウム真理教の弁護士の一部には左翼政党に近い者もいる。その左翼政党の機関紙の編集部などにも『松本サリン事件に関する一考察』は送られてきたのだろうか?気になる点である。

警察関係者説

最後に「警察関係者説」はどうだろうか?前述のとおり、警察庁および神奈川県警、山梨県警などは「松本サリン事件」発生からかなり近い時期に、オウム真理教とサリンとの関係性の一端を掴んでいたようだ。また、オウム真理教という「宗教法人」に対する強制捜査の着手には世論の後押しを必要としていたのかもしれない。松本サリン事件の第一通報者A氏が容疑者(被疑者)扱いされるなか、一部の警察(関係者)は世論の後押しを必要としたのではないか?

なお、『松本サリン事件に関する一考察』には、「北ベトナムのキャンプ・フェイス捕虜収容所」や「帝銀事件」(参考:帝銀事件 検証 詐欺師の犯罪)の言葉もある。これらの言葉から、『松本サリン事件に関する一考察』の筆者の年齢は当時(1994年当時)、40歳代以上だったのかもしれない。

『松本サリン事件に関する一考察』は、世紀末を前にした90年代の社会を知る者や「オウム真理教」と一連の事件を知る者には――印象深い――怪文書なのだ。


※参考文献
オウム真理教“オウム隠し”巧妙な手法 多数のダミー会社駆使 産経新聞 1995年4月6日付
オウム真理教 ダミー会社で薬品購入 3社、サリン原料も 「地下鉄」溶剤含む 北海道新聞 1995年3月25日付
関連企業群の設立、最近3年に集中 目的は?捜査当局も関心 オウム真理教 毎日新聞 1995年4月6日
怪文書『松本サリン事件に関する一考察』「オウム真理教=サリン事件怪文書」別冊宝島 1995年8月など

未解決事件 オウム真理教秘録 NHKスペシャル取材班 文藝春秋 2013年5月29日
オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義 大田俊寛,著 春秋社  2011年3月1日
占いをまとう少女たち 雑誌「マイバースデイ」とスピリチュアリティ 橋迫瑞穂,著 青弓社 2019年02月26日

※映像
「NHK Nスペ 未解決事件File.02-3 オウム真理教」

※画像
地下鉄サリン事件1995年3月20日
解説:English: From 2-38: “In terms of the response, police, fire, and emergency medical personnel were very quickly on the scene in force. It is also worth noting that the Japan Defense Force (JDF) Chemical troops were there within a couple of hours of being notified that they were needed (visual 23, page 2-67).” From 2-66: “JDF CHEMICAL TROOPS ARRIVE BY MID-DAY”.
Visual 23 from ‘Proceedings of the Seminar on Responding to the Consequences of Chemical and Biological Terrorism’
日付:20 March 1995
原典:https://biotech.law.lsu.edu/blaw/FEMA/Proceedings.pdf
作者:United States Public Health Service

松本サリン事件サリン噴霧車
解説:English: Description of Aum Shinrikyo sarin truck. From Proceedings of the Seminar on Responding to the Consequences of Chemical and Biological Terrorism
日付:1996年
原典:https://biotech.law.lsu.edu/blaw/FEMA/Proceedings.pdf
作者:United States Public Health Service.


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投稿者プロフィール

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。
Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。
小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。
分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。

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