遥か昔から、人々は様々な物語を紡いできた。その中には、長い年月を経るうちに最初の形からは大きく変わってしまったものもある。日本人なら皆知っているであろう「浦島太郎」や「かちかち山」なども、その一例だ。
人々が口伝えに語り継いできた物語を「口承文学」という。そして、現代の口承文学とも言えるものが「ネットミーム」と呼ばれるものである。
この記事では、数あるネットミームの中から、世界中で愛好されている、「The Backrooms」と「SCP財団」の2つをご紹介していこうと思う。
そもそも、「ネットミーム」が何なのかを説明していこう。
ネットミームは正式名称を「インターネット・ミーム」という。「ミーム」とは、あるコンテンツが拡散されていく様子を指す。つまりネットミームとは、インターネットを介して広がっていったコンテンツのことだ。
面白い画像や動画が注目を集め、誰かが手を加えてさらに広がる。多くの人がこうした現象を目にしたことがあるだろう。
これこそが、ネットミームなのである。
※ちなみに、特にホラー的要素を持つネットミームを指す言葉として、「ネットロア」や「クリーピーパスタ」という言葉もある(今回はネットミームで統一していきたい)。
記事を動画にしました。ぜひ、ご視聴ください。Clairvoyant report channel
上記の説明で予測できると思うが、ネットミームの種類は膨大だ。日々生まれていると言っても過言ではないかもしれず、人々から忘れられてしまったものもあるだろう。
今回The BackroomsとSCP財団を選んだ訳は、この2つがただのネットミームに留まらず、世界中でファンを獲得し、現在でも世界観を拡張させ続けているコンテンツだからである(特にSCP財団の歴史は長い)。
これら2つのネットミームも、たった1枚の画像から始まった。その画像を見た人がストーリーを作り上げ、それに影響された人が、様々な画像や別のストーリーを付け足していった。そして、今では国をまたぎ大きなWebサイトを作るまでになっている。
何が人々を惹きつけるのか。それは、この2つのネットミームが持つ雰囲気にあるだろう。The BackroomsもSCP財団も、画像を見て文章を読むことで、その世界の奥行きを感じることができる。そして、同時に闇も感じるのだ。書かれていない部分の世界観の広がり。さらに何かあるかもしれない、というささやかな恐怖。 次の項から、それぞれ個別に、詳細を見ていこう。
The Backroomsの世界観を理解するには、「リミナルスペース」というネットミームも知っておく必要がある。
「リミナルスペース」とは、見る人をノスタルジックな気持ちにさせる、人気のない空間のことを指す。見たことがある気がするのに不気味で、どこか物悲しい気分にさせる場所。人が少なくなった夕方の遊園地に、寂しい・ソワソワするなどの感覚を抱いたことがないだろうか? また、人気がない明るいプールなどもリミナルスペースの代表格だ。
The Backroomsも、このリミナルスペースの派生形である。
The Backroomsとインターネットで検索すると、1枚の画像に行き当たるはずだ。それは黄色い壁紙に、あまり清潔そうではないカーペット、無機質な蛍光灯が光る、壁で仕切られた空間である。
このネットミームは、この画像が掲示板に投稿されることから始まった。やがて、別のユーザーが画像に対する架空の説明を書き込み、The Backroomsの基礎ができたのである。
The Backroomsの基本をざっくりと説明していこう。
Backroomとは、私たちが暮らす世界(フロントルーム)からうっかり「外れ落ちてしまった」ときに行きつく世界である。後述するレベル0を代表として、いくつもの階層が繋がる果てしない場所だ。現実ではありえないような現象が起き、怪物のような存在も巣くっている。
ここに落ちてしまった人は、フロントルームに戻ることはできない。そのため、Backroom内で生き残る術を探すことになる。
Backroomに迷い込んでしまった人々が、後に迷い込んでくる人が生きていけるように、階層の特徴などをまとめたデータベースこそ、「The Backrooms」というWebサイトなのである。
The Backroomsは、多くの人が参加し執筆するシェアワールドである。一定のルールにのっとり、新しい階層が日々追加されている。WebサイトとしてはFandom版とWikidot版があり、階層の内容などに違いがあることに注意して欲しい。
この記事は、主にFandom版を参考にしている。
ここでは、代表的なBackroomをご紹介していきたい。
「レベル0」は、先述したBackroomの始まりであり、代表的な階層である。フロントルームから外れ落ちた場合はここに行くとされる。
レベル0は黄色い壁紙に湿ったカーペット、蛍光灯のハム音(ノイズ)が響く空間である。延々に似たような空間が続くが、全く同じ場所はない。そして、一度離れてしまった人と合流することは不可能だ。
人型と犬型の化け物(エンティティと呼ぶことも)が現れる可能性もある。
「レベル11」は様々なビルや店、公園などが立ち並ぶ、フロントルームとよく似た階層である。しかし、天気や気温、温度は常に一定である。
生存が比較的容易な場所で、水や食料も手に入れることができる。インフラもどういう訳か整備されており、問題なく利用できる。
時折、地面に1m程の穴が空いていることがある。ここに落ちるとどうなるかは分かっていない。
「レベル3999」は、無限に広がるゲームセンターにそっくりな階層である。ゲームコーナーだけでなくプールやトイレ、フードコートなどが完備されており、全てが清潔だ。
この階層では、無料で多くのPCゲームを遊ぶことができ、自動販売機から様々な食糧を購入することもできる。しかし、何等かのマナー違反をした場合、失神するというペナルティを受けてしまう。
Backroom内では非常に珍しい、フロントルームと繋がっているとされる場所でもある。
SCP財団とは、The Backroomsと同じシェアワールド型のネットミームである。アメリカ発祥ではあるが世界各地で人気を集め、「支部」という形で各国にWebサイトができるまでになっている。もちろん日本支部もあり、本部(アメリカ)記事の和訳の他、日本独自の記事も沢山生まれている。
SCP財団の始まりとなったのは、日本のクリエイターが作った不気味な彫刻である。海外の掲示板にこの彫刻の写真が投稿され、その存在感に触発されたユーザーたちが、その背景や設定を次々と生み出し、やがて「報告書」としてまとめられることになった。
SCP財団とは何なのか。一言で説明するのは難しいが、「訳の分からないものを集めて収容し、一般人に知られないようにする」ための組織である。「訳の分からないもの」とは、すなわち、通常では考えられないような挙動をする動物(人間も含む)や物品などだ。そして、財団のWebサイトのほとんどは、そうした「訳の分からないもの」を取り扱う職員のための説明&報告書という形を取っている。
SCP財団のWebサイトに投稿されている報告書の数は膨大で、ホラー風味の強いものから、笑えてしまうようなおもしろいものまで様々だ。個人的な感想ではあるが、初期のものは、「訳の分からなさ」が強く表現されており、短いながらも読みごたえのあるものが多い。
ちなみに、SCPとは「Special Containment Procedures(特別収容プロトコル)」の略であり、前述の「訳の分からないもの」を総称して「SCP/SCPオブジェクト」と呼んでいる。
ここから、代表的なSCPを紹介していこう
「SCP173」は、先に説明したSCP財団の始まりとなったSCPである。
※最初はモデルとなった彫刻の写真をそのまま使っていたものの(作者の許可を取った上で)、著作権上の問題も起こったため、現在は画像無しの報告書となっている。
SCP173、鉄筋コンクリートでできた、人を不安にさせる見た目の彫刻である。収容室の中はSCP173が垂れ流したと思われる血液と排泄物で汚れており、定期的な清掃が必要になる。
このSCPは、誰かが見ているときは動かず、見るのをやめると動き出すという点が特徴である。動いているときに何をするかというと、人の首をへし折るというのだから恐ろしい。
知名度も、恐ろしさも、訳の分からなさも、文句なく第1位のSCP代表と言えるだろう。
果てしなく続く階段があるとすれば、その終わりには何があるのだろうか。階段の先が闇に覆われていたとすれば、躊躇なく進むことができるだろうか。
階段とは日常的に使うものでありながら、どこか恐ろしさを持つものでもある。「降りても降りても終わらない階段」など、怖い話でよく見る設定だ。
SCP087は、そんな階段に関係するオブジェクトである。
このSCPは、どこかの大学のキャンパス内にあるとされている。階段に通じる扉を開けると、真っ暗な階段が延々伸びており、どこまで続くのか分かっていない。また、一定以上の光を吸収する性質があるようで、強い光でも階段の奥は見通すことができない。階段の下からは子供の泣き声が聞こえるが、いくら降りても会えないという。
階段を下りて行く途中、瞳や鼻孔、唇などがない人型の何かに出くわすことがある。これに出くわした人間はパニックを起こしてしまう。 短くまとまり、ホラーテイストの強いSCPである。
「シャイ」と聞くと、人の影に隠れてしまうような人物を想像する人が多いだろう。しかし、SCP096は「シャイガイ(恥ずかしがり屋の男の子)」という名前を冠しながらも、強烈な印象を残すSCPだ。
SCP096は、2.3mを超えるやせぎすの体に、1.5mほどの長い腕を持つ人型のオブジェクトである。目を除き体中の色素が抜けており、顎は通常の人間の4倍ほどの大きさに開く。
このSCPはその名の通り、異常なほどシャイである。人間に顔を見られることを非常に恐れ、万一見られた場合は、その相手を殺すまで時速35km以上のスピードで追跡を続けるという。直接顔を見るのはもちろん、写真を見ることでも襲われてしまうらしい。ちなみに、海底でも問題なく襲ってくる。
非常に不条理で、その「訳の分からなさ」からも人気の高いSCPである。
ネットミームであるThe BackroomsとSCP財団について解説と紹介をしてきた。いくつか挙げた例の中から、気に入るものは見つかっただろうか。もし気になるものがあったのなら、本家のWebサイトを読んでみると良いだろう。
この2つのネットミームは、現在もその世界観を広げ続けている。双方共にシェアワールドであるため、自分自身も世界観構築に一役買えるのも魅力の1つだ。
この記事をきっかけに、少し怖くておもしろいネットミームの世界に飛び込んで見て欲しい。
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