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井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)

1999(平成11)年8月13日(金曜日)17時50分頃、JR横浜線「成瀬」駅から北東方向へ直線距離で約100メートルの場所に所在した某レンタルビデオ店から一人の女性が出た。

彼女はT美術大学で絵画を学ぶ18歳の井出真代さんだった。

某レンタルビデオ店の従業員の記憶によれば、店を出た彼女は自宅とは逆方向のJR横浜線「成瀬」駅方面に向かったのではないかといわれている。

発生から20年以上を経て未だに未解決の井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)について考察していこう。

※本記事の内容は全て個人的な考察と推察です。

事件経緯・経過

報道によれば、井出真代さんは、父親、母親、双子の弟、もう一人の弟の4人とともに東京都町田市内に住んでいた。

失踪した1999年4月からは都内の有名美術大学で油絵を学びつつ、身長は171センチの彼女は都内のモデル事務所にも在籍していたといわれる。

報道されている事件経緯は以下のとおりである。

1999年8月13日17時50分頃JR「成瀬」駅付近のレンタルビデオ店を出たあと行方不明
1999年8月13日夜間or14日愛知県在住の祖母等が井出真代さんのPHSに電話するが留守電
1999年8月16日井出真代さんの両親等が帰宅
1999年8月17日両親が警視庁町田署に捜索願を提出 特異家出人扱いにならず
2015年12月28日警視庁が捜査を開始
井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)事件経緯・経過

考えられる仮説

井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)の考察には、複数の前提による仮説が成り立つ。考えられる主な前提を以下に記す。

仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)

上記の3つの仮説を考察するための各種メディアで公開されている井出真代さんの性格、嗜好、好奇心の指向性、失踪前の言動、失踪時の服装と所持品、口座の利用状況、PHSの通話料(発信履歴)などの検証を行い、井出真代さん失踪事件について考察していこう。

仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)

最初の仮説は、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)である。

当初、捜索願を受理した警視庁町田署の担当課(生活安全課)も、自分の意思による「大学生の家出」と考えていたのだろう。

確かに10代後半の女性の短期間の家出は珍しいことではないだろう。それを裏付けるようにプチ家出という言葉もあるようだ。

1999年次 成人・少年別

1999年次警察庁資料から作成

では、井出真代さん失踪事件も仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)なのだろうか?考察を進めてみよう。

失踪の原因・動機を統計から考察

警察庁の「令和4年の行方不明者状況」によれば、行方不明者の動機・原因(親族等の行方不明者届人からの申告)は、疾病関係(29.1%)、家庭関係(15.2%)等となる。

・「犯罪関係」は何らかの罪を犯し、その発覚をおそれて行方不明になったもの等。

・「その他」は、遊び癖や放浪癖、犯罪被害、事故遭遇のおそれのあるもの等。

・少数第2位以下四捨五入。

行方不明者の原因・動機別 出典:警察庁 令和4年における行方不明者の状況

警察庁資料「行方不明者数の年齢別推移、原因・動機別割合 出典:警察庁 令和4年における行方不明者の状況」から作成

行方不明者数の年齢別推移、原因・動機別割合 出典:警察庁 令和4年における行方不明者の状況

また、失踪時の井出真代さんの年齢に該当する10代の原因・動機は家庭環境(36.9%)、学業関係(9.6%)、疾病関係(4.0%)と当然だが(未成年者は就職等している率が低いため)圧倒的に家庭環境の問題からの失踪・行方不明が多いことがわかる。

上記から、井出真代さん失踪事件が仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)だと仮定した場合、その原因・動機は、統計的に家庭環境または学業関係による可能性が高いと推測されるが、報道からI・Mさんは経済的に恵まれた環境(両親ともに某美大出身)に生育し、家族仲も良好(愛知県の父方の祖父母とも交流がある)だと推察されるため家庭環境が主な原因となる失踪(家出)とは考え難い。

また、高校の在学中、「東京都港湾局」が開催した「レインボータウンまちづくり都民提案」一般の部で優秀賞を受賞(参考:「レインボータウンまちづくり都民提案の最優秀決定」建設通信新聞1998年4月2日付)等する経歴が確認され優秀な女性である。

家庭環境・学業不振などが原因となる失踪の可能性は低いのではないかと推察できる。

部屋からの動機・原因の考察

10代の失踪の原因・動機のなかで圧倒的に多い「家庭環境」を考察するうえで重要となるのは失踪者の日常の部屋の様子であろう。

一般的に何らかの問題を有する家庭環境下での生活及び精神的な悩みなどの抱えていた失踪屋の部屋の中は乱雑としている。それは、失踪者本人も同居家族も家の内外や部屋の中を整理整頓する余裕を持たないからだろう。

悪質な営業や宗教勧誘、侵入盗犯が訪問先の家の外観や庭先の手入れ具合や洗濯物の干し方等を見るという話は比較的有名な話でもある。

井出真代さんの部屋の中の様子については、2018年10月27日、フジTV系列で放送された『特捜!最強FBI緊急捜査 日本未解決事件を追う!』(以下、同TV番組)が参考になるだろう。

ただし、同TV番組は、井出真代さん失踪事件から約19年後に製作されたと思われるため、失踪時(1999年)と部屋の様子に多少の違いはあるとも思われるが、帰りを待ちわびる家族の心境を考えるならば部屋の中は「ほぼ」当時と同じ状態だと推測してもよいだろう。

「(前略)家族は、いつ娘が戻ってきてもいいように、井出さんの部屋は、今も当時のままの状態にしていて(後略)」(引用:「東京・町田の女子大生不明20年不明の井出真代さん 絵画の勉強に励む」2019年8月14日付のNHKニュース)との報道も確認できる。

上記を前提に部屋の中から仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)原因を推察する着眼点は「本」だ。「本」は読み手(井出真代さん)の趣味嗜好、思想、価値観に影響を与える。

出口のない袋小路の現実的な問題や形而上的な悩みを抱える者は精神世界、宗教等に救いを求める。

だが、同番組に記録された井出真代さんの部屋のなかにそれらの本は確認できない。カメラの焦点が本棚や本を中心にしていないこともあるが、確認できる範囲でそれらの種類の本や新・新宗教団体等の冊子、チラシ(他の目的を装うことが多い)は認められない。

この点からも井出真代さんの失踪の原因は、「家庭環境」、「疾病関係」(精神的な問題)からの失踪ではないだろうと考えることが妥当だと思料される。

ここまでの考察から、井出真代さん仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)と判断するには至らない。

当日の服装及び推察される所持品

井出真代さんの失踪時の服装と持ち物から仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性を考察してみよう。

報道から井出真代さんの失踪時の服装は、薄緑色のノースリーブ、ジーンズ、桃色のサンダル、所持品は紀伊國屋の水色系のトートバッグ、イタリアの画家ジョルジュ・モランディの書籍、カメラ、財布、PHS、水着、傘、所持金は約15,000円だといわれる。

また、同番組の取材に応じた母親は水泳に使用するタオル類等を所持していた可能性を語っているため、着替え用の下着類等も所持していたとも考えられるが、何れにせよ友達の家等に数日の宿泊するための準備・所持品だとは考え難い。

なお、所持品の15,000円についての根拠は明確ではないが、井出真代さんの所有(名義)の口座の入手金状況からの推測の可能性が考えられ、実際の所持金は15,000円ではないとも考えられる。井出真代さんの失踪時の服装と持ち物からも仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)を肯定的に考えることは難しいだろう。

失踪前の言動と保険証の謎

報道されている失踪前の井出真代さんと家族との主な会話(主に失踪前日の1999年8月12日)を整理してみよう。

以下は、失踪前日の8月12日(木曜日)の両親と井出真代さんの主な言動。

両親――(毎年恒例の愛知県の祖父母方に行くため)明日(13日)は早朝5時に出る――

井出真代さん――(8月14日)渋谷の歯医者に予約を入れたので行けない――

両親は、自宅近隣の歯医者を提案するが井出真代さんは、渋谷の歯医者に行くと言ったらしい。

この渋谷の歯医者が初診だったのかは不明だが、失踪時(8月13日)、井出真代さんは保険証を所持していなかったといわれる。

この失踪時(8月13日)に「保険証を所持していない」は、井出真代さん失踪事件の謎の一つだ。

井出真代さんに同歯科医への通院歴が有り、失踪日の直前にも同歯医者に通院しているのなら保険証の提出を求められることはないと思われるが、初診または久しぶりの通院だと仮定するならば保険証の提出を求められる可能性がある。

仮に井出真代さんが歯医者から保険証の提出を求められる可能性を考え、かつ、8月13日に自宅以外に宿泊し、翌日に歯医者への直行を考えたのなら、失踪時に保険証を所持してた筈だ。

つまり、保険証を所持していなかったということから、井出真代さんは8月13日に自宅に戻る予定だったと推察され、8月13日の失踪は仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)ではないと推論できることになる。

所持金と通帳の動き

前述のとおり、井出真代さんの失踪時の所持金は15,000円だと報道されている。また、同TV番組のなかで井出真代さんの所有(名義)と思われる普通預金口座の通帳の動きが確認できる。

同口座の失踪前の最後の出金は、1999年7月30日のカード出金50,000円であり、失踪時の残高は17,574円である。

年月日金額利用店舗と思われる店舗番号
1999年6月2日(水)15,000円(カード出金)00174
1999年6月30(水)30,000円(カード出金)00253
1999年7月14日(水)15,000円(カード出金)01041
1999年7月27日(水)50,000円(カード出金)01377
主な出金状況 ※利用店舗と思われる店舗番号からの店舗特定は、金融機関名が不明のため実施出来なかった

上記から失踪後の井出真代さんは所持金15,000円と通帳残高の約17,500を合計した最大約32,500円を使えることになる。

ここで着眼したいのは、井出真代さんが健康な18歳の女性だということだろう。男性の仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の場合は、低料金の宿泊施設を利用し、極端な場合では路上で寝泊まりすることも躊躇ないと思われるが、心身ともに健康な若い女性の仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の場合は、清潔を保つためシャワー等が完備されている宿泊施設(例、ネットカフェ、ホテル)を利用するだろう。

井出真代さんが失踪後にホテル等を利用したと仮定するならば、所持金の15,000円は宿泊代、食事代等で数日のうちに消えてしまう。 つまり、井出真代さん仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)したのならば、宿泊先や金銭を提供してくれる第三者の存在や寮などの宿泊施設が完備された職場での就労が必要となるが、井出真代さんの日頃の言動等からそれらの可能性は非常に小さいと思われるため、所持金と通帳の動きの考察でも仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は低いと判断できるだろう。

PHSの発信履歴

井出真代さん失踪事件を扱った同TV番組では、彼女が所持(所有者=名義人は不明)していたPHSの料金明細(発信履歴)が公開されている。

PHSは、90年代から00年代初旬にかけ、本体価格等が携帯電話よりも安価に設定されていたため主に低年齢層を中心に流行していた。

無線を利用するPHSの特徴は、自分(発信者)と通話相手が利用した基地局が料金明細(発信履歴)に記載されることだろう。

同TV番組で紹介された井出真代さん所持のPHSの利用明細にも発信者の基地局と相手の基地局が記載され、(井出真代さんからの)発信は主に「東京」「神奈川」「相模原」「横浜」「川崎」「(千葉県)市川」(「東京」「神奈川」「相模原」は東京都町田市の自宅及び通学先の大学の生活圏と思料される)であり、通話先相手は、「東京」「埼玉の数か所」「千葉県内」「東京都下23区外」と印字されている。

ここで重要なの着眼点は、井出真代さん失踪当日(8月13日)の夜(参考:同TV番組)または14日の朝(参考:「東京・町田の女子大生不明20年“ビデオ店から駅方面へ”が最後の目撃情報」NHKニュース2019年8月14日付)に愛知県在住の祖母が井出真代さん所持のPHSに架電したが、留守電(電源が入っていない状態だと判断される)だったという証言だろう。

前述のとおり、PHSの利用明細には発信者と通話先の基地局が記載される。失踪後、井出真代さんがPHSの電源を入れ、留守番電話に録音された音声を聞いたのならば井出真代さんの発信場所(着信場所は留守番センターのある基地局)がわかる。つまり、留守電を聞いた大まかな場所の特定ができ、失踪後の井出真代さんの居所特定等の有力な情報となるが、残念ながらPHSの利用明細の最後の履歴は、失踪前の1999年8月11日(水曜日)17時頃からの約3分間(同TV番組によれば通話相手は同級生)だけだった。

このことから、井出真代さんは失踪後に一度もPHSの電源を入れていないと推察でき、PHSは1999年8月13日(金曜日)夜頃から井出真代さんの手を離れた可能性が考えられるだろう。

井出真代さん失踪の原因・動機が家庭環境にあるならば、失踪後に家族との関係は断ち切るが、友人・知人との関係を断ち切る必要はない。井出真代さんがPHSを自ら捨てる等する必要はない。PHSが井出真代さんの手から離れたのなら、それは自らの意思ではないだろう。

ここまでの考察から井出真代さん失踪は、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は非常に低く、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)の可能性が残る。

次の章では仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)について考察する。

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を考察

前章では、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)を考察し、その可能性は非常に低いとの推論に至った。

ここからは、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)の考察を行っていこう。

1999年8月13日前後の雨量と日没時間

仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を考察する前提として、1999年8月13日前後の雨量と日没時間を確認する必要があるだろう。

井出真代さんが失踪した1999年8月13日頃の日没時間は18時34分頃である。井出真代さんがJR「成瀬」駅付近の某ビデオ店を出た時刻(17時50分頃)から約30分後には夜の景色に包まれる。

また、1999年8月13日及び14日の東京周辺地域は非常に雨量の多かった。特に失踪翌日の14日の1日降水量は、300ミリに達している。

気象庁データを確認すると1999年8月は3日-7日まで及び9、10日も雨だった。

気象庁過去の降水量データ1999年8月観測地点相模原中央

引用:気象庁データ

雨と日没が井出真代さんの失踪の遠因になった可能性も考えられる。 失踪時、井出真代さんの足元は桃色のサンダルだ。徒歩や電車移動の不便を感じタクシーや第三者が運転する車等の別の移動手段を選択したかもしれない。

失踪と恩田川の関係性

参考動画:【恩田川】高瀬橋映像監視局[町田市西成瀬1]東京都水防チャンネル
映像先:恩田川
設置先名称:高瀬橋水位観測所
設置先所在地:東京都町田市成瀬2284
配信・管理:東京都建設局河川部防災課

東京都町田市本町田から横浜市緑区中山町で一級河川「鶴見川」に合流し東京湾に至る恩田川の全長は約12キロメートルであり、鶴見川流域総合治水対策特定河川に指定されている。

既に述べたとおり、1999年8月13日から14日にかけ、東京周辺地域は非常に雨量の多かった。また、8月に入り13日までの7日間は雨だった。

東京都建設局過去の水害記録」によれば、1999年8月13日、東京都町田市本町田、同市玉川学園で床下浸水が発生している。

では、井出真代さんの失踪に雨と日没と恩田川が関係していたのだろうか?

雨と日没が井出真代さんの視界や身体に影響を与え仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)が発生したのだろうか?仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)があるとするならば恩田川が鍵となるのか?

失踪から20年以上の歳月が流れたため、上記の問いに対する明確な答えを出すことが出来ないが、これまで恩田川(鶴見川)、東京湾から井出真代さんの失踪の手がかり、痕跡さえも見つかっていないことを考慮すれば、その可能性は低い考えてよいだろう。

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)を考察

これまでの考察で仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)及び東京都町田市内を流れる恩田川を中心とした仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)について考察してきたが、何れの仮説も可能性が低いとの推論に至った。

ここからは、残る仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)を考察していこう。

最後の目撃情報を考察する

失踪前の井出真代さんが最後に確認されたのは、1999(平成11)年8月13日(金曜日)17時50分頃、JR「成瀬」駅付近に所在する某レンタルビデオ店の返却履歴と従業員の記憶による同店への立ち寄りと返却後に自宅と反対方向のJR「成瀬」駅方向に向かう姿である。

通常、駅構内の券売機付近、改札付近、ホームに、防犯カメラが設置されており、記録された映像は一定期間保存され、警察の捜査依頼や駅長の権限による映像の開示、任意の確認(JR関係者がビデオを見て人物を確認する作業)を行うことがある。

だが、井出真代さん失踪事件では、同作業は行われていなかったのだろう。某レンタルビデオ店を出た後、井出真代さんが同駅を利用したか否かは不明だといえるだろう。駅の防犯ビデオ未確認は非常に残念である。

次は失踪した場所を考察しよう。報道によれば、井出真代さんは失踪時に水着等を所持していたといわれ、失踪日の直前にもJR「町田」駅から北方向へ直線距離で約600m離れた「東京都町田市中町」に在る公共施設の温水プールを利用したといわれている。

しかし、井出真代さんが失踪日に同プールを利用した形跡及び目撃情報はないという。井出真代さんはJR「成瀬」駅から電車を利用し、同プールの最寄り駅JR「町田」駅に向かったのだろうか?それとも別の交通手段で向かったのだろか?天候等の理由から予定を変更し同プールの利用を中止したのだろうか?仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)により予定を変更せざるを得なかったのか?

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)についてさらに考察してみよう。

JR「成瀬」駅付近

井出真代さんが「東京都町田市中町」に在る温水プールに行かず、さらにJR「町田」駅にも向かわなかった(向かえなかった)と仮定すると失踪場所は最後の目撃情報のあるJR「成瀬」駅付近となる。

仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)が暴力を伴う略取等の強引な方法(無理やり車に連れ込まれた等)で行われたのなら某レンタルビデオ店の付近路上だと考えられるが、お盆休の連休、天候不順、日没間際の時間帯等の条件を勘案したとしても、JR「成瀬」駅付近で身長170センチの大人の女性(18歳の女性)を誰にも目撃されず強引に略取することは「ほぼ」不可能だろう。

では、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)が略取等の強引な方法(無理やり車に連れ込まれた等)を用いず行われたケースは想定できるだろう?

勿論、着眼点は、サンダル履き、天候不順、日没間際の時間帯だろう。JR「成瀬」駅で偶然に知人が井出真代さんに声を掛け自宅やプール等に送ると言った可能性は考えられないだうか?

鍵は「渋谷」か?

井出真代さんが失踪した1999(平成11)年8月13日(金曜日)は、恒例となっていた愛知県の祖父母宅に家族が帰省する日だった。

だが、井出真代さんは「渋谷の歯医者の予約」を理由に自宅に残った。その年の春から大学生となった井出真代さんは自分の世界を築き始めたのかもしれない。

予約した歯医者のある「渋谷」は、井出真代さんの最寄駅JR「成瀬」駅から物理的な距離はある。だが、東京の町田市や神奈川県の中央部で生活する者からすれば「渋谷」は、通勤場所、通学場所、日常の遊び場として心理的に身近な繁華街だともいえるだろう。

では、1999(平成11)年8月13日(金曜日)、某レンタルビデオ店を出た井出真代さんはその足で「渋谷」に向かったことは想定できるだろうか?

井出真代さんが渋谷の歯医者に予約した日時は1999(平成11)年8月14日(土曜日)の夕刻だ。仮に渋谷の歯医者に予約を入れた理由が渋谷で遊ぶついで等の理由なら、失踪した8月13日の夜から渋谷に行き、どこかで一晩を過ごし、翌日の夕方に歯医者に行く予定だったことも想定できるが、井出真代さんは保険証を所持していない。

渋谷に泊まり、翌日に歯医者に行くのなら念のため保険証を所持していてもいい筈だ。渋谷に泊まり翌日の朝または昼に帰宅し、再度、渋谷の歯医者に向かうのは合理的判断に欠ける。 また下着類の所持は想定できるが他の着替えを持ち出したとの報道はない。

これらのことから、井出真代さんは某レンタルビデオ店から直接、渋谷に向かわなかったのだろうと推察され、失踪の鍵は「渋谷」ではなくJR「成瀬」駅の近辺だと考えるのが自然だろう。

関与の可能性のある第三者とは?

前述のとおり、井出真代さんの失踪に第三者が関係しているならば、その第三者は知人だろう。

そして、その知人は運転免許証と車を所持する井出真代さんよりも年上の「間接的」な知人であろう。

なぜなら、井出真代さんの直積的な知人(例えば同じ年の18歳の友人・知人)は、免許証と車を所持している可能性が低く、かつ、警察から協力を求められていると考えらえるからだ。

まとめ

井出真代さん失踪事件(町田市美大生失踪事件)について、3つの仮説「仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)、仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)」を想定し考察してきた。

考察の結果、仮説1・本人の(消極的または積極的)意思による失踪(家出)の可能性は非常に低く、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)の可能性は完全に払拭できない。

ただし、仮説2・偶然的な事故に遭遇し、図らずも未解明(事故)を想定した場合には、恩田川(鶴見川)、東京湾内で井出真代さんの痕跡が発見されなかったことに疑問点が残る。

これらのことから、最も高い可能性は仮説3・本人の意思を無視した第三者の(物理的支配または精神的力支配)の関与(犯罪被害)だといえるだろう。だからこそ、2015(平成27)年12月28日、警視庁による捜査が開始されたのだろう。

井出真代さんはJR「成瀬」駅付近で親切心を装う間接的な知人と遭い車に乗り込んだのかもしれない。時間は日没前、天候は雨。サンダル履きの井出真代さんは間接的な知人を信用したのだろう。

1999(平成11)年8月13日(金曜日)から20年以上の月日が経つが、過去には長期間に渡り第三者との暮らしを強制された事件も散見される。

井出真代さんの一刻も早い帰宅を強く願う。


◆参考資料
警察庁「令和4年の行方不明者状況
「レインボータウンまちづくり都民提案の最優秀決定」建設通信新聞1998年4月2日付
「美大生失踪:笑い合える日、必ず18歳美大生失踪24年捜し続ける母」毎日新聞2023年6月20日付
「町田美大生不明」時事通信2019年8月17日付 
「東京・町田の女子大生不明20年不明の井出真代さん絵画の勉強に励む」NHKニュース2019年8月14日付
「東京・町田の女子大生不明20年“ビデオ店から駅方面へ”が最後の目撃情報」NHKニュース2019年8月14日付
「一刻も早く帰って再捜査に望み託す不明美大生の両親」時事通信2015年12月28日付
「女子美大生失踪、事件の可能性16年前、再捜査始める警視庁」2015年12月28日付
井出真代さんを探しています/オフィシャルサイト


◆独自視点の行方不明・失踪事件(事案)考察シリーズ

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広島県安芸郡府中町主婦失踪事件 - clairvoyant report
古美術店「無尽蔵」店主失踪事件 概要1982年8月24日より三越日本橋本店で開催されていた「古代ペルシア秘宝展」。黄金の皿、盃、装身具など絢爛たる47点の展示即売品は、総額21億円(当時)といわれ、折からのシルクロード・ブームの追い風も受けて盛況であった。しかし、会期半ばの8月29日。朝日新聞は一面で、これらの秘宝の大半が「ニセ物」であると報道する。これはスクープなどというものではなかった。天下の三越百貨店が、当然全てが本物であるとして、上は数億の値段をつけて売り捌こうとした自慢の「名品」の数々は全て、開催...
古美術店「無尽蔵」店主失踪事件 - clairvoyant report
横山ゆかりちゃん誘拐容疑事件(太田市パチンコ店女児失踪事件)概要1996年7月7日(日曜日)、群馬県大泉町に住むYさん(当時29歳)と家族(妻M子さん・同30歳、長女ゆかりちゃん・同4歳、次女・同生後8ヶ月)は、自宅から2kmほどの距離にある群馬県太田市のパチンコ店、「パーラー・パチトピア」(2022年現在は別名のスロット店として営業)を車で訪れた。本来はデパートへのお出掛けだったというが、「七夕感謝デー」の広告ハガキが来ていた事を思い出し、予定を変更したという。午前10時半頃、入店した一家は景品コーナーに立ち寄り、ショ...
横山ゆかりちゃん誘拐容疑事件(太田市パチンコ店女児失踪事件) - clairvoyant report
子供の行方不明事件は、行方がわからない当事者(本人)と残された親族だけの問題ではない。ある日突然、子供が家庭や学校や地域社会から忽然と消え、友人・親族の知人・学校・地域・社会全体に大きな衝撃を与える。残された親族の日常が一瞬で崩壊し、出口のない不安が心を支配し、暗闇の世界の全てを覆い尽くす。残された親族は行方不明の子供の安否を心配するとともに無事の帰宅を祈り続ける。解決の糸口さえ掴めない事案では行方不明となった「理由だけでも」知りたいと願うだろう。 山梨キャンプ場女児失踪事件(2019年9月21日16...
加茂前ゆきちゃん失踪(行方不明)事件 - clairvoyant report
旭川市男子中学生失踪事件 概要2012年1月14日(土曜日)北海道旭川市緑が丘のとある住宅団地の一室。発端は、ごくありふれた家庭内の諍いであったという。気候の厳しい北海道の中学校の冬休みは長く、休業期間最後の週末となる。気象庁の記録によるとその日も夕方頃まで降雪があった。特に未明〜朝方は風速10m/秒近いというから、もはや吹雪いていたと言って差し支えないであろう。中学受験の難関校として道内でもその名を知られた、北海道教育大学の附属中学校に通う一年生、佐藤智広くん(以下智広くん・13歳)は、自宅でその夜に観るテ...
旭川市男子中学生失踪事件(佐藤智広くん行方不明事件) - clairvoyant report
広島市佐伯区植物公園職員失踪事件 概要2014年6月7日(土曜日)朝9時頃。広島市佐伯区の植物公園職員、藤野千尋さん(当時25歳・以降千尋さん)は、家族三人(母、弟)で暮らす自宅を出て、いつも通り佐伯区五日市駅南口からバスに乗り、職場である広島市植物公園へと出勤していった。千尋さんは運転免許証を持っていなかった。臨時職員として4月に採用されてから約二ヶ月が経過し、担当の植物(ベゴニア)も決まり充実した生活ぶりであった。少なくとも、同居の母親H子さんの目からはそう見えていた。自然を愛する千尋さんは子供の頃から植物...
広島市佐伯区植物公園職員失踪事件(藤野千尋さん行方不明事件) - clairvoyant report
室蘭市女子高生失踪事件(千田麻未さん行方不明事件)概要2001年3月6日(火曜日)――暦の上では既に春であり、関東地方ではお花見の予定を立て始める時期でもある。しかし、その日、北海道の地方都市である室蘭市は依然ほぼ終日、肌寒い氷点下の気温であり日差しも乏しかった。日陰には所々雪も残っている。それでも世間は着実に「春」に向かって時を進めており、その日は公立高校の入学試験のため休校日であった。道内有数の進学校である、道立室蘭栄高校の一年生である千田麻未さん(ちだ あさみさん・以下麻未さん・当時16歳)はその日の...
室蘭市女子高生失踪事件(千田麻未さん行方不明事件) - clairvoyant report
岡山県津山市19歳会社員失踪事件 概要2019年8月26日(月曜日)、岡山県津山市の土木関連企業の社員で、保守点検業務に就いていた中山裕貴さん(なかやま ひろたかさん・以下裕貴さん・当時19歳)はその日、4月に入社したばかりの職場に姿を見せなかった。事前または当日の連絡はなく、いわゆる無断欠勤であった。裕貴さんは2019年3月に岡山県岡山市の工業高校を卒業後、新卒で入社して以降、真面目な勤務態度で知られており、前の週である8月19日から23日も特に変わった様子もなく働いていたという。上司であるY氏の言を借りれば、「新入...
岡山県津山市19歳会社員失踪事件(中山裕貴さん行方不明事件) - clairvoyant report
2007年(平成19年)5月25日、名古屋家庭裁判所に申立がなされていた、ある母子の失踪宣告審判が確定した。 バブル景気と精神世界の探求、グローバル化と東西冷戦の終結など激変と混沌の1989年の夏に発生した名古屋母子・同居人失踪事件について解説・考察していこう。名古屋母子・同居人失踪事件 概要失踪した母子のうち母親であるS乃さん(失踪当時30歳)と、その息子であるDくん(当時3歳)は、失踪の四年ほど前の1985年に、S乃さんと国際結婚をしたオランダ人の夫(Dくんの父親)であるR氏と家族三人で暮らしていたが、S乃さんはその後約...
名古屋母子・同居人失踪事件 - clairvoyant report
一人の男性が消えた。彼は働きながら正看護師を目指す23歳の准看護師だった。失踪の前、彼は携帯電話で誰かと話をしていたとも言われ、彼の失踪後、自宅に町役場の職員を名乗る者からの電話があったという。栃木青年看護師失踪事件(永島康浩さん行方不明事件)は、北朝鮮の工作員による拉致事件の可能性も否定できないといわれる謎の多い失踪・行方不明事案(事件)である。栃木青年看護師失踪事件(永島康浩さん行方不明事件)概要2002(平成14)年4月30日(火)19時頃以降、栃木県下都賀郡K町(当時・現在は合併により栃木県下野市)在...
栃木青年看護師失踪事件(永島康浩さん行方不明事件) - clairvoyant report
1984年9月30日、大阪のホテルでの滞在記録(クレジットカード利用明細による推定)を最後に、ある老夫婦が消息を絶った。著名な経済学者・著述家の岡崎次郎氏(当時80歳・以降岡崎氏)とその妻Kさん(当時86歳)である。岡崎次郎夫妻失踪事件 概要岡崎氏は、社会主義思想の巨人カール・マルクスの著作『資本論』の翻訳で知られた経済学者・著述家であり、生年は1904年。旧制一高・東京帝国大学というエリートコースを経たものの、卒業後は定職に就かず断続的に翻訳・著述業に携わっていた。1933年から東亜経済調査局に勤務するが、在職中、...
岡崎次郎夫妻失踪事件 - clairvoyant report
「魔」は突然に訪れる。約40秒の「魔」が一人のあどけない子と家族に訪れた。「平成」という新たな時代の初めに発生した未解決行方不明事案(事件)「徳島県貞光町4歳男児失踪事件(松岡伸矢くん行方不明事件)」について解説、考察していこう。概要1989年(平成元年)3月6日、茨城県U市在住の会社員Mさんと妻のK子さん、その子供たち(当時4歳の伸矢くん、伸矢くんの姉と弟)の家族五人は、徳島県小松島市を訪れていた。K子さんの実母が再婚先である小松島市で急死し、その葬儀に参列する為であった。そこがK子さんの実家であれば、...
徳島県貞光町4歳男児失踪事件(松岡伸矢くん行方不明事件) - clairvoyant report
序章: 謎めいた白骨遺体白骨化した遺体の一部が発見されたのは、鹿児島県吉野町に在る薩摩藩島津家別邸「仙巌園」付近の山林だった。人為的に埋められたと思しき白骨化遺体を発見したのは、同園の関係者男性だった。同男性から通報を受けた警察が遺体の身元特定、死体遺棄事件(殺人事件も視野に入るだろう)の捜査を開始したのは、2019年8月13日、旧盆の午後だった。事件概要身元不明の一部白骨化した遺体が発見されてから10日以上が経った2019年8月26日、鹿児島県警は、同遺体の性別、着衣、死亡時期等を発表する。遺体は、死後1年未...
家族の知らない空白の時間:失踪から13年、遺体で見つかった女性 - clairvoyant report
2011年9月12日(月曜日)、人口2万8千人程の大分県日出町で、35歳の主婦・光永マチ子さん(以降マチ子さん)が忽然と姿を消した。その日、マチ子さんは朝から体調を崩していたといい、そのために10歳の長男と7歳の長女の朝の支度をさせるのが遅れ、小学校まで車で二人を送って行くことになったという。小学校までは、車で10分程度の距離であった。大分県日出町主婦失踪事件 概要その道のりは、子供の足では一時間近くかかってもおかしくない距離のため、送り迎えは毎日の日課であった事も考えられる。マチ子さんの自宅は田畑や雑木林に囲...
大分県日出町主婦失踪事件 - clairvoyant report
陽が傾き始め、景色が夜と入れ替わる逢魔時(おうまがとき)――1人の女児が忽然と消えた。それは、魔物の仕業だろうか――人間の仕業だろうか――。1983年に発生した未解決事件「宮城県川崎町女児失踪事件(渋谷美樹ちゃん行方不明事件)」について考察していこう。事件概要1983年(昭和58年)11月1日(火曜日)夕方4時頃。事件は保育園からの帰り道に起きた。宮城県柴田郡川崎町で農業を営む柴田家のKさん(当時59歳)は、孫の渋谷美樹ちゃん(以降美樹ちゃん・当時2歳)を保育所まで車で迎えに行き、助手席に乗せて帰宅する途中だった。美樹ちゃ...
宮城県川崎町女児失踪事件(渋谷美樹ちゃん行方不明事件) - clairvoyant report
人間の生活の苦しみは、愛の表現の困難に尽きるといってよいと思う。この表現のつたなさが、人間の不幸の源泉なのではあるまいか。太宰治『惜別』概要2018年7月4日の深夜から、翌日5日の早朝4時半頃にかけて、若い女性が自室から姿を消した。千葉県佐倉市在住(当時)の、山野下せい香さん(以降せい香さん・当時21歳)である。彼女は千葉駅前にある焼き鳥店で、週に5日働いていた。家族によると、失踪当日である7月4日も出勤日であり、せい香さんはいつもより遅く帰宅した上、最後に姿が確認された23時半頃になる前にも、何度か外出と帰...
千葉県佐倉市21歳女性失踪事件(山野下せい香さん行方不明事件) - clairvoyant report
1965年7月3日(土曜日)、静岡県伊東市の海岸沿いに広がる半農半漁の集落、初津(はづ)在住の小学2年生、当時7歳の鈴木俊之(としゆき)くん(以下、俊之くん)は、土曜日の授業を終えて下校後、自宅で母親のYさん、1歳7ヶ月の弟と昼食を摂り、午後は外に遊びに出た。事件概要静岡県伊東市7歳男児失踪事件(鈴木俊之くん行方不明事件)の事件概要について述べていこう。帰らなかった少年当初、俊之くんは釣りに行きたがったといわれているが、Yさんに止められ、最終的には「虫取りに行く」と、『茶アメの箱』を携えて外出したという。『茶ア...
静岡県伊東市7歳男児失踪事件(鈴木俊之くん行方不明事件) - clairvoyant report

Jean-Baptiste Roquentin

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。 Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。 小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。 分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。