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古事記 日本古来の死生観を探る 「死」と「生」にまつわる神話と神々

どう生きて、どうやって死んでいくか。それなりの期間にわたる人生を、どのように生きていくか。人間が昔から考えて止まない「死生観」というもの。

全ての国の(ほとんど全て)の人々が、独特ではあるものの、ある種共通した死生観を持っている。死生観という概念の内容を言葉にすることは難しいが、それぞれの国に伝わる昔話や神話を紐解けば、その一端を見ることは可能だ。

日本古来の死生観を探るならば神話から。ここでは、日本最古の歴史書とされる古事記を参考に、死と生に関わる神話や神々を見ていこうと思う。

黄泉平坂(ヨモツヒラサカ)~イザナギノミコトとイザナミノミコト~

この二柱の神は漢字と読み方がややこしい。そのため、カタカナで書いていこうと思う。

イザナギとイザナミは、夫婦神として日本の国土を産んだ(国生み伝説)、日本神話の中でも重要な位置を占める神々だ。ちなみに、イザナギが男神、イザナミが女神である。

この二柱の神のうち特にイザナギは、生と死に関わりが深い。イザナギは三貴神(天照大神・月読命・須佐之男命)を産んだため、その影響力は強いと言えるだろう。なぜならば天照大神は太陽の神であり、月読命は月の神だからだ。世界の多くの国で太陽は生を、月(夜)は死を連想させる。

さて、最初にご紹介していく神話は、このイザナギとイザナミが「死」で離ればなれになってしまった物語「黄泉平坂」である。以下に、簡単な内容をまとめてみた。

『国土を産み終わったイザナギとイザナミは、次に神々を産もうと考えた。そこで二柱は多くの神を産んだ。すなわち、岩の神や土の神、海の神や木の神、山の神に食物の神などである。

数々の神を産んだ後、イザナミは火の神(カグツチノカミ)を産んだ。イザナミは自身が生んだ神によって下腹部に大やけどを負い、結果命を落としてしまう。

イザナギとイザナミは仲の良い夫婦神だった。イザナギは妻のことが忘れられず、とうとう死者が住まう黄泉の国を訪れることになる。

黄泉の国は地中にある暗い世界だ。太陽が射すことは無く、ただただ静かで寂しい場所だ。

出雲(今の島根県)にある黄泉平坂から、イザナギは黄泉の国に降りていく。黄泉の国でイザナギは愛しいイザナミと話すことができた。現世に戻ってくるよう説得するも、イザナミは黄泉の国の食べ物を口にしており、戻ることができない。

それでも、イザナミはイザナギの思いに心を打たれ、現世に戻れるよう交渉をするという。イザナミは交渉する間、イザナギに自身の姿を見ないでくれと頼み、どこかへ去っていった。

待てど暮らせど、イザナミは帰ってこない。イザナギはしびれをきらし、イザナミの姿を覗き見てしまった。そこにあったのは、体中に蛆が湧き、蛇がとぐろを巻いた変わり果てた妻の姿だった。

イザナミは姿を見られたことに怒り狂い、怪物を追手としてイザナギを追い詰める。イザナギはその怪物を退けながら現世へと帰ってくることができた。

イザナギは大きな岩で、黄泉平坂の出入り口をふさいでしまう。イザナミは悔しくてたまらず、呪いの言葉を吐く。

「こんな仕打ちをするのなら、私は現世の人間を1日に1000人殺してやる」

それに答えてイザナギは、

「それならば俺は、1日に1500人の人間を産ませよう」

これよりこの世では、1日に1000人が死に、1500人が産まれるようになったのである』

この神話には、後世に隆盛を誇る死生観の概念である「地獄・天国」といったものは見受けられない。死者が行く世界は、決して過酷な地獄などではなく、静かで暗い黄泉の世界なのである。 過酷な罰を受ける地獄と、穏やかな天国。そうした考え方をせず、全ての人々が訪れることになる黄泉の国。古代人はどのように考えて、人生を送っていたのだろうか。

天の岩戸(岩屋とも・アマノイワト)~天照大神(アマテラスオオミカミ)~

光輝く太陽。それは、世界中で古来より崇められる存在だ。太陽の光は周囲を明るく照らしてくれるうえ、食物の成育に欠かせないからだ。つまり、光り輝く昼は生の世界であり、暗く静かな夜は、死の世界に限りなく近い(先に見た黄泉の世界がそうだったように)。

ギリシャの太陽神であり医学の神であるアポロン。エジプトの太陽神・ラー。こうした太陽神たちは、いずれも重要な位置を占める存在である。

日本の太陽神は女性である。その名を天照大神と言い、イザナギが産んだ三貴神の一人であり、天皇家の先祖とされている。伊勢神宮の主祭神であることからも、その重要性が分かるだろう。

ここでご紹介していく神話は、そんな天照大神に関わる神話の中でも有名な「天の岩戸」というものだ。前後のストーリーはあるものの長くなるため、天の岩戸部分だけを取り上げていこうと思う。

『ある時、天照大神は弟神である須佐之男命に清い心があるかを試した。須佐之男命は三柱の女神を産んだ。それは、須佐之男命に清い心があるという証拠とされた。

それからの須佐之男命は、手を付けられない乱暴者となった。天照大神の田んぼを荒らし、食べ物を神に捧げるための神殿を排泄物で汚した。しかし天照大神は、須佐之男命をかばい続ける。

あるとき、須佐之男命は馬の皮を剥ぎ、その死体を機織り小屋の中に放り込んだ。中で機を織っていた少女たちはパニックになり、内一人が機織り機で下腹部を刺して死んでしまった。

この暴挙に、さすがの天照大神も驚き激怒してしまう。結果、天照大神は天の岩屋に籠り、戸口をしっかりと閉ざしてしまった。

太陽の神が閉じこもってしまったため、世界は闇で閉ざされた。良くないものがそこら中にはびこり、災いも増えてしまった。

八百万の神々は、天照大神に出てきてもらう方法を考えた。その方法とは、岩戸の前で楽しそうに宴会を催す、というものである。アメノウズメノミコトの踊り(日本初のストリップショーではないだろうか)でテンションが最高潮に達すると、天照大神も外のことが気になって仕方がない。

そんな天照大神に、周囲の神々がこう告げる。

「あなたより尊い神がいらしたのです」

少しだけ顔をのぞかせた天照大神は、鏡に映る自分の姿を見た。これが自分より尊い神か、と思い興味を持った天照大神は、さらに自分の体を外に出した。

そんな天照大神の手を、力自慢のタジカラオがつかみ引っ張り出す。そして、二度と岩戸の中に入れないよう封をしてしまった。

これにより、世の中に太陽が戻ってきたのである』

この神話では、古代の人々が考えていた太陽の重要性を垣間見ることができる。太陽が無くなった世界は夜しかなく、その上、良くないものや災いに満ちた世界なのだ。それはつまり、死が満ちた世界に他ならない。 短いストーリーではあるものの、死生観を知る上で重要な要素の多い神話だと言えるだろう。

古事記を編纂した太安万侶の墓

奈良県奈良市此瀬町451

番外編:食べ物の神・大宜都比売神(オオゲツヒメノカミ)

人が生きるためには食べ物が必要不可欠ということで、少し話がそれるが、食べ物の神について触れておこう。

『大宜都比売神は食べ物を司る女神である。高天原から追放された須佐之男命は、この神に食べ物を求めた。

次から次に食べ物をごちそうしてくれる大宜都比売神だが、それらの食べ物は、口や尻から出したものだった。その事実を知った須佐之男命は怒り、大宜都比売神を殺してしまう。

その後、大宜都比売神の死体からは食物が生えた。目からは稲、鼻からは小豆といった具合である。神産巣日神(カミムスヒノカミ)はそれらの食物を取り、種を作った』

生命の基礎を司るものが死に、そこからさらに、生命の基礎が生まれる。死と生は基本的に循環するものだ。そしてこの神話は、こうした真理を表現したもののように思える。 それにしても、須佐之男命の暴れぶりは凄まじいものだ。

まとめ

日本神話を読んでいると、その豊穣な世界観に魅了されてしまう。物語とすれば簡素な作りであるにも関わらず、底に流れるものが太く、深いからだ。さらには、今に続く古代の人々の息遣いが感じられるようで、どんなファンタジー作品を読むよりも刺激的だ。

今回は、「日本古来の死生観を探る」目的で日本神話の世界に入り込んでみた。しかし、これで見えてきたのは日本神話の世界のほんの一部。 もし次に機会があるならば、また別の視点で日本神話を探るのも楽しいだろう。

★アイキャッチ画像は以下を加工使用
タイトル:古事記. 上
著者:太安万侶 著
出版者:柏悦堂
出版年月日:明治3年
出典:国立国会図書館ウェブサイト


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ココナラをメインに活動中のWebライターです。2017年より、クラウドソーシング上でwebライターとして活動しています。文章を読んで、書く。この行為が大好きで、本業にするため日々精進しています。〈得意分野〉映画解説・書評(主に、近現代小説:和洋問わず)・子育て記事・歴史解説記事etc……