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実話を元にした映画『嘘を愛する女』解説~「あなたならどうする」と問われ続ける~

例えば、誰かと恋人や夫婦などといった深い関係になる場合、重要になるのは信頼関係だ。そして信頼関係を築くためには、ある程度、相手の情報を知らなくてはならない。

その人の好きな食べ物や趣味。どんな環境で育ち、どんな仕事をしているのか。そして何より、その人の性格は、長い時間を共に過ごす人物として信用できるものなのか。しかし、どれだけ親密になったとしても、明かされない秘密というものが人間にはある。

今回取り上げて行く映画『嘘を愛する女』は、そんな秘密を抱える男と、その秘密を解き明かそうとする女性の物語だ。

男が抱える秘密とはどんなものなのか。そして、その秘密を知ったとき女はどうするのか。この記事では、今作をじっくり解説していきたいと思う。

※ストーリーの核心部分にあたるネタバレが含まれている。未見の場合は、読む前に注意して欲しい。

映画『嘘を愛する女』の作品概要

映画『嘘を愛する女』は、2018年に公開された日本のミステリー映画である。主演を務めるのは長澤まさみと高橋一生。また、吉田鋼太郎やDAIGOなど、個性派所が脇を固めている。

今作では、恋人が語っていた身分(名前や仕事など)が全て嘘だと知ってしまった女性の混乱と、それを受け入れるまでの道程が描かれている。

長澤まさみ演じる主人公はプライドの高いキャリアウーマンであり、そんな彼女が混乱していく様は真に迫ったもの。見ている側も、何だかソワソワしてしまうほどだ。

そしてなにより驚くべき所は、今作が実話を元にしているという点だ。着想元となったのは、朝日新聞の「夫はだれだった」と題された記事。映画とは結末が大きく異なるが、死亡した夫の戸籍が無く、仕事先も嘘を伝えられているなど、まさに「真実は小説よりも奇なり」を地で行く事件となっている。

1991年5月19日、50歳の男性が東京都内の病院で病死した。男性は末期ガンだった。男性の名前は「山森将智家」の筈だった。けれども男性の名前は「山森将智家」ではなかった。名前どころか、戸籍記載事項から勤務先まで全てが嘘(ウソ)だった。真実を欲する妻を取材した「夫はだれだった」というタイトル記事が朝日新聞に掲載されたのは、同年の11月のことだった。「夫はだれだった」の見出しと記事内容は、読み手の心を刺激したのだろう。後年、同記事をモチーフにした小説『嘘を愛する女』(岡部えつ,徳間文庫,2017年)が発表され、翌...
夫はだれだった:「山森将智家」と二人の妻『嘘を愛する女』の実話 - clairvoyant report

参考記事:夫はだれだった:「山森将智家」と二人の妻

あらすじ

主人公の由加利は、ウーマンオブザイヤーに選出される程のキャリアウーマンである。そん彼女には、結婚を考える同棲して5年になる恋人・桔平がいた。しかし、桔平の返事は煮え切らない。

ある日、由加利は桔平と自分の母を会わせようとする。その待ち合わせ場所に桔平は来なかった。

その夜遅く、1人で寝る由加利の元を警察が訪れ、桔平がくも膜下出血で倒れたこと、彼の免許証が偽造されたものだということを明かす。

騙されていたとしても桔平への思いが消えない由加利。由加利は桔平の本当の姿を知ろうと、探偵・海原を雇うことにした。やがて、桔平に片思いをしていた女性と出会い、彼女の証言により、桔平がカフェに籠り小説を描いていたことを知る。

由加利と海原たちが小説を読み進めていくと、「瀬戸内」と「灯台」が重要なキーワードであることに気が付いた。偶然休みを手に入れた由加利はいてもたってもいられず、単身、瀬戸内に向かうことにした。

ミステリーと人間劇を両立させた作品

今作のストーリーは、主人公の由加利が私立探偵と共に、桔平の正体を探ることがメインとなっている。1つ1つ謎を紐解いていき桔平の過去に迫る様は、まさにミステリーだ。

しかし同時に、今作は由加利と桔平の心理を緻密に描き出した作品でもある。群像劇とは少し違うため、ここでは端的に「人間劇」と表現したいと思う。

ミステリーと言えば、どうしたって人間の感情が絡むものだ。わざわざ、「ミステリーと人間劇の両立」と表現するのはおかしいだろうと考える人もいるかもしれない。そして、世の中の多くのミステリーと今作の違いは、この部分にある。作中で描かれる感情の種類が独特なのだ。

通常、ミステリーで感情を描写する場合には、犯人の動機や過去に重きを置かれがちだ。事件の背景に何があったのか。多くは被害者との間になんらかの確執がある。また、多くのミステリー作品では、被害者側の感情は置いてきぼりになることが多い。

なぜ、多くのミステリー作品で、被害者側の感情が描かれにくいのだろう。それはおそらく、被害者が死亡していることがほとんどだからだろう。

今作では、被害者や加害者という区分けは難しい。名目上は、桔平は由加利を騙したため加害者と言えるかもしれない。しかし、真実を語るべき桔平は意識が無く、被害者ともいえるべき由加利は自身の欠点と向き合いながら、桔平の正体探しをすることになるのである。

この段階で、今作が他のミステリーと違うことは分かるだろう。以下で、もう少し深堀りしていこう。

桔平の正体を探る手掛かりとなるのは、彼が由加利に内緒で書いていた小説である。小説の中にはいくつか目立つキーワードが登場しており、由加利と探偵・海原はそれらを巡り、聞き込みを繰り返していく。

通常ミステリーで、事件の詳細を語るのは加害者だ。しかし今作では、桔平が嘘をついていた理由はほとんど明かされていない。最後の最後で一応の理由が提示されてはいるものの、桔平が直接話した訳ではないため、推測に過ぎないともいえる。

由加利と海原が手掛かりとしていた小説。これは、作中で話せない桔平の、感情を表現するものだ。しかし、その感情は過去のものではない。「これから」を望む桔平の感情だ。

しかし、現在動いている由加利は違う。小説は桔平の過去を描き、正体に近付くヒントだと考えている以上、些細なことで一喜一憂してしまう。だからこそ、がむしゃらに瀬戸内で聞き込みをしながらも、桔平のもう一つの姿(だと思われる)人物に行き当たったとき、その真相に迫ることをためらってしまうのだ。

このあたりで揺れ動く由加利の感情は、理解しやすい。人は、例えどれだけ望んでいたとしても、ショックを受けるであろう事柄からは目を逸らしたくなるものだ。ここで逃げ出してしまえば一時的には楽かもしれないが、最終的には辛い記憶を残すことになる。なぜならば、由加利にとって桔平との暮らしは、切って捨てられるようなものではないからだ。

今作では、謎と感情が複雑に絡み合っている。その上、感情を語るべき由加利と桔平の目線は、過去と未来とで、お互いに反対を向いている。だからこそ、最後の最後まで桔平の真意が全く読み取れない。

だからこそ今作は、人間劇とミステリーを両立させている作品と言えるのである。 ちなみに、今作をラブストーリーだとみる向きもある。確かに、今作は由加利と桔平の恋愛を描いたものではあるが、その実は、「不信」や「恐れ」、「心配」といった感情が目立つ。そのため、恋愛劇ではなく人間劇であると言いたい。

それぞれの立場に立ったとき、どう考えるか

今作で、由加利は常に選択を迫られている。自身より収入が少ない桔平と結婚をするのかどうか。桔平の嘘を追及するのかどうか。また、追及して真実を知った先でどうするのか。

反対に、桔平は明確な選択を避けた人物として見ることができる。過去に妻と子供が心中してしまった際には失踪し、その後であった由加利には嘘をついてしまう。由加利との未来を夢見て小説に描きながらも、一歩踏み出せない人物なのである。別の言い方をすれば、恐れのあまり「しない」ことを選んだ人物だと言えるかもしれない。

今作は、めったに出会うことが無いであろう事象を描きながらも、そのリアルな心理描写から物語に深く入り込んでしまう作品である。

まずは、由加利を見ていこう。

由加利の選択は、常に苦痛を伴うものだ。恋人(だと思っていた人物)に嘘をつかれるのも、その嘘を暴くのも辛い。望ましくない事実が、はっきりとした形で目の前に現れるかもしれないからだ。かと言って、これまでの事を忘れることもできない。その思いがあるから、物言わぬ恋人に別れを告げるのも容易ではない。

少なくとも由加利には、桔平との関わりに法的な根拠はない。つまり、桔平の正体を知る権利もなければ、世話をする義務もないのである。

次に桔平を見ていこう。

桔平は、「妻と子の心中」という大きな苦痛を受けたことにより、現実から逃げ出してしまった人物である。彼にとってその苦痛は大きすぎ、結果として、「失踪」を選んだのである。

その背景には、桔平が妻と子の死に責任を感じていたことがあるのだろう。かつての桔平は仕事に熱中するあまり、家族を顧みることがなかった。そしてその妻は、1人きりで子育てをするには生真面目すぎた。ご存じの人も多いだろうが、子育ては真面目にすればするほど、息苦しくなってしまうことが多い。

桔平はそれでも、由加利との新しい生活を望んでいた。しかし、自分にはその資格がないと考えている。正直に話すという行為すら、由加利の反応を恐れて話せないのである。その代わり、その思いを小説に込めた。

作中では、小説は未完のままだった。これは予想でしかないが、小説の完成後は由加利に見せるつもりだったのかもしれない。書くことは心の整理に繋がるし、「趣味で書いた小説を見せる」のであれば、真実を話すよりも心理的負担は少ない。

由加利も桔平も、それぞれの感情の動きは理解できるものだ。人は誰でも、何もかも投げ出したくなるときがある。また、辛い思いをすると分かっていながら、真実を知りたいと思う気持ちもある。

だからこそ、今作を見る人は2人に感情移入してしまう。それと同時に、「自分ならばどうするか」を考え続けてしまうだろう。自分は、由加利のような行動がとれるのだろうか。桔平とは違い、妻と子の死を直視できるだろうか。

中には、桔平に恋をしていた少女に感情移入する人もいるかもしれない。片思いとは言え、好きな人の傍にいたいのは当たり前だし、好きな人の恋人に多少の嫌がらせがしたくなるのは、決して不自然ではないからだ。

桔平が目を覚ましたとき、少女はどうするのだろう。それが少し心配でもある。

まとめ

映画『嘘を愛する女』について、自分なりの解説を述べてきた。

正直な所、今作は見る人によって感想が分かれる作品だろう。目覚めた桔平と由加利が、どのような関係を築くかも予想が難しい。由加利は全てを受け入れる覚悟ができているが、桔平はそうではないからだ。

だからこそ、今作は面白い作品である。複数人で見て、それぞれの感想を言い合うのも楽しいかもしれない。


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オオノギガリ

ココナラをメインに活動中のWebライターです。2017年より、クラウドソーシング上でwebライターとして活動しています。文章を読んで、書く。この行為が大好きで、本業にするため日々精進しています。〈得意分野〉映画解説・書評(主に、近現代小説:和洋問わず)・子育て記事・歴史解説記事etc……