『64(ロクヨン)』と功明ちゃん誘拐殺人事件

『64(ロクヨン)』と功明ちゃん誘拐殺人事件

NHK土曜ドラマ『64ロクヨン』 小説『64』

「昭和64年」――それは昭和天皇の崩御によりたった7日間――1月7日で終わった。

そして、昭和64年1月5日、一人の7歳の女児が誘拐、殺害された。事件は未解決のまま14年が経過、時効まで約1年に迫っていた。

この未解決事件を中心に描かれた横山秀夫の『D県警シリーズ 64ロクヨン』は、昭和の時代に実際に起きた未解決の幼児誘拐殺人をモチーフにした傑作小説だ。そして、この傑作小説を基に実写化された2つの作品がある。一つは2015年4月18日より放映されたNHK土曜ドラマ『64ロクヨン』、もう一つは2016年5月に公開された映画『64』である。

ここでは、原作の『D県警シリーズ 64ロクヨン』と内容の近いNHK土曜ドラマ『64ロクヨン』に触れながら作品のモチーフとなった「功明ちゃん誘拐殺人事件」および「北関東連続幼女誘拐事件」を検証しよう。

NHK土曜ドラマ『64ロクヨン』 小説『64』で描かれている問題点

NHK土曜ドラマ『64ロクヨン』 小説『64』では社会、警察、マスコミなどが抱える様々な問題点が描かれている。

それは巨大組織警察にある硬直化した組織の問題であり、マスコミと警察、報道の自由と人権、行政組織の面子(保身)と失敗の隠蔽などだ。

交通事故の加害者となった妊娠8か月の女性の氏名を母体への影響を理由にマスコミに公表しない警察。主人公D県警察本部 警務部秘書課調査官(広報官)警視「三上義信」と記者クラブの『東洋新聞サブキャップ。H大卒。二十六 歳。思想背景なし。生真面目。敏腕記者症候群(引用:横山秀夫. 64(ロクヨン)(上) D県警シリーズ (文春文庫) (p.26). 文藝春秋. Kindle 版.)』の手嶋との対立の場面にはこんな台詞がある。手嶋は言う「(前略)説明になってませんよ。 住所も『 大糸市内』だけで所番地は伏せている。三十二歳の主婦A子 さん。 これじゃあ実在する人物かどうかもわからない。(中略)警察が勝手に 判断して名前や住所を隠すのがおかしいって言ってるんですよ。実名で書くか書かないか、それは我々 が公益性に照らして判断することです(引用:横山秀夫. 64(ロクヨン)(上) D県警シリーズ (文春文庫) (p.28). 文藝春秋. Kindle 版.)」

この東洋新聞サブキャップ手嶋の意見は非常に重要だ。その後の会話のなかで手嶋が指摘するように警察が匿名発表を自分達で判断するのならば、それを利用した事実の「隠蔽」やミスリードが容易になってしまう。

「隠蔽」――この作品のなかでとても重要な言葉である。組織を守るための隠蔽により事実が歪められ国民が悲しみを背負い、その悲しみが新たな――

『64』犯人を捜す親 行方不明の子を探す親

この作品のもう一つの主題はわが子を誘拐し殺害した犯人を捜す親と家出した娘を探す「三上義信」とその妻が感じる抜け出せない泥沼のような不条理だろう。犯人を捜すことを人生の目的とする一人の父親がいる。彼は脅迫電話の声の主を捜すため、毎日、毎日、電話帳に記載された市内の全ての世帯に電話をかける。毎日、電話をかけ、相手の声を確かめ自分の記憶と照合する途方もない作業を繰り返す。

犯人を捜す父親がかけた電話は家出した娘の「生存」を信じる三上義信の家にもかかってくる。彼の妻はその無言電話を娘の「生存」の印だと感じる。犯人を捜す父親の人生の意味は「犯人を捜す」ことであり、家出した娘を探す家族の人生の意味は「生存」を信じることだろう。

なお、娘の家出の原因の一つは父親に似た自身の容姿と美しい容姿の母親に対するコンプレックスである。娘は自身のことを父親に似た醜い容姿だと思っている。NHK土曜ドラマ『64ロクヨン』では、この醜い容姿の父親「三上義信」をピエール瀧が見事に演じていた――と、思う。

では、次項からNHK土曜ドラマ『64ロクヨン』のモチーフとなった「功明ちゃん誘拐殺人事件」および「北関東連続幼女誘拐事件」を検証してみよう。

1970年代から北関東で多発した誘拐事件

1970年代から1990年代にかけ、「北関東」と呼ばれる群馬県、栃木県、茨城県やその周辺地域の埼玉県、長野県などでは小学生以下の子どもが被害者となる誘拐、殺人事件が多発した。これらの事件には「北関東連続幼女誘拐殺人事件」と呼ばれる栃木県足利市や群馬県太田市で発生した女児誘拐(殺人)事件が含まれ、2010年(平成22年)3月26日に無罪が確定、冤罪(誤判)事件となった「足利事件」もあるが、これらの誘拐・殺人事件の多くが公訴時効成立により未解決事件となっている。

北関東連続幼女誘拐殺人事件と呼ばれる未成年者略取誘拐・殺人・死体遺棄事件などの一覧

  • 1979(昭和54)年8月3日(金曜)栃木県足利市内の5歳女児誘拐殺人事件(公訴時効)
  • 1984(昭和59)年11月17日(土曜)、栃木県足利市のパチンコ店から5歳女児が行方不明、その後、白骨遺体で発見(公訴時効)
  • 1987(昭和62)年9月15日(火曜・祝日:なお同日は功明ちゃん誘拐事件の翌日)、現:群馬県太田市に住む小学2年生の女児が自宅付近の公園から行方不明、その後、白骨遺体で発見(公訴時効)
  • 1990(平成2)年5月12日(土曜)、栃木県足利市内のパチンコ店から4歳女児が行方不明、翌日、遺体で発見(所謂「足利事件」公訴時効)

なお、1996(平成8)年7月7日(日曜)、群馬県太田市のパチンコ店から4歳女児が行方不明となっている事件(太田市パチンコ店女児失踪事件)は、第三者による略取誘拐容疑の可能性がある。このため群馬県警は重要参考人としてパチンコ店の防犯カメラに映っている以下の人物の情報提供を呼び掛けている。

ゆかりちゃん誘拐容疑事件『白昼の死角』群馬県警察公式チャンネル

1980年代から90年代初め頃の過去報道によれば、1984(昭和59)年7月群馬県桐生市で生後間もない赤ちゃんの連れ去り事件(逮捕)、1989(平成1)年3月27日、群馬県草津市の2歳女児が母親の同僚女性に誘拐された事件(その後不起訴の報道もあるが詳細不明)、1990(平成2)年12月11日、群馬県新里村(現:群馬県桐生市)の10歳女児行方不明事件などがあり、10歳女児行方不明事件の前日(12月10日)には隣町の群馬県大間々町(現:群馬県みどり市)の小学4年生の女児が「髪を肩まで伸ばした男に無理やり白っぽい乗用車に乗せられそうになったが振り切って逃げた」(参考:不明の女子小学生の捜索 続行 隣町でも誘拐未遂事件 NHKニュース 1990年12月14日付)との報道もある。

さらに、1991(平成3)年3月13日、群馬県館林市内の10歳女児を自宅アパートに連れ込んだ略取誘拐の容疑で同市内のイラン国籍の男性(37歳)を逮捕(引用:少女誘拐容疑でイラン人逮捕 群馬県館林 朝日新聞 1991年3月13日付)、1993(平成5)年11月29日、群馬県太田市の会社員男性(41歳)が新潟県内の小学生6年生の女児を約1時間にわたり車に乗せ連れます猥褻目的誘拐の容疑で福島県警に逮捕されており、同容疑者は福島県内や「関東六県で同じような犯行をこれまでに約三十件繰り返していたことを自供しているという(引用:わいせつ目的誘拐容疑で会社員を再逮捕 朝日新聞 1993年11月30日付)」などが散見される。

これらの事件の他にも宮崎勤元死刑囚の犯行と認定された「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定117号事件)」などがあり、この時代は日本各地で児童略取誘拐事件が多発していたといえる。

宮崎勤元死刑囚との関係性

「北関東連続幼女誘拐殺人事件」と呼ばれる栃木県足利市や群馬県太田市で発生した女児誘拐(殺人)のうち、1987(昭和62)年9月15日(火曜・祝日:なお同日は功明ちゃん誘拐事件の翌日)、現:群馬県太田市に住む小学2年生の女児が自宅付近の公園から行方不明、その後、白骨遺体で発見されるが公訴時効となった事件には、当初「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(警察庁広域重要指定117号事件)」で死刑判決を受けた元死刑囚宮崎勤が関与している疑いがあったらしい。

ただし、1989年(平成1年)10月6日、警察庁は1984(昭和59)年2月11日、神奈川県相模原市内で発見された7歳女児の殺人、遺体遺棄事件を含む関東県内の過去の3件(1984年11月17日栃木県足利市のパチンコ店から5歳女児が行方不明、その後遺体で発見の事件および前述の群馬県太田市の事件)の事件と宮崎勤元死刑囚との関連を無関係と断定している。断定の理由は①上記3件の現場付近に宮崎勤が現れた形跡がない。②宮崎勤と人相体形を異にする人物が容疑者として目撃されている、などらしい。

では、北関東連続幼女誘拐事件で目撃された容疑者の可能性がある人物はどのような人物なのか。1984年11月17日栃木県足利市のパチンコ店から5歳女児が誘拐され殺された事件では、1984年11月24日女児が通う幼稚園に40-50代と思しき男性から不審な電話があり、1987年9月15日現:群馬県太田市に住む小学2年生の女児が自宅付近の公園から行方不明となり殺害された事件では女児と一緒に自転車を押す30代の男性が目撃されている(足利事件はこの自転車の不審者を冤罪被害者A氏と誤認した)

なお、ジャーナリストの清水潔氏は著書『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件―新潮社2016,6』で、上記の1987年9月15日現:群馬県太田市に住む小学2年生の女児誘拐殺人事件および「太田市パチンコ店女児失踪事件」の重要参考人についてある男性の可能性を指摘し、その男性の容姿や動きが有名漫画の主人公に似ていることから仮称「ルパン」と呼んでいる。

次ページは:『64ロクヨン』のモチーフとなった実際の誘拐殺人事件と検証・考察

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