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『ガタカ Gattaca』映画 考察

映画『ガタカ』 映画概要

★ご注意:この記事には、映画『ガタカ』のネタバレが含まれています。

1997年に公開(日本での公開は1998年)された映画『ガタカ』の原題「Gattaca」は、我々のDNA(デオキシリボ核酸:deoxyribonucleic acid)の基礎塩基、G(グアニン)・A(アデニン)・T(チミン)・C(シトシン)の頭文字を暗喩するといわれている。我々は長い時間を超え先祖から受け継いだこの設計図(DNA配列)に基づき「たった一人の私」としてこの世に生を享ける。「たった一人の私」は偶然から生まれるのか?「たった一人の私」は誰かにデザインされ必然的に生まれ、生まれた瞬間から達成するべき目的や目的から導かれる人生の意味を与えられているのか?「偶然から生まれた私」と「必然から生まれた私」のそれぞれ双方が抱える苦悩は?『ガタカ』は美しい映像のなかからそれらの問題を投げかけているように思われる。主演は名優イーサン・ホーク(Ethan Green Hawke)、『キル・ビル』『パルプ・フィクション』などクエンティン・タランティーノ作品に出演しているユマ・サーマン(Uma Thurman)、そして、ジュード・ロウ(David Jude Heyworth Law)、監督・脚本は『TIME/タイム(2011年)』『ドローン・オブ・ウォー(2015年)』などで格差社会の問題や人類の普遍的なテーマの一つである倫理とテクノロジーの関係性などを描いたアンドリュー・ニコル(Andrew Niccol)である。なお、作品のなかで『ガタカ』のタイトル、監督、俳優名などクレジットの「A・C・G・T」の文字は全て強調されている。(例:N HWKE

人類の宇宙への憧れ 宇宙・人類・NASA Clairvoyant report channel NASA公開の動画など使用して作成

映画『ガタカ』あらすじ

映画『ガタカ』は「そう遠くない未来」の話――それは「毎日1ダース以上のロケットが空に飛びたつ時代」だが――主人公のヴィンセント・アントンの告白に両親が車『ビュイック・リヴィエラ』(映画のなかの同車は第3世代 :1971年-1973年のモデル)の中で愛し合い「自分」が誕生したとあることから映画『ガタカ』は2000年代以降(『ガタカ』の主人公の年齢は30歳くらい)の話だろう。そして、その時代は、遺伝子操作により有害要素、マイナス要素を排除された「適格者」と呼ばれるデザイナーベビーを作りだすための人工授精が一般化され、寿命や生まれつきの病気や死因リスクが数字化され、主人公のヴィンセント・アントンのような非デザイナーベビーの者は「不適格者」と呼ばれている時代。生まれてくる子の幸福を理由に優性思想が徹底化され、数値化されたデータにより人生が決まってしまう時代。主人公のヴィンセント・アントンは、そのような遺伝子で決まる新たな階級、科学が生み出した新たな階層の最下層で生きている。

そして、そのような時代の最下層で生きる彼は、幼少期から地球への憎悪と宇宙への憧れを持っている。彼は宇宙飛行士を夢見るが「不適格者」には、その夢に繋がる「門」は完全に閉ざされている。不適格者の彼は「門」から中に入れない。その「門」は不適格者の彼に絶対に開くことはない。

ガタカ日本公開時のチラシ表面
ガタカ日本公開時のチラシ裏面

だが、夢を諦めらめない彼は、闇DNAブローカーを通じて最高の遺伝子を持つ「適正者」の元水泳選手ジェローム・モローに「なる」契約をする。元水泳選手ジェローム・モローは、「事故」により水泳選手生命を絶たれたが、彼の遺伝子は超エリートだ。彼の遺伝子を使えば宇宙飛行士の「門」は簡単に開いてしまう――そして主人公のヴィンセント・アントンとジェローム・モローは――

SF映画は現代の不安を象徴する

近未来を描くSF映画、SF小説はそれらが描かれた時代の不安を表し象徴する。1960年代から90年代のSF映画で描かれた「不安」を検証してみよう。

米ソ冷戦下の1960年代には核戦争後の世界を描いた『猿の惑星(1968年,監督フランクリン・J・シャフナー)』、1970年代には社会主義により全体主義化された英国を舞台に人間の欲望を徹底的に管理しようとする社会に対し本能的に反抗する不良少年を描いた『時計じかけのオレンジ(1971年,監督スタンリー・キューブリック)』(参考:『時計じかけのオレンジ』徹底解説と徹底考察)、人口爆発による資源、食料枯渇を描いた『ソイレント・グリーン(1973年,監督リチャード・フライシャー)』、無敵の宇宙生物との遭遇と戦いを描いた『エイリアン・シリーズ』(参考:歴史に残るSFホラー!映画「エイリアン」の魅力とは?)の1作目(1979年,監督リドリー・スコット)などが公開され、80年代には機械の反乱と人類の闘いを描いた『ブレードランナー(参考:『ブレードランナー』 『ブレードランナー 2049』考察)』(1982年,監督リドリー・スコット)、『タミーネーター・シリーズ』の1作目(1984年,監督ジェームズ・キャメロン)、90年代には『エイリアン』の続編、『タミネーター』の続編、行き過ぎた非暴力と理性崇拝の清潔な社会のディストピアを描いた『デモリションマン』(1993年,監督マルコ・ブランビラ)などが公開されている。なお、世紀末を直前に向えた1990年代後半には、地球への隕石の衝突や太陽の終焉など地球滅亡を描いた作品も散見される。

また、80年代から始まった前述の『ターミネーター』シリーズは、米国社会の移り変わりに大きく影響されている。主人公のサラ・コナーが1人では何もできない女性から息子を守り世界のために戦う女性に変化する過程や大型バイクを乗り回し大型の銃を撃ちまくる筋肉隆々のマッチョな白人男性型のターミネーターが3作目からは金髪白人のエリート風女性へと変化している。そして、最新作では小柄なメキシコ人女性が――米国社会の40年間の変化を同映画から感じることができる。

遺伝子操作と生命倫理 優性思想と差別

映画『ガタカ』は、1997年に公開(日本での公開は1998年)された。では、1997年から1998年当時の米国や世界の不安はどのようなものだったのだろうか?1997年2月、世界初のクローン羊「ドリー」の実験に成功したことが公となった(作られたのは1996年6月、死亡したのは2003年2月)。米国の大統領は民主党の大統領でありながら犯罪の厳罰化により結果的に黒人などのマイノリティー層にダメージを与え人種差別を放置してしまったとも指摘される第42代大統領ビル・クリントン(1993年1月20日 – 2001年1月20日)だった。

世界初のクローン羊「ドリー」の実験成功は、遺伝子操作の不安と生命倫理の問題に大きな影響を与えた。そして、厳罰化は黒人などマイノリティー社会に打撃を与え、米国や他の国でひっそり息づく優性思想の不安を人々に思い出させたのかもしれない。

それらの社会情勢のなかで映画『ガタカ』は公開され高い評価を得たのかもしれない。

映画『ガタカ』 運命 偶然と必然

映画『ガタカ』のテーマには「運命」がある。「運命」を受け入れるか。「運命」を変えようとするのか。本来、生き物は完全ではないが偶然性により誕生する。

その偶然性を極力排除したデザイナーベビーは必然性のなかで誕生し、必然性のなかで人生を生きる。だが、必然性のなか最初から目的を与えられて生まれた者が何らかの偶然によりその目的を達成できず挫折する――偶然性により人生の目的と意味を失った「適格者」ジェローム・モローの喪失感や敗北感は尋常ではなないだろう。

その喪失感や敗北感はヴィンセント・アントンのような非デザイナーベビーが感じる日々の喪失感や敗北感とは比べ物にならないかもしれない。だが、ジェローム・モローは生きるための新たな人生の意味と目的を見つけるしかない。その意味と目的を偶然性に逆らい抵抗する「不適格者」ヴィンセント・アントンに見つけ――宇宙に旅立ったヴィンセント・アントンと一体となり自身も宇宙に旅立ち――ジェローム・モローの人生は完成したのかもしれない。

映画『ガタカ』映像のなかのメタファー

映画『ガタカ』には多くのメタファーがある。「海」「海で競争する二人の兄弟」「螺旋階段」――「螺旋階段」を必死に移動する脚の不自由なジェローム・モロー――映画『ガタカ』は非常に美しい映画だ。

そして、ヴィンセント・アントンの「命は宇宙の塵のなかから生まれたいう」という言葉が印象に残る。

命は偶然に生まれ――偶然を否定せず――だが――偶然に逆らい――生まれ――生きるのかもしれない。


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Jean-Baptiste Roquentin

Jean-Baptiste RoquentinはAlbert Camus(1913年11月7日-1960年1月4日)の名作『転落(La Chute)』(1956年)とJean-Paul Sartre(1905年6月21日-1980年4月15日)の名作『嘔吐(La Nausée)』(1938年)に登場するそれぞれの主人公の名前からです。 Jean-Baptiste には洗礼者ヨハネ、Roquentinには退役軍人の意味があるそうです。 小さな法人の代表。小さなNPO法人の監事。 分析、調査、メディア、社会学、政治思想、文学、歴史、サブカルなど。